27 会戦 6
《 諸宮連合軍戦士総監/ルイム・アスワム》
「敵を視認! 軽装歩兵隊約二千五百、槍を中核として陣形を組んでます。
距離六百、急速に接近中!」
「よし、手筈通りにやるぞ。各隊、血気に逸って退く時機を見誤るなよ! 待機する部隊は大人しくしていろ! 身を低くして見つからないようにしておけ!」
ベルザル大公国の突出してきた部隊の側面を衝くために二千で出陣、その内の七百を伏兵として待機させておく。そして伏兵として待機する隊にはマントが支給されており、そのマントで身を覆い隠しながら地に臥せさせるのだ。
このマント……、マントと言えば聞こえはいいが実際は幅広の雑な布。
その布に地勢に合った配色を行っている。体裁よく言えば配色とも言えるのだが……、その実態といえば布を地面に置いて土を掛けたり下草を煮出して汁を塗り付け、わざと汚したりして偽装しているのだ。
新品の布をわざわざ汚すという行為に、補給担当者は口をパクパクさせながら絶句していたのだが、その気持ちはわかる。懸命に管理していたのに、この結末。
まぁ、最後は「こうした方がいいじゃないか?」と汚し塗装と偽装に自分も参加していたが……。
あの者も心に棚を作り、理不尽への耐性を身に着けて、やがては大物になるかもしれない一歩を踏み出したのだろう……多分。
自棄になったのではないと思うのだが……。
また布陣しているのが平野と言えども多少の起伏はある。その窪地に汚し偽装を施
して伏せておけば、遠目にはまず見分けがつかないだろう。
都合一千三百で進撃をし、応手が無ければそのまま中央に陣取る敵の集団に噛みつこうとしたが、なかなかに応手が速い。
敵の指揮官は相当に戦働きに慣れていると考えていいだろう。
さすがに国境警備に就いていた兵団だけのことはある。
元より、やすやすと側面を衝けるとは思ってはいない。
ここからが本番だ。
さて、この応手を打ってきた敵の指揮官は良将だろうが、この部隊を率いる現場指揮官はどうかな?
まずは一当てして、お手並みを拝見するとしようか。
それにしてもベルザルはラルキでの籠城戦と言う上策を取らずに迎撃に出てくるとはな……。これは指揮系統に問題か物資の備蓄に難があるとみるべきかも知れぬ。
諸宮連合が出征する際に、途中の町や村に立ち寄らず真っ直ぐに進出し、剰え陣地構築をはじめたことが功を奏したか。
相当に焦ったようだな。確かに時を置けば、その陣地はより堅固になるのは自明ではある。
もっともこの短時間で、砦に準ずるほどの陣地を構築されるとは、完全に予想外のはずと言えるがな。
あの蟻どもとの前線に砦を三つ構築したと聞いたときは一笑に付し、実際に観て驚嘆したのを思い出す。
あれには……、マジでビビったぜ……。
ラルキと言う重要拠点の至近に陣地を構築され、剰え恒久的に置かれようものなら、その陣地と駐屯兵力に対応するためにラルキも兵力を増強配備せざるを得なくなる。これはベルザルにとっても財政的に厳しい上に、この地にそれなりの兵力を張り付けて置かざるを得なくなるが、隣国との関係上此れとて難しい。
隣国には獣人を長とする敵対国グラン王国があり、そのグラン王国はベルザル大公国一国では抗するほどが困難なほどの国力を有しているのだ。
そして現在のベルザル単独の国力では、グラン方面とダンジョン勢力の二正面の戦いを遂行することなどできない。
だからこそグラン王国に隣接する他方面の国境域に緊張状態を作り出して、ベルザル国境方面に集結していた兵力を引き離し、その間隙を縫って乾坤一擲のダンジョン攻略の決戦に出ようとしていたわけだが、現状その思惑も外れている。
まさか、ダンジョン側からの逆撃を受けるとは想定していなかったようだ。
なんとも滑稽だが、その想定はあながち間違ってはいない。事実、当のダンジョン側も、連戦続きで相当に疲弊していたのは事実なのだから。
その状況が一変したのがイザヨイからの情報分析の結果と状況説明、そして派兵込みの支援要請。
通常戦力では厳しい戦いを強いられるのは目に見えているが、もはや状況は緊迫どころか逼迫。もはや選択の余地はない。
これは一種の賭けとも言っていいが、幾分割は良い賭けと俺は考えたのだ。
その割の良い賭けの一端を担うのが、あのアイアンゴーレム擬きと他の者達が考えている『マキナ装甲機兵』だ。
俺は、あの蟻との戦いに参戦した兵達、マキナ装甲機兵と戦場を同じくしていた幾人もの信頼のおける兵達に問うたのだ。
「実際、戦力としてはどうなのか?」と……。
