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イザヨイ戦記  作者: 知音まこと
イザヨイ史 リン伝
19/73

19 各々の思惑

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 《ベルザル大公国 大公執務室》


「くそっ! グランの獣人め、この好機を逃すわけにはいかんのに!」

 持っていた杯を壁に投げつけて、当り散らす。


「大公閣下。グランは兵力の動員が終了し、我らが国境へと移動を開始しております」

 騎士団長が事実を淡々と報告する。


「わかっておる! 騎士団と兵団を移動させろ! くそっ! ここまできたのに!」


「ではダンジョンには、いつもどおりに冒険者を送り込み調査と撹乱を行うこととします」


「シャンセオンはどうなっている?」


「先の戦いから、戦力の補充が少しですが進んでおり、徐々にではありますが再建しつつあります。またダンジョンから、離れた場所に砦を築こうとしております」

 獣皮紙にかかれた要項を確認しながら、淡々と読み上げる。


「イザヨイは、どうだ?」


「相変わらず補充が早いです。骨【スケルトン】と石【ガーゴイル・ゴーレム】を揃えつつあります」


「くそっ! グランの獣どもが! この好機を逃すわけにはいかんのに!」

 またもや、同じ台詞を叫ぶも投げつけるものが見当たらず、執務室の机を叩いている。


「教会がグランの周辺国に圧力をかけて牽制させると、大主教殿も申しております。今しばらくの辛抱かと……」 


 ・

 ・

 ・


 教会の支援を受け、戦の隙を突いて異端にして汚らわしい獣人のグラン王国の後背地を掠め取り、独立して既に百四十余年あまり。


 支援の見返りに国教として庇護され勢力を伸ばし、今では国政すら左右するまでになった光神教会ベルザル大主教区。

 光神教会の掲げる人間至上主義とベルザル大公国の拡大路線が一致し、建国当初から東進政策を基本に据えた拡張策が採られることになった。


 その成果は結実し、順調に国力は増大。


 周囲を人族の国家に囲まれて危機感を抱くグラン王国の反撃を、人族を主体とする各国と教会の支援を受けつつ、幾度も撃退するところまで来た。


 そして東進政策による更なる国力の増進を図り、鉱物資源の獲得を目指してライフィン山嶺に進出しようした矢先に、予期せぬ障害があったのだ。


 あのようなところに、ダンジョンを構える者がおるとは!


 当初は、光神の御名と威光において速やかにダンジョンの攻略がなされる予定だった。

 ダンジョンコアを確保し、教会からの褒章金と売却金で鉱山の調査・開発と入植を進める筈が、ダンジョンが頑強に抵抗しているのだ。


 熟練の冒険者を雇ってダンジョンの本拠を探させれば、苦も無くライフィン山嶺と大森林に接する平野部に構造物を発見。

 黒の光沢のある外観を隠そうともしておらず、周囲を堀が囲み後背地に湖がある。

 また周辺には砦を築き陣地防衛線が出来ている。


 冒険者は「どこにあるのかと、探し彷徨【さまよ】い歩く迷宮ではないので『迷』の字は要らない。外観も威風がある宮殿のようだ。いっそのこと《宮》と呼んではどうか?」という報告書が出され、《イザヨイ宮》の名が定着してしまう。


 ここで手間取るのは愚策と、回り込んで別の拠点を設けるべく別方向に進出を企図。

 そのための調査団を派遣すれば、またもや別のダンジョンに出くわし頓挫してしまう。

 その別のダンジョンたる《シャンセオン》は、最初は普通の地下型ダンジョンだったが、時が経つにつれて徐々に変化していった。


 地上開口部が拡大、周囲を防壁が囲み始め、これまた周辺に砦を築き陣地防衛線を構築し始めたのだ。

 そして、こちらもいつの間にか《シャンセオン宮》と呼ばれるようになっていた。


 このままダンジョンの拡大を放置もできず、攻略と排除をしようと討伐のために大軍を差し向ければ、ここぞとばかりにグラン王国からの侵攻を誘引してしまう始末。


 大軍を派遣できず、小・中規模の軍勢で《イザヨイ宮》に侵攻すれば、スケルトンをはじめとする無機物系統の部隊に昼夜を問わず間断なく襲撃され、部隊は疲労の極致で物量に押されて敗北・撤退を余儀なくされる。


