30 会戦 9 戦いの終局
《ラルキ軍本営 軍将》
もはや彼我の距離は至近と言っていいだろう。突入してきたアイアンゴーレムの群れが暴れまわっている。
留める術【すべ】がないとは、この事だろう。
兵達は薙ぎ払われ、骸【むくろ】となって宙を舞っている。
そんな忌々しいアイアンゴーレムの周囲には随伴の兵達が動き回り、相互に連携し縦横無尽の戦働きをしている。
「閣下! もはや戦線の維持が限界です。敵本軍が前進しているとの報せもあり、このままでは包囲殲滅の恐れがあります、ご決断を!」
供周りの兵のみならず、副官を始めとする幕僚も悲痛な表情を浮かべている。
「……撤退する……。各隊に伝令。
『即時後退する。各隊は離脱せよ、再集結地点はトタルの森外縁』以上。
続いてラルキに――」
「英断です、閣下! 離脱する。護衛隊、閣下をお連れしろ。急げ!」
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《時はほんの少し遡り》
この本営に突入してくるアイアンゴーレムの群。
軍将は、その状況をみてすぐに本陣付きの伝令を呼び、伝達事項を託す。
「伝令! 以下の命令を騎兵隊、および前方の第一歩兵団に伝達。
『本隊は敵からの強襲を受けつつあり。速やかに転進し敵後背を衝け』以上。
行け!」
復唱後、速やかに伝令騎兵が発つ。
まだだ、まだ終わらんよ。
味方が転進してくれば、敵に対して逆包囲を形成できる。
そして、あのアイアンゴーレムを押さえこめれば……まだ……この戦況を覆す事は可能だ。
そのためにも何とか場を持ち堪えさせて、形勢を維持しなければならない。
「大盾で防御を固めよ! 間隙から投槍を放て! 粘着壺を投げつけて動きを封じろ! バリスタはどうした?!」
「すでに壊滅状態です!」
「く、前面に出てしまっていたのが裏目に出たか!」
本来、バリスタといった投射武具類は、その射程を活かすために中陣乃至はやや後方に配されるの常道である。
だがこの戦場に到着して布陣する前に、諸侯軍が突出し苦境に陥ってしまった。その救援のため、本来は前衛を担う重装歩兵団も前進せざるを得なくなり、結果としてバリスタが本陣前衛に配される形になってしまっていた。
このバリスタは後退させておけばよかったのだが、前衛が後退してくる際の支援も考え、そのまま配置させておいた。だが、その目論見は完全に裏目に出てしまい、敵方の第一撃をもろに受ける状況になってしまった。
そんな状況下でもなんとか指示を出しながら、現状を把握すべく報告に耳を傾けるが、その全てが戦況悪化の報せを運んでくる。
「戦列が維持できません!」
「治癒術の速度が追いついていません。聖堂騎士団が従軍司祭殿に後退を進言している模様!」
「歩兵らしき敵部隊の増援を確認。敵戦力急速に増大中!」
「――団、敵の包囲下にあり。連絡が途絶!」
「物見からの報告です。敵大規模部隊の前進が見られる、とのこと」
そんな中でも、看過できない報せが含まれていた。
「いま何と言った?! 」
報告を述べた者を見やりながら問い質す。
「はッ! 前衛側面に展開した第一軽装歩兵団、敵の包囲下にあり。連絡が途絶しております!」
「なんだと?! なぜ包囲されている?! 牽制後に前衛を支援しつつ後退するはずではないのか?」
「誘引され、前進したところを逆撃され包囲下に陥った模様。伝令の言では剣歯虎が第一軽装歩兵団後方に進出しており、団司令部との接触ができないとのこと。出来得る限りの接近を試みましたところ、団からは鼓笛が鳴らされており、符丁照合では降伏投降をする旨の符丁であったとのことです」
「それは……欺瞞ではないのか?」
「伝令騎兵が負傷兵を回収しており、第一軽装歩兵団が前進し包囲下に陥ったことまでは確認しております。おそらくは現在は重包囲下にあるものと……」
「……なん……という」
絶句していると更に報せが来る。
「閣下! 騎兵隊との連絡がつきません。随伴の徒歩従卒がおりましたので同道しました。
おい! この方は軍将閣下だ、見たまま、ありのままを報告せよ」
「は、はい。我ら騎兵隊ですが、敵騎兵を発見しました。また接敵により之を撃滅せんと勇躍したところ、敵騎兵は我らの勇姿に怖気づき、騎乗したまま慌てて矢を射かけながら遠巻きに対峙するのみでした。これをみて、なんと怯懦な騎兵かと――」
なんだと? 『騎乗したまま矢を射かけ、遠巻きに対峙』だと?