返答は千差万別であったが、一様に驚異的戦力であり、紛うことなき脅威ということは一致していた。
その返答をもって更に問うたのだ。
「お前なら、マキナ装甲機兵と戦えるか。または遭遇したらどうするか?」と。
問われた全員は、これまた一様に表情がみるみるうちに引きつり、即答した。
「まず無理だ。見かけたらその場から逃げる」と。
俺はその返答と集めた情報、そして出来上がった砦などを実際に観て決断すべきだと考えた。
やるからには、勝たねばならない。そのためには中途半端な戦力の投入はかえって危険だ。
俺はアスワム宮の宮主を説得して、最低限の自衛戦力を残して投入可能な全戦力を出させたのだ。
そして、あの最初の集結地点で初めて見たマキナ装甲機兵……。
実際に見た陣地と称する砦を構築する際の能力……。
これは……『危険な代物だ』と直感し、そしてこの賭けには勝ったと確信したのだ。
「接敵します!」
「(おっと、俺も部隊を率いる現場指揮官だった。ここで下手を打つ訳にはいくまいよ?)よーし、まずは一当てするぞ! 気合い入れろよ! 祈祷士は前線後方にいろ。接敵したら戦意向上、戦勝祈願の戦歌を吟じろ!」
数は少ないが、祈祷士の隊が付き従っているので指示を出す。
「え? 接敵してから戦歌を吟じるのですか? いまではなく? それでは敵の戦意も上がってしまいますが?」
「それで、いいんだよ!」
「はあ? ……いえ、了解しました」
「お前等、接敵時に戦歌が吟じられる。俺らの戦意も上がるが敵の戦意も上がる。決して血に酔うなよ! いくぞ!」
「「「応!」」」
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《 ベルザル大公国 ラルキ第一軽装歩兵団 》
「敵歩兵隊確認、約一千三百」
「臆するな、訓練通りにやればよい!」
「距離三百、接近中!」
「投槍隊の投擲の後、前進! 圧し潰せ!
三人一組を決して崩すな、囲んで始末しろ。数の優位はこちらにある!
一対一でやり合おうなんて考えるなよ、隣の隊伍と相互に支援し合え。
俺達は騎士様じゃなくて兵士なのだからな。生きて帰るのが任務だ!」
なぜこんなにも事細かに指示を出さねばならないかと言うと、徴用兵による臨時編成の隊が、この団の四割近くを占めているからだ。
俺の指揮下にある軽装歩兵団は、定数二千五百で各隊五百の五隊編成。
その内、第四隊と第五隊が新編成の隊だ。
そしてこの第四隊と第五隊は練度不足が明らかな上に、戦における過渡の緊張でどう動くか不安があるのだ。さらに相手は身体能力に優れた獣人主体の歩兵だ。まともに一対一で殺り合えば、崩れるのはこちらだろう。
そこで、まずは投槍器による槍の投擲で打撃を与え散開させる。戦列が崩れたところに、三人一組で突入させ切り崩すのだ。
この三人一組編成は、イザヨイとの戦闘記録を参考にした。槍・盾・剣で編成されている。盾で抑え、剣で牽制、槍で止めを刺すのだ。
訓練では、なかなか有用に機能している隊形だ。
「距離二百五十、なお接近!」
「百にて投擲を開始! 接近戦になるぞ! 気合いを入れよ!」
「「「応!」」
「距離百四十、百二十、百!」
「投擲開始! 投擲開始! 前進、前進!」
パッパパァーン♪ パッパパァーン♪
戦場に似つかわしくない陽気な音が鳴り響く。
ラッパが大きく甲高く吹かれて、槍の投擲を促しているのだ。
一拍遅れて兵達が思い思いに殺意を込めて、その手に持つ槍を一斉に空へと解き放っていく。
投擲された槍と言えば黒い雲を作り、やがてザーッと音を立てて敵に降りかかる。
良し! 敵は散開して陣形が崩れ始めた。
散開したために、投擲された槍で与えた損害は軽微かも知れない。
それは当然だろう。誰だって丸見えの槍が降りかかってくる地点には、侵入したくない。
それどころか槍が空に上がった瞬間に、散開し始めている。
良い反応だな。
「突撃! 立て直す暇を与えるな、切り崩せ!」
敵方は槍の投擲を受けながらも散開し前進しているため、すぐにでも接敵し戦端が開かれることになる。そのため隊列を組み直させる猶予を与える訳にはいかない。
速やかに前進しなければならないのだ。
接近しての白兵戦闘ともなれば、身体能力が優れている獣人が優位となるのだが、なぜか獣人は槍を好まないとされる。もっとも使えないのではなく、好まないだけだが、これは昔から伝わる戦訓だ。
元が獣ゆえなのか、接近しての白兵を好むのだ。相手を手にかけた際の感触が、忘れられないからだろうか?
