24 会戦 3
《ラルキ軍本営》
ズズ――ン、ズ――ンン、ズズ――ンン……。
腹に響く重低音。
この本営にまで、炸裂音が断続的に響いてくる。
「敵、魔術士からの火炎系統の術法撃! 多数!」
報告と同時にすぐさま指示を出す。
遠目に見やれば、前進中の重装歩兵隊から本営に向かって伝令が向かってきているが、悠長に待っていることはない。
「聖堂団の従軍司祭に要請!
『敵の術法に対抗するため、進出している前衛の重装歩兵隊に抵抗陣を展開されたし』以上だ」
軍勢には光神教会ベルザル大主教区から、聖堂団の従軍司祭達を中核とする部隊が派遣されているのだが、今回のイザヨイ宮への侵攻作戦ではスケルトンへの対策の決め手として、更に高位の司教が複数派遣され従軍する予定だった。
もっとも、その高位司教といえばまだ集結に二カ月近い猶予があるとの理由で、後から護衛に護られ、ゆっくりと馬車に揺られて威厳に満ちた御来訪の予定となっていた。
そして聖堂団の従軍司祭にさえ命令ではなく、要請。
つまりは、拒否されることも有り得る『お願い』……。
この表現で両者の関係が如実に表せるという現実だった。
大公国にとっては至って不快かつ歪んだ現実だが、いまはそれを論議する場ではない。
「抵抗陣展開しました! 重装歩兵隊進出、諸侯軍に合流しつつあります!」
半透明な白色の抵抗陣が、前衛軍前面に傘を横にさしたように展開している。
『抵抗陣』というくらいなのだから、『抵抗』に成功すれば被害は全くない。
逆に言えば『抵抗』に失敗すれば、そのまま着弾することになるのだが、教会に言わせれば『信仰心』が足らないということになるらしい。
噂では、恣意的にこの抵抗陣の強度や治癒術の度合いを操作しているらしく、教会に批判的な者ほど、落命する比率が高かった。
このほかに完全に術の効果を封じる破魔封陣という術式があるが、これは完全に術の効果が封じられてしまうため、治癒や祝福による副次効果まで封じてしまうことから運用が難しい。
そして遠目に見やれば、抵抗陣の傘に火球が連続で着弾するが、その表面に水面をたたいたが如く波紋が出て抵抗し、かき消していくのが見えた。
良し! 敵の術法よりも強度はあるようだ! あの聖堂団の従軍司祭の部隊は、それなりの力量と練度、なにより良識を有しているようだ。
あとは『前衛軍が巧く退き、戦線を再構築すれば――』と考えているところに、左翼に配されていた騎兵隊からの伝令が飛び込んできた。
「騎兵団長より伝令です、閣下!
『敵騎兵隊を多数発見! 距離約二千、ラルキ方面に迂回進出中。後方遮断及び輜重隊【しちょうたい/軍内において補給等を担当する隊】への攻撃の恐れあり! わが団にて迎撃を行う』とのこと、以上です!」
「なんだと? 別動隊による迂回攻撃か、いや……敵の増援か?! どういうことだ?」
本営にいた副官たちが、一気に喧騒に包まれる。
「静かに! 司令部が混乱してどうする! 伝令、ご苦労。数は多数とのことだが規模はどれほどかわかるか? 概算でよい」
「はッ! 騎兵団長よりの命令を受け、直ちに団より離れましたので詳細は不明。なれど斥候の話では、一個騎兵団一千は超えていたと聞き及んでおります」
「なにッ!? 一千だと!?」
動揺している副官たちを睨みつけて、黙らせる。
「……あと、その……」
視線を戻せば、伝令は何やら言いずらそうにしていた。
「なんだ? 申してみよ。情報の真偽はこちらで判断しよう」
「では、この地域出身の槍兵の話なのですが、剣歯虎【サーベルタイガー】と大狼【ダイアウルフ】も、どこかにいるのではないかと……。
それと、その……黒尾狐【ナイトフォックス】がいるなら、『幻』に留意して欲しいと……」
「なに? 剣歯虎【サーベルタイガー】と大狼【ダイアウルフ】は前回の戦闘詳報や記録にあったが、黒尾狐【ナイトフォックス】? とやらは、記載されていなかったぞ。なんだそれは?」
副官たちが慌てて、記録を探っている気配を背中で感じつつ、出撃前に事前に読んだ記録などを思い出すが記憶にはない。相当に古い記録なのか……。
「自分にもわかりかねます。申し訳ございません」
「……わかった。下がり休息せよ。また伝令で駆けるかも知れぬが頼むぞ」
「あったか?」
伝令が下がるのを見やりつつ、副官に問う。
「近年の戦闘詳報や記録には記載されておりません。古い記録には載っているのかもしれませんが現状、調べ様がありません」
「……この地域出身の者が軍中にいるはずだ。聞いて回れ。
(くそ! その『地域出身』が一番多いのが、諸侯軍ではないか!)
