31 閑話 ある戦いにおける無名の操機士
出陣の号令を待つ私は、マキナ装甲機兵の操縦席に座りながら、今迄の事に思いを馳せていた。
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自分が住む町に、志願兵募集の御布令【おふれ】と共に回状が回され、中央掲示板にも志願兵募集の御布令が張り出されている。
その内容はこうだった。
『 志願兵募集。 十六夜宮は、君を求む!
―― 求む兵員 ――
苦難で至難の旅路。
長期間の拘束。僅かな報酬。厳しい訓練。厳格な規律。暗黒の長い日々。
絶えざる危険。負傷の危険有り、生還の保証無し。
期間満了による退役の暁には、ささやかな賞賛と微々たる名誉、語られざる誇りを得るだろう
志願を志す勇士は、巡回する募兵担当者に申し出るか、各街長もしくは町村長に申し出られたし。
(なお、各地域の正常な発展及び振興のため、募集総数および各地域における採用人数制限在り)
十六夜宮 宮主 十六夜カイ 』
この掲示板を見ながら、昔の事を思い出していた。
数多くいるスケルトン戦士の中で、そのスケルトンは額に傷があるという特徴があるスケルトンで、町に駐留するスケルトン隊の一体だった。
このスケルトン隊は、ただ防衛の任に就くのみなならず様々な事にその力を貸してくれていたのです。
整地するための石拾い・穴掘り・穴埋め、家畜の警備、果ては遭難者の捜索まで行い、その他諸々の雑事まで担ってくれているのです。
もちろん、一日中警備もしているのです。どれほどの労力を提供してくれているのか想像もできないほどで、村にとっても必要不可欠な存在でした。
本来なら、幼い時分から貴重な労働力とみなされる子供達の代わりを果たすことで、子供たちに時間を造り出す。
そして子供たちは、その空いた時間を教育と様々な訓練に割り当てられるようになるのです。
その結果、イザヨイ宮領内では識字率が上昇し、読解・筆記・簡易計算能力は周辺国から見ても隔絶した段階にまで達しているのですが、その当人たる子供たちは『勉強ばっかりで、つまんない』と不満顔でした。かく言う私もそんな一人でした
ね。
『勉強ばっかりで、つまんない』と不満顔を作っていられるのが、どれほどの平穏な空間なのかさえ、その時は気が付かずにいたのです。
そんな平穏な時間が突然破られたのは、夜も深くなったある日の事でした。
家族と共に就寝していると突然、ドアを強く叩く音で叩き起こされたのです。
父が剣を抜き放ち静かにドアを開けると、そこには松明の光で照らされた額に傷のあるスケルトンが、完全武装で佇んでいました。
「どうした? こんな夜更けに……なにが……」
そんな時に突如、鐘楼【しょうろう】の鐘が鳴らされ始めたのです。襲撃の始まりでした。
最近、徒党を組んだ冒険者が……いえ、強盗団が領内各地で狼藉を働くことが多発しており、近隣の集落・村や町には警戒するようにとの御布令が出ていたのです。
それが、この町にも遂に降りかかってきたのです。
額に傷のあるスケルトンは、剣で何もない空間を指し示す。そして剣を鞘に戻すと今度は別の方角を指差しました。
「この方角からくるんだな……そしてこっちに避難しろと」
父がその意を組んで解釈すると、そのスケルトンはその場から離れて隣家に赴き、同じ動作を繰り返していました。
住人全てが滞りなく避難し幾日かが過ぎた頃、大人の数人が状況を確認するために町に偵察に赴き、安全を確認してきました。
町は少しの被害で済んだようですが、強盗団らしき骸があちこちに散乱しており、戦闘があったことは確かだそうです。
そして、スケルトンの残骸もまた散らばっていたそうです。
そのまま亡骸を放置すると疫病の元になることから、後処理のために大人たちが町に戻り始めました。
強盗行為だけでも傍迷惑なのに、死んでからも疫病の元になるとは、なんて迷惑な奴ら……。
護衛のために残った少数の大人たちと、子供達や女性たち、高齢者達はこの避難するための隠し洞窟に残ることになったのですが、それとて数日の事。
