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親父の女装癖は隔世遺伝しないでほしい

 それから二年後。

 来年消えそうなお笑い芸人、という読者の予想は見事に外れた。

 鎌井は来年はおろか、デビューした年の年末すら持たずにテレビから姿を消していた。世間は、そんなやついたか? ぐらいのスタンスで正常さを取りもどしている。それでも、地方ではまだ人気のところもあるらしく、全国で営業をまわって、相当な金を稼いでいるらしい。

 余田さんは卒業後、その語学力をいかしてアメリカの映画学校に入学し、日米の映画業界の橋渡し的存在のプロデューサーになるために勉強している。

 真壁は、演劇界ではそこそこ有名な劇団に所属し、次の作品でヒロインを演じる予定だ。

 小金井は・・・AV男優にでもなってるんじゃないか?

 井上、盛岡、西村あたりは、これといって興味もないので知らない。

 そして、学校を卒業した俺はというと・・・。


「こちら、弊社の今年の夏の新作でして、汗で濡れても落ちにくいアイシャドーです。既存の商品ですと崩れにくい代わりに、洗ってもなかなか落ちないという弊害があったのですが、こちらは専用の化粧落としとセットになっておりますので、そういた苦労もありません。お試しになられますか?」

 といった具合に、高級デパートの1階化粧品売り場で、マダム相手に化粧品を紹介している。特殊メイクに興味をなくしたというわけではないのだが、ひとまずは現実世界を生きてみることにした。このまま一生現実世界に留まるかもしれないし、ふたたび映画の世界に身を投げだす日かくるかもしれない。それは誰にもわからない。だが、現実世界を生きてひとつわかったことは、マダムを納得させるだけの化粧テクニックは、特殊メイクよりもよっぽど難しいということだ。言ってみれば特殊メイクは素人相手のようなものだが、マダム相手のそれは玄人中の玄人、その手の専門家を相手にしているといっていい。どのマダムも長年自分の顔を見続けているだけに、細かいところまで知り尽くしている。だから、ファンデの厚みから、チークや口紅の濃さ、目もと口もとのシワの隠し方に至るまで、手が震えるほどの繊細さを要求される。この先また特殊メイクをやることになっても、この経験は必ずいきてくるはずだと自負している。目の前にある仕事を一生懸命できないやつが、いったいこの先どんな仕事ができるというのか?


 あっ、最後にひとつ。追伸みたいになってしまって申し訳ないが、ひとり忘れていた。

 旧姓高田美鈴は、現在、三島美鈴として活躍している。

 活躍している? そう、間違いなく活躍している。

 なんせ、体の中にもうひとつ生命を宿すという、男の俺には絶対不可能なことを成し遂げたのだから。性別は男の子。出産予定は今春で、ちょうど桜が満開になるころだ。その日を思えば、マダムから無理難題をふっかけられようが、散々化粧したあげくに何も買ってもらえなかろうが、舌打ちや嫌みを言われようが、どうってことない。

 俺の当面の願いは子が元気に産まれてきてくれることだけだが、もしそれにひとつつけ加えさせてもらえるのであれば、親父の女装癖は隔世遺伝しないでほしい。いや、もし遺伝したとしても、その男の()を愛することに違いはないが。


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