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おれのあそこは機関銃

 きっとどんな人生だって、ラズベリー賞にすらノミネートされないぐらいの駄作な物語ばかりなんだ。だから人は、自分の人生より架空の物語を愛する。

 俺はずっとハリウッド映画のヒーローになりたかった。だから、いつ幼女誘拐事件に出くわしてもいいように、車のナンバーを一瞬で記憶する練習に余念がないし、駅のホーム下に人が落ちてもとっさに動けるよう、常にそのイメージを怠らない。餅を喉に詰まらせたときの吐きださせ方や、骨折したときの簡易ギプスの作り方、二本のロープの頑丈な結び方、溺れているやつがしがみついてきたときの回避方法と救助方法も知っている。合気道は師範レベルの知識をもっているぐらいだ。

 だが、その知識をいかす場面など来たためしがない。それは幸せなことかもしれないが、幸せは概して退屈だ。

 だから、廃校になった中学校の屋上の縁ぎりぎりにセーラー服姿の人影を見たとき、俺は正直、興奮した。不謹慎かもしれないが、事実なのだから仕方ない。

 人助けのチャンス!

 俺は考える前にフェンスに飛び乗ると、有刺鉄線もなんのその、華麗に生け垣を飛び越えて校庭に着地した。そして、ベニヤ板の剥がれた入り口から校内に侵入すると、全速力で屋上に駆け上がった。

 ドラマなどでよく見る説得シーン、あれは逆効果だ。葛藤している自殺志願者に死を決心させるだけである。こういう場合は猶予を与えず、一瞬でもはやく相手の体を掴み、引きずり下ろすことである。

 そんなことをしたら、気配に気づいた瞬間に飛びおりてしまうのでは?

 いや違う。

 いくら自殺志願者でも、死の淵に立てば誰しも恐怖を感じるものだ。そんななかでとっさに死を選択するなど不可能だし、もし判断できるようなやつだったら、そもそも校舎の屋上みたいな目立つような場所でためらったりはしない。

 だから俺は、女の背後からゆっくりと近づき、じりじりと、こちらに気づいて振りかえる瞬間を待った。

 10メートル・・・7メートル・・・5メートル・・・4メートル・・・。

 女の首が動き、黒髪ロングの毛がふわりとなびいて、わずかに右頬の肌色がのぞいた。

 今だ! 

 俺は両手を前に伸ばしながら、女の右腕を掴もうとした。

 が、

 ががが!

 実地ではなかなかイメージ通りいかないものだ。素早く動きだそうとした俺の左膝が、パキッというかん高い悲鳴を上げた。蹴躓いた俺は、そのまま前方に倒れ込み、勢い余って女のふくらはぎを全力で押してしまった。プッシュ、プッシュ。

 女はスローモーションで屋上から落下していった。

 しばらくなにが起こったのかわからずにいた俺は、さっきまでここにいた人はどこに行ったんだ? みたいな、とぼけた面であたりをキョロキョロしていた。

 こ、こ、こ、こ、こ、こ、殺しちまったぁぁあああ!!!

 ど、どうすんだよ。自殺志願者を誤って殺しちまったときの対処法なんて知らねえぞ! っていうか、そんな対処法あるわけねえ。

 これは殺人になるのか?

 いや、やつは死のうとしていた。ってことは、殺人じゃなくて、殺人幇助だろ。いや、いや、いや。どっちにしたって刑務所行き決定だ。どうすんだ、俺の人生。まだやりてぇこと一杯あんのによ。

 俺はそこで一番大切なことに気づいた。

 俺、まだ、童貞だ・・・。

 童貞のまま刑務所なんてやだ! 絶対に嫌だ!

 刑務所に入ったって、なんだかんだで童貞捨てれるチャンスぐらいあるよね?

 って、それ、間違いなく、相手男だよね。

 童貞以外にも、いろいろ捨てなきゃならないよね。

 最悪だ。

 よし、今から貯金全部おろして、五反田あたり行って、プロにお願いするとしよう。童貞より素人童貞のほうがまだマシだ。

 そんなことをわずか2秒のあいだに考えられてしまう俺って、やっぱ天才なんじゃね? みたいなプラス思考で、最悪な事態をすこしでもプラスに転じようと試みたが、相手がラスボスすぎる。

 しかも、手前でセーブしちまったから、もう引き返せねえよ! 

