25 会戦 4
《諸宮連合軍騎兵団/騎兵総監ザムル・マフラル》
ラルキ方面にむかって迂回進撃しているところに、一騎が駆け寄り並走してくる。
「マフラル様! 発見されたようです。敵騎兵集団がこちらより接近中!」
周辺警戒中の獣騎兵が、方角を指し示す。
「ちッ! うまくいけば後方に進出できたのにな。
まぁ、いいさ。それじゃ、手筈通りに一当てしてみるか。本営に連絡だ。
『我、発見されり。後退予定地点まで引っ張る』以上。
さて、いくぞ!」
通信兵に連絡を命じるが、不思議でならない。
確かに説明を受けて、幾度も習熟訓練が行われたのを見届けてはいる。
だが、こんなので本当に連絡内容が届いているのだろうか? と考えていたところ……、
「マフラル様、本営より通信。
『敵騎兵を誘引し足止めされたし。貴隊の武運を祈る!』とのことです」
うむ、届いていたようだ……。
しかし、こりゃ凄ぇな……。
伝令いらずの伝達、到達するまでの時間差はほぼ皆無。戦いの習いが変わる代物だ……。これ、輸入できるのか?
号令一下、疾走中の騎兵隊のうち八百が一斉に敵に向かって転進し始め、残り二百の獣騎兵と大狼【ダイア・ウルフ】は、後方に下がり始めた。
騎兵総監の麾下【きか】には、各宮の騎兵戦力合計一千と三百の大狼【ダイア・ウルフ】、そして補助戦力として五百五十の歩兵隊と百の弓隊が配属されている。
このうち補助戦力は、後方で伏兵として配されていた。
この戦力を抽出して陣地外の遠方にまで配するのに、どれほど尽力した事か……。それは『語るも涙、聞くも涙、観るも涙の物語』であったと自負している。
その尽力の結晶ともいうべき八百の騎兵集団の中にあって指揮を執るザムル・マフラルは、あまりの興奮で身震いしていた。
防衛協約で何度か陣を同じくして轡【くつわ】を並べて戦ったこともあるが、イザヨイ宮の兵を直接指揮するのは、今回が初めてだった。
確かに単騎でみれば、どうということのない動きかもしれない。
しかしそれを部隊として揃えようとすれば、莫大な時間がかかるはずなのだが、いざ指揮をとってみれば、勇名を馳せるケンタウロス騎兵並みに統制がとれるのだ。文字通りに間髪入れず、一糸も乱れずの行動が可能なのだから、身震いするのも当然ではあった。
まさにスケルトン騎兵の均質化した練度と、ミニコアを介した統制の成せる行動だったのだ。
そしていま率いている部隊は、スケルトン騎兵八百騎と若干の偵察騎兵と各隊指揮官で構成されているんだが、このスケルトン騎兵ってのが存外に曲者【くせもの/一癖あって油断できない者】なのだ。
指揮するとわかるのだが、並みの騎兵よりも運用に幅があり、格段に動きが速い。
まぁ、骨なんだから軽いのは当たり前なんだが、重装備を施しても獣騎兵と同等の機動力というのは納得がいかない……。
反して自重が軽いってことは衝撃力も軽い、つまりは突破力が弱いってことだ。
これは生身(?)の重装騎兵と正面からぶつかり合えば不利ってことだが、これは一概に難点とは言えないような気がする。正面からぶつからなければよい訳だからな。
騎兵という兵種は大まかに言えば二種類に大別される。
『軽騎兵』と『重装騎兵』だな。読んで字のごとく意味もそのままだ。
任務でいえば軽騎兵は、迂回攻撃・後方進出を行っての挟撃・移動速度を生かしての遊撃任務に適する。
重装騎兵ってのは、騎士と馬は装甲に覆われその自重と速力をもって、もうそのまんま突撃して戦線を喰い破るのが任務だ。
これはもう指揮する奴の好みだが、俺から言わせれば「疾【はや】くない騎兵は、ただの的と同じ」だ。
だってそうだろう。重装騎兵で突撃して敵陣を突破できれば良いが、受け止められたり足が止まってみろ? もはや、ただのデカい的だぞ。
下手すりゃ、囲まれて槍兵に突き殺されるか、群がる歩兵に引きずり降ろされて首級を挙げられる危険がある。
少なくとも俺の腕前では、確実に殺される自信がある。
ついでにスケルトン騎兵の馬に相当するスケルトル・ウルフは、元が大狼【ダイア・ウルフ】で馬よりはやや小さいが、逆に小回りが利く。
