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英雄の墓

 四葉が合掌を止めて立ち上がると、背後で気配を感じた。振り返ると仁が不思議そうな顔をして立っていた。

「仁君」

「どうしたの、ここで。誰のお墓?」

 邪気の無い仁の問いに、四葉は不審そうに尋ね返す。

「仁君こそ、何でこんな、墓地なんかに来たの? 今日は純とご飯食べに行くんでしょ? 昨日分かれる時にそんな事言ってたじゃん」

「食べに行くのは夕方から。まだ学校終わったばっかりだし」

「あ、そっか。じゃあ今は暇なんだ」

「うん、下校してるだけで、特に用事は無くて。四葉さんがお墓に入るのが見えたから」

「そっか」

 四葉は頷いて、それからまた何か言おうとして口を開き、

「そっか」

何と言って良いのか分からず、黙り込んだ。何か話題をと探しても、何を喋って良いのか分からない。何を話しても興味を持ってもらえない気がして。何か言わなくちゃと焦りながら、何と言おうか迷っている内に機会を逸して、そうするともう何も言えなくなった。

 仁も何も言わない為、会話が途切れる。

 四葉は居心地が悪くなって自分の髪を撫で付けた。こういう沈黙が嫌だった。仁は口数が多い訳では無いが純や律と話している時は淀みなく会話が途切れない。それなのに自分と話している時だけは、突然どちらも喋らなくなる瞬間が生まれる。それは仁に限らない。何故かいつも楽しそうに話している人達が自分と話している時だけは突然喋らなくなる。そう四葉は思っていた。そうしてその、二人が黙る瞬間が堪らなく嫌いだった。まるで自分だけ人と話す能力が不足している気がして。

 四葉が嫌な気持ちを感じながら何か喋らなくちゃいけないと言葉を探していると、突然仁が四葉の後ろを覗きこんだ。

「そのお墓って律さんのお姉さんの?」

 四葉は慌てて顔を上げ、背後の墓を振り返った。

「そう。私の憧れ」

 十八娘という家系の人々が眠るお墓。その下には四葉の命を救ってくれた、憧れの先輩も眠っている。十八娘法子という四葉にとってのヒーロー。

「どうして?」

「え?」

「どうして、死んじゃったの?」

 仁が呻く様に言った。泣きそうな顔をしている。仁は優しいから、人が涙を流しそうなほとんど全ての事に感涙する。それはとても優しく、そうして凄い事だと思う。人はそうあるべきなんだと思う。けれどほんの微かに、事ある毎に泣こうとする仁をあざといと感じる心がある。そんな心を持つ自分を、四葉は醜いと思う。

「病院の事件で」

「そっか。大変な事があったんだよね」

 四葉は頷いて俯いた。

 法子が死んでしまったと聞いた瞬間の感情を思い出して、涙が出そうになる。けれど堪える。決して人前で泣いたりはしない。人前で泣くのは、わざとらしく、格好悪く、猫かぶりで、ずるい事だと四葉は思っている。だから四葉は必死で涙を堪えて歩き出した。

「ここに居ると辛気臭くなっちゃう」

「そう……だね」

「行こう」

 四葉がそう言って歩き出すと、仁もその後に続いた。仁の気配を背後に感じながら、四葉は歩く。涙の気配は引いていた。代わりに沈黙から来る情けなさが再びやって来た。何か話さなくちゃいけないと思う。けれど何を言っていいのか分からない。先輩が死んだ事を話した後に一体何を話せば良いのだろう。何か話題をと考えている内に、ふと気になる事があった。仁だって、先輩が亡くなった事は知っていたんじゃないだろうかと。入院していた時は良く話をしていたし、あの事件はみんな知っている大きな事件だったし、知っていない訳が無い。そう考えると、もしかしたら仁は会話を続ける為にわざと知らないふりをしていたのかもしれない。四葉は怒りを感じた。先輩の死をだしにしようとするなんて。けれどそれも突き詰めれば、会話の出来ない自分が悪い。だからきっと、この怒りの矛先も自分に向けるべきなんだろうと、四葉は息を吐いた。

 それを合図とした様に、仁が背後から声を掛けてきた。

「あの」

 振り返ると、仁が立ち止まって見つめてきている。何処かでその光景を見た事がある、気がした。何処でだかは分からない。

「どうしたの?」

「あの、四葉さん」

 何だか改まった仕草でじっと見つめてくる。何だか緊張した。何を言うのだろう。

「うん?」

 四葉が不思議な高揚を感じながらたったそれだけを言う。それ以上は言葉にならない。何を言ってくるのだろう。酷く高揚していた。次に来る言葉がきっと酷い言葉だろうと分かって、何だか高揚した。どうしだか分からないが心が弾んでいた。気が付くと笑顔になっていた。