 疲労せず休息も必要としない無機物系の特徴と、スケルトン等が部隊を構成して行動するという異様さ、補充の早さに悩まされるが、更に厄介なのが錬度の問題だった。


 無機物系の場合、召喚時から一定の錬度を有し、微々たるものだがその錬度も上昇するらしいのだ。

 対して、こちらの新兵には訓練期間がいるし、資金も食糧もかかる。

 これらの要因から、幾度も苦杯を舐めさせられているのだ。


 しかも、《シャンセオン宮》に侵攻すれば、これまた《イザヨイ宮》から派遣された部隊に側背から攻撃を受けたり、補給物資を運ぶ荷隊を執拗に狙われたり、他の《宮》から増援が派遣されたりで、損害ばかりが急拡大し撤退を余儀なくされる。


 ダンジョン同士が共闘するという事態に、大公国の東進拡張政策は停滞してしまっていた。

 策も無く小規模・中規模の派兵を繰り返しては、撃退される事を繰り返し兵員と資金と物資を浪費し続けていた。

 そんななか、国内の不満を圧制で抑えて国内の統制を図る一方で、冒険者に報奨金を出して『ダンジョンとその近辺に侵入させる』という案が提案され実行される。


 確かに兵の損耗は減ったが資金は流出し続け、国庫の財政難を教会からの借款で賄う状況に陥ってしまう。

 この借款は、邪悪なる眷属の巣窟であるダンジョンの討伐を条件に実施された。


 ダンジョン攻略の機運を煽る為に教会が扇動に協力し、傭兵や冒険者を露払いの尖兵として《イザヨイ宮》に大規模侵入させることにしたのだ。

 巧くいけば攻略も出来ると動員できる最大兵力を後詰めとして投入する侵攻・攻略作戦が実行されるが、これまた失敗。


 この代償は大きく、多数の傭兵や冒険者が戦死または重傷を負い、さらに冒険者たちの数が急減するとともに経済が停滞し始め、財政の逼迫が目立ち始めてしまう。

 そして、傭兵を派遣していた傭兵連合国への支払いが遅滞し、大公国の信用が大幅に低下してしまった。


 そんなときに、ある報告がきたのだ。

 《イザヨイ宮》の兵力が減少しているというのだ。

 無尽蔵のように思われたスケルトンが、その数を減らしている。

 さすがの《イザヨイ》とて、あれだけの傭兵や冒険者そして我が軍勢に攻め寄られれば消耗もしよう。


 これは好機として、更なる消耗を狙って《イザヨイ宮》への侵攻が準備されたが、教会の意向から《シャンセオン宮》へと目標が変更、そして実行された《シャンセオン宮》攻略戦でも僥倖が続く。


 増援として派兵された三つの《宮》から成る合同軍に奇襲を敢行した際に、《アスワム宮》の宮主たるカイム・アスワムを討ち取ったというのだ。


 続く包囲戦では逆包囲の危険もあり撤退したが、後の戦力評定では、――各宮の予備戦力は急激に減少もしくは消失――との分析が出ている。


 これぞ、まさに光神様の恩寵と言えよう!


 長年に亘る消耗戦。

 ついに終局が見え始めている。


 教会からの更なる借款で軍備を整え、ダンジョンへの再侵攻準備を行っている頃、グラン王国が動員体制に移行していると報告が来たのだ。


 グランの馬鹿どもが! なぜ大人くしていられないのか!


 ベルザルとグランが互いに牽制しているいまこの時にも、ダンジョン側は戦力の再編と補充をしているというのに! これだから、獣は嫌いだ!


