23 会戦 2
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≪ラルキ領軍及び諸侯軍≫
飛来する矢に対応すべく盾を掲げて密集しているが、矢が間断なく撃たれているのか、まるで雨粒に打たれているかのような音しか聞こえてこない。
盾を下げて敵方の動きを覗こうとする豪の者は、もはや皆無と言っていいだろう。
そのような勇士は、真っ先に矢に撃たれて戦死している。
「伯爵閣下! ここは危険です、すぐに後退してください! 軍将より先ほどから幾度も伝令が来ているのです、このまま命令に背けば軍法により処罰の対象となりますぞ!」
盾に囲まれた伯爵に副官が進言しているが、その表情は切羽詰まっていた。
言うほど簡単には後退ができないことなど、副官にもわかっているのだ。
しかし言わねばならない。このままでは自分は討ち死にか副官としての職務怠慢(伯爵への適切な助言と補佐の放棄)、もしくは軍法違反で処刑しかないのだから。
「な、なぜだ? なぜ骨と石と獣風情の弓勢【ゆんぜい/矢を射る力の強さ】が、これほどまでに強いのだ? なぜだ……。や、やり直しを要求する……」
勝手に進撃し多大な損害を勝手に被り、あまつさえ後退の命令さえ黙殺した挙句に孤立。
しかもただ譫言を呟いて、ろくに指揮をすることもない。
その間にも、兵員の損失は確実に拡大していく。
「ドートム男爵、お討死! 指示を!」「ガルゴ子爵、負傷! 支援を要請します!」「ダンデ士爵、負傷! 後退許可を――」「第三軽歩兵隊損害多数!」「弓兵隊より補給の要請が――」
決死の覚悟で矢の嵐を掻い潜った伝令が飛びこんできては内容を伝えてくるが、そのどれもが状況が悪化していること示している。
その伝令さえ、腕に矢が刺さっている始末……。
敵方の弓の斉射を浴びて激怒した領軍と諸侯軍は、自軍の弓隊に応射させつつ部隊を前進させたはいいが、進撃の勢いは敵の弓矢によって、脆くも削がれてしまった。
戦場での停滞、しかも敵の前面での停滞。
現状と言えば、もはや『退くも進むもできずに、ただ密集している』しか策がない。
領軍と諸侯軍の弓隊も援護射撃を行い、部隊の進撃乃至は後退を支援しようするが如何せん弓兵の数も足りない上に、敵の弓勢が強く大した効果を発していない。
それどころか、撃ち負けているのが実状だった。
部隊が瓦解していないだけ、まだマシなのかも知れなかったが、逆に密集しているゆえに集中射撃の的になってしまい、周囲は悲鳴と怒号と祈りと死体に満ち溢れていく。
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≪ラルキ侵攻軍 軍営≫
軍将として設営された軍営の本部天幕から前線の戦況を見やるが、平野部ゆえに見通しが悪い。
それでも遠目にみれば、盾を構え密集して耐えている。
……だが、これは部隊として統率のとれた防御態勢を整えているというよりは、ただ本能に従って身を寄せ合っているとみるべきだろう。
領軍と諸侯軍の兵達は負傷者が続出しており、すでに部隊として機能していないのが見て取れる。
いや、元から部隊の態を成していなかったというべきか。
なにせ「狩」をするべく参集した烏合の衆なのだから。
しかし、その烏合の衆とて数は数。
その数が消失すれば、ラルキ侵攻軍……いや、もはや防衛軍というべきか……、なんにせよ数が揃えられずに、劣勢に陥るのは必定。
とにかく、なんとか敵中に突出してしまった領軍と諸侯軍を救出しなければならないのだが、救出するための部隊をあの矢の嵐の中に進出させなければならないという矛盾。
第一射を受けて後退してくれればまだ良かったのだが、『窮鼠猫を噛む』の例えでいえば噛まれた猫は激怒し、噛んだネズミを嬲【なぶ】り甚振【いたぶ】り弄【もてあそ】ぶべく、激情に駆られて更に突出。
……その挙句が、逆に孤立している始末。
そもそも、噛んだのがネズミの類【たぐい】なのかさえ甚【はなは】だ疑問なのに、なぜに突出したのだ!
本営から送った伝令が戻り戦況を伝えてくるが、もはや一刻の猶予もないのがわかる。
「く、くそッ! 重装歩兵団を二団……いや、三団出せ! 領軍と諸侯軍を連れ戻してこい!」
各諸侯の領からも徴兵され、兵役や国境警備に就いていた兵達。
その兵達も侵攻軍にいるなか、見知った者たちが斃れていく現状をただ看過し見捨てるわけにもいかない……。
ラルキ領軍と諸侯軍合わせて三千三百弱、それがもはや二千七百を割り込んでいるだろう諸侯軍を救出するために、三個重装歩兵団、三千を送らざるを得ない。
軽装歩兵隊では、領軍と諸侯軍の二の舞になってしまう。
あの矢の嵐に耐えられるだけの装甲は、重装歩兵団しか持ち合わせていない。
こんなところで精鋭の重装歩兵団を投入する羽目になるとはッ!
