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ビッチは褒め言葉

「如月みなみ役は高田美鈴にやってもらうことになった。余田さんにはメールで了解済みだ。撮影は来週の日曜日からV1スタジオの喫茶店セットで行う。クライマックスのダンスシーンからの撮影なので、演者はそれまでにしっかり練習するように。以上」

 俺は淡々と話し、自分の席に戻った。それから、教室に集まったE班はそれぞれ演者チーム、技術チーム、メイク衣装チームに分かれて、具体的に話を詰めていった。

 大まかなストーリー案はこうだ。性同一性障害に悩む青年カオル(鎌井)が、ちょっとおかしな精神科医の勧めで歌舞伎町の寂れたオカマバーに出向くことに。底抜けに陽気なオカマたちとの交流で、何度か通ううちに少しずつ心を開いていく。そんなある日、不況のあおりで店の経営状況が悪く閉店間際だということを知る。そこでカオルは恩返しとばかりに無償で働くことを決意。初めは雑用だけだったが、接客やショーのバックダンサーもこなすようになる。それでも経営状況は回復せず、そのうえ店の売上金が従業員に盗まれるという事件がおき、いよいよ閉店が現実味を帯びる。そこでカオルが大ばくち的な提案をする。それがオカマのストリップショーだった。

 タイトルは撮影が終わった後、全員で話し合って決めることになっていた。

 演者たちが集まって舞台上の立ち位置や台詞回しの相談をしているなか、高田美鈴はずっとうつむき加減だった。そんな俺も、あまり気乗りしなかった。鎌井はいつも通り鼻をほじってるし、小金井は女子の視線ばかり気にしてる。一番やる気だったのは、いつも不満や否定ばかりの井上だ。井上は始終仕切り役となり、積極的に話に加わっていた。それも薄ら笑いを浮かべながら。

 その薄ら笑いの理由はすぐにわかった。

 帰り支度をしている俺の背後から、井上が声をかけてきた。

「真壁にふられたのか?」

 俺はふり返ると、すぐに向きなおった。

「まあな」

「ドンマイドンマイ」

 俺の肩を叩きながら言った。

「別に落ち込んじゃいねえよ。あいつのバックには、俺なんかじゃとても歯がたたないぐらいビッグなパトロンがついてんだよ。俺は思い知ったね。女にモテたきゃ権力を手にしろって。顔とか性格とか金じゃない。女は権力にこびるのが大好きな生き物だってことを。お前も、そのチェッカーズみてぇな髪型ばかり気遣ってないで、少しは政治とか経営の勉強したほうがいいぞ」 

 余田さんと真壁莉音のいないE班は、まるで大人のいない少年野球チームのようだった。むこうではナックルの練習をし始め、こっちでは投げたボールを誰が一番目印に近づけるかで競い合っている。いちおう同じグラウンドにはいるのだが、誰も野球をしようとはしない。そんな感じだ。

 それでもクランクインの日曜日がやってきた。俺はというと、まわりの本気度がわからないながらも、それなりに形になるよう、ダンスのふりだけはちゃんと覚えてきたーーそもそも俺は特殊メイクをやりたくてこの学校に入ったわけで、役者の勉強をしにきたわけじゃない。そんなことを考えながらダンスや演技の練習なんてしても、うまくなるわけもなく、結局”目の前にある仕事を一生懸命できないやつが、いったいこれからどんな仕事ができるっていうんだ?”というモットーは、どこかにいってしまった。