 ・

 ・

 ・


「いま少しでございますな。大主教座下」

 補佐の司教が、感慨深く述べる。


「うむ。あと二度ほどの大きい戦で、この国は破綻しよう。そのときこそ、我ら光神教会のさらなる躍進のとき。

 あの手狭な中央の教都より教皇猊下をこの地にお迎えし、真の神の国を御造りするのだ。

 いまは鄙【ひな】びた僻地といえど、教皇猊下が居られる座所が央点といえる。つまり、この地が中央となる日も近いと言えるでしょう」

 恍惚とした表情を陽光に照らされながら、ある種の熱を帯びた声調で応える。


「そして、大主教座下は枢機卿へと、いや……教皇猊下へと登極される……」


「これ、不敬ですよ。ふふ」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 《シャンセオン宮》近郊の街道上


 いま私ことクララ・シャンセオンは、砦の再建が行われているのを見やりながら大型馬車に揺られている。

 後続には文官の補佐役等が搭乗する馬車が続き、更に護衛隊が油断無く周囲を警戒している。


「はぁ。のんびり行きたいものね……」


「クララお嬢様。この度は領内視察と《イザヨイ宮》への表敬訪問を兼ねております。あまりゆっくりしてもおられません」

 家令のマメルが注意してくる。


「そうね。《イザヨイ宮》には、もう先触れがいっているのでしょう。この私は《シャンセオン宮》を代表しているのです。気を引き締めていきましょう」


「旅程は、七日を予定しております。その間に、周辺の情勢と《イザヨイ宮》に関する情報を整理・復習しておきましょう」


「そうね……」

 軽く応えるものの、もう何回も聞いているので理解しているのだが。


 ・

 ・

 ・


「―――というのが、最新の情勢になっております。

 またベルザルの動向ですが、兵の集結が終わり次第再びこちらへ派兵するつもりのようでしたが、グラン王国との緊張が高まっています。このグランの動きに、ベルザルは兵と物資を回す対応を強いられており、我らには幾許かの猶予が出来ました。この間に戦力の再編を図っております」


「ねぇ、マメル。アスワムはどうなのかしら? 宮主様が戦死なされて混乱が起こっているのでしょう?」


「はい、確かにカイム・アスワム殿が戦死されましたが、嫡子のエルトラ殿が宮主位を引き継ぐようです」


「エルトラ? あの子まだ七歳か八歳でしょう? 幼いけど大丈夫かしら?」


「先代の宮主殿が補佐につくようです。

 問題があるとすれば、大蟻の動向です。大蟻の斥候が、たびたび目撃されているのです。

 対して、《アスワム宮》には、もはや予備戦力がありません。戦力の再編と拡充を急いでいますが、自宮の防衛でさえ危ぶまれております。

 次に大きい戦があった場合、こちらに増援を送ることが出来るかは微妙な線かと……」


「そこまで疲弊しているの? 《マフラル宮》はどうなの? 《イザヨイ宮》はまだ余裕があるようだけど?」


「先ほど述べました通り、《アスワム宮》は以前からの度重なる大蟻との抗争で受けた損害と、先の戦の影響から急速な戦力の回復は見込めません。

 《マフラル宮》も、また厳しい情勢です。ゴブリンやオークといった蛮族の活動が活発化しており、さらに先の戦での負担が重く圧し掛かっております。

 そして《イザヨイ宮》ですが、いつもの通り、時間さえあれば回復するでしょう。ですが……」


「「ですが、無機物系の召喚ゆえにコアの統制範囲を出ての長期遠征が出来ません。また中継機たるミニコアも簡単には数を揃えられません。つまりベルザルへの逆侵攻が出来ず、問題の根本的解決になりません」と言いたいのね?」


「はい、ご賢察の通りです」


「……」

 肘掛を指で叩きながら、良策を考えるが思いつかない。口惜しい!