それと、我らがここに来るまでの間、偵察に従事していた者をここへ」
この地に着いたときに副官から必要な情報は上がってはいるが、これは詳細な確認が必要だろう。
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「すると、あの陣地とその周辺に展開している部隊を合わせて約一万四千の軍勢がいることは間違いないのだな?」
「はい。後続が合流したり、増援が参陣してはおりません。
中小規模の部隊がそれなりの数、出入りしておりましたが、おそらくは偵察のためではないかと……。
その際に、出た数と戻った数の差に大きな差はありませんでしたので、大規模な伏兵はないかと考えます。記録はこちらに」
そんな事を述べながら、資料を差し出してくる。
副官から受け取り記録を見るが、確かに数にそう大きな違いはない。
ならば、騎兵団が発見したという多数の敵騎兵隊は、どこから来たのか?
エルフィン深緑連合から派兵されたのか?
それとも、どこかの勢力が観戦でもしに来たのか?
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「――、閣下! 地元出身の兵を連れて参りました。どうなさりますか?」
「ん、ああ。こちらに連れてこい」
考え込んでいたのか副官の声が聞こえていなかった。
……いかんな、まずはこの戦に集中せねば。
「黒尾狐【ナイトフォックス】でございますか?
確か、大昔にダンジョン攻略に出征した爺さんが……あ、いえ祖父から聞いたことがあります。なんでもその時は黒尾狐と赤尾狐、それに白尾狐も見たとか。その時はまだ祖父が――」
「いまは、黒尾狐【ナイトフォックス】だけでよい。どうなのだ?」
さっと手を挙げ、本題に戻るよう促す。
「はぁ。あ、いえ。失礼しました。え~と黒尾狐【ナイトフォックス】ですね。本当は黒尾狐【ブラックテイル・フォックス】というんですが、尾っぽが黒いうえに夜【ナイト】に遭遇することが多いってことで、黒尾狐【ナイトフォックス】という名に変わっていったんだそうです。
えーと、それでですね。なんでも祖父の話では、『幻像』を作り出すことができるらしく、当時の戦いでは居もしない敵の部隊に攻撃を加えて徒労に終わり、部隊の動きが止まったところを横合いから騎槍突撃【ランスチャージ】と大狼【ダイアウルフ】の襲撃を喰らって部隊が壊滅したとか。あと――」
「なに! 居もしない幻の敵部隊だとッ?!」
あまりにも驚愕してしまい、椅子を倒しながら立ち上がり二歩ほど前に出てしまう。
その後、地元出身の複数の兵から聞き取りを終え、情報を整理したのだが……、何かおかしい。
軍人としての経験が警鐘を鳴らしている。
そもそも、前方の敵が構築した砦の様な陣地にどれほどの軍勢が収容されているのだろうか?
一見したところ四角形を基本にした構築だが、その四辺がすべて同じ造リとは限らない。おそらく正面が最も厚い造りになっているはずだ。
かなりの困難と兵の損耗は伴うだろうが、土塁にしても乗り越えようと思えば出来なくはないし、堀にしても這い上がろうとすれば出来なくはないだろう……。
確かにこの短期間に構築したにしては、大規模な陣地だ。
大きさからみるに……、七千~八千ほどは収容できる大きさだ。
ならば陣地外に六千~七千のはずだ。
問題はこの六千~七千の配置が、いまいち不明な点だ。
斥候を出そうにも、さすがに敵が布陣しているのでその後方までは進出できない。
軍使による交渉や将帥士の会談まで持ち込めれば、まだ状況は変わっていたかもしれないことに歯噛みする。
軍使による交渉の段階では、まだ戦端が開かれていないことから周囲に斥候を放つ事も、敵の配置を具【つぶさ/詳細】に観察する猶予も生まれる。
これが将帥同士の会談まで行けば、更に得られる情報は格段に跳ね上がる。
『誰が主将なのか、実質的な指揮官は誰なのか、軍勢が進出してきた目的は何か』等を窺い知る事が、出来たかも知れないのだ。
更に、護衛に就いている兵達の装備や身のこなし等からは『練度』が、 会談で供される物資から察せられる『補給状況』、会話時の発言や態度から将自身の知性や性格まで窺い知れることもある。
つまりは交渉や会談も、一種の情報収集の一環であり『無形の戦い』でもあるのだ。
そんな貴重な機会を、あの伯爵は潰しおって!
