13 模擬戦 2
徐々に距離が詰まる。
そろそろか。
俺はアイアンゴーレム二体とスケルトン三隊を、横隊のまま前進させていく。
ドンッ! という耳慣れない音が聞こえたような気がした。
地を蹴り、急激に接近する機体が眼に入る。
「なッ!?」
は、速い、速すぎる! 騎兵の全力疾走より速いかも知れん!
そのまま、アイアンゴーレム二体に突っ込むかと思いきや、急に方向を転換し左翼のスケルトン隊を跳ね飛ばす。
攻撃したのではない。そのままぶつかり、文字通り跳ね飛ばしたのだ。
バラバラになりながら、数体のスケルトンが飛び散っている。
こちらのアイアンゴーレムが向きをかえて、取り抑えようとするがもうその場所にいない。
それどころか、なんと、そのままこちらに向かってくる!
「さ、散開!」
命令を発しつつ、おれは馬で反対側の右に駆け出した。
俺の命令に従い、スケルトンライダー二隊は俺について離脱し始める。
全力疾走に移るには、やや時間が掛かるが、それでも離脱はできるだろう。
残存のスケルトン歩兵隊は、迎撃すべく移動し始める。
徒歩のスケルトン隊に喰いつけば、時間稼ぎにはなる筈だ。
ここは一旦体制を立て直す! と、状況確認のために振り返れば……、
「うお!?」
騎兵隊に追いすがる機体が見えた。
距離が縮まっている。これは、あちらの方が速いということだッ!
持久力ではどうか解らないが、瞬発力では明らかにあちらが速い!
最後尾にいた一騎が反転し攻撃に移ろうとするが、剣の一振りで吹き飛び、残骸が俺の前方にまで撒き散らされる。
残骸と巻き上がった土砂に巻き込まれたのか、更に一騎が体勢を崩して転倒した。
転倒したスケルトンライダーは、カイトシールドを上げて防御体勢をとるも、そこに今度は巨大なカイトシールドの下方先端部を打ち下ろし粉砕してしまう。
ゴーレム系統と同じと考え、相手がまずは受けると思い込んでしまった。
なぜ、相手が悠長に攻撃されるまで待つと思い込んでしまったのか!
スケルトンライダー二騎の犠牲で、やっと離脱できた。
距離をとり反転して、騎槍突撃【ランスチャージ】での攻撃を行うため機会を伺う。
前進していたアイアンゴーレムとスケルトン隊が引き返してきた。
よし、仕切り直しだ。
あの機体は、向きを変えようとしている。
アイアンゴーレムに向かっていくようなら、そこに騎槍突撃ランスチャージで攻撃だ。
「……くっ」
アイアンゴーレムに向かわず、距離をとるように一旦下がる。
決して背を向けないようにしているのが、わかる行動だ。
なんとか回り込もうとすると、機体の視界に捕らえるように対応して動く。
状況判断と対応能力は、操縦者が搭乗する事で補っているのか。
なんと厄介な……。
これは、しばらく膠着状態かと思いきや、機体の方が突如アイアンゴーレムに突っ込んでいく。
アイアンゴーレムが迎撃しようとメイスをもった腕を振り上げているところに、カイトシールドを構えながら、シールドバッシュ【盾の押し込み打撃】のぶちかましを喰らわせて吹き飛ばしてしまった。
振り向きざまに、取り押さえようと近づいてきたもう一体のアイアンゴーレムの右腕を肩から切り飛ばし、返しで右足を膝から斬り飛ばして体ごと蹴り飛ばす。ここで剣が折れた。
さらに、最初のアイアンゴレームが起き上がろうとしているところにシールドを膝部に打ち下ろし、これまた右足をへし折ってしまう。
折れた剣をもったまま、斬り飛ばした腕からメイスを奪い機体はすぐに移動してしまう。
そしていまは、騎兵を視界に捕らえる位置にいる。
これで、二体のアイアンゴーレムは無力化された。
リン様は、剣の修行で教えた事を忠実に実行している。
『多勢に囲まれたら先に動き、足を攻撃して行動不能にさせ自分は移動しろ』という教えだ。
これでは、手が出せない。
どうすればいいのか?
ゴーレムを吹き飛ばす力。
手足を狙って剣撃を撃てる俊敏さ。
相手の武器を奪う器用さ。
騎兵並のの速力。
迅速な方向転換。
的確な判断と対応能力。
操縦者の意図どおりに動く操作性。
いままでの戦法の定石が、脆くも崩れていく。
『アイアンゴーレム二体とスケルトン歩兵一二、スケルトン騎兵六、指揮官一』の陣容が、開始三〇フンもかからずに壊滅状態になっている。
なにせ、アイアンゴーレム二体が行動不能、スケルトン歩兵三体・スケルトン騎兵二体が消滅だ。
抑えられるアイアンゴーレムがもういない。
これが実戦なら即時撤退するべきだが……。
御屋形様が止める気配がないのが遠目に見える。
ならば、やるしかあるまい。
よし。ここは、騎兵を二つに分けて挟撃させる。
スケルトン歩兵は集結させて当たらせる。
三隊での同時攻撃で脚部を狙うのだ。
騎兵が二つに分かれ移動を開始すると共に、スケルトン歩兵が集結する。
リン様は騎兵を警戒するが、二隊同時には視界に捉えられずにいる。
首をしきりに振り、視野に収めようとしているのがわかる。
騎兵に向かっても逃げるのだから、この状況下ではスケルトン歩兵の集団に向かってくるはずだ。
きた! 騎兵並みの速度で突っ込んでくる!
