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魔法少女の友達

 お昼ご飯というのは意外と厄介なもので、メニューの選び方や食べる速度、話す話題に抜けるタイミング、考えてしまう人にとっては考えなければならない事が山盛りで、誰かと食べるのを面倒に思う事がある。

 かと言って、一人で食べるとそれはそれで寂しいもので、ましてそれを他人に指摘されるというのは恐怖に近い。やむを得ず一人で食べるとなるとどうにかして人目を忍んで食べる必要がある。

 普段何気なく摂っている昼食も人によっては中々に恐ろしいイベントなのだ。


 原根四葉もまた昼食を一人で食べる。止むに止まれぬ事情というのは無いと言えば無く、有ると言えば有る。簡潔に言えば、彼女には昼食を共に食べる友達が居ない。当然昼食は一人で食べる。

 ただ彼女はこそこそと人から隠れてお昼ご飯を食べる等という事はしない。そういう事は惨めな事だと彼女は信じていたし、また堂々と己の境遇を受け止めていれば孤高という弁明が利くと考えていた。

 そんな訳で四葉はロッカーから取り出したお弁当を持って、いつもの通り他人を寄せ付けない仏頂面で、自分の席へと向かっていた。

 しかしその道半ばで転んだ。何もない。誰かに足を引っ掛けられただとか、落ちていた物を踏んだだとか、そんな事は一切無い。何も無い場所で彼女は転んだ。

 そんな事あり得ないという意見もあるだろう。だが断言する。何も無いところで転ぶ事は確かにあるのだと。疲れてもいないのに、本当になんでもないのに、確かに足をもつれさせて転んでしまう事があるのだと。声を大にして言おう。

 まあ、そんな訳で四葉は転んだ。

 お弁当箱が手から離れる。

 過たず地面に落ちる。

 幸い蓋は外れない。

 鈍い音を立てて跳ねる。

「大丈夫?」

 四葉を心配してクラスメイトの一人が手を差し伸べてきた。同情する様な目で四葉を見ている。四葉は自分の上を土足で踏み歩かれた様な心地がして、屈辱と羞恥を感じて不機嫌になり、差し伸べられた手を無視して立ち上がった。

 更に前からもう一人の生徒が来襲する。

「はい、中身がこぼれなくて良かったね」

 四葉は更に恥ずかしく情けなくなって、ともすれば泣き出しそうな自分を叱責する意味でありったけの不機嫌な表情を作って、差し出されたお弁当箱をひったくると無言で自分の席へと向かった。

 周囲からささやき声が聞こえてくる。内容は分からないが、今の自分の態度を批判しているだろう事は聞こえなくても良く分かった。

 だからどうしたと四葉は弁当箱を開ける。

 ぐちゃぐちゃになったお弁当に箸を付け、湧き上がろうとする涙をこらえながら、好意を受け取ってもらえないからといって恨み節を吟じるクラスメイトの偽善振りを肴に、ぐちゃぐちゃの弁当を口に運んだ。