高台にある隠し洞窟から出て村に帰る途中、辺りを見回せば空には幾条もの煙があちこちから上がっているのが見えました。
近隣の村や町が襲撃を受け、その後処理のために遺体等を焼却しているのでしょう…… 。
そして町に戻り、またいつもと変わらないスケルトンたちがいる日常が始まると思ったのですが、近隣の町村に駐留するスケルトン隊の内でその六割強がイザヨイ宮領防衛のため招集、出征することになったのです。
幼い私達には良く分かりませんでしたが、父の話ではもうずっと戦いが続いているにも関わらず領民の徴兵は、無いとのことでした。
それでも二十年ほど前に一度徴兵があったきりだそうです。それも他の宮の防衛のためにスケルトンなどの兵力を大規模に出征させるので、その代替兵力として郷土の防衛に就くためのものでした。
また時折、志願入隊の募集があるのですが選抜があり、父も入隊を考えたそうですが幼い子がいるために断念していたそうです。
そんな父は『徴兵があるなら、俺は必ず応じる!』と意気込んでいました。
それが『恩義に報いるための筋道だ』とのことです。
その時には、一体何の事なのか判りませんでした。
町人たちは、日頃の感謝の念を込めてスケルトンたちの装備を整備したり、花輪を作って贈り、スケルトンたちを見送りました。
私も季節の花で花輪を作り上げ、額に傷のあるスケルトンに贈ったのです。
まだ幼く、おっかなびっくりで、おどおどしながら花輪を贈ろうとする私に、そのスケルトンは片膝を着いて目線をあわせてくれたのです。
そして、花輪を頭に乗せて花冠にしてくれました。
そしてスケルトンは数瞬でしたが、ゆっくりとぎこちなく私の頭を優しくなでてくれました。そして立ち上がると二歩ほど下がり、ぎこちなく挙手敬礼で応えてくれたのです。
「出立!」
遠くで部隊を統率する指揮官の声が聞こえ、スケルトンたちが行軍を始めました。
行軍の後ろ姿をずっと見続けるとともに、そのとても大きく頼もしく見えた姿が今でも思い浮かぶのです。
そして、それがあの額に傷のあるスケルトンの最後の勇姿でした。
あのスケルトンは戻ってこなかったのです。
『空には幾条もの煙』
『挙手敬礼してくれたスケルトン』
『行軍の後ろ姿』
そんなこと思い出していたら、私はいつの間にか町長の前にいて、志願入隊書に承諾の署名をしていました。町長の話では私が一番目だそうです。
家に帰り、入隊の報告をすると母には泣かれ、弟と妹はポカポカと私を叩いて泣かれてしまいました。
最後に父に殴り飛ばされましたが、その後、抱きしめられ「すまない、俺は老いた。すまない」と泣かれてしまいました。
私は『みんなの笑顔を護りたい。そのために強くなりたい』と、ただそれだけを思い、願った末の決断でした。
幼馴染の男の子にも、報告すると驚愕したのか動きが止まってしまい、再び動いたと思ったら走ってどこかに行ってしまいました。
志願入隊するような武骨な変な娘っ子とでも思われたしまったようです。
う~ん……、ほんの少し『この子、いいなぁ~』と思っていたのですが、どうやら見事に振られてしまったようです。儚い想いでしたね。
すでに入隊期日は決まっている。
移動は数日の旅程なので大袈裟な旅仕度など無用。そも旅仕度をするといっても入営時に持ち込めるのは、必要最小限の物と肌着類数枚のみです。
そのため各種の品を揃えるといってもすぐに終わり、あとは出発までの時間を潰していくのみです。
そんな折に、父が『兵士の心得』を説くと言って相談に乗ってくれたのです。
だけど父は、兵役に就いたことはないはずなのですが……。
そのとき父が話してくれたのですが、なんと高祖父【自分から見て4代前の祖父】は既に亡国となった国の在郷の下級騎士だったそうです。
