アイドルは建設的な職業じゃない
めくれあがり、垂れ下がった皮膚。そこから覗くヌメヌメとした肋骨。血が固まったカピカピの毛。床に転がる目玉。首元に突き刺さるナイフ。次回作のバイオハザードの出演依頼がすぐ来てもおかしくないできばえだ。唯一の欠点は、役者のやる気がないところぐらいか。そんなことじゃ、ソフトバンクの白いマスコット犬に役を奪われちまうぞ。
「いいね小太郎、その調子その調子。じゃあ、次はダラダラとヨダレを垂らして人間に牙をむくシーンにしようか。さすが小太郎。よっ、日本一!」
画用紙を貼り合わせて作ったホワイトバックの上で、小太郎はぐったりと床に寝そべったまま、ときおり俺の声に耳をはね上げるだけだった。
「じぁあ今度は、死体のシーンにしよう。横に寝そべって、足をピンッと伸ばす。片目だけつぶって、もう片方の目は見ひらいてみようか」
俺は学校から借りた一眼レフのカメラをかまえたまま、片手で小太郎の体を押してみたが、小太郎はびくともしない。お前は駄菓子屋で店番してるジジイか! 少しは犬らしく、嫌がって吠えるなり暴れるなりしてみろ。玄関先に貼った〈猛犬注意〉のシールはただのはったりか? 空き巣入り放題だな、この家は。別に盗るもんなんてねぇけど。
背後に気配を感じて、そちらにカメラを向けた。智花がアイスをくわえたまま、じっとこちらを見つめていた。無許可でシャッターを切る。盗撮だ。もしアイドルとして売れたら、このプライベート写真を高値で売りさばこう。
「お前最近太ったんじゃね?」
「成長期だからいいの」
「ただアイス食い過ぎなだけだろ」
「今はぽっちゃりが主流なんだよ、知らないの? それに、ぽっちゃりのほうが身長伸びるし」
「とか言って、そのままぼってりにならないように気をつけろよ。画面通すと少し太って見えるから、見た目以上に痩せてないとアイドルになれねえぞ」
「アイドルはやめた」
「どうして?」
「アイドルなんて若いうちしかできないし。将来を考えたら建設的な職業じゃない」
「建設的って・・・じゃあ何になるんだ?」
「女優」
俺はそれを聞いて、瞬時に真壁莉音を思い浮かべた。
「女優だけはやめとけ」
「なんで?」
「性格が悪くなる」
「ふ~ん。じゃあ何がいいの?」
「そうだな・・・お嫁さんかな」
「なにそれ。そんなのつまらない」
「つまらなくていいんだよ。幸せっていうのは概して退屈なもんだから」
「”概して”って何?」
「”だいたいにおいて”って意味」
「ふ~ん。じゃあ、お嫁さんは概して幸せってこと」
「なかなか鋭い質問だな。う~ん。新婚の場合は概して幸せなんじゃないか」
「その後は?」
「・・・さあ。俺はその経験がないからな。今度、母さんに聞いてみたら? まあ、良い返答はあまり期待できないけど」
「・・・ねえ、お腹空いた」
「今アイス食ってんだろ」
「お昼ご飯は?」
「母さん、用意してなかった?」
「うん」
「金ももらってないの?」
「うん」
「じぁあ、写真撮り終わったら俺がチャーハン作ってやるよ」
「チャーハンやだ。お兄ちゃんのチャーハンべちゃべちゃなんだもん」
そのとき、玄関の扉の開く音がし、「ただいま」と茜の声がした。
それを聞いた小太郎が目玉を引きずったまま、足を鳴らして玄関に駆けていく。
「あとでお姉ちゃんにつくってもらおっと」
智花はソファに座ると、テレビの電源をいれた。
茜の悲鳴が聞こえた。「何これ! 気持ち悪ぅ!」
俺は急いでゾンビ~ドッグの救出にむかった。
テレビでは”モンテスQ”が放送されていた。専門学校に入学してからテレビを観る機会がめっきり減ったため、最近のレギュラーメンバーの名前はほとんど知らなかった。最近つくづく思う。大人になるということは、テレビという名のおしゃぶりを手放すことなのではないかと。
俺は小太郎を抱えたままリビングに戻ってくると、何気なくテレビ画面に目をやった。そして、あまりの衝撃にあやうく小太郎を床に落としそうになった。そこに女装姿の鎌井がいたのだ。大御所や若手のレギュラーメンバーと並んで、当たり前のようにそこに立っていた。
オーディションを受けたのはかれこれ3ヶ月も前のことだから、てっきり落ちたのかと思っていた。つーか、素人参加メンバーには落ちたが、レギュラーには受かったということか? 鎌井は他の出演者から特にいじられるわけでもなく、時折、的外れなことを言って観客の笑いをとっていた。
智花が笑い声をあげた。
「オカマイちゃん、超面白い」
「智花、こいつ知ってんの?」
俺はあわててテレビ画面を指さしながら言った。
「え? オカマイちゃんでしょ? いま小学生の間で超人気だよ」
う、そ、だ、ろ!? ぜんぜん知らなかった。つーか、何も聞いてねえし。なんで誰も何も言わねえんだよ。いや、こいつは似ているだけで、どうせ鎌井とは別人だろ。たしかに、あいつはもうちょっと痩せてたような・・・。
「鎌井大輔はどう思うんだよ」
若手お笑い芸人が言った。
「やめてくださいよ、フルネームで言うの」鎌井の言葉に観客が笑う。どうやらお決まりのパターンになっているらしい。「オカマイちゃんなんですって」
「楽屋であいさつした時は、普通の好青年だったじゃん」
「いつもオカマイちゃんですよ。もう、勘弁しちゃうわぁ」
鎌井が耳にかかった長い髪の毛をかきあげながら言った。
ドッと笑いが起きた。
テレビの中の鎌井は、普段のあいつよりもよっぽどまともに見えた。
俺はリビングを飛び出すと、階段をのぼっている茜の横を通り抜け、自分の部屋に戻った。そして、パソコンの電源ボタンを押す。ウィンドウズが起動するまでやけに長く感じた。
〈鎌井大輔〉でググってみる。検索結果197000件。
そのトップに〈鎌井大輔- Wikipedia〉の文字があった。
そのページを開いてみる。
鎌井大輔
鎌井 大輔は芸人、専門学校生。神奈川県出身。テレビ番組の素人参加コーナーに出演したことがきっかけでデビュー。主に小中学生に人気。番組では常に女装姿で出演し、男の娘芸人を自称している。別名オカマイちゃん。
いつからあいつは芸人になったんだ?
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そのなかに、〈ボーイミーツガール〉の文字を見つけた。
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動画再生回数が60万回を越えていた。
しかも、評価の八割がプラス評価だった。
おれの知らないところで、世界はいつの間にか様変わりしていた。