 前回、《シャンセオン宮》は陥落寸前まで追い詰められた。

 外郭砦を突破され、本拠を包囲されてしまい3つの《宮》に救援を急遽要請したのだ。

 いくら相互防衛協約があるとはいえ、《アスワム宮》と《マフラル宮》の疲弊が著しい現状で、それに寄りかかるのは危険だ。

 

 悪くすれば共倒れの危険もある。

 急ぎ、自己防衛力を強化しなければならない。


 相手は、人間至上主義を謳う相手だ。

 けっして降伏や服属など認めないだろう。

 今回は事無きを得たが、物量に押されたのは苦い教訓となっている。

 物量の恐ろしさを、身をもって経験したと言い換えても良い……。


 いままでは、《イザヨイ宮》の戦力構成を侮【あなど】っていた。

 所詮はスケルトンだと……。

 だが、いざ防衛戦となると無尽蔵とも思える戦力投入で撃退している。


 シャンセオンの分析では、それでも相当の損害が出ており補充と再編には時間がかかるだろうとの報告が挙がっていたが、クララは何度か実際に《イザヨイ宮》領に赴いた経験から、予測より早いのではないかと思っていた。


 なにしろ領民の人的被害が、ほとんどないのだ。


 戦力の大半はスケルトンを初めとする無機物系統で占め、その維持はコアからの魔力供給で行われている。

 そしてコアへの魔力供給は、領内の一定以上の大きさの生体から魔力等を徴収している。


 つまり、領民が減少しない限り、戦力の補充が出来るという事になる。


 《イザヨイ宮》も当然理解しており、戦時になると領民たちを疎開させ人的被害を極力抑えようとしているのだが、ベルザル大公国の冒険者投入策で徐々にだが各地の村や町に被害が増えはじめている。

 加えて周辺域が、イザヨイへの移民を取り締まるために通商交易路を封鎖したため、イザヨイの人口増加が鈍化してしまっている。


 また、戦火を避けるためとはいえ、度重なる疎開で町村が発展できないという悪循環に陥っているのが、現状だ。

 それでも、人口が約九万にたいして、常備兵力が推定で一万を超えているので相当な兵力を抱えていることになる。

 無機物系の特徴と、数で優位に立つという方針、その方針を実現する備蓄されている魔力量ゆえだろう。


 ちなみに《シャンセオン宮》は人口約六万で、動員兵力は三千が限界だ。

 現状、やっと千五百まで回復はしているが、せめて二千は欲しい。

 動員すれば兵数は増えるかもしれないが、質の不安と後々の領地開発に影響が出るので慎重にならなければならない。


 対するベルザル大公国は人口約百三十万で常備兵力が四万以上。

 これとて、その全てが《宮》の攻略には向けられない。

 グラン王国との国境には半数以上が張り付き、圧政の代償ゆえか各地の治安維持や公都の警備等でも結構な兵力を割いている。

 《宮》の攻略に向けられる兵数は最大で五千だろうというのが、長年の戦から割り出された数字だ。

 この最大で五千という数でさえ、現状の《シャンセオン宮》の単独戦力では、ベルザルに抗し切るのが難しいという事が解ってしまう。


 経験則として、万全の防衛準備態勢が整っていれば、防衛側は大体は三倍までの戦力差までは耐えられることが判ってはいる。

 もちろん例外はあるが、大きく均せば大体はこうなるのだ。

 

 しかしこの経験則とて、当然ながら成立条件がある。

 彼我の技術力が同程度の段階にあり、万全の防衛準備が整備されているという条件だ。


 槍・剣・弓で武装する相手に、素手で対抗できる訳がない。

 単体や少人数なら『もしや』もありえるが、軍勢ともなれば、そんな偶然は在り得ない事だろう。

 幸いにして、この彼我の技術力は同程度と判定している。


 そうであれば、あとは『兵の技量・兵の質』と『兵数』、『万全の防衛準備態勢』をどれだけ事前に整備できるかで事態を決する事になる。

 だが……、如何せん、この三つの要素が棄損している状況なのだ。


 このままでは、劣勢のまま消耗していく。

 そしていつかは滅亡するしかない。

 ……なんとかしなければならない……。

お読み頂きありがとうございました。

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