ボーイ・ミーツ・無修正
E班の生徒だけでの試写会が終わった。みんな夏休みの大半をこの映画に費やしていただけあって、上映終了後には、エンディングシーンに負けないぐらいの大きな歓声があがった。なかには感極まって涙ぐむ女子生徒までいた。みなそれぞれ、抱き合って健闘を称え合ったり、ハイタッチをしたりして、視聴覚室は笑顔でいっぱいだったーーたったひとりを除いて。
「つーか、なんで俺がドロダン子役なんだよ!」俺はそう叫ばずにはいられなかった。「あんなにダンス練習したのに、ぜんぜん使われてねぇし。最終的にはただの列の整理係じゃねえか!」
「仕方ないだろ。お前があんなにリズム感がないとは思わなかったんだから」余田さんがこっちを見もせずに言った。「役名がついただけでもありがたいと思え。それに比べて、鎌井にはいつも驚かされるよ。短期間であんなにダンスがうまくなるとはな。人はほんと見かけによらないんだな」
「ミッシーは特殊メイク専攻なんだから別にいいじゃん」
鎌井が満面の笑みで言ったーーそのガタガタの歯をスッカスカにしてやろうか? お前と真壁のキスシーンだって、俺は認めちゃいねえからな。
「お前だって同じ特殊メイク専攻だろうが」
鎌井が不敵な笑み浮かべている。
「なんだよ?」
「俺っち、夏休み明けから俳優専攻に転入したんだ」
満面の笑みにくわえて、ダブルピースの鎌井。
鎌井が俳優専攻? 冗談だろ? 世も末だな。
俺は空笑いしながら、椅子にドサッと座った。
「ともかく、この夏はみんなよく頑張ってくれた。この作品で世間をあっと言わせてやろう」
余田さんのかけ声に、一斉に歓声を上げた。
ただひとり、俺だけがその輪の中に入りそびれた。
その後、鎌井が俳優選考に鞍替えしたしたため、一緒になる授業がめっきり減った。それは、特殊メイクを勉強する上では好都合だったが、日々、どこか物寂しい気分だった。自分よりも劣っている人間がそばにいることは心強かったし、平和を手にしていたようなものだった。それが、突如として戦場にたったひとり取り残された気分だ。そろそろ進級試験も兼ねた個人制作の作品案を考えなければいけない時期だったが、一向に進まず、自分はここにいていいのだろうか、と自問自答する日々が続いた。まわりのライバルたちは、やけに躍起になっているように見える。俺はすっかり自信をなくしていた。
そんななか、映画祭当日をむかえた。自分の中では試写をした時点で、次のことに頭を切りかえていたため、そのことをすっかり忘れていた。
映画祭には学校関係者以外もやってくるのだが、大半は生徒の保護者か近隣住民ばかりだった。それでも中には、ひっそりと映画関係者も足を運んでいるらしいため、ただの学園祭とはすこし趣が違う。良い作品は就職活動時のアピール材料になるし、それを自分の過去作品のひとつに数えている人もいるぐらいなのだ。”私の原点は学生時代の映画祭でつくった作品です”といった具合に。俺がもしこの先特殊メイクアップアーティストになれたとしても、”ボーイ・ミーツ・ガール”は黒歴史として葬り去ることにはなるだろうが、それでもやっぱり周囲の反応は気になった。
視聴覚室は満員御礼といった具合に混み合っていた。まあ、映画の専門学校なのだから軽音サークルの出し物のほうが人気があったら困るのだが、やはり客足は気になる。自分たちの上映時間だけガラガラだったら、黒歴史とはいえ苦労の甲斐がないではないか。
座席数に限りがあるため、関係者は全員最後尾で立ち見になる。俺は客の反応が一番わかりやすい端を陣取り、上映開始を待った。鎌井や真壁をはじめ、E班のみんなはほとんどその場にいたが、なぜか余田さんは姿が見えなかった。そして、上映開始を知らせるブザーが鳴った。
最初の診察室のシーンは問題なかった。とつぜん医師が口から国旗をだすシーンも、笑いこそ少ないまでも導入部分としては上々の反応だった。問題はチンカーベル店内のシーンに切り替わったときだ。ママ役の小金井の顔に、なぜかモザイクがかかっていたのだ。それを観て、客席からわずかに笑いがもれたが、E班のみんなは驚きの表情でいた。とくに張本人の小金井は、クエスチョンマークを頭の周囲にまとわりつかせながら、隣の仲間に事情をきいていた。その反応から見ても、他のみんなも何も聞いていない様子だった。
さらに問題のシーンは続く。如月みなみ役の真壁のシーンで、暴言のセリフ部分がことごとくピー音で隠されていたのだ。ピー音がなる度に会場から笑い声がおこったが、E班は全員顔が死んでいた。真壁に至っては、怒りの表情だった。
