15 招かれし者 お友達、またの名を座敷童
朝餉をとり、茶を飲みながら寛いでいると茜がトテトテ~と寄ってきて、
「おにに。茜のお友達を紹介したいですー。じかん、ありますか?」
「? お友達?」
「はい~~。お友達です」
自慢するように胸をそらしている。
《イザヨイ宮》内の生体は、数が少ない。
すべてのヒトと面識があるわけではないが、そのような人物が思い浮かばない。
一体誰だろう?
獣人系統のお友達かな?
ただ茜が、わざわざお友達だと明言するくらいなのだから、間違いのない者なのだろうという事はわかる。
俺も、お友達になろうと密かに決意する。
少し楽しみだ。
「あ、それとお土産も持っていきたいので、『ぽてとちっぷす』と『くっきー』 をお願いします~」
可愛らしくお願いされてしまった。
「うん、いいよ。えっと、いつがいいのかな?」
「えっと~、明後日はどうでしょう?」
上目遣いでお願いされる。これは叶えねばなるまい!
「わかったよ~。じゃ、準備しておくね」
茜の頭を撫でながら答える。
「ありがとうございます~」
眼を細めて喜んでいる茜に、ホッコリしてしまった。
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「さて、準備できたよ。じゃ、いこっか?」
「はい!」うーん、今日も元気な茜をみて俺も元気になる。
「こっちです~」
茜がトテトテ~と歩いていく後ろをついていく。
少し背が伸びたかな? なんて事を思いながらかなりの距離を歩く。
「茜ちゃん、結構遠いけど疲れないの?」
心配して思わず聞いてみる。
「このくらい平気ですよ? おにに は、疲れちゃいましたか?」
逆に心配されてしまった。なんて優しいんだッ!
「だいじょうぶだよ~」
満面の笑顔で答えておく。
ドールマスターのメイドとスケルトンメイドがいるから、万一のときは抱っこしていけばいいと考えて茜の先導でついていくのだが、徐々に空気が変わっていくように感じられた。
悪い空気というよりも、むしろ逆で非常に清涼感のある空気というか雰囲気なのだ。
この感じ似ている。まさかな……。
「ここです!」
ビシ~ッと、扉を指差している。
うん? こんなところに部屋があっただろうか?
日々の鍛錬で宮内を歩き回っているとはいえ、あくまでも外郭部に沿っているので隅々まで把握しているわけではない。
今度からは、若干寄り道してみるか。等と考えていたら、
「おにに。はやくはやく!」と急かされてしまった。
思わず苦笑してしまう。
「あ、弥生ちゃ~ん。おにに つれてきたよ~。会いたがってたでしょう~?」
扉をノックしてから了承を得て部屋に入っていく茜。
声が微かに漏れ聞こえる。
そして、茜が再び出て来て手を振って招いているのだが、
「おにに。 どうぞ、だって~。女の子のお部屋なんだからお行儀良くしてね~」
再び、苦笑してしまう。
さて、どんな御仁かな? とても楽しみだ。
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「十六夜 凛 様とお見受けします。私は 如月きさらぎ 弥生やよい と申します。以後、お見知りおきを」
簡潔だが、逆にそれが爽やかに聞こえる。そんな風に感じる声色だ。
「これは、ご丁寧に。私は、十六夜 凛 と申します。茜がお友達と明言して自慢したくなるのも頷けます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
俺と同じくらいの年齢と思われるが、思わず敬語で話してしまう雰囲気なのだ。
「んもう、おにに~!」
茜が恥ずかしがって顔を赤くして、抗議している。
「こちらこそ、茜ちゃんと親しくさせていただき光栄です。
そんな茜ちゃんの自慢の兄君である 凛 様と、是非とも御会いしたいと思いまして、茜ちゃんにお願いしてしまいました。
ご無理を申し上げ、誠に申し訳ありません」
スッと、頭を下げる。
おもわず見惚れてしまう所作といえばいいのだろうか……。
楚々として礼式にのっとり口上を述べている。
そして、その容貌といえば、黒髪からのぞくキリリとした眉に、意志の強そうな鋭い眼差しと黒く輝く瞳。そして良く映える薄い桜色の唇の清楚な美貌。
また、その装いを素早く垣間見れば、見るからに仕立てのいい赤の振袖に見事な刺繍が施されている。帯と帯締めも素晴らしいの一言だ。
それでいて決して華美すぎるというでもなく着こなしも自然であり、日常的に身に着けているのが判る。
いずこかの王侯の係累といわれても『然もありなん』と思わず納得してしまう立ち居振る舞いなのだ。
もはやこれだけで、只者【ただもの】ではないと判る。
ちなみに振袖というものを今まで見たことないが、見てすぐにわかった。
もはや驚きもしなくなってきている。
室内に招かれれば、品良くまとめられ、とても落ち着く。
「凛様、こちらへどうぞ」と椅子を勧められる。
「はい。ありがとうございます。こちら、つまらない手土産ですがご笑納いただければ幸いです」