 いや、待て。ここは人けのない廃校だ。目撃者なんているわけがねえ。たとえいたとしても、この薄暗がりのなかで、顔まではっきり見てることはありえない。このまま、何ごともなかったように――。

「いてぇ・・・」

 パーカーのフードを被って、来た道を戻ろうとしたとき、わずかに声がきこえた。屋上の縁からおそるおそる下をのぞきこむ。そこには1階から4階まで続く非常階段があった。その4階踊り場に人がひとり座っていた。

「だ、大丈夫・・・ですか?」

「ええ、まあ、大丈夫です」

 セーラー服を着た坊主頭の男がこちらを見あげながらいった。

 黒髪ロングのヅラが、3階と4階のちょうど真ん中あたりの階段に転がっている。

「ちょっと腰を打ちましたが、大丈夫そうです。ありがとうございました」

 いくら天才の頭脳をもってしても、この状況を理解するには少しばかり時間が必要だ。

 物語を整理しよう。

 1、廃校の屋上で女子高生が飛びロリ――いや、飛び降り自殺をはかろうとしていた。

 2、正義感の強い俺がちょっと正義感を発揮しすぎてしまった。

 3、女子高生は実は女装をしていた小太りの中年だった。

 4、飛び降りた男は非常階段に助けられ、殺人未遂犯の俺に礼を言った。

 ぜんぜん整理できん。謎が多すぎる。迷宮入りだ。

 

 彼は俺に感謝しているようだったから、「それじゃあ、お元気で」的な挨拶ひとつで別れてもよかったのだが、彼のふくらはぎを押した感触はいまだに残っているし、もし彼が皮肉を込めて「ありがとう」と言っているのであれば、のちのち恐ろしいことが待っているのは確実だろうと思い、とりあえずその疑いが晴れるまでは、彼から事情を聞くのがいいだろうと思った。

 夕暮れ時、マクドナルドの二階でセーラー服を着た男と二人、マックシェイクを飲んでいる。たった一字違うだけで、こうも世界は彩りを変えるものなのか。百歩譲って、男が中性的な人物だったなら、まだ世界が黒で染まることもなかったのだろうが、今や黒を通りこして漆黒、ダークナイトな世界に包まれている。

「神坂仁です」

 彼が言った。

 となりのカップルがくすくす笑っているのに気をとられ、ちゃんときいていなかった。

「僕の名前です」

「ああ、神坂仁さんですね」

 名前だけはイケメンだな。

 どうでもいいけど、ズラかぶってくんねえかな。セーラー服と坊主頭じゃおかしいだろ。映画のタイトルにならねえんだよ。『おれのあそこは機関銃』ってか? ただの援交ものじゃねえか!

 神坂が「ん?」といった表情をする。

 お前も名を名乗れと?

「ああ、俺は三島和春っす」

「三島さんは高校生?」

「いや、専門学校生」

「へえ、なんの学校?」

 こいつ、ぐいぐい来んなぁ。いきなりタメ口?

「映画の専門学校です」

「すっごい。じゃあ、将来は映画監督とかになるんだ?」

「いえ、専攻は特殊メイクなんで・・・」

「特殊メイクって、あの、血糊とかで傷つくったりするやつ?」

「まあ」

「かっこいいじゃん」

 この人いくつだ? セーラー服でカモフラージュされてっけど、しゃべり方がオッサンくせえ。確実に三十超えてんな。

「あの、きいていいですか? なんで屋上に?」

「ああ・・・」

 神坂の表情が一変する。

「いや、言いたくなかったら別にいいです。そこまで知りたいわけじゃ――」

「あれは僕がまだ中学生のときだった・・・」

 あれ、急に語りに入った? 舞台上でピンスポあたってるみたいな? あれあれ、窓のそと見だしちゃったよ。

「いつものように屋上で友達と遊んでいてね。本当は屋上の扉には鍵がかかってて、普段は生徒が入れないようになってるんだけど、傘の部品を改造した手作りの鍵で簡単に開けられたんだ。それで、サッカーとか鬼ごっことかして遊んでたんだけど、その日、ついに先生に見つかっちゃってね。僕以外の子たちは一目散に非常階段に飛び降りた」

