16 ドーネッツのとある日常
量産の決定から開発陣で設計の変更を行い、すでに量産が開始されている。
第一次生産予定数は二十機となった。
まず、先行量産機として三機が生産される。
この先行量産で人員の配置や機材・資材の配置などが大まかに決まっていく。
その際ドーネッツさんに一機だけでもいいので、生産工房用に回して欲しいとお願いされた。
各部品がとても大きく、かつ、とてつもなく重いので各部位の装着に手間取るとのこと。
これは失念していた。
たしかに、これでは支障が出るので御屋形様に話を通し了承をもらい、まず一機が工房へと配備されることになった。
生産数がある程度揃い次第、工房専用の機体を設計した方がよいかもしれない。
ドーネッツさんに話を持っていくと、とても嬉しそうにして「その際は任せておけ!」と快諾してくれた。
試作機の製作では人力とアイアンゴーレムを併用して組み立てていたようだ。
陰ながらに、苦労を掛けてしまい申し訳なく思ってしまう。
何かお詫びと感謝の印に贈り物を贈りたい……。
そういえば奇想天外大事典に、製図台と製図板、製図用アームというものと三面図法の書き方 というものがあったはず。
これなど、どうだろうか?
しかし、贈り物を突如贈られても必要のない物なら困惑するかも? と考え恐る恐るドーネッツさんに、こういう案があるが必要でしょうか? と聞いてみる。
「……小僧……その設計図をもってこい! いや、概略図でもかまわん、今すぐだ!」
「い、今すぐには。少し時間をいただきたく……」
「わかった。……だが、急げよ」
眼が輝きを通り越して血走っている……。
こ、怖い……。
急ぎ、奇想天外大事典から抜粋し、三面図法で書き出し清書していく。
ついでに、概念理解の助けになればと思いアーム部の模型を簡単に仕上げて、テンプレート定規とコンパスいうものもあったので製作し、各図案と共に持参した。
出来るだけ急いで製作したのだが、ここまでに三日かかってしまう。
ノリスとの訓練や機体操作訓練やらで、時間がかかってしまったのだ……。
「……小僧、持ってきたか? 随分と時間が掛かったようだが、ワシを満足させられる出来なのだろうな?」
机に両肘を立て、両手で口元を隠すように組み、やや俯きながら眼光鋭く獲物を見つめている。
手元の明かりの灯が、陰影を造りだし妙な凄みを醸し出している。
そんななか、重低音の声で静かに問いかけられる。
「は、はい。こちらに持参しました。遅くなりまして申し訳ありません。また模型なども用意しましたので、よろしければ説明させていただきます」
「……聞こうか……」
身を乗り出してくるが、まるで飢えた肉食獣を連想させる気配だ……。
あまりの迫力に一歩さがってしまう。
「はい。で、では……まず、こちらが製図台でこのように―――。
『三面図法の書き方』は、こちらに。そしてこちらが肝心の製図用アームです。簡易的ですが小型模型を用意しました。ガラス等の透明部材などがありましたら、定規部分やアーム等に使用するとよいかもしれません。こちらはドーネッツの腕、つまり『ドーネッツ・アーム』と命名致しました」
説明しながら、最後にほんの少し遊び心を発揮してみる。
ドーネッツさんが模型を弄り回し、三面図法での設計図と見比べると眼を瞑って考えている。
そして徐【おもむろ】に、クワッと眼を開けて言葉を紡いだ。
「……小僧! 素晴らしいぞ! 実に素晴らしい! 違いのわかる真の匠達が挙って賞賛するだろう! 更にこの命名たるや、痒いところに手が届く燻し銀の匠のごとし。『名は体を表す』とは、正まさにこのことよ、がはは!」
ご満悦なのか、とても大きな声で褒められてしまう。
「あ、ありがとうござ「よし、ここで待ってろ!」……えッ!?」
ドーネッツさんが足早に部屋を出て行ってしまう。
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しばらくしてリリムルさん、シャーリンさんを連れて戻ってきた。
そして設計図と模型を見せている。
「リリムル、シャーリン。こいつを見てくれ、どう思う?」
「なんだい、こりゃ? 机の天板を斜めに取り付けるのかい? なんとも奇想天外だねぇ。しかし面白そうじゃないか」
「ほぉう~~、これは、これは。なかなか良い品ではないですか? これは私も欲しいですね……」