クッキーとポテトチップスの包みを渡す。
しまった。女性と判っているのならば、もっと何か違う気の利いたものを持ってくるべきだった。
次回の機会があるならば、料理大全から再現してもっと場に合う物を持ってこようと密かに誓う。
「これは、ご丁寧に」と、 丁寧に受け取ってくれた。
茜が静かなので、視線をふと茜に流してみるとプクーッと、頬を膨らませ怒っている。
弥生さんも気がついたようだ。
「どうしたの? 茜ちゃん?」
弥生さんが気を利かせて聞いている。
「お友達の会話じゃない……」
ご機嫌斜めで答えてくれる。
「「 …… 」」
「ぷッ「くすッ」」
弥生さんと顔を見合わせ、おもわず笑ってしまう。
「そうですね。こんな堅苦しい会話ではお友達とはいえません。ごめんなさいね、茜ちゃん」
口に手を当て可憐にクスクスと笑っている。
「そうだね。確かにこれは、お友達の会話じゃないね。ありがとう、茜」
茜の頭を撫でながら謝る。
これで、場が和み緊張感が薄らいでいくのを感じた。
このあと、弥生さんがお茶を入れてくれ、手土産の菓子を食べながら和やかに楽しく会話が続き、時間が過ぎていく。
そんな中で、よほど楽しくて興奮してしまったのか、茜がうつらうつらとしている。
「あらあら、茜ちゃんは少し御眠【おねむ】のようですね。
帰りもあります。あちらにお布団を敷きますので、少し休まれるといいでしょう」
そういうと中座して床を整えてくれ、別室で休むよう促された。
ここはお言葉に甘える事にして、茜を静かに抱きかかえ敷かれた布団に寝かせて、静かに部屋を後にする。
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「さて。凛様、改めましてご挨拶いたします。如月 弥生 と申します。
世界各地を旅して見聞を広めておりましたところ、さる御方からのお誘いにてこの地に参り、こちらの『十六夜宮』に居候させていただいておりました。
無断での逗留、誠に申し訳ありません。
こちらの『十六夜宮』がとても興味深く、宮内を散策しておりましたところ、茜ちゃんと偶然出会いまして友誼を結ばせていただきました。
それと私のことなのですが、 座敷わら―― 」
「いえ! 弥生さん。それ以上は、おっしゃられずともわかります。
茜のお友達であり、そして私の友達。そんな友達が、遥か遠方より訪ねて来てくれたのです。歓待するのは至極当然のことです」
なにやら『座敷は、――』といいかけたようだが、大変失礼なのを承知で、軽く手を挙げ弥生さんの口上を止めさせて貰った。
おそらく、『座敷は、移ります。いずこかの離れでもかまいませんので、お部屋をお借りいたしたく――』といいたかったのだろう。実に謙虚な方だ。
しかし、おそらく主上が招いたお方、粗略にする事などあり得ない。
「ですが……」
「ただ代わりに幾つか質問します。弥生さん、故国に戻れないかもしれませんがよろしいのですか?」
美しくも怜悧な黒の瞳を見据えて尋ねる。
「はい。その点については幾重にも念を押されており、また十分理解しております」
何の迷いも無く答えてくれる。
「僭越ながら、ご家族の理解は得られておりますか?」
「はい。私の一族は、長たる者が代替わりしたのですが、その者は有能です。杞憂には及びません」
頤おとがい【下あご】をクッと上げ、確信に満ちた表情をしている。
「まことに申し上げにくいのですが……、いま、この地は戦乱の機運が高まっております。
従いまして、その身の安全は保証できません。
弥生さんは、見目麗しき女性ですので……その……、単独での外部への散策は、あまりお勧めできません」
「……それは、《十六夜宮》内から出るな。つまり座敷牢にて軟禁するということでしょうか?」
一瞬、眼を細めて尋ねてくる。
「違います! 弥生さんの人身・行動の自由と去就の自由は、わたくしこと『 十六夜 凛』が保証します。
ですが、何か看過出来ない振る舞いがあったり許容出来ない。とお考えになられたら、御自分の意志と判断により、この『十六夜宮』から自由に退去・転出してください。
また我が『十六夜宮』が包囲され、もはや陥落する。とお考えになった際は迷わず脱出してください。
これは私との、つまり友達との約束だとわかっていただきたいのです」
慌てて、誤解を解くべく説明する。
「わかりました。その心遣いに感謝いたします。わたしも戦乱の世を見てきましたので、おっしゃりたい事は理解出来ます。
ですが、戦乱の世ならばこそ、私もただ逗留するというわけには参りません。何かしらのお手伝いを致したく思います。
ただ、純然たる戦闘となると私では、お役に立つことが出来ません。
また、こちらに来て間もない故、右と左の違いもままなりません。
このような浅学非才な私ですが、なにか私に出来る仕事等はありませんか?」
スッと頭をさげて礼を述べた後、そして真剣に尋ねられた。
「うーん。何か考えておきます。それまでは、そうですね……。
あ、茜の情操教育と礼節などの教育全般、そして対ヒトとの意思疎通・交流能力の向上を担当していただけないでしょうか?