「ああ、さっきの」

「そう。見つかりそうになったらそうしようってみんなで決めてたんだ。でも、僕、昔から高所恐怖症でね。いざ飛ぼうと思ったら、恐くて飛べなかった。下からは友達が『はやくこい!』『はやくこい!』って急かすんだけど、どうしても飛べなかった。それで、僕だけ先生に捕まっちゃってね。友達の名前を口にしなければ、まだ良かったのかもしれない。自分だけゲンコツで済んだんだけど、小学生の僕には黙秘する勇気なんてなかった。親を呼ぶって言われただけで、全部しゃべっちゃったんだ。その後の学校生活は想像に難くないだろ?」

 なんだその言い回し。いつの時代の人だ!?

「まあ、はぶられるぐらいは・・・」

「パンツを脱がされて机にはりつけにされたり、給食のスープのなかに大量のありんこが入ってたり・・・。カバンが放課後まで自分のロッカーにあったことなんて一度もなかったな。ハハハッ」

 鬼か! ぜんぜん笑えねえよ。イジメが日直の仕事に組み込まれてるレベルだろ、それ。

「そうなんすか・・・」としか言えねえ。

「女子からも神坂菌って言われてたな。最初は『くん』を噛んだだけかと思ってて、この人、毎回僕の名前噛むなぁ。舌が人より長いのかなぁ、なんて思ってたんだけど、どうやら『菌』だったみたい」

 遅えよ! もっと早い段階で気づけよ! どんだけ楽観主義者なんだ、こいつ! 

「まあ、僕に話しかけてくれる唯一の女子だったから、『菌』でも『くん』でもどっちでもいっか、みたいな。ハハハッ」

 悲しすぎるだろ。ぜってぇ元々いじめられっ子だよ。ただ単に、屋上の件が爆発のきっかけってだけだろ。

 もう何も言えねえ。

 イジメ話はもういい。話題を変えよう。

「そ、その格好はなんですか? アニメのコスプレかなにか?」

「ああ、これ。これは体育の授業のとき友達に、女子の制服を着ろって言われて・・・」

 やっぱりイジメかよ! そんなやつをいまだに友達だと思っていることが不憫だよ。

「それ以来なんだかしっくりくるんだよね。僕の前世、きっと女子高生だったんじゃないかって気がするんだ」

 『気がするんだ』 #キラーン# じゃねえよ! なに目輝かせてんだこのオッサン。

「でも・・・」とつぜん神坂の表情に影がさし、うつむき加減になる。「そのセーラー服の持ち主だった女子生徒は、その後――」

「いやいや。待った待った。その話は別の機会に。それより本題にいきましょう。つまり、こういうことですか。さっきあなたが屋上の縁に立っていたのは、小学生の頃の嫌な思い出を払拭するために、そのときと同じ場所から非常階段に飛び降りようと」

「ええ。でも、やっぱりダメだった。高所恐怖症は年齢を重ねても変わらないみたいだ。セーラー服を着て別人になったらちょっとは変わるかなと思ったんだけど・・・それで、諦めかけたとき、あなたが私の背中を押してくれた。まあ、背中を押すといっても、正確には脚でしたけどね。ハハハッ」

