29 会戦 8
《ラルキ軍前衛集団》
一体、何が起きているのか……。
誰もがこの場で起きていることが理解できず、ある者は残骸となって肉片を飛び散らせ、またある者は踏みつぶされ、またある者は両断されていく。
皆がただ等しく散っていく。何の武功を残すことなく、ただ散っていく。
この死の顎門【あぎと】は、皆に対し機会の平等のみならず結果の平等をも公正公平に与えている。順番の遅いか早いかの違いでしかなかった。
そんな光景が広がっている。
「槍斧【ハルバート】隊は、長槍隊の援護! 戦列を維持しろ、敵を近付けるな。防御を固めるんだ!」
「馬鹿を言うな! あの巨大な剣で薙【な】がれたら、防御は全く関係ないだろうが! 一撃で吹き飛ぶぞ!」
「ならば、動き回って陽動を!」
「簡単に言うな! だったら、まずはあの邪魔な随伴歩兵をなんとかしろよ! それを考えるのが隊長だろうが!」
「その隊長はもういないんだよ! わかってるだろうが!」
「そんなことはわかってる! そしてお前が、今はその隊長役を演【や】るんだよ、副長!」
そこかしこで怒声を伴う命令が飛び交うが、何ら敵に対しての効果がない。
そして効果を発していない故の焦りからか、さらに怒声が飛び交う状況。
更には、その怒声が飛び交うなかにおいてでさえも、敵が全面攻勢に移っていることがわかる。
そんな状況下において、自軍の各戦列が崩壊しつつあり、更には包囲下に陥りつつあることに気が付くと、兵達は不安を募らせて徐々に士気が下がり始めていく。
いまはまだ部隊としての体裁をなんとか維持してはいるが、それは兵士としての自負心からか、単に単独で逃げても逃げ切れるものではないと考えているのかは、判然としなかった。
実際、何とか踏みとどまり防御に徹している部隊もあるのだが、それは防御態勢が功を奏しているというよりも、ただ単にまだ巨人の振るう剣の間合いに入っていないというだけだった。
槍斧【ハルバート】隊と長槍隊で敵歩兵の接近を阻止しようとすれば、アイアンゴーレムが突入してきて突破口を開口。その突破口に敵歩兵が浸透し損害が急増し始めている。
中には勇猛果敢に、近距離から投槍器【アストラル】で重槍を投げつける部隊や、鉤爪に縒り縄を結び付けた鉤縄で巨人を絡め取ろうとする部隊もあったが、その大半は随伴の歩兵による阻止攻撃にされ、その随伴の歩兵を相手取っている間に巨人の一撃を喰らって、なす術もなく散っていくという悪循環。
またなんとか投擲できた重槍といえば、巨人の盾かその身にまとう鎧に弾かれる、もしくは回避される。鉤縄【かぎなわ】の方といえば、もっと派手だった。巧く巨人の体に鉤爪かぎづめが引っ掛かる、もしくは縄が巻き付いたと思いきや、鉤縄を放った兵が鉤縄ごと空中に放り飛ばされて数瞬後に、地に叩き付けられているのだ。本来なら絡みついた縄を地に杭で固定するのだが、その暇【いとま】すらない。例え地面に杭を打ち込んだとしても、あの膂力では簡単に引き抜くだろう。また絡んだ邪魔な縄を自ら剣で斬っているという器用さまで見せられては、もはやなす術がない。
基本的なゴーレム系統への対抗策は、いくつかある。
されど、効果を発揮する状況や準備に手間と時間と決死の覚悟がいるのだ。
たとえば――
① 重槍などを突き刺す。突き刺されば、その威力で倒せることもできるし、倒せずとも刺さった槍の柄が行動を阻害し始める。
② 縄付き鉄心鏃【ボルト】を弩弓で撃ち込み引き倒す。効果的だが撃ち込むための強力な装置、たとえば弩弓が必要となる。だが強力な弩弓というものは概して大きく重い。
③ 鉤爪に縒【よ】り縄を結び付けた鉤縄や鎖で絡め取り、地に固定するか引き倒す。
④ 投擲縄【スリング】で粘着瓶【ねんちゃくびん】・粘着壺【ねんちゃくつぼ】を投擲して、行動を阻害する。但し、それなりの大きさの瓶や壺に高粘性で時間と共に硬化する物質を充填した物を投擲縄【スリング】で投擲するため、届く距離が短い。そのため、投擲する距離まで近づかねばならないうえに、多量に命中させねば効果が発揮できない。さらにそれなりの大きさの粘着瓶・粘着壺はそれなりの重さとなり、常に持ち歩くというのは現実的ではない。
⑤ 落とし穴に落とす。効果的だが、ゴーレムの巨体を落とすとなると、それ相応の深さが必要になるし、その場所まで誘導する必要がある。