だからこそ、こちらは槍・盾・剣で編成される三人一組の隊形で応じるのだが。
また、その生来の身体能力の高さゆえに個人戦闘に偏りがちになり、統制が取りにくい特徴があるとも言われている。だが、これは真偽が不確かだ。正直、単にそう思いたいだけなのでは? と勘ぐっている。
動物だって群れで狩りをしているのだから、ましてや知恵ある獣人ともなれば……、と想像できないのだろうか?
確かに単独での戦闘を好んで行う者が多いが、これは単にその個人が強いからなのではないか?
また隊を組んだしても比較的小規模を好むのもまた事実だが、強い個人が小規模なりとも隊を組めば大抵は事足りる。わざわざ大規模に編成する必要はないのではないか?
其れにも拘わらず小規模な隊が多いことを指して、所詮は『獣並みの知恵』と侮り、低い資質だと嘲笑するのは全くの別問題……、いや論外のはずだ。
ところが、そんなことを真顔で述べる馬鹿がいる。
そしてその風潮は近年、殊に増加傾向にあるのが見て取れる。
理由は簡単だ、教会が吹聴しているからだ。
だがだ……。俺とて長く、獣人達の国との国境警備についていたのだ。この固定した概念は、完全に誤りだと断言できる。
もし本当に『獣並みの知恵しかなく低い資質』だとしたら、グラン王国の存在が説明できない。
いやそれだけではない。獣人の国はグラン一国だけではない。大小取り交ぜて国や集団が各地に存在しているのだ。
いくつもの国々や集団があるのにもかかわらず、その事にはあえて触れない。
もし触れたとしても、あれは国でなく『群』なのだと抗弁する。
相手を認めることもできず、そこには幾種もの獣人達が暮らし、文化を作っている事さえ想像するできない。いや、したくない。
こいつらは理解しているのだろうか?
『獣並みの知恵しかない、低い資質だ』と嘲笑して侮るその獣人に、敗死した人間も多数いるという事が……。
それは、つまりはその斃れた者達をも嘲笑し、愚弄しているのだと……。
なんにせよ、接近戦を好む思考と嗜好があるのだけは事実、そしてその事実は諸刃の剣ともなる。
吉と出れば、その生来の身体能力の高さから破壊的な打撃力を持つことになる。事実グランには幾度も煮え湯を飲まされたものだ。その内、数回は手傷を負わされ二度ほど死を垣間見たほどだ。
反面、凶と出れば、その身は斃れ伏し部隊は甚大な被害を被り戦線に大穴が開き、再編に手間取ることを意味する。
そして今回は凶と出たことを教えてやろう。
既に前線では接敵しているようだ。絶叫と血煙が巻き起こっている。
よし、徐々に押し始めている。このままいけば、相手はすり減り、やがて限界に達して壊走するだろう。
そこで戦闘を停止して、中央の友軍の後退を支援しつつ我等も退く。まずは仕切り直さねばならない。
「伝令です! わが団は優勢! 敵歩兵が後方で再集結する模様。退き始めています!」
「良し! 我等も退いて再編す――「第五隊追撃のため前進! 釣られて第四隊も追撃の構え。前進しつつあります」――なんだとッ?!」
物見が驚くべき報告を上げてくる。一体なんの冗談かと前に出て戦場を見渡すが……、
「なッ?! ……馬鹿どもがッ! 伝令、奴らを連れ戻してこい!」
危惧した事が起こってしまった!