普通の騎兵は、矢を騎乗したまま射掛ける事などしない。
喩え弓を用いたにしても、移動の際にのみ騎乗し、矢を射る際には下馬してから弓を番えるのだ。
それが、騎乗したまま矢を射かけたという。
この意味するところを、この徒歩従卒はわかっていないのだろう。
それはつまり、弓騎兵であり精兵ということだ。
「聞くが……、お前は初陣か?」
「はい? あ、いえ……はい、此度が初陣です」
「基礎教程は済んでいるのか?」
「そ、その……短期教程のみです」
「そうか……続けよ」
「あ、はい……。えー、それで追撃を敢行する際、速度を出すため我ら徒歩者を分離しました。そしてしばらくすると彼方より耳慣れぬ異音が鳴り響き、戦塵が空に舞い始めました。しばらくすると主のいない軍馬が駆け去るのを幾度も見受け、これは我らも駆けつけねばと思案しておりましたところ、伝令の方が見えたので、指示を仰ぎました。以上です」
「異音とは、何か? どんな音だ」
「そうですね、なんといいましょうか……。えー、『ゥオォ―~ン』というような音であります」
童子のような真似事をしたのが恥ずかしいのか、若干顔を赤らめているのだが、問題はそこではない。
「ヒュリュオオォ――ン、のような音か?」
「はい、それです。確かにそんな音でした。スミマセン、うまく再現できずに……」
「いや、わかった。ご苦労……」
拙いぞ。これは非常に拙い。グリフォンだ。
あの従卒が聞いたという異音、その正体はグリフォンの鳴き声だ。
おそらく、騎兵隊は軍馬ごとグリフォンが待ち受ける敵陣へと突っ込んだのだ。
結果は聞くまでもない、全滅だろう。
如何に鍛え抜かれた軍馬と言えど圧倒的天敵……というか、絶対的捕食者たるグリフォンの前では全く持って無意味だ。
さらに、機動力の大半を軍馬に拠る重装騎兵だが、その機動力の由縁たる軍馬が役に立たないとなれば、それはもはや鈍重な的と化す。一応、重装ゆえに頑強に抵抗はしようが、ただそれだけだ。もはや部隊としての態を成していない。
我が軍本営から全体の布陣を鑑みるに――、
左に大きく展開した敵騎兵と、伏兵のグリフォンに突入した自軍の騎兵団。
右翼では誘引された第一軽装歩兵団を包囲しつつある敵部隊と剣歯虎隊。
中央部前衛にて敵軍と対峙している領軍及び三個重装歩兵団。
そして同じく中央後方の本軍は、アイアンゴーレムの集団と対峙。
状況をザっと思い浮かべれば、このようになる。
まさに全面に渡って良く言えば乱戦模様となっている。
だが戦況といえば――、
左翼に展開した騎兵隊は、おそらくは壊滅状況。
右翼の第一軽装歩兵団は、降伏投降。
領軍及び三個重装歩兵団、敢闘してはいるが壊乱しつつある状況。
そして本軍は、アイアンゴーレムの集団から急襲、強襲を受け大打撃を被っている。
この状況では、我が軍勢は完全に劣勢だろう。
戦力に余裕がない以上、領軍及び三個重装歩兵団がここで敵を押し戻し、本軍と合流できるかに戦況は懸かっている。
いや、取り繕うのは、もはや止めるべきだろう。
この戦は敗けた。
後はどう敗けて、どれくらいの兵力を残せるかにラルキの命運が懸かっている。
残存兵力でラルキに籠城するしか、もはや術がない。
だが問題は、どうやって領軍及び三個重装歩兵団を下がらせるかだ。
敵方とて後退しようとする領軍及び三個重装歩兵団を、ただ安穏と眺めているはずもない。
増援を送ろうにも本陣とて強襲を受けている今、どうやって……。
「軍将閣下に前衛よりの伝令! 緊急です!
