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プロフェッショナルチーム”かまいたち”

 進級試験も兼ねた個人制作の作品案が決まった。タイトルは”ゾンビ~ドッグ”。被写体(被験者?)はもちろん、我がマイペットの小太郎だ。犬をゾンビにするというアイディアはなかなか独創的だろ? 問題は、小太郎が長時間のメイクに堪えられるかだ。事前にシリコンでパーツを作るため、とりあえずは小太郎の体のサイズを測るだけでOKなのだが、撮影時にそのパーツを体に張りつけ、本物の肌と馴染ませる作業に堪えられるかが問題だった。最悪、できたパーツのみの提出でも構わないのだが、作ったからにはゾンビ犬の写真を添えておきたい。

「なにやってんの?」

 ソファの上で小太郎の体のサイズを測っていると、智花がうまい棒を食べながらやってきた。

 うまい棒のサクサク音に反応して、今まで大人しかった小太郎が体お起こし、ソファの下に飛びおりた。

「ちょっと、ジャマしないでくれる」

「今度はコーちゃんにメイクすんの?」

「ああ。小太郎をゾンビにする」

「かわいそ」

 うまい棒の欠片を小太郎に食べさせながら言った。

「だったらお前がゾンビになるか?」

「ノーサンキュー」

「なんで英語?」

「これからのアイドルは海外も視野に入れないとやっていけないって、テレビでゆってた。逆ニュウユウアイドルっていうの」

「逆輸入アイドルな」

「そうとも言う」

「それで英語を勉強してんのか?」

 小太郎を再びソファに乗せた。

「”マイネームイズ”って本場では言わないんだよ、知ってた?」

「じゃあなんて言うんだ?」

「”アイム”って言うの。”アイム、トモカ、ミシマ。ナイシチュー、ミーチュー”」

 智花が手を差しだしてきたため、それを握り返した。

「ナイスチュー、ミーチュー、トゥー」

「パードゥン?」

「それは?」

「知らない。なんか、”パードゥン”って言っとけば大丈夫って学校の先生が言ってた」

「そうか・・・」

 沈黙。時計の分針の音が聞こえた。

「ハックシィヨンッ!」

 智花が、アイドルを目指している小3女子とは思えないほど大きなクシャミをした。

 その音に小太郎がビクッとする。

 沈黙。

 うまい棒を食べるサクサク音。

 そして沈黙。

「なんか用?」

 痺れをきらして、俺が言った。

「別に」

「あっそう」

 沈黙。

 智花はソファに腰掛けると、クッションを枕に横になった。

 俺はそれを横目に作業を続けた。

 時計の分針の音。

 小太郎が大きくアクビをし、前足に首を乗せてベッタリと寝転がった。

 つられて俺もアクビした。

 巻き尺をテーブルの上にほうり投げると、小太郎の耳がその音に反応してピンッと立った。

 俺はソファの肘掛けを枕に横になると、小太郎の背中に左手を添えた。

 窓からもれる日曜の午後の日ざしがポカポカと暖かかった。

 そのままソファの上で眠りに落ちた。


 余田さんによって、E班が再び放課後の教室に集められた。今回は、本当に用事のある2人以外は全員出席した。きっと出席した人たちの大半は、余田さんの謝罪の言葉を聞きにきたのだろうと思う。俺もそのひとりだった。99%自分に否があっても、残りの1%の是をもってして相手を凌駕してしまうネゴシエーター余田にとって、謝罪は貴重な経験のはずなのだから。その稀な光景をこの目に焼き付けようと考えていた。しかし、期待は泡となって消えた。

「今回のマッチポンプ戦略は、姑息な手段をつかって、ちょっとばかし視聴者に不快感を与えてしまったことが敗因だったと思う。釣られたと感じた視聴者が、物語を最後までちゃんと観てくれるはずもなく、作品の良さをうまく相手に伝えられなかった。事実、コメントのなかには、しっかり観てくれた人の肯定的な文面もいくつかみられた。当たり前だが、再生数の伸びだけが作品の評価に繋がるわけではない、ということを今回思い知らされたわけだ。そこで、一度動画を削除し、今度は正々堂々と勝負しようと思う」