第四隊・第五隊は、新たに編成された隊だが、さりとて、その全ての兵が新兵ではない。
小隊長を始めとして要所には、戦場経験のある兵が配置されてはいる。だが、あくまで要所であって全てに配置はされていない。
戦気に当てられ血気に逸った新兵たちが前に出れば、見捨てる訳にもいかない。連れ戻すにも支援するにも、自分達も前に出ざるを得ない。
結果、多数が前に出始めれば隊全体も前に出始める。つまりは戦場の雰囲気に呑まれ、敵の血に興奮して自分達ですら制御できなくなっているのだろう。
「敵の一部が右外縁部に進出展開しつつあり!」
「新手か?!」
「いえ。一度後方に下がり再編した部隊かと思われます。味方の後退を支援する気かと!」
「第三隊で牽制しろ!」
小競り合いが始まるが、ほどなくしてこの右に展開していた敵も退き始める。
……なんだ? この感じ……、余りにも手応えがない。
さきほど投槍が空に上がった瞬間に散開していたのとは、まるで別物。
これは、なんだ? 相手も徴兵された素人主体の混成隊か?
確かに出陣前の軍議では、ダンジョン勢も打撃を受けており予備兵力は消尽しつつあると報告が、為されていた。
「敵右翼の陣が崩れ始めました。正面の敵隊、全面後退を開始! 追撃しますか?」
「……」
中央の領軍と重装歩兵団は、損害を受けている……。
ならば、ここは多少なりとも敵に損害を与えるべき時……か。
こちらの戦意と士気は高い。
当然だ。初陣で、しかもその初陣で優勢な戦況。
また相手も、おそらくは碌な訓練も受けてはいない急拵えの動員された兵。
数的優位がある今だからこそ、ここは兵達を戦に慣れさせるべきかもしれない……。
「団長?」
「追撃する。前進!」
一気呵成に追撃し、速やかに敵を壊滅に追い込まんと命令を発するが、しばらくすると敵陣地から弓にいる攻撃が届き始めてくる。
当初、ここまでと届くのか?! と驚愕するが、その弓の散布範囲は見当違いだったり、均一でなかったりする。ここで、やはり敵は動員された新兵主体との思いが深まった。
「弓の攻撃に臆するな! 立ち止まれば逆に当たるぞ! 敵部隊に混じって乱戦にしてしまえば矢の攻撃は止む! 前進、前進!」
「敵を捕捉! ここで受け止めるつもりなのか、防御態勢を整えています!」
「構わん! 突撃し粉砕しろ! 征けぇい!」
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《 諸宮連合軍戦士総監 ルイム・アスワム》
時はほんの少し遡り……
「どうだ? 喰い付いたか!?」
「喰い付いています! 敵、我が軍への追撃の構え! 前進を開始しています!」
「『良し! 各隊、後退しながらも抗戦しろ! 但し、押し戻すなよ! あくまで、敵の圧力に押され敗けて後退している演技をするんだ! 伏兵が噛みついて挟撃できる場所までご招待しろ。お楽しみは我慢すればするほど楽しくなるぞ!』」
「『『了解!』』」
各隊から、銘々に復唱と命令受諾の知らせを聞く。
接敵と同時に、戦意向上の戦歌が吟じられる。戦歌で、自軍の戦意を上昇させることが出来るが、同時に効果範囲内の敵方の戦意も上昇することになる。つまりは前線の敵部隊だ。
敵方の戦意が上昇することは確かに危険ではあるが、敵方は新兵が多いと観た。また生来の身体能力が人族よりも優れている自軍部隊の戦意も上昇することから、分は悪くはないと読んでの策。
人数差があるが、それは元より算段の内。あえて人数差を作って壊走する振りをするのだ。
この策の要は、戦意上昇よりも、高揚感を増大させることによる判断の誤りを誘発することにある。
つまりは一種の興奮状態から軍内での指揮系統が乱れ統制が利かなくなり、暴走と言うよりも『狂騒状態』に陥らせることにあるのだ。
戦場での狂騒状態は、他の部隊にも伝染し、やがては指揮官にも伝播する。ここで冷静に自分のみならず部隊を御することができるかが、指揮官の腕の見せ所だ。
今回の場合は、全体が前進しつつあるところを見ると、敵の指揮官をもその気にさせることに成功している。
ヌフフ、まさに目論見通りよ!