 仁が遠慮がちに口を開く。

 四葉は笑みを浮べている。

「学校で友達出来た?」

 心臓が握り潰された様に痛くなった。それでも笑顔を崩さなかった。高揚する心も変わらなかった。その言葉が来る事を分かっていた。何故かそれが来ると知っていて、そうしてそれを喜びに感じていた。

 それがなぜだか分からない。

 ただとにかく喜びを感じながら、けれど握りつぶされた心は痛くて、それに答える事に苦痛を感じながら、四葉は頷いた。

「うん、勿論」

 四葉に学校の友だちなんて居ない。けれど正直にそれを言えない。言える訳が無い。友達が居ない事は恥ずかしい事だから。

 だから四葉は笑顔を浮かべる。まるで友達が居て楽しいとでも言いたげな笑顔。自分の恥部を隠す為に。まるで何て事の無い様な調子で尋ね返す。

「何で?」

「あ、あの、ううん。気になったから。純も気にしてたし」

「あの馬鹿も?」

 純の顔を思い浮かべて心が痛くなる。純にまでそんな心配をされているのかと、自分の駄目さ加減に胸が苦しくなる。けれど表情は笑顔で、感情は喜びに溢れている。

「やっぱ馬鹿だね。もう入学してからみんな三ヶ月経ってるんだから、出来たに決まってるじゃん」

「ごめん」

「あ、仁君は別に」

 慌てて首を振ってからふと気になった。

「でも、どうしてそんな事気にしてたの?」

 そんなに自分に友達が出来そうにないのだろうか。

 あくまで笑顔を浮かべながら尋ねる四葉に、仁も笑顔を返し、けれどすぐに困惑した表情になった。

「あれ、どうしてだろう?」

「知らないよ」

 仁は不思議そうに首を傾げ唸っていたが、やがてはっとして顔を上げた。

「そうだ! 夏休みまでに友達が出来ないとずっと出来ないって話を何かで聞いて、それで」

 そこで仁は言葉を切り、やがてまた唸り始めた。

「それで、どうしてそう思ったんだろう? 四葉さん友達一杯居そうなのに。でも、何か出来ないかもしれない理由があった気が」

 不思議そうにしている仁の言葉が耳に入らない。四葉は思考に沈降していた。

 そう、知っている。夏休みまでに、という話を私は知っている。それを何処かで聞いた事がある。夏休みまでにこの状況から抜け出さないと大変な事になる。そう聞いた事がある。何処かで。何処だか分からないけれど、何処かで。

 今既に七月に入っている。となれば、あと二週間も無い。もう少しでそれが来る。その先を越えれば闇しか無い境界線が迫っている。

 何か奇妙な既視感を感じている。さっきから。汗でへばりつく制服の不快感を更にいや増す様な、気味の悪い既視感が全身に溜まっている。

「四葉さん?」

 仁の心配そうな声に、四葉は顔を上げた。

 そして息を飲んだ。

 仁の心配そうにしている姿に、死んだはずの先輩の姿が重なっていた。以前同じ場面を見た事がある。

 先輩が友達が出来たのかと尋ねてきて、そうしてそれにしどろもどろになって答えられなくなった私を、先輩は心配そうに覗き込んでいた。この場所で。確かに。けれどそれがいつの事で、どうしてそんな状況になったのか思い出せない。どうしてか曖昧で、能々考えればそんな事無かった気もしてくる。無かった気がする。それならばこれも既視感。ただの錯覚。

「四葉さん!」

 仁の力強い呼びかけに、四葉は息を吐いた。途端に今まで感じていた既視感は消え去って、後には夏の入りの気怠い暑さだけが残っている。

「四葉さん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。大丈夫だから」

 慌てて頷いて墓地を出る。仁がそれに黙って付き従う。四葉は背後から送られてくる心配そうな視線に気づかぬ振りをして、黙って歩き続けた。

 今の状況は何だか居心地が悪かった。仁との間に沈黙が訪れたというのもあるが、それ以上に違っている事に違和感があった。何かが違う。何かが絶対に違うのに、何が違うのか分からない。そんな居心地の悪さが全身を取り巻いている。

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