正確に言えば、筋肉がないので生身ではできないような急激な動きが可能という、何とも表現のしように困る代物だった。
まとめるとだな……。
通常の軽装備のスケルトン騎兵には、普通の騎兵では全く追いつけないことを意味している。言うなれば超軽量騎兵ってことだ。
裸馬に小柄な者が裸体で騎乗すればどうかわからないが、それは騎兵とは言わないし、そもそも意味がない。
しかも、剣を振らせても、槍を突かせても、弓を撃たせても、盾を使わせても、騎乗させてもそれなりの腕前なうえに、疲れ知らずだ。
加えて召喚次第、即時に戦力として投入可能。しかも全ての武具をそれなりに扱える。
そして、この意味が示すのは、ただ一つ。
兵種の変更が、いつでもどこでも出来るってことだ。
装備類さえあれば、剣を使う戦士として召喚したスケルトン戦士が、槍兵となり、明日には弓兵となり、その翌日には騎兵になっている。
……ついでに維持費は、低廉【ていれん】という曲者ぶり……。
騎兵ってのは、騎手の訓練のほかにも軍馬や騎獣の訓練もしなければならない。
従って手間も費用も時間も掛かるのが常識だというのに……なんだよそりゃ……。
しかも厄介なことに、イザヨイのスケルトン系列は退魔術に抵抗してくる。
単なる野良のスケルトンや、格の低いダンジョンコアの統制範囲内にいるスケルトンなら退魔術で一発だ。
ところが、イザヨイ宮のスケルトンは一味違う。ダンジョンコアの『格』が高いのか、その退魔術に頑強に抵抗してくるのだ。
司祭程度では、なかなか退魔できない。
普通、ここまで『格』が高いコアだと、もっと強い魔獣なりを召喚する。
まぁ、その場合は逆に一騎当千ゆえに、維持できる数は少なくなるのだが……。
ところが、イザヨイ宮はその強い魔獣を召喚するという定石の真逆を行い、数を揃えようとする。
なるほど、こと少数や単体の短期間の『戦闘』では個体の戦闘能力が高い方が優位だろう。しかし集団での『戦争』では、その様相も異なるいうことか。
確かに一つの『戦闘』局面で優位に戦いを進めようが、全体の『戦争』で負ければ終わりだからな。
この軍編成を構築したイザヨイの開祖達は、よく考えている。
それなりの練度を有し疲労しない兵力、召喚後に即戦力として投入可能、低廉な維持費、備蓄魔力が続く限り召喚できる継戦力。
こりゃ、考えれば考えるほど、一時的な『戦闘』のための体制じゃない。
『生き残ること』を第一に考えた『戦争』のための体制だ。
一言でいえば……、目の付け所が違うな……。
倒しても倒しても現れ、昼夜を問わず襲撃してくる上に、疲れ知らずだからな。
相手としては襲撃を警戒して休息もできず、おちおち飯も食えず、寝ることもできない。
そりゃ、ベルザルも嫌気がさしてくるだろうよ。
俺もその昔、宮主をしている兄者に言ったことがある。
「数だよッ! 兄者ッ! 数さえ揃っていれば大抵の戦術的劣勢は補えるんだ。そのためには戦力を集中しなければッ!」てな。
しかし、それをそのまま体現して見せられた上に、魅せられるとはな……。
いやはや長生きはするもんだ。
・
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「敵騎兵集団が接近中、距離五〇〇、四〇〇! なおも接近中!」
おっと感慨にふけっているうちに、接敵距離まで来たようだ。
「よし! 矢、番【つが】え。用意、撃てッ!」
俺の引いた矢を追うように、黒い塊の様に矢がまとまって飛翔していく。
そしてそのまま突き刺さる。
「もう一射! 撃て! 退くぞ!」
当たる当たらずも構わずに、踵【きびす】を返して速やかに転進。
一騎たりとて不満も言わず、血気に逸って命令を無視するものもおらず、一斉に転進する。
ヤバいぞ……。こりゃ、癖になりそうなほどの……快感だ。
《ベルザル大公国ラルキ騎兵団 団長》
「えーい! ちょろちょろと、鬱陶【うっとう】しい! なんだ、あの怯懦【きょうだ】な騎兵どもは!?」
近づいたと思えば矢を射かけて離れ、離れたと思えば近づき矢を射るのを繰り返す。
そんなことを幾度も幾度も繰り返され、追いかけようとするが追いつけない。
いや、もう少しで追いつけそうなのだ。もう少しで!