客観的にみれば、ただ単に戦力を逐次投入しているだけではないか!
なんということだ……。こんな各個撃破される恐れさえある愚策を出さざるを得ない現状に歯噛みする。
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《諸宮連合軍野戦陣地/クララ・シャンセオン》
「『第五斉射、撃て! こののちは各個自由射撃、矢を撃ち続けよ! 間隙を作るな。とりつかれるぞ!』」
土塁と土嚢で造られた防壁上に、歩兵用のタワーシールドで構築された胸壁がある。
今は物見櫓からは降りて、その胸壁の凸凹上の矢狭間から、弓兵達が射るのを見つつ指示を出している。物見櫓から観た方が全景は見やすいが、逆に狙われやすいからだ。
「敵増援らしき重装歩兵隊接近! 距離三百メルトル!」
重装歩兵隊が幾つもの方陣を組み、盾を押し立てながら、にじり寄ってくるのが見える。
さすがにあの装甲に大盾まで構えているとなると、弓では効果が薄い。
だが方陣形ゆえに密集している。
ならば……。
「『魔術師隊、魔術錬成陣にて三重火焔弾準備!
攻撃指向、中央の重装歩兵隊。
距離三百で一斉射後、各個に準備出来次第撃て!
弓隊は援護、その他は大盾で魔術師を護れ!』」
魔術師が3人で逆三角形【▽】型に陣形を組み、精神集中を始める。
その周囲を盾を持った兵達が囲み防御態勢を固め、火焔弾射出時には正面の盾持ちが移動・開口して射界を確保することになるのだ。
逆三角形【▽】の底辺二角を作る二名が火球を形成するも射出せずに留め置き、重ね合わせていく。
そこに三人目の魔法使いが三つ目の火球を形成し重合、火焔弾として射出することで、前者二人の魔力消費量と疲労を抑える。
つまり、射出と火焔弾の維持、そして火焔弾の飛翔速度維持を二人が省くことで魔力消費量を相対的に低減していることになる。
また単独での火球の大きさは、せいぜいが拳二つくらいなのに対し、三人での魔術錬成陣では肩幅ほどの大きさの火焔弾になり、威力も増大する。
どれほどの威力向上がみられるかというと、単独の火球が着弾時には破裂して周囲に火炎を小規模に撒き散らす程度(それでも殺傷能力はある)だが、三重合での火焔弾ともなると、まさしく爆発というにふさわしい規模になる。
さらに三人がその位置を順次交代することで、単位時間当たりの法撃回数の増加を可能とする陣形魔術ではあるが、当然欠点もある。
術の行使中は移動ができないのだ。当然無防備状態になるので何らかの防御手段が必要となる。
さらに術の性質上、その射線はほぼ直線軌道を描くため必然的に術者が目視することで直接照準をつけることになるが、直線で目視できるということは相手からも見えるということを意味している。(術によっては曲射弾道での射出も可能ではあるが、まず命中はしない。術の錬成にも時間がかかる上に弾着までに時間もかかる。攻城戦以外では実用性が乏しいというのが、一般的評価であった)
さらに魔術錬成陣による三重火焔弾の射程といえば、最大で四百メルトルほどではあるが、これとて術者の技量でバラツキが出てしまう。
また目視での直接照準という観点からも実用的な有効射程としては、単独発射で百メルトルほどとされていた。
もっとも集団での射撃【術法撃】ともなれば、精密な弾着までは要求されない。
指定された地点に大体弾着すれば良い事から、射程は飛躍的に伸びる事になる。
また弓単独の有効射程も本来は百五十メルトルほどであるが、魔法などの支援が在れば同じく射程は飛躍的に伸びる事になる。
その一方で、火球はその性質から目立つので回避もされやすく、また術者も狙われやすいといった欠点がある。
ならば火球でなければよいのではないかとも考えられたが、水弾では近くに水場がなければ自力で水を生み出すことになるので、効率的とは言えない。
また岩弾は、威力はあるがその重さ故に射程が短く、弾速も遅い。またある程度の大きさがないと、威力が出ない。
風断といえば、射程と弾速は良好であり威力もそこそこではあるが、相手が重装甲となると厳しい。また最大の利点は視認しがたいことにあるが、それは転じればその弾道が友軍にも見えにくいという欠点がある。
集団戦ともなれば両軍が入り乱れるのは必定。そんな中で味方を援護しようとしても、その味方がその射線を認識できないのでは危険極まりない。
ふいに味方がその射線上に入り込めば友軍誤射につながる危険さえあるのだ。
このような消去法から火焔弾が選択されているが、火焔弾が着弾した際の副次効果も当然加味されている。
火焔弾が着弾すれば衝撃と共に周囲に火炎をまき散らし延焼が期待できる。さらに連続で着弾すれば、放射熱での疲労効果も期待できる。
加えて、射線上に味方が入りこむということが少ない。
そしてなにより、火に対する本能ゆえか恐怖心が呼び起こされるという心理効果が期待できるのだ。
そんな消費魔力の低減と威力の増大、長射程化と連続射撃が見込める陣形魔術だが、あまり実用的ではないと考えられ大規模には運用されてこなかった。
まず魔術師自体の育成に時間がかかるうえに、やはり術行使中は動けないという欠点が大きい。
結果、野戦という流動的環境では部隊行動に追随できず、術を行使しようにも目視できる程度の射程では目立ってしまって逆に集中攻撃の対象となり、守ろうとすれば戦線正面に立つべき部隊が分割されてしまうという悪循環。
必然的にその部隊運用の難しさから、野戦での運用自体が少なくなり始めた。
そのため陣形魔術の活躍の場といえば、攻城戦か拠点防衛戦での固定点からの術法撃運用に限定されることになるが、やはりその威力には定評がある。
そして、いまは三宮の魔術師隊が結集しているので、数が多い。
数をそろえた上でのその威力に、期待するとしましょう!
