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33 招かれし者 鳥か? 鳥人か? その名は天狗 

 《とある森の中》


「はぁ、はぁ……。こ、ここまでくれば……」


 相当な距離を走った。

 村に帰る途中で、異変に気が付いた。何かが焼けているような匂いがするのだ。

 胸騒ぎがする。それに嫌な予感もだ。

 そのため近くの樹の根本に、今日の狩猟の成果となる小型の獲物を葉と枝で隠し、ゆっくりと隠れながら村に近づいていった。

 村の中では、大人たちが必死に戦っているのが観える。

 大声で逃げろと叫んでいる。

 そんな声が、村の外にまで聞こえていたのだ。


 その声を聴いた刹那に、避難場所として予め決められている隠し洞窟に向かって、走り出した。

 長い時間走り続けているため、息が乱れてくる。だが構わず走り続ける。

 そして走りながら、ある事が気に掛かり出した。


 今日の猟の成果のことだ。いくら隠してあるとはいえ、あのまま置いてきてよかったのだろうか?


 隠し洞窟には村から逃げた皆がいるはずだ。

 食料を持って行った方が、良かったのではないか? 

 戻るべきか……。しかし時間も経っている。

 今からでは、もう戻らない方が良いだろう。


 ならば、下手に隠さない方がよかったかもしれない。

 隠し洞窟に持っていくか、重いのならば村から離れたところで廃棄した方がよかったのではないか?

 下手に隠してしまったせいで『逃げた者がいる』という証を残してしまったかもしれない。

 もはや判然としないが、それでも走り通した。


「はぁ、はぁ……。もう、疲れたよ。パトラ……少しでいい、休もう」

 近場の木に寄りかかるように身を預け、眼を閉じて息を整える。

 その脳裏に映るのは、森の静かな風景ではなく、かつて自分が暮らしていた村だった。

 全てが燃えていた。慣れ親しんだ村は、紅蓮の色に彩られていた。

 はたして紅蓮の色は、炎の色合いだけだったのだろうか……。

 それすらも判らない……。


 ゥ、ウウ。ヒック。ウウ 


 すすり泣く声が森に静かに溶けていく。

 そんな声もいつしか小さくなり、消えていく。


 シャラン♪


 涼やかな音色が微かに響き、純白の羽根が一片、ゆっくりと舞い降りる。

 それと共に『絶対の静寂』が、その帳【とばり】を下した。


 ・

 ・

 ・


 いつのまにか、眠りに落ちていたのだろうか。

 全て嫌な夢だといいな……。

 そんな儚い期待を抱き目をゆっくり開けると……やはり、自分が逃げ込んだ森の風景が目に入る。

 もっとも、森の風景は一変しており、血をまき散らしたが如く辺り一面は赤く彩られ、人らしき残骸が散らばっていた。

 不思議と血臭はしない。そして音もしない。完全に無音だった。

 そして、そこで気が付いた。

 なにかヒトらしき者が、ゆっくり近づいてくる。


 そのヒトらしき者は白い変わった装束をその身に纏っている。

 とても目につくがそれよりも気になるのが、背中に大きく白い羽翼が一対生えていることだ。

 逆光で面貌【かお】が見えない。

 これが人間のいう『天使』ってやつなのかな……。


 悠然と近づいてきたヒトが、徐に身を屈めて僕と目線を合わせてきた。

 その時、初めて陰ができて、そのヒトの面貌【かお】が観えたのだが……。


 そのヒトは、人間のような面貌【かお】をしていたのだが、異形でもあった。

 まず、『鼻?』が異様に長く、そしてとても強面【こわもて】であったのだ。

 なによりその顔の色といえば、まるで血に彩られたかの如く、すべてが真紅に染まっていたのだ。


 シャララン♪


 軽く手に持った黒色の棒【錫杖】を振ったのだろうか?