 俺は不本意ながら愛想笑いをうかべた。

「じゃあ、今回の件はなにもかもすべて丸く収まったってことですか?」

「ええ」

「あなたが私を恨むこともなければ、私があなたに負い目を感じる必要もないと」

「もちろんです」

「そうですか。よかった」

 俺は立ち上がりしなにマックシェイクを一気飲みした。

「じゃあ、そろそろ夕飯なのでこれで」

「三島さん」

 出口に向かいかけた俺に神坂が声をかけた。

「おいしいラーメン屋があるんだけど、よかったら一緒に行かない?」

「いや、俺、家にもう夕飯あるんで・・・」

「ラーメン一杯おごるよ?」

「いや、母親がもう作って――」

「行きます、よね?」

 その狂気じみた瞳に、俺は無言でうなずいた。


 帰宅するころにはすでに午前0時をまわっていた。ネギ味噌チャーシューを食べ終え、『さあ、もうこれで帰れるな』と思いきや、今度はサーティーワンでアイスを食べると言いだし、次は立ち飲み屋で一杯、まだ話したりなかったのか、公園のベンチでアニメとコスプレの話を永遠聞かされた。最後にメアドを教えることで、ようやく解放された。

 でも、俺だってただ黙って、はいはい言っていたわけじゃない。

「携帯のメールアドレスは家族と共通なので、パソコンのアドレスでもいいですか?」

 というわけのわからない理由で、パソコンのメアドを教えることで決着をつけた。しかも、そのヤフーのメアドは本メアドではなく、エロサイト用の捨てメアドだった。

 猫の額のおできほどの土地にペラッと建っているのが我がマイハウスだ。一軒家といえば聞こえはいいが、築60年の木造2階建て住居はオオカミの鼻息でも飛ばされそうなほど不安定で、我がマイルームの床は球体物が制止できないほど傾いていた。乗り物酔いする人は事前に薬を飲んでおくことをおすすめする。

 放任主義を自認している母親はこの時間は飲み屋で働いていており、家には高2の“茜”と小3の“智花”の二人の妹しかいない。ちなみに智花は種違いの兄妹だ。つまり母は若くしてバツ2という十字架を背負うことになったのだ。二度目の離婚が成立した後は、実の父とも義理の父ともこれといって交流はなく、義理の父は何年かに一回思い出したかのように家に訪ねてくることはあったが、実の父とは自分がまだ物心つく前に別れて以来一度も会っていない。いちおう写真はあるのだが、父と母が出会った頃の、まだだいぶ若いときの写真のため、道ですれ違ってもまず気づかないだろう。そんな一風変わった家庭に俺らは育った。

 俺がリビングに入ると、ソファに座ってテレビを観ていた茜が振り返って、「ああ」と気まずそうな声をあげた。今までどこかに出かけていたのか、白いワンピを着て、頭に花の髪飾りをつけている。

「おお」

 俺と茜のコミュニケーションの大半はこれだ。他には例えば、

「母さんは?」

「知らない」

 とか、

「お前、冷蔵庫に入れてた俺のシュークリーム、勝手に食べたろ」

「私じゃない、智花」

 とか、

「お前、勝手に俺の部屋に入って、バンプのCD持っていったろ」

「私じゃない、智花」

 とか、そんなもん。

 俺が智花に甘いことを知っている茜は、何か自分に疑いがかかると決まって智花のせいにした。それでも、こんな特殊な環境で育ってきた三兄妹が一度も、グレたり、母親をババア呼ばわりしたり、兄妹でシカト合戦を行ったりしないで済んでいるのは奇跡かもしれない。厳しい環境のもとでは生物はたくましく育っていくもののようだ。そして、共通の苦難は家族をやむをえず団結させる。

 キッチンには焼いたサンマと野菜炒めがおいてあったが、さすがにもう満腹なため、ラップがかかったまま冷蔵庫に入れた。そして、牛乳を取りだすと、残りわずかなことをいいことに牛乳パックに直接口をつけて飲み干した。

「もう少ししたら、私出るから」

 茜がいった。

 出る? 便秘でもしてたのか?