そして最後のストリップシーン。局部に関しては前バリをつけ、見切れないようにしっかりケアして撮影したにもかかわらず、カオル役の鎌井の体には全身モザイクがかけられていた。最後は感動シーンだったはずが、会場から笑い声ーーそれも嘲笑を含んだ笑い声があがった。
「どういうこと?」真壁が俺を睨みつけながら言った。「私はこんなくだらない作品に出演した覚えはないんだけど」
「なんで俺だけ顔にモザイクかかってんだ?」と小金井。
「いや、俺だって知らねぇよ」俺が必死に言った。「俺はノータッチ。編集やなんかは全部余田さん任せだったし」
「そういえば余田さんいないね」と鎌井。
真壁が舌打ちする。「ほんと受けなきゃよかったわ、こんな作品。誰かさんのせいでキャリアに傷がついたわよ。余田の野郎に伝えておいて。私が売れてからこの動画が流出しないように、すぐにデータを削除しろって。もし流出したら裁判沙汰よ」
真壁は俺を指さしながらそう言うと、きびすを返して視聴覚室を出て行った。
「ほんと、何だったんだあの時間は? 貴重な夏休み返して欲しいよ」と井上。
「余田さんにも、何かやむをえない事情があったんじゃないかな?」
美鈴が手振りをくわえながら必死にフォローする。
「その張本人の余田はどこいるんだ?」と井上。「逃げたんだろ、きっと」
「そんなことないよ」と美鈴。
そのとき美鈴のスマホにメールがはいった。
「あっ、余田さんからメール・・・映画祭終了後、E班は全員4-2に集合・・だって」
教室に集まったのは俺、鎌井、美鈴、小金井、井上、西村の6人だけだった。それ以外はみな用事を理由に断った。俺もこのあと6時からバイトが入っていたため、余田さんの弁解だけの内容だったらすぐに帰るつもりだった。
「これだけか?」
ホワイトボードの前に立っている余田さんが、あたりを見渡して言った。
「みんな忙しいらしくて・・・」と俺。
「まあいい」
「いいって、何がいいんだよ」と井上。「用事なんて全部うそで、みんな呆れて来なかっただけだ。俺もそうしようかと思ったけど、ひと言いっておかないと気が済まないからここに来た」
「なんだ、ひと言って」
余田さんのその睨みを利かせた言葉に、井上の勢いが弱まる。
「いや・・・だから、その・・・」
「遠慮せず言ってみろ」
「なんで他の人たちに了解をとらなかったんですか?」俺が間に割って入った。「問題があって映像処理しなきゃならなかったのはわかりますけど、それを事前にE班のみんなに説明するのは義務でしょ。確かに作品制作をまとめていたのは余田さんだけど、だからってあの作品が余田さんのものってわけじゃない。作品は、関わったみんなのものだ」
俺は心の中で、”決まった!”と叫んだ。ヒーローとはいつでも弱者の味方でなければならない。
「誰が問題があるなんて言ったんだ?」
俺はその言葉に意表をつかれた。
「いや、だって、やたらとモザイクとか、かかってたし・・・」
「あのモザイクは戦略だ。お前たちはあの作品を、たかだか専門学校の学園祭の学生制作の一つで終わらせたいのか? 私は、あの作品はもっと世間を賑わせる力があると踏んでる。だから、あえてああいう形で出品したんだ。みんなに黙っていたのは、上映前に情報がもれるのを危惧したからだ」
「言っている意味がよくわからないんですけど・・・」
俺が言った。
「三島、マッチポンプって言葉知ってるか?」
「聞いたことはあるけど、意味までは知らない」
「マッチで自ら火事を起こし、それを自らポンプで消す、っていう意味の和製英語だ。自作自演って意味にちかい。マッチポンプ戦略は一般人が知らないだけで、各方面のメディアでよく使われている手法だ。例えば、作中の表現の過激さに対して自ら問題提起したり、実際に起こった凶悪犯罪と作品の共通部分を際立たせたり、わざと裁判沙汰になりかねないような言動を発したり・・・。なぜそんなことをするのかというと、簡単に言えばプロモーションだ。CMや広告塔なんかをつかうと多額の費用がかかるうえに、スポンサーの顔色をうかがわなければいけないという縛りが生まれる。それに比べて、マッチポンプ戦略がうまくいけば、費用もかからず、縛りもなく、その上、各方面で勝手に宣伝してくれる。口コミも、この戦略が発端になっている場合が多い。もちろんうまくいけばの話だ。限度をわきまえないと、打ち切りになったり、世間から見放されたりする。その塩梅がプロデューサーの腕の見せ所だな」
「やりたいことはわかったけど、そんなことできるのか?」と井上。
