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第一章(1)


 その数字は、奏介が物心ついた時から見えていた。奏介が何かを見る時、その上にはなぜか数字が浮かんでいた。そして、その数字は奏介以外の人には見えなかった。

その数字が、そのモノが持つ『運』だと分かったのは、奏介が幼稚園に入った頃だった。まだ、ものの  判別の付いていない子供の奏介。そんな奏介はとにかくクジ運が強く、幼稚園の先生や友達を驚かしていた。くじ運が強いのは当然だ。奏介には当たりやすいクジが、しかも数字になって見えるのだから。

 モノに浮かぶ数字を変えられると知ったのは、小学校に上がった頃だ。その頃、奏介たちの間では対戦型のカードゲームが流行っていた。いわゆる、トレーディングカードというゲームだ。いいカードが当たるかどうかは運次第。当然、奏介は強いカードをどんどん集めたが、強いカードを持っていることとゲームに勝てることは別問題だった。その頃は、奏介も今よりずっと素直で、勝負に対する駆け引きがまるで出来ていないのも、勝てない要因だった。

「そうすけ、いいカード持ってるのに、弱いよな」

 友達の言葉が悔しかった。

 そのカードゲームは、カード以外にも勝負の判定にコインやサイコロを使っていた。くじ運なら強い奏介だが、コインやサイコロの運はまた別モノで、運が悪いと分かっていながらも奏介はサイコロを振るしかなかった。そんな時だ、奏介が数字を変えられることに気が付いたのは。

 具体的には、奏介から出ている運の数字を、サイコロやコインの運に加えればいいのだ。それから、奏介は勝負事で負けることがほとんどなくなった。でも、それは同時に奏介から楽しみを奪った。

 勝ってばかり、勝つことが分かっている勝負、または負けることが分かっている勝負は、もはや勝負じゃなかった。勝つか負けるか分からないから楽しいし、本気になれる。でも、奏介の眼は、勝つか負けるかを奏介の意志に関係なく奏介に教えてしまった。

 それならと、奏介は親に頼んで、運よりも身体能力や経験が大切なスポーツをやり始めた。でも、ダメだった、結局試合になれば、勝つか負けるかが数字で見えてしまう。そして、練習の割に勝ち過ぎたり、初めから負けが分かってしまう奏介を、次第に周りは気味悪がって離れていった。

 息苦しくなり、奏介が塞ぎこんだのは小学校の高学年の頃だった。そんな奏介を、両親は気分転換にと、町から遠く離れた田舎にある母方の実家に連れて行った。もっと小さかった頃は何度も遊びに来ていたが、奏介が小学校中学年から久しぶりの祖父母の家だった。

 こちらも久しぶりに孫の顔を見た祖父母は、大喜びで奏介を迎え入れた。

 祖父母の家に泊まった初日の晩。奏介の祖父は、奏介に花札をしようと誘った。これがまだ、将棋か囲碁だったら、奏介ももう少し喜んだだろう。将棋や囲碁なら読み合いの勝負だ。運に左右されることは少ない。でも、花札はやはり開始時の手札から、山札まで、読み合いよりも運の要素が強すぎた。

 その頃奏介は、こう言った運のゲームをやる時は、無意識のうちに負ける癖が付いていた。結局、花札の勝負は祖父が19戦全勝。運の要素を差し引いても、祖父の花札の腕は強かった。だが、それでもこれだけ連敗することはないだろう。

 そして、だからこそ祖父は奏介の眼に気が付いた。

「奏介、まさかお前。変な数字が見えたりしないか?」

 祖父の言葉は衝撃だった。今まで、この数字のことを知る相手など、奏介は出逢ったことがなかったのだから。訊けば、祖父もまたこの数字が見えていたのだと言う。それが、ある日を境に見えなくなったのだ。

 そのある日とは、奏介が生まれた日だった。

 思いのたけを全て吐き出す奏介。最後には大粒の涙がこぼれ出した。

 そんな奏介に、祖父は箪笥の一番奥に大事にしまっていた眼鏡を取り出した。それは、昔、祖父がある神社の神主さんにもらった眼鏡なのだと言う。そして、その眼鏡を掛けると不思議と奏介の視界から数字が消えた。

「いいか、奏介。お前が見てる数字は、そのモノが持つ『運』だ。でも、それはただの『運』じゃない。奏介、『運』て言う字は『運ぶ』と書くだろ。何を運んでいるか知ってるか?」

 首を横に振る奏介に、祖父は未だに入れ歯が一つもない自慢の白歯を見せながらにっこりと笑い、農作業で堅くなった手の平で奏介の頭を撫ぜながら言った。

「それは、『命』だよ。それでな、そういった『命』を『運ぶ』ことを、『運命』っていうんだよ」

「運……命?」

「ああ、そうだ。奏介、覚えておけ。人や物が持つ命を運べる力、『運』の量は決っている。それに『運命』ってヤツは、人様が扱うには大きすぎる。それは、お前が本当に必要な時に使うんだ。――まぁ、ちょっとくらいのおイタぐらいなら、いいがな」

 祖父の言葉に、幼い日の奏介は力強く頷いた。


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