追いつけさえすれば、あのような怯懦【きょうだ】な騎兵など一蹴してくれるわ!
そして無為に時間だけ過ぎ去り、軍本営との距離も開きつつあった。
「団長! 中規模の敵歩兵隊及び約二百の獣騎兵を発見! 距離一千三百」
騎兵が方角を指し示す。
あの怯懦【きょうだ】な騎兵に追いつけないならば、こちらに引き返さざるを得ないようにしてやればよい。
「敵歩兵を襲撃するぞ、陣形整え!」
移動しながらも、陣形を整えていく。
「前方に敵歩兵集団。数約八百! 距離三百! ……距離二百五十……、距離二百! 団長!」
見えた! 歩兵集団は密集している。
獣騎兵はまだ動いていない。これは好機!
「全力襲歩! 面頬【めんぼお】下ろせ! 吶喊【とっかん】! 征けぇい!」
「「「「「 応! 」」」」」
幾多の戦場をかけた騎兵が突入していく。
壮観だ。これこそ戦の華よ!
我らの強襲に気が付き、慌てて弓を引いたようだが、その一射のみで終わりだ!
重装騎兵の突撃が弓矢如きで止まるものかッ!
ヒュリュオオオオオオオオオオオオオンン――……。
ズシャ―――――――――――――――!!!
「ゥぐッ?! おわァッ!」「なぜ、止まるッ!」「なにやってるんだ!?」「ヒィッ、来るな! ギャッ!」「うぉおおお?!」
「な、なんだ、この音は? なぜ馬脚【うまあし】が乱れる? 陥穽【かんせい/落とし穴】か?」
突如、突撃態勢で全力疾走中の馬脚【うまあし】が、乱れに乱れる。
特に前列部の混乱はひどく、急停止したり突如方向を変えたりする騎兵が多数なうえに、馬上から振り落とされた者も多い。
そして、その混乱した前列に中段の隊が突っ込み、混乱が急速に拡大し始めていた。
この混乱に巻き込まれなかったのは、数瞬の猶予があった後列の隊だけだったが、もはや襲歩を揃えるなどと言っている段階ではない。
隊列が崩れたうえに、馬が暴れまわり踏み潰される者まで出ていた。
一体、なにが起こっているのか……。
ヒュリュオオオオオオオオオオオオオンン――……。
更に弓を射かけられると先ほどの『音』が響き渡り、それと共に更に大混乱に陥いる。
見れば訓練された軍馬が口から泡を吹き上げており、騎手が御そうとしても言うことを聞かない。もはや恐慌状態だ。
なぜ軍馬ともあろう馬が、こんな恐慌状態に……。
それに、さきほど聞こえた『音』はなんだ? ……なにかの鳴き声か?
「はッ!? まさかグ、グリフォンか?! どこだ?」
慌てて上空を見上げてグリフォンの姿を探すが、いない?
しかし、あの音は確かにグリフォンの鳴き声に似ている。
まさか前方の敵陣に、グリフォンがいるのか!?
ッカッ! ッカッ! ッカッ! ッザー、カカカカカッ!