リリムルさん、シャーリンさんが、じっとこちらを見ている。
「あ、もちろん、ドーネッツさんへの感謝の印としての品ですが、お二方の分も用意されるはずです」
「「……ふむ……ドーネッツへの感謝の印……」」
「……も、もちろん、お二方へもちゃんと別途ご用意しますよっ! あ、ちょうど良かった。後ほど、ご要望などを聞きにいこうかと思っていたんですよ!」
動揺を悟られまいと、慌てて言い繕う。
「そうかい。そいつを聞いて安心したよ!」
ニヤリと会心の笑みを湛えながら、リリムルさんが言う。
「まぁ、そんな! ですが、これは嬉しい申し出ですわ。何にしましょうか? 迷ってしまいますね」
シャーリンさんも、ニッコリと喜色満面になりながら言う。
簡易的な打ち合わせの結果として、リリムルさんは新式の非金属鎧に決まった。
これは、機体搭乗時に着用するものもあるので、願ったり適ったりである。
シャーリンさんは、これまた新しい記録媒体。
これも以前から紙を作ろうと思っていたので、同じく願ったり適ったりである。
また、筆記具も用意することにした。
確か鉛筆なるものが、奇想天外大事典に記載されていたはずだ。
これは密かに用意することにする。
言うなれば『驚きの逸品を、皆様のお手元にお届けします』といった感じだろうか……。
こんな言い回しが何故か思い浮かぶが、もう気にしないようにしている。
そして、リリムルさんと、シャーリンさんの品もまた、ドーネッツさんへと贈られることになった。
「ワシが、リリムルとシャーリンの製図板とアーム類も作るんだ。手数料として当然だろ?」とは、ドーネッツさん談である。
反論は許されないし、反論できない。事実だからだ。
そして、俺は奇想天外大事典を読み込むことになった。
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数日が経った頃、財務監のガルンさんに呼ばれてその執務室に入る。
「これは、リン様。良くぞおいでいただきました。どうぞ、こちらに」と椅子を勧められ、そこに座る。
「早速ですが、リン様。製図台と製図板、ドーネッツ・アームと各種定規類、及びコンパスなのですが……」
なにやら、とても神妙な面持ちで語っている。
「はい……」
何か不具合でも起こったのだろうか?
それならドーネッツさんが言って来るかな。
となると、ガルンさんに何故呼ばれるのかが、いまいち判然としない……。
「《イザヨイ宮》として、この器具類の設計と製造・販売の権利を買い上げます。以上です」
「……はい?」
「金額は、このように算定いたしました。すでにドーネッツ殿は同意しております。つきましてはこちらに署名を」
「あ、あの。『買い上げる』とは?」
「はい、ライフィン街より発注が入りました。画期的発明だそうで、ドワーフ達が歓喜雀躍かんきじゃくやく【飛び跳ねるように大喜びする事】しているとの事です」
「はあ……」
呆けてしまって、なんと反応すればよいのか判らない。
「なかなかの金額で売却が決定しました。それとシャーリン殿が要請した新たなる記録媒体の開発もできるだけ速やかにお願いします。製図板と併売すれば更なる価値を生むでしょう」
喜色満面でガルンさんが述べている。
「あ、あの。『買い上げる』との事ですが……その、申し上げにくいのですが、献上という事にしていただきたいのですが」
奇想天外大事典からの抜粋で自己開発したものでは無いのだ。
財貨の授受は、さすがにできない。
「いえ、こういうことは正当な対価を支払う事に意味があるのです。
我らが《イザヨイ宮》は、正当な評価を受けた価値あるものに対しては正当な対価をもって報いる事を示さねばならないのです。後に続く者達の為にも是非受けていただきたい。また、どうしても受け取りにくいのであれば、新たなる発明のための支援金とお考えください。いかがでしょう?」
「はあ……」
奇想天外大事典のことは説明できない上に、ガルンさんの言葉も理に適ってはいる。変に固辞しても、おかしく思われるかもしれない。
「で、では。発明のための支援金という名目でお願いします。それと契約書と公文書には高祖様ご夫妻の恩恵により、この品はもたらされたと明記してください」
ならば、譲れない一点は明確に主張しておかなければならない!