しかし、この貸し出された通信機は使える。通信機を背負っている兵を眺めながらも感慨に耽ってしまう。
通信機の通信範囲は短いとのことだが、敢えてそう言っているのだろう。
普通の戦場の範囲など、そうそう広範囲には広がらない。あまりに広範囲だと伝達に手間取ってしまう事になるからだ。
それはそうだ。伝令を送って、対策を聞いて戻って来るだけでも時間が掛かる。
その間にも戦場は動いているのだから、状況が変化してしまっているかもしれないのだ。最悪、伝令が戻るべき部隊さえ、壊滅していることだってあるのだ。
したがって、あまりに広大な布陣など論外なのだが、この通信機はその常識を覆すだろう。
離れている友軍の状況が伝わってくるのだから、指揮官にとってはこれ程有難いことはない。
これは、うちの宮主様に強く意見具申しなければならない。
絶対にこの通信機なるモノを輸入しなければならない、と……。
マキナ装甲機兵に通信機……。おそらく、これらだけではあるまい。
他にも有形無形の変革が進行しているのではないかと、考えざるを得ない。
正直、我がダンジョンは非常に苦しい。立て直すことはできるが、それには時間が掛かる。
そして、その立て直す時間を稼ぐことすら汲々【きゅうきゅう/一心に努めて、ゆとりがない】としているのだ。
クララ殿には冗談交じりで「宮ごと帰順するのも良いかもしれない」と言ってはいたが……、これは冗談ではなく真剣に考えるべき方策かも知れないと思い始めていた。
望むと望まざるとにかかわらず、この戦乱は大きくなるだろう。
ならば、まだ余力を残しているうちに早くに帰順すれば、自治権くらいは維持できるのではないかと考える。
いずれにせよ、今はこの戦に勝たねばならないだろうと気を取り直す。
そんな事を思いながらも、ふと目についた隊がある。
いかにも熟練した隊の如く、慌てず騒がず整然と後退していた。
「おい、そこの隊! あまり整然と後退するなよ、いかにも素人っぽく後退しろ! だが死ぬのは許可しないぞ!」
言われた隊の連中は当惑の表情を浮かべているのだが、それは、まぁ……仕方ない。
言ってる俺でも、思わず苦笑いするくらいだからな。
まばらながら、自軍陣地方向からの弓の支援攻撃がくるが、これが巧い具合に素人っぽさを演出していた。
まぁ、狙っての演出ではないのだろうが……。
よし、そろそろか? 確かここら辺に目印の白石が……、あった!
「全隊! 防御態勢! 敵を抑え込め、逃がすな! 隊形を左前で斜線陣へ、伏兵に押される敵を陣地方向に流すぞ! 『待機の隊、出番だ! 前進、敵後方側面に喰らい付け!』」
敵の隊を受け止めながらも陣形を” ◣ ”のように左前に厚くして受け流す構えに変更する。
右側に配置される隊方向、すなわち陣地方向に敵を押し流すことになる。この右側は薄くなるので配置された隊は負担が大きくなるのだが、持ち堪えているようだ。
ここで、マントを払いのけながら立ち上がり吶喊【とっかん】してくる味方が見えた。
そんな味方を視界に捉えながらも、状況図をぱっと思い浮かべる。
・我が軍前方に敵方の軍勢約二千五百が進出。
・その前進してくる敵軍勢に相対し、受け止め、受け流す形で左前を厚くした斜線陣(◣)を採る味方が約一三〇〇。
・同じく前進してくる敵軍勢の左側背面を伏兵の約七〇〇が強襲。
・敵軍勢の右側面を、自軍陣地からの弓兵による支援射撃。
ふむ、大体こんなものだろう。
伏兵に気が付いた敵も慌てて体勢を立て直し、急ぎ後退しようとするが包囲される恐怖で統制が取れずに、動きが鈍い。
よし、このまま陣地方向に押し込み挟撃する!