「正面の敵から弓の攻撃、多数! うわぁッ!」
人馬共に矢が当たり、更に混乱の度合いが深まっていく。
「く、くそ! 馬を静めろ! 隊列を組み直し――「団長! て、敵の大狼【ダイア・ウルフ】多数が急速に接近!」――な、なんだと!?」
ガアアァァァ! 大狼【ダイア・ウルフ】が自らの咆哮と共に騎兵たちに飛び掛かり、軍馬から引きずり下ろしていく。
「前方の敵獣騎兵および敵歩兵隊が前進! 向かってきます!」
「い、いかん! 部隊毎に散開し後退しろ!」
「だ、団長! 後方より敵騎兵隊多数接近! 展開が疾【はや】く退路が遮断されました。わが団は包囲されつつあります!」
「なにぃ!?」
慌てて後方を見渡すと、騎槍を抱えて騎槍突撃【ランスチャージ】の態勢で突っ込んでくる騎兵集団の姿が見える。
急速に接近してくる敵騎兵集団。その先頭にいる指揮官らしき者と視線が交錯したかの如き錯覚にとらわれるとともに、その口元は、まるで獲物を見つけた狩人の歓喜の如くニヤリとしているのだろうと、自らの経験から想像がついた。
「か、各自、各個に離脱! 生きよ!」
もはや、命令とも言えないような命令を下すのが、精一杯だった。
《諸宮連合軍騎兵団 騎兵総監ザムル・マフラル》
時は少し遡さかのぼり……。
「歩兵団より通信、『鏑矢【かぶらや】の効果あり。敵騎兵、襲歩と隊列乱れる! 大狼【ダイア・ウルフ】が突撃。わが隊も協調攻撃に移行。支援を求む!』 以上です」
鏑矢【かぶらや】の効果があったことは、僥倖【ぎょうこう】だ。
グリフォンの鳴き声に似せて制作されているとのことだが、ここまで効果があるとはな。
確かにグリフォンは馬の天敵というか、一方的かつ絶対的捕食者だからな。
いくら軍馬とはいえ、恐慌状態に陥るだろう。
効果がなかった場合、地に置いた長槍を構えて方陣で迎え撃つことになっていたが、これだとやはり損害が出ることになる。
なにせ軍馬の巨体と共に騎槍を構えて突っ込んでくるんだ。
うまく討ったとしても、そのまま圧【の】し掛かられたら、ただでは済まないからな。
まぁ、逆に軍馬の巨体が恐慌状態に陥ったならば、騎乗している騎手は目も当てられない惨状に陥るだろうがな。
つまり今が『好機』という訳だッ!
「ハッハー! ようし! 征くぞ! 転進、全力襲歩、吶喊【とっかん】!」
「……」
……うーむ。今更ながら、スケルトン騎兵にも欠点があったことに気が付いた。
鬨【とき】の声が挙げられないのだ。しかし、その秘めたる闘志は熱を帯び、戦意と士気が上がっているのはわかる。
……上がってるんだよな? 表情がないので判断に苦しむが……、心なしか動きが機敏になっているのだから、戦意と士気は上がっていると判断しよう!
諸宮連合軍の騎兵団本隊が後方から突入したことで、この場所での雌雄はもはや決したも同然だった。
辺り一面は、苦悶の悲鳴と怒号と血臭で満ち満ちている。
投降の呼びかけをするも、ある者は生還せんと突撃し、ある者は負傷して動けず、ある者は助からないと諦め自刃して果てていく。
そんな中、一縷【いちる】の望みに縋【すが】って、投降する者も出始めた。
この投降する者については、丁重に受け入れ縛り上げていく。
騎兵ってのは軍馬もさることながら騎手の育成にも、手間も金と時間がかかる。それも大量に……。
逆に言うと『その騎手自身が手間と金と時間を掛けられる、もしくは、掛けてもらえる』環境下にいるってことだ。
なにせ軍馬の世話にその調練、自分の訓練に装備類を用意するほどの時間的猶予・資金的余裕があるって事だからな。
『殺し』の訓練を受けた有閑紳士、要は貴族・豪族もしくは金持ちってことだ。
俺らの言い方をすれば、いわゆる『毛並み』が良いってやつよ。
つまりは、身代金が期待できるってことだな!
お読み頂きありがとうございました。