「あっそう」

 最近彼氏ができたらしい。智花情報だ。くっそー、高2のくせに・・・って、別に普通か。

 特殊な環境で育つと、世間一般の感覚がわからなくなる。午前0時を過ぎた時間に高校生が外出することは、世間的に見ればいけないなことだろうが、うちにそんな常識はない。三兄妹がグレていないのは、ただ単にルールがないってだけで、グレようがないということかもしれない。法律がなければ犯罪は生まれないように、グレるためには親がつくった愛のある規則が必要なんだ。

 2階にある自分の部屋に荷物をおくと、風呂に入るためふたたび1階に下りてきた。洗面所でズボンのベルトに手をかけたとき、ふと洗濯カゴのなかに茜の学校の制服が乱雑に放り込まれているのが目に入った。いつもならばなんてことない風景なのに、今日ばかりはどうしても見過ごせなかった。

 神坂仁のセーラー服姿がまぶたの奥に張りついて剥がれなかった。

 どうして女は男の格好ができるのに、男は女の格好をしたらダメなのか?

 男には誰しも女装したいという欲求があるのかもしれない。それはハロウィンで仮装することと同じで、普段の自分とは違う自分に出会いたい、つまり非リアルの世界を楽しみたいというものだ。それは映画と通ずるものがある。特殊メイクもしかりだ。だが、それが日常になった途端、リアルと非リアルの転倒が生じる。

 これを俗に涼宮ハルヒ的転倒と呼ぶ。

 涼宮ハルヒ的転倒に陥った者は、自らが作りだした閉鎖空間のなかで透明な巨人を永遠に追いかけるはめになり、そういったタイプの人間はたいがい孤独で、キスによってリアルに引き戻してくれる相手がいることは稀だ。

 そのことを知っている俺は、例え全盛期の原節子がウサミミをつけて、モフモフキュッキュッなことをしてくれても、閉鎖空間に迷い込むことは決してない。

 だから俺が妹の制服を手にしたのは、いたって冷静な探求心からである。トランクスの前にあてがって、鏡の前に立ち、スカートをひるがえすような素振りをしたのは、向上心のせいである。神坂仁のような変わった人間の心理を知りたいと思う好奇心は、映画人を目指す者にとってあってしかるべきではないか。

 俺はそんなことを考えながら、鏡の前でひとり腰をくねらせていた。

 と、そのとき突然、洗面所の扉が開いた。俺はあわててスカートを洗濯カゴに放りこんだ。


“最悪だ!!! ぜってぇ見られた!!!”


 扉を開けたのは下の妹の智花だった。寝ぼけ眼で体を左右に揺らしながらズボンのゴムに手をかけている。プリキュアのパジャマを着ているわりに、髪の毛がダークブラウンでやけに大人っぽく見える。茜に無理やり染められたらしい。

「おしっこ」

 智花はそう言うと、浴室の隣にあるトイレに入っていった。夜のトイレが恐いらしく、いつものように扉を半開きにしている。やっぱりまだまだ幼い、かわいい妹だ。

 俺がそっと声をかけた。

「な、なあ智花」

「なあにぃ?」

 か細い声で智花がいった。

「今さ、なんていうか・・・見えちゃったかなぁなんて思って」

「なにがぁ?」

「いや、見えてなけりゃいいんだけど」

「なにが見えたの? やだ。やめて。こわいぃ」

 涙声で智花がいった。

「いや、何でもないんだ。気にしないで」

「智花、こわいから、お兄ちゃんそこにいてよ。出てかないでよ」

「ああ、いるいる。大丈夫だよ」

 トイレの水を流す音がし、智花がでてきた。

 そのまま部屋に戻ろうとしたため、俺が引き留める。

「トイレ入ったらちゃんと手洗えよ」

「は~い」

 智花がしぶしぶ洗面台で手をあらう。

「お兄ちゃん、あたし何も見てないから」

 俺がTシャツを脱ごうとしたとき、智花がボソッといった。

「お兄ちゃんがお姉ちゃんのスカート履こうとしてたところなんて、あたし何も見てないから。安心して」

 俺はTシャツを半分脱ぎかけた状態で固まった。


“バレてる! しかも、めっちゃ気つかわれてるし・・・”


「ち、違うんだよ智花。あれは――」

 智花は大きくあくびをすると、「ねむい。おやすみ」といって洗面所を出ていった。

「あれは撮影の小道具で使うんで、それで・・・」

 俺が智花の後ろ姿に声をかけると、振りむきもせずに片手にをあげて、そのまま2階に上がっていった。


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