 棒の先についたいくつもの輪が、心地よい音を立てる。

 そんな音色の残響音に耳を傾けていると、凄まじい血臭と小さいが苦悶の悲鳴が消えゆく残響音と入れ替わりに聞こえてきた。


「ひッ!?」


 ゴソゴソ……。

 傍らにいたパトラをみやれば、眼は涙目で舌をだらりと垂らし、お腹をそのヒトに見せて、絶対の服従の誓いを立てていた。


 鮮やかなまでに真紅に彩られた面貌と、周囲の凄まじい血臭と小さいが苦悶の悲鳴……。

 そして、ゆっくりと僕に差し向けられてくるその腕をみて、あることに思い至った。


「あ……。た、食べない……で……」

 そして僕がしたことといえば、あまりにも凄惨な想像に恐れ慄き、そこで意識を手放すことだけだった。


 ・

 ・

 ・


「……あれれ?」

 頤【おとがい/下あご】に指をあて、コテンと首を傾げている。


 もう一人、こちらは黒い装束を身に着け、黒い羽翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと舞い降りてきた。

 だが直前の状況を見ていたのか、呆れた様に声をかける。


「おい、鞍馬【くらま】殿よ? その面【めん】をとれんのか? そこな童【わらべ】を怖がらせてどうするよ? この状況で、いきなりその面をつけたまま近づいては、驚かれもしよう」

 辺りを見回しながら警戒しているのか、その眼光は猛禽類の如く鋭い。


「……あなたも、その鳥のお面を変えるべき……」


「これは地顔【じがお】だ! おれは烏【からす】天狗だぞ。まったく!」


「それに、驚かれたのはこの『鼻高の天狗面』だけのせいではない。あなたも持つ『天狗の羽団扇』が作り出したこの惨状との相乗効果と推測する……」


「いや、たしかにそうなんだけど! 

 だってあいつら、この俺を見て……、――「ん~、鳥頭? なんだこいつ、ハーピーか? 焼き鳥にして食えるのか? ギャハハ」――なんて、ほざいたんだぞ! そう、つまりこれって、正当防衛なのよね!」


「悲しいけど、それって過剰防衛なのよね。おかげで尋問ができなくなった……」


「そんなぁ~。だけど、まだ生きてるのもいるし? それに、その童がいるじゃんよ!」


「呼吸【いき】をしてるからといって、生きているとは限らない。大体もう虫の息。それに、この童は状況から推測するに、追われていた。

 観察した結果では、なぜ追われているのかも、理解していない可能性がある。

 したがって、捕虜を確保し尋問する必要性があったと考察する……」


「ほほぉ……。おい、鞍馬殿よ? なら、俺も言わせてもらうぜ。

 あんただって、その『天狗の羽団扇』を振るって殺していただろう?」


「あれには、理由が二つある。

 まず第一の理由として、こちらに来てから狩猟はしたが、戦闘は経験していない。

 そのため彼我の身体能力や付加能力を判定する必要があった。つまりは威力偵察。 情報を軽視するということは、自分の命の価値を軽視するも同然。よって情報は必要と考える。

 本来、彼我の戦力差もわからずに戦闘に至る等とても危険な事だが、今回は威力偵察と割り切る必要があった。また危険性を下げるため、接敵時から全力で事に当たっている。

 当然、相手が強ければ即時撤退も選択肢に入れている行動。ちなみに私の座右の銘は『太く長く活きる』こと。

 そして第二の理由としては、この私を見て……、――「なんだこいつ? 赤ら顔して、酔っ払いか? あんまり金も持ってなさそうだが見世物にはなるかもしれんな。とっ捕まえて売っ払うか。ギャハハ」――などと侮辱したから……。そう、正にこれこそが、正当防衛」

 鼻高の天狗面越しでの応えゆえに、声がくぐもって聞こえる。

 だが、その声調から察するに苛ついているようだ。


「な、なるほど……な。それで、おれと鞍馬殿では、どう違う?」


「私は『鞍馬天狗』で、あなたは『烏天狗』……」


「わざと、はぐらかしてるだろ? それに鞍馬殿の語調から察するに、主な理由は第二の『赤ら顔の酔っ払い』云々【うんぬん】の方だろう?」


「記憶にありません……」


 ・

 ・

 ・


「うん?」


 烏天狗が、徐【おもむろ】に懐から小刀を取り出し、無造作に地面に投げて突き刺す。

 そして、刺さった小刀を軽く握るため身を屈め、掌から伝わる微細振動を感じるべく意識を集中している。


「来たな。この方角、距離はそうだな。半里(約一九六〇m)ってとこか。

 馬?を伴っている。多数のようだな。

 追討隊が戻らないので、その捜索隊ってとこか。どうする?」


「まだこの童は眼を覚まさない。こちらで捕まえたこの精悍な面構えの大型の鶏も持久力がある。この童を鶏に乗せて連れていくのは問題ないと考える」

 背に童を乗せている精悍な面構えの大型の鶏を指差しながら語っているのだが……、


「……なぁ、鞍馬殿よ? その精悍な面構えの大型の鶏って、この紅い鶏冠【とさか】の生えたやたらと目つきの鋭いデイノニクス【体長三m台に達するヴェロキラプトルの大型近縁種】みたいな此奴【こいつ】のことだよな? わざと言い替えてないか? それに、こいつ……たまに俺のことジッと見つめてくるんだよな。『美味そう』って感じの目つきで……」