 有象無象としたV1スタジオで、無味乾燥とした撮影風景をぼんやりとながめながら、雑多な声に耳を傾けていた。

「高田さんが来てないみたいなんですけど・・・三島さん、なにか聞いてますか?」

 メイク班の1年、柳田佳枝が言った。

「いや、何も聞いてないけど・・・最初は男たちだけの撮影だから、後から来るんじゃないか?」

「衣装合わせがあるから、予定ではこの時間からいるはずだったんですけど・・・」

「電話した?」

「番号知らなくて。三島さん、かけてもらっていいですか?」

「いや、おれも知らない」

「えっ、知らないんですか?」

「うん、知らない」

 佳枝は残念そうに「そうですか・・・」とこぼした。

 オカマのバックダンサー役の俺は、着物に魚の鱗をつけたようなキラキラした衣装に着替え、出番までセットの後ろで箱馬に座って待っていた。スタートは鎌井のひとり芝居だ。相変わらず美少女には違いないのだが、やはりそれは外面だけで、中身は残念なオタクバカに違いなかった。ぎこちない動きはある意味役に合っていて問題ないのだが、ダンスに関しては酷すぎた。素人感を通りこして、異次元の盆踊りだった。まるでターミネーターが水中で踊っているみたいだ。カメラマン兼監督代行の西村がしきりにカットをかけ、演出をくわえ、再びカメラをまわすのだが、一向にOKの声がかからない。NGが続けば続くほど次第に現場の空気が悪くなり、セット裏の俺たちも緊張感をなくしていった。

「鎌井は後回し。先にバックダンサーの画撮ります!」

 その西村の声に俺たちがセットのなかに入る。鎌井は舞台から出され、「ちゃんと見とけ!」とばかりにカメラ横に正座させられていた。あいつだって役者を目指しているわけじゃないに・・・俺はちょっと同情した。

 俺はカメラを背に立ち位置につき、音楽が鳴るのを待った。曲はベビーメタルのメギツネ。出だしのドラムと共にゆっくりとふり返り、合いの手の「ソレ!」と共に激しく踊り出す。

 そのとき遠くのほうから「三島くん!」という声が聞こえた。 

「撮影中に声だすな!」西村が怒鳴った。

 スタジオに入ってきた美鈴は、「ごめんなさい」と申し訳なさそうにペコペコしていた。

「三島くん、ちょっと来て」

 俺は美鈴に手を引かれるまま、舞台からおりた。

「おい、何なんだよ! ぜんぜん撮影になんねぇよ!」

 西村のその声も無視して、美鈴が俺をスタジオの隅に連れていった。

「大変なの。さっき莉音ちゃんのお母さんから電話があって、莉音ちゃん、栄養失調で入院したって」

「栄養失調?」

「急激なダイエットをしてたらしくて、ここ何日かほとんどご飯食べてなかったみたいなの」

「あんな細い体でダイエット? どうして?」

「それが・・・詳しくはわからないんだけど・・・主演を勝ちとるためとかなんとか。この間のこともあるから、三島くんには知らせたほうがいいと思って」

「それって、俺のせいってこと? 俺があんなこと言ったから無理にーー」

「違う! 違うけど・・・」

「お前もあいつが普通じゃないことぐらいわかってるだろ。あいつにはもうかかわるな。ここの生徒でもないんだし、友達でもない。それより、柳田がお前のこと探してたぞ。はやく衣装合わせしてこいよ」

 俺はそれだけ言うと、舞台に戻った。「わるい。続けよう」

 ダンスの撮影中、始終やつのことが気がかりだった。やつがもっとブサイクだったら、ここまで気を揉むこともなかったのかもしれない。美人には品行方正を義務づけるべきだ。じゃないと、まわりの男たちが右往左往するはめになり、世界が混乱の渦に巻きこまれるのだから。

「三島、ふりが間違ってるぞ」

 西村の言葉で我に返った。

 そこでようやく、ユーチューブの映像を観ながら自主練した部分のふりが全部、左右逆になっていることに気づいた。

「わるい西村。俺抜きで続けてくれ」

 俺はそう言い残すと、舞台をおりた。

「だから、何なんだよ、どいつもこいつも!」

「高田はどこ行った?」

 メイク班の佐々木カレンにきいた。

「柳田さんと一緒に、あそこのパーティションのなかだと思うけど・・・」

 俺はスタジオの隅にあるパーティションのところへと駆けだした。衣装がジャラジャラうるさい。

「高田! あいつがいる病院ーー」

 パーティションのなかを覗くと、高田美鈴がちょうど着がえ真っ最中で、上下淡いブルーの下着姿だった。美鈴が悲鳴をあげて、その場に座り込む。俺はあわてて外に飛びだした。その悲鳴をきいて、スタジオ中の視線を一手に引きうけることになった。俺は首とかかげた手を振って、その疑いを否定した。衣装がジャラジャラうるさかった。