「受けようと思うな! 散開して囲み、足の関節部を狙え! 動きを止めろ!」
頭頂部の眼らしき部分も狙いたいが、さすがに七メルトル以上では届きようもない。
膝を狙い、まぐれ当たりを期待して槍や大型ダガーも投擲させるが、悉く装甲に弾かれるうえに、そもそも当たらない。
疾走状態の関節部を狙えというのが至難といえるのだから当然だ。
俺もジャベリンを投げつけるが、弾かれる。
そのうちの一本のダガーが偶然膝関節に当たったようだが、布のように見えた部分は、なめした皮と細かいリングアーマーの積層複合処理がなされており効果がない。
そうこうしているうちに、動きに巻き込まれて二体が吹き飛ぶ。
機体はスケルトン隊を突っ切り、またもや距離をとって騎兵隊を視界に収める為に向きを変え、こちらをみている。
「く、……だめだ。どうすればいい……」
またもや、振り出しに戻った。
これでは、スケルトンゆえに疲労しないとはいえ、こちらがただ消耗していくだけだ。
そのうち、全滅するのも時間の問題だ。
これは模擬戦だから、悠長に構えているが実際の戦場なら既に死んでいるだろう。
戦いは、一局面だけではなく全体で行われ、常に動いている……。この状況なら包囲されて撤退も出来ずに討ち死にだ……。
冷や汗が滲み出る。
俺とて戦働きは何度もしている。
死線を何度もかいくぐったが、これほどの危機的状況は無かった。
これが実戦なら、確実に戦死している。
それが歴然たる事実であると、俺の経験からも判るのだ。
はは、この俺が戦死……。全く笑えない……。
「……どうすればいい……」
とにかく考えるが思いつかない。全くの思考停止状態だ。
『下手な考え休むに似たり』とはいえ、自暴自棄になって突撃はしない。
俺はそんな由緒正しい指揮官ではないし、第一に師のロンド様からそんな教えは受けていない。
『そんな状況になる前に逃げろ』という教えは受けたが……。
といっても、策も思いつかない……。
いっそのこと、飛び付いてみるか?
……ばかな、摑まり損ねたり、振り落とされたら踏み潰されるだけだ……。
そんななか、また機体が走り寄ってくる。
全力ではない。いつでも方向転換できるようにしているのがわかる。
こちらに圧力を掛けて出方を見る気か、小賢しい!
「騎兵! 全速で騎槍突撃ランスチャージ、左右から膝を狙え! 歩兵、動きが止まったら足を狙え!」
騎兵が迂回した位置に移動。
助走から全力疾走に移り、機体に二方向から向かっていく。
いける! この速度ならいまから方向を変えても追随できる。
動きさえ止まれば、まだなんとかなる。
右から騎槍突撃ランスチャージを行うべく疾走していた騎兵の一騎が、突然四散した。
「!?」
突然の出来事に思わず声も出ない。
そして状況がわかり始める。
持っていた折れた剣をそのまま投げつけたのだ。
その剣の投擲速度と全力疾走中の速度が合わさり、そのままスケルトン騎兵に直撃。
直撃の寸前、スケルトン騎兵は咄嗟にカイトシールドを掲げ防御しようとしたが、何の効果も無く四散してしまった。
更に残りの右の一騎に走りよっていきながら、シールドを掲げている。
なんだ? 受けるつもりか?
と、思いきや突然、カイトシールドの下方を角度をつけて地面に突き刺しかがんで身を固める。
もはや全力疾走状態では、細かい方向の修正はできない。
スケルトンライダーは、そのままカイトシールドに突撃していく。
当たった瞬間、ランスがシールドの表面をすべり、そのまま激突して転倒。
機体は、すかさず立ち上がりシールドを打ち下ろして粉砕してしまう。
更に振り返りざま、持っていたメイスを横合いで投げつけて、左側の一騎が直撃して飛び散る。
ただし投擲したためか、動きが停まっている。
これは好機!
動きの停まった機体の膝目掛けて、スケルトンライダーがランスを固定して突進していく。
いける! と思った瞬間、機体は再び身を沈めて左腕のカイトシールドを、機体前面を護るかのように右に振りかぶり、防御姿勢をとる。
それは操縦席を護るためとはいえ、悪手ですぞ。リン様!
全身が隠れてはいない! 頭も見えている! 今度こそ!
グシャッ!
「……」
呆然としてしまう。
騎兵が横合いに一五メルトルほど吹き飛ばされている。
カイトシールドを右から左へと、思い切り振り抜いたのだ。
騎兵は回避しようとしたようだが、間に合わない。
まさに『騎兵は急には止まれない』を実証している光景といえる。
そして機体は悠然と立ち上がり、こちらに向き直った。
と、同時に間髪をいれずに全力疾走でこちらに走り寄ってきた。
そして左腕のカイトシールドを今度は左に大きく振りかぶり、間合いに入り次第打ち払おうとしているのが見える。
そんな機体の行動がイヤに遅く、そしてハッキリと見える。
ダメだ、避けられない……。
「そこまで! そこまでっ!」
大声が聞こえたと同時に、赤い煙幕を曳く矢球が何個も打ち込まれる。
俺の眼前では、カイトシールドを振りかぶった姿勢のまま機体が停止していた。
そのとき、俺は模擬戦にもかかわらず『助かった』と思った。
そして、いままでの戦場の習いが変わるとも確信した……。
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