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高祖父の故国では各地が戦火に包まれ、抗戦しても城砦は陥落すると判断したその地の領主は――、「希望する民を連れて落ち延びよ。この国は狂信者の手に墜ちるだろう。東に迎え。イザヨイが迎えてくれる。私は時間を稼ぐと共に、かつて高潔な理念と共に在った国、その在りし日の国の領主・城主として最後の責務を果たす」――と、最後の命令を発したそうです。
そして避難民の護衛をする隊が急遽編成されることになり、まだ若かった高祖父はその隊に組み入れられたそうです。
その隊の構成人員は、明らかに意図して若い騎士や従卒達が多く組み入れられていたそうです。
その案を聞かされた者たちは、当然ながら領主に『共に落ち延び再起を図るべきだ』と説得したそうです。
ですが領主は――「私の首級がこの地にある必要があるのだよ。首級が見当たらなければ、追手を放ってでも探し回るだろう。私がここで派手に抗戦すれば、時間稼ぎにもなるし敵も集まってくる。それに私の首級を挙げれば一時とはいえ、敵の動きは止まる。せいぜい粘って最後は華々しく散って見せるさ。なに、私が敬愛したこの国が醜く墜ちていく様を見ずに済むのだから、逆に僥倖と言えるのかも知れぬ」――と笑いながら答えたそうです。
覚悟のほどが固いと見るや、籠城戦が始まる前に領地を脱し東へと向かう事になり、急ぎ移動が開始されました。
その東に向かう旅も七日ほどが過ぎた晩、故地のある方角の空は紅蓮の炎に照らされており、それはとても……とても紅かったそうです。
長く苦しい旅路。草を食べ泥水を啜り、追手から逃げる逃避行。
脱落する者や捕まる者、中には耐えられずに自ら戻り投降する者もいたそうです。
彼らのその後は、わからないそうです……。
もはや何日、彷徨い歩いているのかさえ分からなくなるほどの旅路。
路銀になる物等は全て売り払い、残るはこの身のみになるというところで盗賊に襲撃されたそうです。
高祖父は騎士として立ち向かったそうです。ただ、もはや装備は、その手にする剣一振りのみ。
領民たちも木で拵えた棒に包丁や短剣を括り付け簡易の槍で戦ったそうですが、太刀打ちできずに死傷する者が続出。
このとき高祖父も負傷し、その傷が元で騎士は廃業したそうです。
残るは負傷者と女子供ばかりで、その盗賊団は下卑た笑みを浮かべていたそうです。
なんて屑なうえに下種なのでしょうか……。
どうすることもできない状況に陥り、もはや舌をかみ切り自決する覚悟を決めたところで、イザヨイの軍勢が突入してきて救出されたそうです。
この盗賊団は結構大規模な盗賊だったそうですが、程無くして全滅したそうです。
ま、因果応報、当然の報いといったところでしょうね……。
そして救出後、護送されながら移動を開始し、治療と共に今後の処置を『協議』したそうです。
高祖父や領民達は、過酷な労働を一方的に強いられると覚悟していたそうですが、『協議する』と伝えられた時は、最初何を言われているのか理解できなかったそうです。
そも『国民』という者は『望む、望まざるとに係わらず、国が後ろ盾になっている』のです。だからこそ『国民』と称されているのです。
その後ろ盾がなければ、その民は根の無い『民草』とも称されるモノになり果てる。
そして根のない草は時流と言う風に、否応もなく翻弄され流されるのです。
当然ながら望みを問われることもなく、他の者に自らの行く末を決められてしまうのです。
にも関わらず、なんの後ろ盾もない避難民、そんな避難民の意見や要望を聴くなど他では聞いたこともないと驚いていたそうです。
そしてイザヨイ領内に半死半生の態で辿り着き、案内された先には開拓村が用意されており、護衛と監視を兼ねたスケルトンが配されるとともに、『種もみ』まで用意され自活するよう求められたそうです。
そして、一年が経ち三年が経ち五年が経った頃、『領内の自由移動が許可される』との御布令を持った十六夜本宮の猫の獣人が、馬車に乗って村を訪れたそうです。
領内の自由移動もなにも、定住地があるだけでもありがたいのです。その上、定住地を発展・振興させるために、何くれとなく配慮されているのが判っていたそうです。