 真壁莉音の病室は最上階の特別個室だった。母親の許可をもらって、俺と美鈴は病室にはいった。部屋の中には冷蔵庫と70インチのテレビがあったーーこんなところにも貧富の差! 窓際のベッドに寝ていた莉音は、扉の開いた音に気づいてこちらに目をやった。たった半月前に会ったはずなのに、まるで別人のようにやつれて見えた。頬はこけ、まぶたの上の部分がくぼんでいる。目はうつろで、ジャンキーのようだったが、髪の毛だけはきれいに解かれていた。

「面会謝絶って言っておいたんだけど・・・」

「莉音ちゃんのお母さんに頼んで入れてもらったの。すごく美人なお母さんだね。私のお母さんとはぜんぜん違う」

 美鈴が、二人でお金を出しあってコンビニで買ったゼリーの詰め合わせを差しだす。

「これお土産。よかったら食べて」

「普通、こういう場合はお見舞い品っていうのよ。そのへんに置いといて。あまり食欲がないの」

 棚の上には高級そうなお菓子やフルーツが山のように積まれていた。窓際に置かれた花があまりに大きすぎて、太陽の光を遮り、外の景色を隠している。

「なにしてるの、そんなところで? 座ったら?」

 莉音が、扉の前で立ち尽くしている俺にいった。

「すごい部屋だな。スイートルームかよ。ここならずっと入院しててもいいな」

「もし自分を責めてるなら、その必要はないから。今回のことは私がバカだっただけ。あなたはまったく関係ない」

 莉音が俺を見つめながら言った。俺は黙って椅子に座った。

「今日から本格的に撮影がスタートしたの」と美鈴。

「そう」

「そしたらね、私が衣装に着替えてるとき、突然三島くんが部屋に入ってきて、私の下着姿見たの」

「ちげぇーよ! 着がえてるなんて知らなかったんだよ」

「最低な男だな」と莉音。

「別にお前の下着姿なんて何とも思わねえよ」

「それはそれで酷い」と美鈴。

「いや、家に帰れば、妹が下着姿でしょっちゅうウロウロしてるから、見慣れてるって意味で。お前だって、入り口のカーテン締めてなかっただろ」

「撮影中だから、誰かが来るなんて思わなかったんだもん。でも、入ってくる前に普通ひと言声かけない?」

「あなたたち、ここに何しに来たの? ケンカなら外でやってくれない?」

「ごめんなさい」と美鈴。

 沈黙。

「どうしてダイエットなんか?」

 俺が唐突に言った。美鈴が”それ訊いちゃう?”と言いたげな様子で俺を見た。

 莉音が顔を背ける。「言いたくない」

「あれか、デニーロ式アプローチってやつか。まあ、お前らしいっちゃお前らしいな。でも、役が決まっているのならまだしも、役をとるためにやる方法としてはやり過ぎだと思う。それに、あんなガリガリの体をさらに絞るなんて、狂気の沙汰だな」

「説教しに来たのなら、もう帰って」

 莉音が目を背けたまま言った。

「でも、意外と元気そうでよかった」と美鈴が苦笑いで言った。

「そうか? 俺には憧れのビッチに外見までようやく近づけた女にしか見えないけどな」

「言いすぎだよ!」と美鈴が珍しく声を荒げる。

「俺は一番嫌いなんだよ! そうやって世界の不幸を全部背負って生きてます面した人間が。お前言ったよな、この世界は椅子取り合戦だって。死にものぐるいで取りに行かなきゃダメだって。でも、お前は椅子取り合戦なんてやってない。争うことを嫌って、同じ土俵に立つのを嫌って、誰も取りに来ない安全な椅子を探してるだけだ。私は他とは違う。だから私には、私だけの椅子があって当然だって。そんなやつは、一生かかっても椅子になんて座れやしない。なぜなら、この世界に絶対安全な女王様の椅子なんて存在しないからな」