⑥ 中枢魔核を露出させて、魔核を破壊。この⑥をいきなりしようとする者もいるが、これは推奨されない。やろうとするのは手練【しゅれん】の熟練者か、状況判断のできない新兵か、はたまた英雄願望のある愚か者だけだ。
――等々だ。
①~⑤までは⑥の準備のため段階ともいえる。つまりは、引き倒すとか動きを止めることが主眼なのだ。もっとも、いつでもどこでもとなると装備の関係から①か③かしかないのだが……。
そして⑥は、あくまで最後の詰めの一手といえる。
逆に言えばこの①~⑤が成し得ないならば、多大な損害もしくは莫大な時間の浪費を覚悟しなければならないということになる。
そして現況においては、多大な損害を覚悟しなければならないというその現実が、いま目の前で起こっていた。
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前衛の指揮権を掌握している前線司令部、則ち第一重装歩兵団司令部は指揮系統の確立と維持に腐心しようとするも、確立するための伝令が各団の幕営や各隊の隊長に到達できずにいた。
戦域全域に渡り、伝令が『どこに行けばよいのか分からずにいる』ほどの混乱状態に陥っていたのだ。
各重装歩兵団は各々一千の兵員と団司令部要員で構成されており、その隷下には兵数五百で構成される二個大隊がある。さらにその大隊は兵数一百で構成される中隊五個から成る。
この中隊が戦場に投入される最小単位となっており、その中隊を構成するのは兵数二十の五個小隊から成るのだが、その小隊が壊滅してしまい連絡が途絶していく隊が続出していった。
そんな中にあっても、伝令が行き交い指揮系統の確立・維持と現状の把握に努めようとする。
その伝令兵同士も駆け回る刹那の間に情報の交換を行うのだが、その全てが劣勢に陥りつつある報せばかりであった。
「おい、第三団司令部はどこにあるのだ? 伝令だ!」
「分からん! そっちこそ第五大隊はどこかわかるか! 左翼の防衛線が破られそうだ!」
「右翼に大蠍多数が侵入しようとしている。何とか持ちこたえているがこのままでは危険だぞ! 今のうちに予備兵力で補強をしなければ!」
「領軍幕営の在所が分からん! 誰か知らんか?!」
「本陣はどうしたんだ!? なぜ増援が来ないんだ?!」
「本陣との連絡が途絶している! 状況がわからないのだ!(もしや……我らは見捨てられたのか?)」
伝令兵とは本来選別された兵が就く大任であるが、そんな伝令兵でさえ狼狽している。そして有りえない状況だからこそ、有りえない考えをしてしまう。
それほどまでに、戦況は悪化していた。
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「……団長。各戦列は崩壊、または崩壊しつつあり、同時に包囲されつつもあります。無念ではありますが……、もはや降伏も考慮すべき状況です」
「……撤退さえできないのか……。あの後方の煙幕に紛れるのはどうか?」
ちらりと薄れつつある後方の煙幕に目配せをやるが、色好【いろよ】い返答を期待しているわけではないのは、自分でも判っている。
そして副官は首を横に振りつつ、別種の予測通りの返答をする。
「包囲下にある中、各隊で各個に散開し、各自独行での強行離脱は損耗を無視すれば可能ですが……、どれだけの隊が離脱できるかは不明です。また追撃された場合、全滅の可能性すらあります。
また本陣の状況も不明です。斥候が戻ってきましたが、本陣もあのアイアンゴーレムの集団による強襲を受けて交戦状態とのことです。例え本陣に合流できたとしても、本陣の軍が交戦能力を維持しているすら不明です。最悪、本陣側へと後退したとしても、あのアイアンゴーレムの集団が待ち受けており挟撃される恐れさえあります」
「そうか……、是非も無し……か。ダンジョン勢は万国交戦協定を知っているのか?」
「以前からの交戦記録によれば、知ってはいるようです。ただ我等、つまりベルザル大公国はダンジョン勢の降伏、投降を受け入れたことはなく……、その……全てを処断したという記録が……」
「どういうことだ?」
「ベルザル大公国としては、ダンジョン勢は野盗・匪賊【ひぞく】の類【たぐい】との見解で、独立した勢力と見做【みな】しておりません。