「……鶏冠【とさか】、羽毛、二足歩行、旺盛な食欲。やはり大型の鶏……」


「俺から言わせれば、精悍な面構え、貪欲な食欲、鋭い眼光、なぜか迷彩色【タイガーストライプ】の羽毛、肉食獣のような鋭い爪牙【そうが】、引き締まった筋肉と身体つき、それに童【わらべ】の連れが物凄く怯えている。やはりデイノニクスだな」


「「……」」


「ギュエ?」


「まぁ、いいさ。今度飯を食う時に生肉を出してみよう。ちょうど童の連れがいることだしな。それで、こいつが肉食か否かは判明するさ」


「童の連れを供物とするのはやめておきましょう。それにしてもこの仔、言葉がわかるのでしょうか? 急に立ち止まって涙目でこちらを窺ってますが?」


「いや、おそらく雰囲気で身の危険を感じたんだろう。にもかかわらず 童を見捨てて逃げないとは見上げた忠誠心。その心に免じて、デイノニクスの供物とするのはやめておくとするか。

 さて、それじゃ俺たちはこれからどうするかが、問題だな」


「そうですね。ここは――『非常に高度な順応性を維持しつつ、流動的現状に鑑みて臨機応変かつ当意即妙を以て臨み、鋭意勇猛にして進取果敢の気概を持ちつつも、慎重かつ大胆に対応する』――というのは、如何でしょうか?」


「なに? ……それは、つまり……行き当たりばったりと同義という事では……」


「行き当たりばったり? 烏天狗ともあろう貴殿が、そのような見解を抱くとは……。その言葉はふさわしくありません。いいでしょう、今一度、我が秘めたる方策を開陳いたしましょう。

 ――『非常に柔軟な弾力性を維持しつつ、流動的現状に対し初志貫徹を旨とするも臨機応変かつ当意即妙の構えをもって臨み、鋭意勇猛にして進取果敢の気概を持ちつつも、慎重かつ大胆に躍動する』――ということです」


「……(うん? なにやら微妙に先程の言い回しと違うような気がするが……)

 そうか……。だが、それは……やはり、行き当たりばったり……」


 その応えを聞き、額に指を添えて、『ふ~、やれやれ……。困った御仁ですね』とでも言いたげに、首を振っている鞍馬天狗。


「いえ、全く違います。ここは非常に重要な要点ですので幾度でも繰り返しますが、――『非常に高度な柔靭性を維持しつつ、流動的現状に対し初志貫徹を旨とするも臨機応変かつ当意即妙の構えをもって臨み、主体性を伴った機動的弾力性を堅持しつつも、鋭意勇猛にして進取果敢の気概を持って、慎重かつ大胆に勇躍する』――ということです」


「うむ? (やはり言い回しが微妙に違うし、どう解釈しても、行き当たりばったりではないか?)……な、なるほどな。では具体的にはどうする?」


「まずは、道を聞きましょう」


「道……をか。……誰に? とは聞くまいが、敢えて問う。誰に?」


 ピッと天狗の羽団扇を指し向けた方に貌を向ければ、哀れな生贄たちが見え始めて、大声で哄笑しているのが聞こえてきた。


「おいおい、なんだあいつら? 赤ら顔の酔っ払いと、なんだ? ハーピーか? こいつは良い! 捕まえて売り飛ばせば金になるぞ! この任務はハズレかと思っていたが大当たりかも知れんな。よーし、お前ら! 今夜はご馳走だぞ! あ~ははは!」


「「「ヒャッハー! ウォォ~、こいつは大当たりだぜ~!!!」」」


 シャララン♪ 

 六角錫杖が揺れ動き、渇いた音が響いた。


 ……あ、これ……血の雨が……。

お読み頂きありがとうございました。

あけましておめでとうございます。

本年度もよろしくお願いいたします。

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