陣地に支援を要請するべく、通信機を背負った兵を招き寄せる。
「『ハッハー! クララ殿聞こえるか? 敵を引っ張ってきたぞ。この見事なまでの壊走を演じたんだ。主演優秀賞は、この部隊に決まりだな!』」
「『さすがです、ルイム殿! すぐに開門して剣歯虎【サーベルタイガー】隊を誘導し敵後方を遮断、敵部隊の退路を断ちます。そこで持ち堪えてください!』」
「『応よ! 任せておけ! それから右翼の『各宮』の歩兵隊から部隊を抽出してこっちに回してくれ。後詰めにする』」
よし、増援の後詰めの兵もやってくる。
何より、敵の退路を断つべく剣歯虎【サーベルタイガー】隊を素早く後方進出させる手際は、さすがは『シャンセオンの才媛』というべき手際だ。
やるべき役目を理解している指揮官というのは、実に得難い才を有する将と言える。
以前シャンセオン宮が包囲されたときも、実質的総指揮はクララ殿が取っていたことは誰もが認める事である。宮主の誤判断から劣勢になるとみるや、速やかに諸宮に支援を要請したのも彼女だ。少しでも躊躇していたら完全に包囲されて『使者すら這い出る事もできなかっただろう』と評されていた。
やはり今後の展開も考えるならば、クララ殿の意見も聞いておくべきだな……。
そんなことを考えながら、戦局が優位に成り始めるのを眺めていた。
「敵後方に、剣歯虎【サーベルタイガー】隊が展開! 後方を遮断!」
「よし。そろそろか? 戦歌の時間が切れるぞ、注意! 増援の後詰めの兵が合流したら、あとは適当にあしらえ。自棄になって死兵になると厄介だからな。折を見て降伏勧告をするぞ」
戦歌の効果が切れる時、急激な疲労感に襲われる。
興奮状態で隠されてはいるがその実、身体には相当な負荷がかかっているのだ。その興奮状態が醒めれば、あとに残るのは途方もない疲労感。
戦歌を掛ける方も、係る方も注意しなければならないのだ。
そういえばリリムル殿が行軍中の雑談で、この状況を指して上手い事言っていたのを思い出した。
『賢者の時間』とかなんとか……。聞いた際は何のことかわからなかったが、――『情事の後、興奮が鎮静化した際に訪れる疲労感と無気力感に通じるものがある』と言えばわかるか? ――と説明されて吹き出してしまった。クララ殿は顔を赤らめて俯き、ザムル殿の爆笑して馬から転げ落ちそうになっていた。対してノリス殿は無表情、リン殿は何のことかわかっていないようだった。
今回は敵味方双方に戦歌が掛かってはいるが、生来の身体能力の差でこちらは、まだ動けるだろう。
目を細め、敵方を見やれば……案の定、見るからにガクンと動きが鈍った。
よし、これで大勢は決まったが油断は禁物だ。ここで逃げられたら意味が無い。
本来は、完全包囲すると自暴自棄になり死兵となって果敢に脱出しようと足掻き始め、双方の損害が急増するので、一路のみ手薄にして後退を促しながら失血を強いるのだが定石なれど、今回ばかりはちと事情が異なる。とはいえ全滅させるとなると手間がかかり、こちらの損害も無視できなくなる。頃合いを見て降伏を促すことにする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
《 ベルザル大公国 ラルキ第一軽装歩兵団 》
「右手後方より、新たなる敵部隊! 歩兵集団、急速接近中!」
「だめだ、敵陣が厚い! このままでは包囲されるぞ。後退する、いそげ!」
命令を下すが、部隊そのものの動きが鈍い。
ここにきて包囲されるかもという状況に気が付き恐怖が伝播し始め、さらには興奮状態が醒めると同時に、一気に疲労感が怒涛【どとう/大波の如く激しく押し寄せる】のように押し寄せてくる。
それでも何とか離脱しようとすると、機先を制して、まるで移動先に待っていたかのように弓を射掛けられる。
先ほどの疎らで統制がない射撃とは打って変わって、弓兵の支援と称しても良いくらいには、統制が取れていた。これは、罠にハメられた……のか?
このままでは重包囲される。もはや取れる策は少ない。
多少の損害は眼を瞑らざるを得ない状況だ。
「敵の陣地方向に向かい、その後中央部の友軍方向に転進、強行離脱を図る。走れ、そして急げ! ここは……死地だ!」
統制が乱れ各隊がバラバラに動き始めるが、一応は意図通りに一定の方向に動き始めた。
「だ、団長! わが団後方に敵影を確認! あれは……剣歯虎【サーベルタイガー】だ!」
悲鳴混じりの報告が挙がって来る。
「まずい! 退路がッ!」
「疾い! 後方に進出されました。団長、指示をッ!」
「敵陣より出陣した増援らしき部隊を確認。敵戦力、急速に増大中!」
「くそ! 集結し、防御を固めろ! 突出するな。耐えろ! 助けは必ず来る、それまで耐えろ!」
『助け』は必ず来る……か。
それは味方の救出部隊などではなく、敵方の降伏を促す使者の事なのだと、言っている自分でも気がついていた。
もはや、我が部隊を救出するための予備戦力は、本陣にはないだろう……。
ならばこの部隊を全滅させるには、敵方にとっても被害が増大すると思わせ降伏を促させるしか手がない。
団としての戦いはここで終わる。だが、この後には一兵でも多く生き残らせるための戦いが残されている。
俺を信じた兵達を、なんとしても生還させねばならない。
俺の身命を賭してでもだ……。
お読み頂きありがとうございました。