『敵戦力強大。領軍及び三個重装歩兵団は、やむなく降伏を決断。降伏勧告の使者を受け停戦する。若干の猶予があるので、全力で撤退されたし』との由にございます」
もはや大勢は決した……か。
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《冒頭に戻り》
「閣下! もはや戦線の維持が限界です。敵本軍が前進しているとの報せもあり、このままでは包囲殲滅の恐れがあります、ご決断を!」
供周りの兵のみならず、副官を始めとする幕僚も悲痛な表情を浮かべている。
「……撤退する……。各隊に伝令。
『即時後退する。各隊は離脱せよ、再集結地点はトタルの森外縁』以上。
続いてラルキに伝令。
『わが軍は後退中。トタルの森外縁にて再編の後、入城する。全力を以て、これを支援されたし』 以上だ」
「英断です、閣下! 離脱する。護衛隊、閣下をお連れしろ。急げ!」
幕営では離脱する準備が慌ただしく始まるが、戦陣ゆえにそう大仰な調度品などがあるわけではない。
資料類やらがまとめられるだけだ。それでも大慌てで副官などが箱などに放り込んでいく。分類などしている暇は、もはや無い。
剣戟の音が近づいているのだから、焦りもしようが……。
たしかに後退する際に、苛烈な追撃を受けたら全滅するだろう。
しかしここまで用兵に長けているのなら、全滅させるまでの時間が掛かるのも、また了知しているはず。
さらに領軍及び三個重装歩兵団から、降伏勧告の使者を受け停戦する旨の連絡があり、また降伏を拒絶されたとの続報がないことからも、降伏は受け入れられたのだろう。
つまりは交戦協定を知っていて、護る事も知っているという事だ。
事前説明では、たしかに多数の前例があることが説明されていたが、半信半疑だったのも事実。しかし これは僥倖だ。少なくとも理性はある証左なのだから。
そして理性があり用兵に長けているとなると、このままラルキに逃げ込むわけにもいかないかもしれない。
それこそ追撃の態を装い乱戦のまま、ラルキ城内になだれ込んでくる可能性が否定できない。いや確実に侵入される。そのため、どこかで一旦再集結し再編しなければならない。
「足止めの殿軍がいるが……」
「閣下、我らがその任を引き受けます」
「すまぬ、時を稼いでくれ。それから、時機をみて降伏することを認める。必ず降伏をするように。全滅は認められない」
「感謝いたします。閣下こそ、お急ぎを」
「閣下、聖堂騎士団と従軍司祭殿が既に後退を開始しております。また援護するようにとの要請が来ております」
「まずは『自らの御命大事に』……か。まあ、言わせておけばいい。逆に露払いをしてくれるのだから、ありがたいことだ」
恐らく敵騎兵隊が、後方に進出しているはずだ。
我が騎兵団が、おそらくは壊滅状況に陥っている以上、その足を止める者がいない。つまりはどこかで捕捉され痛撃を受けることになる。その役を担ってくれるというのだから、まさに有難いことだと言えるだろう。
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執拗な追撃ではなかったので、辛くも追撃の手を振り切れた。それでも甚大な被害を被っている。
露払いで、先行した聖堂騎士団はラルキに真っ直ぐ向かったようだが……、辿り着けるのだろうか? そんな思案に暮れていたところに、聖堂騎士団から戦塵に塗れた伝令が来た。
「閣下! 我が聖堂騎士団は、敵騎兵からの攻撃を受け甚大な被害を受けております。速やかに助勢を願いたく――」
「貴殿とて、わかっていよう。我が方には、もはや余剰戦力はない。それより、どの地点で攻撃を受けたかを報告せよ」
「ですが、それでは従軍司祭殿が!?」
「報告せよ。状況によっては助勢できるやも知れぬ」
「……はい、聖堂騎士団は従軍司祭殿らをお守りしつつ後退しておりましたところ、左手側に砂塵が舞い上がりました。伏兵と考え右手側に進路を取りましたところ、多数の敵騎兵からの強襲を受け甚大な被害を――」
ラルキ方面に後退中の団から見て左手側に砂塵が見えた……だと?
敵騎兵から分離した隊がいるのか、もしくは更に浸透している別動隊の敵兵力が待ち伏せているのか……。
やはり、ラルキ方面に後退することさえできぬという事か……。
それどころか、軍の再編後にすらラルキに近づけないという事を意味する。
それは『ラルキが陥落する、ラルキを見捨てる』という事を意味するが、もはや対応のしようがない。
無理にラルキ方面に進出しようとすれば、別動隊の敵兵力に捕捉され足止めされた挙句、後方から敵本隊の攻撃を受けることになる。
ここで兵力を、消尽させることはできない。
ならばトタルの森外縁を回って公都方面に撤退し、派遣されてくる増援の軍と合流するしかないだろう。
ここまでの大敗だ、誰かがその責を負うことになる。
それはもちろん軍将たる私だ。
そして、それが私の『最後の任務』となるだろう……。
だが、その前にやらねばならぬことがある。
「ラルキに伝令。
『わが軍、敗退。現在後退中。敵の進出が速く、ラルキ入城を断念。また現在ラルキ伯爵は行方不明、わが軍とは同道せず。貴領におかれては残存兵力をまとめ、籠城されたし』以上だ。
伝令は時をおいて、三回出せ。必ず達するようにな」
お読み頂きありがとうございました。