「もう勝ち目はないと思うけどな」

 井上がぼそりと言った。

「良いものは必ず日の目をみなければならないと思っている。そうなるようにするのが私の使命だ。時間はかかるかも知れないが、みんなにはもう少し待ってほしい」

「でも、ただアップしただけじゃ、誰も観てくれねぇと思うぞ」

 小金井が言った。

「もちろん考えはある」

「どんな?」と井上。

「”モンテスQ”って昼間の番組、知ってるか?」

「ああ、あの、今年から始まった新しい番組だろ」と井上。

「その企画で今度、女装コンテストがあるそうなんだ。それに鎌井を出場させようと思う。オーディションを勝ち抜けば、昼間の生放送に出演できる。全国放送だから宣伝効果はネットなんかとは比べものにならない上に、優勝すれば一ヶ月間、番組にアシスタントとしてレギュラー出演できるそうだ。こんなチャンスはそうそうないと思う」

「でも、校内でやるオーディションとは規模が違いすぎるだろ」井上が言った。「そう簡単に勝ち抜けるのか?」

「そんなことはやってみなきゃわからん。だが、私たちは各分野のプロの卵だろ。メイク、衣装、カメラ、演出。どれをとっても、そのへんの素人には負けないぐらいの技術と知識がある。みんなで協力すれば、優勝だって夢じゃないと思う。鎌井には承諾をとった。なっ、鎌井」

 鎌井はおもむろに立ちあがると、拳を握った両手を掲げた。

 全員が鎌井に視線をむける。

「オッス、オラ鎌井。いっちょやってみかぁ!」

 いつもと何か違うーーいや、場の空気を凍らす言動はいつも通りなんだが、なにかが変だ。鎌井を構成している重要な部分が何か欠けているような・・・だが、その間違いが何なのかわからなかった。

「ーーそこで、紹介者として三島にもオーディションに同行してもらおうと思う」

 えっ? なに? 今、俺の名前呼んだ? 鎌井の間違い探しに気をとられて、聞いてなかった。

「鎌井と一番仲が良いし、メイクの担当も三島にやってもらおうと思ってる。オーディションに勝ち抜けば、メイク技術の評価も得られて一石二鳥だろ」

「いや、だから俺は特殊メイクをやりたくてここにいるんであって、女のメイクはーーああっ!」

 そこでようやく鎌井の違いに気づき、俺は勢いよくふり返って鎌井を指さした。

「お前、歯どうしたんだよ!」

 鎌井が満面の笑みを浮かべる。鎌井の代名詞でもあったあのガタガタの歯が、たった数日でハーモニカの吹き口のようにきれいに揃っていた。

「女優になるにはやっぱ歯は大事かなって思って、前歯4本抜いたんだ、俺っち」

 鎌井の行動力にはいつも脱帽する。つーか、このままいくと、”本物の女優になる!”とか言って下の棒まで脱棒しかねねぇよ。誰かあいつを止めてやってくれ。俺にはもう、あいつの暴走を止めるだけの力は残ってねぇから。


 そしてオーディション当日の日曜日。着がえはテレビ局の楽屋でできるということだったが、鎌井は待ち合わせ場所の東京テレポート駅に女装姿でやってきた。黒と白のシックなゴスロリ衣装で、頭に小さい帽子を乗せている。衣装担当の生徒たちが、必死になってレースを細かく縫い合わせた渾身の作品だ。メイクはしていないようだったが、すでに美少女には違いなかった。本意ではないが、テレビ局への道すがら、まわりから視線を向けられることに少し喜びを感じた。

 テレビ局下の広場にはすでたくさんのオーディション参加者がいた。付き添いもあわせて50人ほどか。そのなかには強敵になりそうなスラリとした体型の中性的な人物もちらほらいたが、小金井系のゴリマッチョのほうが多く目についた。すでに衣装を着ているのは鎌井だけだったため、そこでも視線を集めることになった。

「オーディション参加者の方ですか?」

 首から入構証をぶらさげた男性ADが声をかけてきた。

「はい」

 俺が答えた。

 鎌井には事前に、不必要な受け答えはするなと言っておいた。こいつが喋って良い結果になったためしがないからだ。

「履歴書と写真はお持ち頂けましたでしょうか?」

 俺はカバンから封筒を取りだすと、それを手渡した。写真は、学校のフォトスタジオで100枚以上撮ったなかから厳選したものだ。

「付き添いの方はどちらでしょうか?」

「私です」

「では、そちらの方、初めは私服での面接になりますので、せっかく着がえて頂いてもうしわけないのですが、一度私服に着替えなおしてください。面接会場に更衣室がありますので」

