第二章(1)
第二章
「ねぇ、東堂君。 東堂君!」
「あ、ごめん。呼んだ?」
「呼んだ、じゃないって。早く握らないと、火傷するよ」
火傷、という言葉を理解すると同時に、奏介の手の平を灼熱が襲った。――あっっ……っつぅ――と、声を抑える奏介の掌から、真っ白なお米が炊飯ジャーに零れ落ちる。
「ちょっと、大丈夫? 誰か、水っ、水っ!」
「いや、大丈夫……大丈夫……」
歯を噛みしめながら、か細い声を吐きだす奏介が取り乱すクラスメイトの女子を落ち着かせる。
「でも火傷したんじゃないの」
「大丈夫だって。ほら、水ぶくれにもなってないし」
もんっっっの凄く熱かったけど……
奏介の突き出した手を心配そうに眺めた女子は、――だったらいいけど――と、口をもごもごさせながら自分の作業を再開した。
ふぅっと短い息を吐き、奏介も作業を再開する。正直、手の平がヒリヒリと痛むが、クラスの出し物でのシフトは桜鈴祭の三日間の内、初日、しかも開店の2時間だけだ。保安隊長という仕事優先にしてくれたとは言え、ここを頑張らないと奏介の気が済まない。
奏介たちのクラスの出し物は、『時代劇ッ茶』。クラスメイトが時代劇風に仮装して接客する、いわゆるコスプレ喫茶だ。ちなみにお客さんにも、男性はちょんまげや刀、女性にはかんざしを貸し出して、仮装に参加してもらうことになっている。
メニューはおにぎり・漬け物・お茶・ぜんざい。おにぎりは、その場で握る手作り。漬け物は、各クラスメートの自家製をもってきているのがセールスポイントだ。
それにしても、裏方のおにぎり部隊まで和服にすることはないだろう。握り難くて仕方がない。
「次ー、シャケに納豆。昆布に、明太子ねー」
「はいよー」
軽く返事を返して、おにぎり作りに取り掛かる。自慢じゃないが、奏介は料理はそれなりに出来た。おにぎりも、ちゃんと綺麗に三角形に握れている。
ちょっと満足げに笑みを浮かべた奏介が、パリパリの海苔を巻いたお握りを配膳組に送ると、店内を取り仕切る学級委員長の男子から声が掛かった。
「東道ーっ! そろそろ上がっていいよー。みんなもだいぶ慣れてきたしーっ!」
「あと15分だろー。大丈夫、なんかあったら携帯に連絡来るはずだしー。時間いっぱいやってくよー」
「そーかー。無理すんなよー。いいところで、切り上げてくれー」
「サンキュー」
軽く手を振り、奏介が作業を再開する。
「おーいー。もう米ないぞーっ!」
「まってー、あと2分で炊けるからーっ!」
桜鈴祭でクラスの手伝いが出来るのは、今だけだ。奏介は時間いっぱい、お握りを握りまくった。
「じゃ、悪いけど後は頼んだ」
「気にすんなって。あと、コレ餞別な」
気さくな委員長が、奏介におにぎりを投げ渡す。朝飯をあまり食べれなかった奏介には本当に嬉しい餞別だ。
礼を言っておにぎりを頬張りながら、着替えを始める奏介。着替えの場所は、クラスの奥に作った小さな更衣室。男女それぞれ一室ずつ作りはしたが、それぞれ一人が着替えるのがやっとだ。しかも、動くたびに壁に肘やら 腰やらがあたって、痛いやら、うるさいやら……。
「イタッ!」
となりの女子の更衣スペースから、小さな悲鳴が上がる。続けて聞こえる、低い呻き声。
――あ~あ、可愛そうに
心の中で呟きながら、奏介は着替えを終えて、申し訳程度のカーテンを開けた。シャァーっとカーテンの開く音が重なる。
「「あっ……」」
そこに、更衣室から出てきた二人の声が重なった。
学生服に『保安隊長』とふざけてるとしか思えないタスキを掛ける奏介に対し、女子の更衣スペースから出てきた千恵は、まるで大河ドラマに出てくる姫のように着飾っていた。長い黒髪が着物に栄える。
千恵のクラスの出し物での仕事は、時代劇ッ茶の合間合間に登場する、スペシャルお姫様の役だった。祭を取り仕切る『祭隊長』の千恵は、一回の時間が短いこの役を、半ば強制的に割り当てられていたんだった。
息を飲む奏介。その頭の中を、いろんな言葉と、映像と、感触が駆け巡る。
そんな奏介に対し、千恵は――フフッ――と何やら余裕たっぷりに微笑んだ。
「どう、綺麗」
「あ、あ、ああ。似合ってる」
「うん。ありがと」
満足そうに頷き、千恵が舞台へと出ていく。突如として現れた姫に、客だけでなくクラスメイトからも完成が上がった。
なんだか急に恥ずかしくなり、奏介は逃げるようにその場を後にした。