なぜここまで厚遇してくれるのかと、その猫の獣人の方にある者が聞いたそうです。
その猫の獣人の方は、懐から手紙を出して渡してくれたのですが、その手紙は当代の十六夜宮の宮主からだったそうです。
なんでも簡単に要約すると、――『かつての故地にはイザヨイ宮を開闢した高祖夫妻が滞在しており、有用な知識などをもたらしたそうです。
ですが、その知識などを指して異端の技などとほざく新興宗教が糾弾し私刑をくわえようとした際に、その地の住民と領主は夫妻を匿った上に領外への脱出を手引きし、その危難を救ったとの事だそうです。
そして受けた恩義を忘れてはおらず報いるために、一報を受けて救出の兵を差し向けたとの事』――でした。
父との相談というかお話が終わり、その日はもう就寝しようとしたのですが、なにかモヤモヤした感じがして、なかなか寝付けませんでした。
……『兵士の心得』を説いてもらっていたはずだったのですが……、いったいどこの箇所だったのでしょうか?
『領主の心得』らしきものは判ったのですが……、う~ん、う~ん?
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「か、帰ってこいよ」
すれ違いざまに、あの男の子から小さく声を掛けられました。
「えッ? うん!」
どうやらまだ脈はあるようです。えへへ。
これで心置きなく入隊できますね。気分も晴れやかに募兵担当者と同期の皆と共にイザヨイ本宮に向けて、巡回馬車に乗り込んで宿営地に出発した。
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「町長ッ! なんで志願入隊を締め切ったんだよ!? ふざけんなよ!」
男の子が蹴破らんばかりの勢いでドアを開けて入室すると、いきなり吠え始めた。
「お前、二人の時くらい、お父さんとか言えんのか? 大体遊び回ってて、掲示板もろくに見ないじゃないか!
お前、あの子はすごく人気があるんだぞ? そんなんで大丈夫なのか?
それと志願兵募集の件は仕方なかろう。応募者多数で早々に地域一帯で募集停止するなぞ誰が想像できる? この地域で募集人数三十に対して三百五十以上の応募数だ。杖をつく爺さんまで応募してきたんだぞ!?
……お前、あの子の瞳をちゃんと見たことがあるのか?
あの澄んだ瞳に湛えた決意の輝き。私は、率直に『美しい』と思った。間違いない、あの子は大きくなる。この町の誇りだ。
それに引き換え、お前と来たら……。お前は、我が家の恥だ。先祖に顔向けできんわ! 俺の方が言いたいくらいだ、ふざけんなよ!」
当初は冷静に呆れつつ町長として応えていたが、徐々に熱を帯び始めていく。そして父からの苦言は、いつしか罵声へと変化していた。
「な、なんだと?!」
「なんだ、事実だろうが!」
親子喧嘩は熱を帯び始め、双方が貌を紅潮させて罵り合っていたが、それはまた別のお話である。
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「よーし、出すぞ、回せぇぇぇーッ! 出撃準備!」
遠くでドーネッツ整備隊長の号令が聞こえた気がする。
「「「各員、機乗! 出撃準備! 回せぇぇぇー!」」」
それに応えて、片膝を着く駐機姿勢の各機に整備兵と操縦士が取り付き準備に入っていくのを、ぼんやりとみていた。
「お? どうした、嬢ちゃん? いけるか?」
搭乗櫓から操縦席をのぞき込んできた整備担当のドワーフに、声をかけられる。
この出陣の時から私の機体担当となった整備兵の方だ。ちなみに上官でもある。
いつも叱られていたが、眼がいつも柔和に笑っているのであんまり怖くない。
「(ハッ?!) い、いけます!」
声を掛けられて我に返った。
「ははは。よし、その意気だ。なんだ、初陣で緊張してるのか、嬢ちゃん?」
「い、いえ。その……」
「な~に、恥ずかしがる事はないさ。だが緊張した兵なんざ使い物にならんからな、訓練通りにやればいい。それに初陣なんてそんなもんだ。俺なんざ小便まで垂れたもんよ。がははッ!