「……リン様。いま私は猛烈に感動しております。乱世となり心が荒み乱れる者の多い中、そのような徳高き志を持っておられるとは……」
なにか、目頭を押さえて必死に耐えている。
「あ、いえ。で、では署名しますので」
なんといってよいのかわからないので、双方同意の下に一文を書き加え、正副2通に速やかに署名を済ませ退出した。
部屋を出るとき振り返ってみたが、ガルンさんは修正された文書の文言を見ながら目頭を押さえて耐えていた。
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ドーネッツさんに設計図を送って数週間が経つ。
そしていま俺は、ドーネッツさんの部屋に来ている。
……呼び出されたからだ。
雑然としていた部屋は、若干整理されて代わりに製図台と製図板が置かれている。
そして、その周囲には明かりとなるランプが複数おかれ、手元に影が差さないように配置されている。
そんなランプの明かりに照らされたドーネッツさんがいるのだが、
「……来たか、小僧……」
頬がこけ、皮膚は乾燥し、眼は落ち窪み、その眼の下を隈で真っ黒にして、幽鬼的な雰囲気を纏まとうドーネッツさんが微かすかに呟くのだが、その声だけは、やけに耳に響く。
「ドーネッツさん……なんで……、なんで、こんな事に……」
あまりの変貌ぶりに慄【おのの】いてしまう。
「小僧のせいだ……。小僧が、この製図台とドーネッツ・アームを贈ってくれたせいで、ワシは、ワシは……」
「い、一体何があったのですか?」
「ワシは、これに夢を見た。果てしない夢だ。ワシの頭の中にある作品が図面として起こせる。そう、これは禁断の夢なのだ」
まるで高熱にうなされて、譫言【うわごと/意識が混濁している際の無意識下の言葉】を言っているかのように語っている。
いや、見ようによっては、熱情に憑りつかれているかのようだ。
「……えっと?」
正直、かなりヤバい雰囲気を醸し出している。
「ワシは、この夢のような器具をワシ達四人だけが用いるのは間違いと思い、工房の連中に見せた。そして工房の連中は魅せられたのだ、ワシと同じように……。そして工房の連中も、これを独占するのは間違いと考え、今度はライフィン街のドワーフ連中に概要と感想を伝えたのだ。……そして来たのが、この注文書だ。『可及的速やかに、百セット送られたし。なお購入許可を得て、支払いはすでに終了している』……百セット……フ、ワシは寸暇を惜しみ製作した。そして善かれと思い一部量産した製図板一式をライフィン街に送ったのだ。フハハ……そう、これが間違いだった、間違いだったのだ。帰りの便で千セットの追加注文が来たのだ。しかも、毎日のように催促の手紙が来る……機体の生産もワシは管理しながら、製図台とドーネッツ・アームを作り続けている。すべて、小僧のせいだ。……だから……、だから手伝え」
「えっ……。あ、はい……、えっ?! お手伝い……ですか?」
思わず返事してしまったが、聞き返す。
「そうだ。工房の連中は量産機に掛かりきりで、こちらに人数を回せん。小僧、逃がしはせんぞ!」
いつのまにか近づき、がっちりと両肩を掴まれる。
いや、この力の入りようは肉食獣が獲物を捕まえたという方が正しいか。
そして覗き込むその眼光たるや、もはや飢えた肉食獣のそれであった……。
そして俺は、時間が空くと製図台の製作を手伝う事になったのだった。
お読み頂きありがとうございました。