ズズ――ンン……ンン。
防壁上から三重火焔弾が幾つも撃ち出され接近してくる重装歩兵隊に連続で直撃、もしくは至近弾。
そして炸裂音が轟いている。
この直撃で方陣形の前列が崩れるが、すぐに後列がその穴を埋め大盾を構えて陣形を維持している。
この部隊、練度が高いわね。
直撃もしくは、至近弾。それも連続での着弾。衝撃や熱、轟音で崩れるかと思ったのだけど立て直してくるとは…………、精兵なのかしら。
「敵重装歩兵隊なおも接近中! 距離約二百三十! 敵前衛と合流する模様!」
「しつこいわね! 『魔術師隊! 三重火焔弾を接近してくる隊の正面に集中させよ! 各個の判断で撃て!』」
「クララ様、指揮所にお戻りください。すでに敵弓箭の射程に入っております!」
私の周りは大盾により囲まれているのですが、確かに先ほどからカンカンと弓矢を弾いている耳障りな音が連続で聞こえています。
「ですが、皆が戦っているのですよ! 私とて戦えます!」
「クララ様! クララ様は指揮官です。そして指揮官には指揮官にしかできない職務があるのです! ここで蛮勇を振るうことが、その職務ではありませんぞ!」
「く!? ……わかりました。弓兵指揮所に戻ります」
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土嚢で囲まれた半地下型の弓兵指揮所、その天井にはいくつもの槍が梁代わりに渡され、そこにタワーシールドが天板の代わりとして幾重にも重ねられている。
そんな指揮所に戻り、指揮官にしかできない職務を遂行する。
「各隊への矢の補充を急ぎなさい! 兵站と補給線は確保され、後方支援の段列は確立・維持されているのに、ここで前線が崩壊しては全てが水泡に帰してしまいます! それと各隊の損耗状況の報告!」
机に広げられた戦域図には敵味方の各部隊を表す駒が置かれ、平原地帯という本来なら高低差の低い地形、言い換えれば全体の指揮が取りにくい地形にも拘わらず全体把握が容易になっている。
この戦域図自体は、イザヨイ宮の偵察情報隊という部隊が陣地設営と同時に各方面に散開し集めた地形情報などを、大判の紙に落とし込んだものが用いられていた。
そして机を囲んでいる補佐官たちが、通信機から入る情報に基づき駒をしきりに置いたり動かしたりしている。
旧来なら、伝令が行き交いながら戦況報告がなされるのだが、この通信機という物により時間差がほぼなく、戦域図上に戦況が反映されていく。
この通信機……、我がシャンセオンにも是が非でもほしいわね。輸入できるのかしら……。
各隊への矢の補充状況・損耗状況の報告を聞きながら指示を出してゆくが、想定よりも矢の消耗が速い!
急速に矢を消耗しつつあることから、急ぎ補給を受けるべく本営に伝令が走る。本営からも後方の中継地にいる支援隊に指示が成されることだろう。
侵攻前の集結地点には物資集積場が築かれ、更にその物資集積場には各宮からの物資が運び込まれている。
当然ながら警備部隊が配されており、その主力はイザヨイ宮が供出しているのだが、ここにもマキナ装甲機兵が配備されている。
そして更に順次、増強配備されるらしい……。
加えて物資集積場と陣地を結ぶ中継点にも、輸送隊と供にマキナ装甲機兵が配されている。
補給線の警護にまで配備する念の入れよう。
イザヨイ宮は、それほどまでにマキナ装甲機兵に期待していることがわかる。
確かに数が揃っているということは脅威ではあるのですが、それほどまでに数を揃える必要があるのでしょうか?
そんな私の疑問にも関わらず、多量に数を揃えようとしている。
マキナ装甲機兵……、ただのアイアンゴーレムではないということかしら……。
そもそもミニコアの供給は、どうするのかしら?
アイアンゴーレムなのだから、ダンジョンの主コアの統制範囲の制約を受けるはず……よね?
何らかの方法を確立した?
そうだとすると、イザヨイ宮からの長期遠征が可能になるということを意味する……。
時代が動くということかしら?
……これは……、我がシャンセオンの立ち位置も考えなければ……。
お読み頂きありがとうございました。