「三島・・・くん・・・」と美鈴。  

 俺は涙をグッと堪えていた。

「ごめん。こんなこと、入院しているやつに言うような言葉じゃなかった。全部忘れてくれ。今の言葉は自分自身に言ってるんだ。逃げてばかりいて、本気になろうとしない情けない自分自身に言ってるんだ。ほんとごめん」 

 真壁莉音は俺たちに背を向けたまま、肩を揺らしてむせび泣いていた。俺たちは、彼女が落ちつくまで黙ってそれを見守った。莉音がようやくふり返る。

「どうだった、私の泣きの演技」

 莉音が目を真っ赤にしながら言った。

 俺が鼻で笑う。

「激情型の演技はできてあたりまえよ。ハァ。なんだか、泣いたらお腹空いちゃった。美鈴ちゃん、買ってきたゼリーとってくれる。食べたいわ」

「えっ? ああ、うん」

 美鈴が包装紙をビリビリに破く。

「相変わらず雑ね」

「ご、ごめん」

「なに味があるの?」

「えっとぉ・・・りんご、オレンジ、ぶどう、もも」

「じゃあ、一通り一個ずつちょうだい」

「全部食べるの? いっぺんに食べないほうがいいと思うけど・・・」

「だいじょうぶ」

 莉音がベッドの上で体を起こそうとし、美鈴がそれに手を貸す。

「ありがとう」

「はい、りんご味・・・あれ、スプーンが入ってない」

「いいわ、このままで」

 莉音はゼリーの蓋をあけると、器に口をつけ、すするようにしてリンゴ味のゼリーを一口でたいらげた。

「ほんと女って雑だな」と俺。

「女を一括りにするのは性差別よ。フェミニスト団体に訴えるわ」

「わるい。じゃあ、俺のまわりにいるやつらは、でいいか?」

「わるくないけど、俺と俺のまわりにいるやつら、のほうが完璧ね」

「残念だけど、嘘は言えない。俺はそのへんキッチリしてるタイプだから」

「キッチリしてるタイプは、女子の着がえを覗いたりはしないものよ」

「だからそれはアクシデントだって」

「アクシデントは多くの場合、雑な人に降りかかるものよ。ほら」莉音が服についた染みを指さした。「汚れちゃったわ。布巾とってくれる? 流しの上の棚にあるから」

 莉音はあっという間に4つのゼリーを完食した。

「ゼリーありがとう。おいしかった。お礼に、そこにあるお菓子、好きなのあったら持ってって」

「いいの? これもお見舞いの品でしょ?」と美鈴。

「だいじょうぶ。それ全部、送られてきたやつだから。さっき面会謝絶って言ったけど、あれは嘘。そんなことしなくても、面会なんて誰も来ないし。あなたたちが初めて」

 俺は立ちあがると、お菓子の山の中からカップケーキの詰め合わせを手にとった。

「じゃあ、俺はこれもらう。妹が超よろこぶよ」

「あなた、やっぱり雑ね。こういうときは一度くらい拒否して、再度勧められたら、申し訳なさそうにいただくのが礼儀じゃない?」と莉音。

「わかってないな。勧められたら喜んでうけるのが礼儀だ。拒否した後にもらったら、本当はいらないけど仕方なくもらっておくか、って感じで失礼だろ」

「なるほど~」と美鈴。「じゃあ私ももらうね。これE班のみんなに差し入れとして、持っていってもいい?」

「どうぞ。好きなだけ持っていって」

 コンビニの安いゼリーが高級お菓子に早変わり。ずいぶん効率のいいわらしべ長者だな、なんて不謹慎なことを思っていると、莉音が口を開いた。

「さっきの質問だけど、まだ答えてなかったわね。どうしてダイエットなんかしたのかって話。教えてあげる。いえ、答えさせて・・・私、十日間で十キロ痩せようとしてたの」

「十キロって・・・」

 美鈴が呆然と言った。

「そう、十キロ」

「あの男か?」

 俺はふたたび椅子に腰掛けた。

 莉音が黙ったまま頷いた。

「今度の主役は病弱な女性の役だから、10日間で10キロ痩せたら主役をやらせてやるって」

「そんなのむちゃくちゃだろ」

「ええ。無理難題をふっかけられてるのは初めからわかってた。私と縁を切りたがってるのも。でも、それが癪に障ったの。だから、あいつにあっと言わせてやろうと思った。魂胆をことごとく覆してやろうと。もし死に物狂いで頑張って、本当に10キロ痩せたら、その話を蹴ってやろうとしてた。でも、やっぱり無理だった。これでも6キロは痩せたのよ。5日で6キロ。でも、そこからなかなか落ちなくて。人間の生命力ってほんとすごいわね。それで、ジョギング中に倒れたの・・・っていっても、それは後から母にきいただけで、その日の記憶がまったくない。いまだに空白の一日ね」