ところで、お前さんを待ってくれている者はいるのか、誰でもいい。もちろん家族以外だぞ? ぬははは!」
「お、幼馴染の子が……その……」
「お? 現実充実派【リアじゅう】か? だが、まだ現実の獣【リアじゅう】にはなってないと見た。
よしよし、ならば話は簡単だ。お前さんの初陣の任務はたった一つ。生き残ることだ。
なに簡単だ、ただ恋しいあの子のことだけを考えていろ。そうすりゃ嫉妬深い死神なんざ、立ち去っていく。なんせ惚気【のろけ】た雰囲気は、死神が一番嫌うそうだからな。
大丈夫だ、安心しろ。マキナは頑丈だ。だが過信はするなよ? 英雄はいらないからな。そして……戦友は見捨てるな、わかってるな?」
最後の一瞬、眼光がとても鋭くなったのがみえた。
この眼光……、普段の柔和に笑っているのであんまり怖くないといったが、今のは……。
そうか。この人、戦の経験が長いのだとすぐにわかった。
見たくもない場と、したくもない経験を色々してきたのだろう。
「は、はい!」
「よーし、三〇七起動準備!」
機体に付けた搭乗櫓から周囲の整備隊に向かっ指示を出しつつ、突如私に向き直り言葉を紡いだ。
「 嬢ちゃん、戻ったら『奢ってもらう』からな。覚悟しろよ? なにしろ俺たち整備隊の万全な整備と、俺の直伝、戦闘効果証明【コンバット・プルーフ】済みのありがたい助言のおかげで生還できるうえに、幼馴染の男と結ばれるんだからな! あ~ははは!」
「え――――ッ!」
馬鹿笑いしてるけど、これは私の緊張を解いてくれようとしてるんだと、その柔和に笑っている目付きで直ぐにわかった。
さっきの鋭い眼光と、いまの柔和な目付き。
一体どっちが本当の顔なのだろうか……。
「ははは! よーし、いけるな?」
私の頷きを見て、ニッと口角をあげてるとともに、また急に眼光が鋭くなり手を額に当てる挙手敬礼をしてくれた。私もあわてて答礼する。
本来ならば所属する部隊が違うとはいえ、上位の階級者が下位の階級者に向けて先に挙手敬礼をする事など無い。
これは戦場に立つ先達が、――『己の意志により、新たに戦場【いくさば】に己も立つと決意をした者に顕す敬意』――なのだろうと察する。
そうか……。
――『ここはもう戦場なのだな』――と、改めて実感した。
「『三〇七、胸部装甲【メインハッチ】閉鎖確認! 起動!』」
装甲板越しにくぐもった声と、耳元のヘッドフォンの声が重なる。
ギィ、ギィ……ギギギ。
ヒュ、ヒュイイイイイィィィィィ――――――――――――ンンンンン。
腰部の始動用クランク棒が回されていき、機体の鞴【ふいご】が自律機動を開始。
次いで機体内に循環液が回り始めていく聞きなれた音が各所で鳴動し始め、操縦席にも微細な振動が伝わり始める。
それと共に、操縦席の正面映像盤に光が点り、映像が結像されていく。
もう何度も訓練で繰り返し行われた起動手順とその確認。
その手順を諳【そら】んじながら、操縦席の周囲に配置された計器類・計測管などの確認を実施していく。
感圧状況、適正。
冷却水温度、適正。
機体内循環液総量、適正。
循環液濃度、適正。
各四肢の動作同調確認 良好。
主眼及び補助眼、動作確認。
主映像盤【メインモニター】及び補映像盤【サブモニター】との同調、良好。