交戦協定は独立勢力、すなわち国家や部族といった他からも認められた一定以上の勢力との間に適用されるものであり、野盗・匪賊の類、つまり武装した犯罪集団には適用されず、適用されるのは刑法上の処罰で『誅罰【ちゅうばつ】』という考え方です」
「……ここで、鏖殺【おうさつ/皆殺しにすること】されても、文句は言えんか……。といって、このまま戦闘を継続しても鏖殺される事には変わらんな。
敵の良識に頼るとは、なんとも滑稽だがここは決断の時か……。交戦を停止するよう布令をだせ。団旗を下し、降伏する旨を伝え降伏旗を掲げよ。それと本陣にも降伏する旨の伝令を送れ 」
「英断です、団長」
じっと、こちらを見ながら何かあれば飛び掛かれるよう、少し腰を落としている副長を見て苦笑する。
「ははは、心配するな。自裁はせんよ……。敗軍の将とはいえ、その責務は心得ている。この命で将兵の命は贖【あがな】ってみせるよ。しかし、これほどまでとはな……、これから荒れるのだろうな……」
「団長。ベルザル大公国はダンジョン勢の降伏・投降を受け入れたことはないのですが、ダンジョン勢はベルザル大公国の軍の降伏、投降を受け入れております。また身代金を支払えば帰還も可能との記録があります。一縷【いちる】の望みに縋【すが】りましょう」
「身代金? なんだそれは?」
「はぁ、まさにそのままの意味です。もっとも名目上は、戦闘中行方不明者を一時的に『保護』した事への『謝礼金』という事になるのだそうですが……」
「文官どもの考えそうな屁理屈だな……」
兵達の囲みから歩み出て周囲を見回せば、あちこちで戦闘中止の布令を周知させるべく、伝令が大声で駆けまわっている。
血気に逸った兵が軽挙妄動で攻撃を加えれば、それこそ伝令兵も含めて包囲され鏖殺される危険があるのだ。
伝令兵の彼らは、文字通り命懸けでその職務を果たそうとしている。
降伏旗が掲げられ抗戦が収まると共に、降伏の確認のためだろうか……、周囲に歩兵を従えた巨人が、悠然とこちらに近づいてくるのが見えた。
そんななか、第一重装歩兵団司令部の後方から、何やら言い争う声が聞こえている。
「閣下! 閣下! お止め下さい。停戦命令がでているのです! どうか!」
「なにを言うか! 我ら、栄【さかえ】あるラルキ諸侯が、ダンジョンごときに降伏などできるか! いまだ兵は健在なのだぞ! ちょうど戦闘が停止している今だからこそ、軍を再編し強襲を加えるべきだ!」
「伯爵閣下! いまは耐え難きを耐えてでも、この地から生きて戻らねばならないのです! これ以上の死傷者は、ラルキの瓦解に結び付くのですぞ?! 領主としての責務を全うして下さい。何卒、なにとぞ!」
「何度も言わすな! 私こそがラルキ伯爵であり、ラルキそのものなのだぞ! 私が命令を発すれば、それが――」
まずい……。まだ距離があるので、あの巨人の軍使には聞こえていないだろうが、交渉の最中であのような物言いが聞こえたら破談の可能性さえある。
ここは、あの伯爵を何か理由をつけて遠ざけておくべきだ。
踵【きびす】を返して後方へと赴こうとしたのだが、何かくぐもった言い争いの声が聞こえ、そして聞こえなくなった。
まさか……。
嫌な予感を覚えて、その歩みを止めてしまう。
数瞬の後に、慌てて駆け寄ってきた司令部詰めの者の胸甲の一部が、血で彩色されているのに気が付くと同時に、溜息が漏れ出た。
「団長……。伯爵閣下なのですが、伯爵閣下の副官殿が、その……」
「そう……か。あぁ~、そう……だな……『伯爵閣下は先ほどの敵の強襲により負傷されていた。その傷が思いのほか……深手であり、身罷【みまか】られた』ということだな?」
「……え? ……あの……」
「敵の強襲により深手の傷を負っており、治療の甲斐なく召された。そうだな?」
「……はい、貴族の御名に恥じぬお働きでした」
「く、くく、ふはは。(『貴族の御名に恥じぬお働きでした』か……) 言い得て妙な言い回しだな。まあ、良い。丁重に後送する準備だけはしておけ」
「団長! 敵方の軍使がきました。どうなされますか?」
「通せ。だが手を出すなよ。各隊にも周知徹底するため、重ねて布令をだせ」
お読み頂きありがとうございました。
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