 そう言って莉音が含み笑いをした。

「笑い事じゃないだろ。下手したら死んでたかもしれない」

「ええ。それでもいいと思った。そうなれば、少しは復讐になるかなって。もちろん、今考えればバカみたいな話だってよくわかってる。それでも、その時はそう思ってしまったの」

「・・・で、あの男とは?」

「会ってない。きっと私が倒れたことも知らないと思う。もう会う気もないわ。それで、これも運命かもしれないって思って、もう女優を目指すのもやめようと思ってる。まあ、やりたいって言っても、もう母は許してくれないと思うしーーあっ、どうでもいいことだけど、私のお母さん、昔、女優やってたの」

「どうりで美人なわけだ」と美鈴。

「ありがとう。母に言っておくね、私の友達が”美人って褒めてたよ”って。すごく喜ぶと思う」

「違う違う。今の美人は莉音ちゃんのことを言ったの。私とは遺伝子レベルから違かったのか、って」

「やめてよ」

「やめんなよ、女優」

 俺はまじめな表情でいった。莉音がこちらに視線をむける。

「やめる必要なんてないと思う。お前は絶対女優にむいてるよ。ただ、焦りすぎてただけで、やり方を間違えてただけだ。もっとゆっくりやっていけばいいんだよ。たくさん下手な演技して、たくさん恥かいて、たくさん悔しい思いすればいいんだよ。俺、映画が大好きでさ、中学のころからお小遣い全部レンタルビデオにつぎ込んで、もう旧作で観るもんねえよぐらい観まくってたんだけどさ、なかには”どうしてこんなやつが役者やってんの?”とか”不自然な台詞回し”とか”最低なオチだな”とか思うような映画もやっぱりあるわけよ。でも一つ言えることは、”観なきゃ良かった”って思った映画は一本もなかった。心からそう思える。どんなにつまらない映画も、やっぱり面白いんだ。初めからつまらない映画をつくろうなんて思ってる人はいないわけで、どの映画からも、どのシーンからも、映画に対するたくさんの人の熱意が伝わってくる。カメラに映ってないバックには、大勢の人たちがそのシーンを支えてるんだ。だから、演者はものすごいプレッシャーのなかで役を演じきらなきゃならない。これって、相当の度胸がいると思う。真壁莉音にはそれがある。だれにも負けない強い心臓が。これって間違いなく才能だよ」

 俺たち三人はしばし沈黙した。冷蔵庫がウ~ンと唸りはじめた。

「余田さんが再来週アメリカから戻ってくるんだけど、それまで撮影は中止しようと思ってる。今のまま続けても映画になりそうもないし。熱意のない、ただの出し物になる可能性が高い。だから、もしそれまでに体調が回復したら、E班の作品に戻ってきてくれないか? ボランティアなら、生徒じゃなくても参加していいそうだし」

「・・・それはできない」

「やっぱりプライドが許さない?」

「いいえ。あの役は私には演じられそうもないから。爽やかで活発で愛想のいい如月みなみ役は、私には不釣り合いだと思う」

「じゃあ、どんな役だったらOKなんだ?」

「そうね・・・もっとビッチ感のある役だったらいいわ。シナリオ班に伝えてくれる? 如月ミナミをもっとビッチな女にできたら、私が演じてあげてもいいって」

 莉音がまじめな表情でいった。

 俺は思わずふきだした。

「お前わかってるか? ビッチはほめ言葉じゃねえぞ」

「あらそう? じぁあ、私がほめ言葉に変えてあげるわ」


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