「はっきり言って難しい。だが、今はネットが発達したおかげで、素人でも面白いものを作れば話題になる可能性がある。この”ボーイ・ミーツ・ガール”をユーチューブに流出したように見せかける。もちろん、モザイク部分を外した無修正版としてな。”無修正”って言葉に引っかからない男はいないだろ?」
その質問に俺を含めた男どもは、”なんのことでしょう?”的な顔でこたえた。
「ともかく、まずは学内にその噂を口コミで広めようと思う。動画をアップした後は、2ちゃんねるの学校掲示板サイトに情報を書きこむ。だが、それだけじゃ足りない。みんなの力で、その話題を盛り上げなきゃならない。動画の再生数をあげたり、関係者じゃないふりをしてコメントや評価を書きこむ。動画を別サイトに転載する。迷惑メールのふりをして、知り合いに情報を送るのも悪くないかもな」
「そんなことしたら友達失うぞ」と井上。
「どんなことにもリスクは伴う。リスクを負いたくないのなら夢はあきらめて、平々凡々とした暮らしをするんだな。私は本気だ。もし失敗してバレたら、停学程度じゃすまないかもしれない。それも覚悟の上だ。どうだろうか? 私の案に乗ってくれないだろうか。もし失敗して学校側にバレたら、私ひとりが勝手にやったことにしてもらってもいい。だから、みんな協力してくれないか?」
井上が鼻で笑った。
「私ひとりが勝手にやったことにする? 冗談じゃない。俺たちはすでに、あのモザイクだらけの映画を上演した時点で同じ船に乗せられちまってるじゃねえか。大海原に飛び込めってか? 船頭がそんな弱気じゃ全員が遭難しちまうんだよ。プロデューサー様はもっと強気に、私に黙ってついてこいぐらいの気構えでいいんだ。失敗したら、みんな一緒に溺れ死ねばいい」
井上の言葉に歯がみした。イケメン過ぎるだろ、そのセリフ! くっそ、それはヒーローである俺のセリフだったのに。
余田さんがうなずき、その言葉を黙ってのみ込んだ。
「俺っちもぜんぜんいいよ」鎌井が言った。「で、なにすればいいんだっけ?」
「いや、鎌井は何もしなくていい。っていか、何もしないでくれ」
「アイアイサー!」
今まで黙っていた小金井がとつぜん手をあげた。
「なんだ小金井?」
「サムネは、ラストシーンのカオルの背中がいいと思う」
「どうした急に?」と俺が半笑いできいた。
「いやあ、俺さ、動画サイトでしょっちゅう地雷踏むんだよ。セクシーな女のサムネが貼ってあるだけで、釣りだってわかってるのにクリックしちまうんだよな。だから、再生数伸ばすにはあのラストシーンがいいと思う。エロ動画と間違えて、踏むやつがたくさんいると思うし。あっ、それと、タグには”過激”とか”セクシー”とか”素人”とか”ストリップ”とか”無修正”って言葉もいれたほうがいいな。もちろん完全な嘘はダメだけど」
「お前・・・その手のものに関しては、さすがだな。尊敬するよ」と俺。
「なるほど、いいアイディアだ」余田さんが言った。「他にもアイディアがあったら、どんどん教えてくれ」
小金井が再び手を上げた。
「なんだ?」
「ひとつ質問。どうして俺の顔だけモザイクがかかってたんだ? あれも戦略のひとつなのか?」
「今回のアイディアを思いついたのは、お前の顔のおかげだ。お前の顔があまりにも見苦しかったんで、モザイクで加工してみた。そしたら、作中の卑猥な部分も隠してみたら面白いんじゃないかと思ったんだ。だから、小金井には礼を言わなきゃならない。その顔に生まれてきてくれてありがとう」
”ボーイ・ミーツ・ガール”無修正版には、英語字幕をつけることにした。海外からのアクセスもあれば、再生回数が跳ね上がるだろうと期待してのことだ。翻訳は外国人講師に頼んだ。そして、その秘密会議から一週間後、いよいよ”ボーイ・ミーツ・ガール”無修正版がユーチューブにアップロードされた。
アップ当日の再生回数は予想以上だった。たった一日で1000回を越えたのだ。素人の作品としてはかなりの回転数といっていい。しかし、良かったのは回転数だけだった。評価は散々たるもので、9割方マイナス評価、コメントに至っては罵詈雑言のオンパレードだった。完全に釣り作品扱いだ。このままだと学校にクレームが入りかねないと、ホームページのリンクを消さざるを得なかった。当初は余田さんも、どんな傑作にもアンチはつきものだから、といって楽観視していたのだが、マイナス評価が100を越えたあたりから、さすがに心が折れたといった様子で、コメントは承認制に変更された。プラス評価の大半が自分たち自ら押したのだから、9割9分がアンチとみていいだろう。再生回数も徐々に勢いを失い、15000回を越えたあたりから一日10回程度にまで落ち込んだ。そんなこんなでE班のマッチポンプ戦略は、尻つぼみになっていった。