『十六夜宮』は、どうしてもヒトが少なく、そちらの方面の教育が手薄になりがちなのです。
あとは状況をみて適切に何らかの職位を探してきます」
「わかりました。是非お願いします」
ニッコリしてくれている。どうやら誤解は解けたようだ。
「はい。あと、こちらのお部屋はいささか遠いので、他に部屋を用意しようかと思います。
ですが少々時間をいただきたく思います。すみませんが、今しばらく、こちらの部屋で滞在してください」
「はい、大丈夫です。たまに散策しているのですが、この《宮》は面白くて飽きません」
朗らかな笑顔で答えてくれる。
「はは、そう言っていただけて光栄です。ですが、スケルトンとかリビングアーマーとかに驚かれたのではありませんか?」
「ええ、久しぶりに見たので驚きましたよ。故国では、最近は見かけなくなりましたので……、逆に新鮮に感じられました」
「え!? 御国にもおられるのですか?」
「ええ。だいぶ昔ですが、おりましたよ。ガシャドクロとか、骸の武者とか。
こちらは仙力・霊力……、えーと、こちらでは魔力というのですかね? それが豊富にありますので、元気に動いておりますね」
なんとも嬉しそうに答えている。
「そ、そうですか。あ、ちなみに弥生さんのお食事とかは如何しましょうか?」
「お食事に関しては、しばらくは大丈夫です。手持ちもありますので」
「わかりました。ですが、折を見て何かお持ちします」
「ご配慮、痛み入ります」
「最後に、一番重要な質問です。
弥生さんを、お誘いした御方の瞳の色は……朱色でしたね?」
「ふふ、金色ですよ。凛様」
「……なるほど、これは試すような仕儀をしてしまい失礼致しました。
これからの《十六夜宮》の進む道が、主上の深遠なる御心に添えばよいのですが……」
「そうですね。ですが深遠の御方とはいえ、全てをお任せするというわけにも参りません。ならばこちらはこちらで、自ら成してゆかねば生き残る事はできません」
「『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり』 ですか?」
「ふふ。この場合は、『為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨てつる人の儚き』かと」
「これは、御見逸れいたしました」
「いえ、こちらこそ汗顔の至り。
いずれにせよ、『為さずんば胡なんぞ成らん』ということですね」
そんな問答を楽しんでいたが、奥で物音がする。
茜がお目覚めのようだ。
楽しい時間は早く過ぎていくように感じる。
それでは、そろそろお暇することとしよう。
先頭を元気に歩く茜をみながら、弥生さんとの会話を思い浮かべ主上に感謝していた。
いや、これはいつも以上に、主上に感謝しなければならないだろう!
主上の恩寵がなければ圧倒されて、なにも受け答えできずポカーンとしていたことが確実に想像できた。それほどまでに鮮烈な印象なのだ。
『深遠の御方とはいえ、全てをお任せするというわけにも参りません。ならばこちらはこちらで、自ら成してゆかねば』と、弥生さんは述べていた。
なんという強き心……。
『慮【おもんぱか】らずんば胡【なん】ぞ獲【え】ん、為さずんば胡ぞ成らん』か……。
茜のお勉強のみならず、これは俺も積極的に学ばなければなるまい!
新たなる決意を胸に抱き茜と共に帰路に着いた。
改稿しました。
お読み頂きありがとうございました。