「わかりました」

 俺が答えた。

 それを聞いて、鎌井がそわそわしはじめる。

「どうかしたか?」

 鎌井は無言で首をふった。こんな無神経を継ぎ接ぎしてできたよなやつでも緊張することがあるんだなぁ、なんてことをふと思った。

 男性ADの先導で、2列になってテレビ局内に入っていった。さすがにキー局だけあって、警備員があちらこちらに立っている。受付で手続きをすませると、ゲートの横を通って貨物用のエレベーターに向かった。

 リハ室に入るとさっそく、パーティションで区切られた更衣室を案内された。

「早く着がえてこいよ」

 俺が促すが、鎌井はうなずくものの、中に入ろうとしない。

「どうした?」

 鎌井がジェスチャーで答えようとする。

「いや、俺には喋っていいんだよ」

「なんだ、そうなの。てっきり喋れない設定なのかと」

「で、なんだよ?」

「私服忘れた」

「は?」

「家からこの格好で来たから、自分の服忘れた」

「なんでだよ。じゃあ、そのパンパンに入ったリュックは?」

「お菓子と水筒とお弁当と”ガラスの仮面”の単行本」

 遠足か!

「どうすんだよ?」

「どうしよう?」

「知らねぇよ! なんでもっと早く言わねぇんだよ」

「だってミッシーが喋るなっていうから」

「”なるべく”だよ。それに、俺にはいいんだよ」

「どうかしましたか?」

 俺と鎌井がもめているのに気づき、男性ADが声をかけた。

 俺が事情を説明すると、その男性ADは苦笑いした。

「こちらもお貸しできる服はないので・・・」

「ミッシーの服貸してよ」

 ということで、なぜか俺は身ぐるみを剥がされ、代わりに鎌井のぬくもりの残った衣装を着るはめになった。カツラをつけメイクをした状態ならまだしも、素の状態で着るフリフリの衣装は屈辱以外のなにものでもない。俺はひとりパーティションのなかで、鎌井の面接が終わるのをじっと待っていた。

 突然リハ室が笑いにつつまれた。

 俺はハッとして、パーティションからそっと顔を覗かせた。

 面接は一組ずつ行うらしく、それ以外の人たちは壁際の床に座ってその様子をながめていた。ちょうど鎌井がひとり、中央の席に座っていた。

「将来の展望などはありますか?」

 その質問に、鎌井は無言でいた。

「なんでも結構です」

「・・・”てんぼう”ってなんですか?」

「・・・あのぉ、夢とか目標みたいなものです。なにかありますか?」

「ああ、なるほどね。う~と、展望はあります。ありますよ。全国の鎌井さんを10人集めて、”かまいたち”というプロフェッショナルチームを作ることが展望です」

 周囲から笑いがおこる。

「・・・そうですか」面接官が苦笑する。「ちなみにそれは何のプロフェッショナルですか?」

「今考え中です」

 俺はパーティションのなかに引っ込んだ。とても見ていられない。

「では、特技などはありますか? 番組に出演したさいには、それぞれ短い時間でてきる特技や一発芸を披露してもらう予定なんですが」

「あります。モノマネが得意です」

「誰のモノマネですか?」

「やってもいいですか?」

「お願いします」

「・・・しんぴんのシャンプー」

「すみません。タイトルもう一度お願いします」

「開封前の新品のシャンプー」

 ”ポッ”という効果音とともに、わずかに笑いがもれる。

「・・・なるほど」

「物モノマネシリーズなんです」

「物モノマネシリーズ? 他にはどんなのが?」

「考え中です」

「・・・そうですか」

「他に、もしもシリーズもあります」

「それも是非お願いします」

「もしもアンパンマンがある朝目を覚ましたら、バイキンマンになっていたとき」

 タイトルをきいて、あたりから失笑がもれる。

 俺は堪えきれず、両耳を手のひらで押さえた。あわわわわわわわっ。何も聞こえない、聞こえない。あわわわわわわわっ。 


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