そしてここにきて、一千の騎兵が発見されている。
この敵部隊を発見できたのは、もはや僥倖【ぎょうこう/幸運】以外の何物でもないだろう。
我らがラルキよりここに到着するまでの間、かつての戦闘詳報や偵察していた者たちの報告も読んではいた。
何も奇妙な事はないように思えていたが、まさか『幻像』を作り出すことができる黒尾狐【ナイトフォックス】などという存在は、今の今まで知りもしなかった。
後で問い糾したが偵察の任についていた者も、黒尾狐【ナイトフォックス】の存在は、やはり知らないとのことだ……。
……最初に発見した冒険者や、迅速に出した斥候の報告からも、総勢約一万四千というのは間違いないと思う。
しかし、『居もしない幻の敵部隊』を作り出せるという戦術的利点は、計り知れない。
もしや、幻像で数を偽装しているのか?
たとえば、
『それなりの中規模の部隊が出入りしたときに、黒尾狐【ナイトフォックス】が同行する。そして陣地を偵察がてら出る際はそのまま出陣し、ある地点で部隊を分離。帰還時に黒尾狐【ナイトフォックス】が幻像を作り出して、数を合わせて帰還し偵察と監視の目をごまかす』
もしくは
『陣地外に布陣している部隊そのものが幻像』とかだ。
『幻像』の有用性たるや、いくらでも思いつく……。
まして夜間ともなれば、正確な数の把握など無理だろう。
そもそも、黒尾狐【ナイトフォックス】自体が敵に存在しているのか、いないのかさえ不明なのだ。
そして存在していると仮定しても、今度は黒尾狐【ナイトフォックス】の数自体が不明な上に、作りだせる幻像の数がわからない。
なにより今現在において、幻像を作り出しているのかさえ不明。
そう考えると、陣外に布陣している軍勢の数も怪しく見えてくるうえに、先ほど報告にあった敵の騎兵団さえ、怪しく感じられてくる。
幻の敵騎兵を追って、我が軍の騎兵団が出撃してしまったのではないのかと、疑心暗鬼に陥る……。
といって、その虚実不明の敵騎兵を放置するわけにもいかない。
確認するために少数の隊を派遣して返り討ちにあったならば、それこそ敵騎兵の行方が不明になり更に危険が増すだけ。
よって、迎撃に向かうのが適切なのだろうが……、だが、しかし……と考えあぐねてしまうのだ。
そんな風に思考の淵に沈んでいると、前衛集団から伝令がきた。
「伝令! 重装歩兵団長、諸侯軍の指揮権を掌握。伯爵閣下を確保しました。
現在、負傷兵の収容を行いつつ後退準備中です。
また敵の大蠍【ジャイアント・スコーピオン】が正面に展開中、数は約四百。前衛集団に対して追撃の構え。
これに対し、我が重装歩兵団は槍の投擲を開始。多数を地面に縫い付けております!」
「軍将閣下に伝令! 『敵陣の右翼より敵歩兵隊が進出、わが団の側方を突く構え。留意されたし』との事です!」
続いて前衛集団から再び伝令がきて、戦場に動きが出始めていることを伝えてきた。
「第一軽装歩兵団にて対処せよ。進出してくる敵歩兵隊の頭を叩き機先を制するのだ! 敵歩兵隊の獣人は身体能力が高いぞ。注意せよ! また前衛集団は速やかに後退せよ。援護する」
命令を第一軽装歩兵団長と重装歩兵団長に伝えるべく、伝令が走るのも見やりながら、状況を整理すべく思考を巡らしていくとともに落胆していた。
「……(あの伯爵、生き延びたのか……。命冥加【いのちみょうが/運よく助かる】な奴め……)」
改稿しました。
お読み頂きありがとうございました。