操縦席の身体保持帯【シートベルト】の連結確認、良し。
通信機及び通信状況、感度良好。
心肺機の鼓動数、適正良好。
次は――。
全ての確認が終わり、辺りを見渡せば所属する第三大隊の各機が、ゆっくりと立ち上がっていくのが見える。
同じ訓練を受け、寝食を共にした仲間達だ。
『各機、起動確認の点呼!』
耳元のヘッドフォンから声が流れていく。
「「――!」「――!」「――!」『三〇七、い、いけます!』「――!」「――!」」
各機が応答していく中、私は少し上擦【うわず】った声をあげていた。
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『大隊傾注、リリムル大隊長訓示!』
『多くは語らぬ。生きるために活きよ。諸君の後背には無辜【むこ】の民がいることを忘れるな。
各機、各自の責任と義務を果たせ。さすれば『傍観している歴史が終わり、躍動する伝説が始まる』。諸君、伝説を創るべし! 以上をもって訓示とする!』
耳元にリルムル大隊長の涼やかだけど、覇気の伴う凛とした声が流れていく。
この声を聴くと、隊が引き締まると仲間たちが言っていた。
私もそう思う。
目を閉じて、今迄の訓練を思い出す。
リリムル大隊長は訓練教官をも兼務していた。
複数いる教官の中でも『訓練と言えど、意味もわからず続けることなど出来はせぬ!』との考えの基で、いま行っている訓練の『目的と意義』はちゃんと説明してくれるのだ。
但し、『いざ戦いに臨みては、訓練で身に着けたことしか出来はせぬ!』の方針の基で、『昼夜かまわず、所かまわず繰り返される訓練』なのだが……。
「もう一度!」「なにやってる?! もう一度!」「遅い! もう一度!」「遊びじゃないんだぞ! もう一度!」「武器をフラフラさせるんじゃない! もう一度!」「楽しい夢でも見ていたのか? ヘラヘラ笑えるとは余裕だな。もう一度!」「どうした、笑ってみろ! もう一度!」「良し、今の感触を忘れるな。もう一度!」「もう一度!――」「――!」
……思い出すだけで気分が……うわぁ~……。
……大丈夫、あれだけ何度もやったのだ。訓練通りにやればいいだけ……。
気持ちを落ち着けるために深呼吸しながらも、耳元のヘッドフォンから、うち【イザヨイ宮】の大将たるリン様よりも指揮官らしいと評判のクララ様による作戦概要が伝えられていくのを確認していく。
『――!
忘れるな、『我らの興廃は此の一戦に在る』ことを。
諸宮連合は、各隊の敢闘並びに各員がその義務を尽くすことを期待する!
これより、作戦行動を開始する。
弓隊及び魔術師隊、用意……。撃ちぃぃ方……始め!』
そうだ。私は『みんなの笑顔を護りたい。そのために強くなりたい』と願い、志願した。
そして、いまここにいる!
『連隊、出陣する! 全隊、前へ!』
リン様の声が届く。
こうして改めて聞くと、リン様の声もなかなか良い感じなのよね。
『マキナ第三大隊、前進! 前へ!』
数瞬をおいてリルムル大隊長の凛とした声が耳元をうつと同時に目を開け、僚機とともに動き出す。
これから、私の初陣が始まる。いざ!
お読み頂きありがとうございました。