 そんなお昼の事を思い出して落ち込みながら帰りの電車に乗っていると、ふと律の姿が目に留まったので近寄ってその肩を叩いてみた。

「何してんの?」

 律は驚いて振り返り、爽やかな笑顔で応じる。

「いや、ちょっと買い物に」

 そこで律は肩を叩いた存在が四葉だと気が付いて、一気に笑顔を引っ込めた。

「何だ。笑って損した」

「何だとは何よ」

「解釈はご自由に」

 四葉はむっとして律を睨む。

「っていうか、さっき笑ってたけど、普段はさっきみたいな爽やかな態度なの?」

「当たり前じゃん。俺は一応人気者なんだよ」

「うわ、ナルシスト」

「事実だから仕方無い」

「その人気者がどうして、私にはそういう態度なの? そんなに嫌い?」

 四葉は自分で言って、自分の言葉に怯えた。

 けれど律はあっさり否定する。

「いや、違う、ただあんたの前じゃ格好付けても仕方ないから」

 四葉は首を傾げた。

「どういう意味?」

「良く考えてよ。あんな格好見せておいて今更格好付けるも何も無いでしょ」

 それを聞いて四葉は思わず笑ってしまった。

「そうね! あんな魔法少女なんて恥ずかしい格好、男の身でやっておきながら」

 その瞬間、律は四葉の口を塞いだ。

「おーまーえーなー」

 その行動がおかしくて、四葉は口を封じられながら尚も笑う。律は不機嫌な表情のまま、封じていた手を離して、呟いた。

「恥ずかしい格好なのは一緒じゃん」

「いや、でも男のくせに」

「言うな」

 四葉は一頻り笑ってから涙を拭う。

「しかし、あんた学校では猫かぶってるんだ」

「別に。ただ自分の役割を演じてるだけだよ」

「何それ。意味分かんない。もしかして家でもそんななの?」

「家では別の役割がある」

「ふーん、役割ねぇ」

 四葉には良く分からない。

「みんな自分を演じて生きてるんだよ」

「今のあんたも?」

「そう」

「ふーん」

 四葉は学校での自分を思い出す。自分は溶け込もうとせず意固地を張っている自分を演じているから一人ぼっちなのだろうか。違う気がした。

「分かんない」

「別に良いよ。俺がそう思ってるだけだから。俺は姉ちゃんの分まで頑張らなくちゃいけなかったから、その為に優等生を演じてたんだ」

「姉ちゃんて、先輩の事?」

 四葉が憧れている先輩。

「そう。でももう今は、あの冬の事件で俺はもうそんな事をする必要は無くなったから、だから本当ならそんな事をしなくて良いのかもしれないけど」

 四葉は少し不安に思っていた事を聞いてみた。

「もしかして魔法少女辞めたいの?」

 律があっさりと答える。

「勿論辞めたいよ」

「え?」

「いや辞めたいよ、そりゃ。あんな格好したくないから」

「そうなんだ」

 ちょっとショックだった。

「じゃあ、何で辞めないの」

「いや、君等が無理矢理誘ってきてるんだからね。いっつもいっつも。断ってもみんなで引っ張りだすし」

 何でああいう時だけ仲良いの君達と愚痴を言っている律を見て、四葉はぼんやりと言った。

「辞めても良いよ」

「どうしたのいきなり」

「辞めたいなら辞めた方が良いよ」

「どういう風の吹き回し?」

「別に良いでしょ。辞めたいなら辞めれば良いじゃん!」

 強く言ってしまって、四葉ははっとして口をつぐんだ。またやってしまった。また相手を拒絶してしまった。本当は一緒に居たいのに。みんなと楽しくしたいのに。

 けれど律はあっさりと否定する。

「辞めないけど」

 四葉が目を見開いて、問い尋ねる。

「何で?」

「いや、何となく……というか何というか」

「何で何で?」

 律は鬱陶しそうに好奇心を満面にたたえる四葉を見つめてから、顔を俯けた。

「姉ちゃんはきっと続けて欲しいって思ってるから」

 俯いた律を見て、四葉ははしゃいでいた気持ちを鎮めて、真面目な顔でぽつりと尋ねた。

「シスコン?」

 律が四葉の頭に手刀を振り下ろす。

「痛!」

「何でそういう風にまとめるかな」

「だって」

 電車が到着した。

 四葉は律の後ろにくっついて電車を降り、混雑する構内を律を盾に進んでいく。改札を抜けると、律の家はもう少し。

 四葉は聞こうかどうか迷っていた。聞かない方が良い気もしていた。

「ねえ、律」

 そう言った時もまだ聞きたくなかった。多分望む答えは返ってこなくて、けれどもしも望んだ答えを言われたって、どう答えて良いか分からないから。

「何でござんしょう?」

 律の珍妙な言葉遣いに、四葉は意表を突かれて物凄く変な顔で律を見つめた。

「何それ」

「いや、俺に何かを演じて欲しいみたいだから」

「何を演じたのよ」

「庄屋のやすどん」

「何それ」

 四葉は意味が分からなくておかしくて笑う。

「俺が今日の歴史の授業中考えた、女泣かせのやすどん」

「じゃあ、私泣かされちゃうの?」

「俺に惚れたら火傷するぜ」

「まあ、確かに女装が趣味の人とじゃね」

「おい止めろ」

 何だか四葉は心が軽くなって、聞きづらかった事もあっさりと聞けた。

「ねえ、あんた学校で友達居るの?」

「友達? 居るっちゃ居る」

「そっか」

 私は居ない。でもあまりショックは受けなかった。

「居ないっちゃ居ない」

 四葉はつまづきながら律を叩いた。

「どっち?」

「さっきも言ったけど、俺は役割を演じているだけだから、役柄に対する友達は居る。でも俺の友達は居ない。誰も本当の俺の事は知らないから」

 四葉は俯いて、その言葉をじっと考える。

「そっか。本当の自分ね」

「うん」

「シスコンだから」

「おい」

 誰も自分の事を知らない。自分の事を知っている友達なんて居ない。四葉には律が仲間に思えた。律と自分とでは友達の出来ない理由が全く違う事は分かっているけれど。

「じゃあ、彼女は?」

「居ないよ。役柄の方にも俺自身にも」

 ちょっと意外だった。

「そっか。女装癖が」

「違う」

 何だか楽しくなる。

「じゃあ家族は」

「それは居るよ」

「そっか。シスコンだから」

「しつこい」

 そして律の家に着いた。

「じゃあ、また夜にメールするから」

 手を上げて、駆け出そうとして、背を向けた瞬間、律の声が投げられた。

「なあ」

 四葉が振り返ると、律が妙に真面目な顔をしていた。

 思わず唾を飲み込む。

「何?」

「お前には友達居るの?」

 直球の聞かれたくなかった質問に、四葉は喉が干上がってしまった気がした。つっかえた喉を動かして、何とか答えようとする。

 友達は居ると。学校に友達が居て、いつも仲良くお喋りをしていて、今日だって一緒に御飯を食べて、みんなとは仲良しで、律が心配する事なんてまるで無いと。

 けれど口は上手く動かなくて、喉も張り付いてしまっていて、このままじゃ友達が居ない様に思われると、焦った時に、律が手を上げた。

「あ、サッカーが始まる。じゃ、また夜に」

 そうして、十八娘律は呆気に取られている四葉を置いて、家に入ってしまった。

 呆然として動けない四葉の頭上で、夏の日がようやっと落ちかけていた。


 そうして夜になって、中学校の校門の前に四人は集まった。

「じゃあ、行くわよ、月光探偵団!」

「え?」

 四葉以外の三人が一斉に首を傾げた。四葉は赤くなる。

「もう、分かったわよ。とにかく行くからね!」

 そう言って四葉は校門をよじ登る。

 それを見て、仁が慌てた。

「四葉、パンツ見えちゃうよ!」

 それに対して校門を登り切った四葉が元気に答えた。

「大丈夫! スパッツ履いてるから」

「アホか! だからってそんな豪快に足広げんな!」

 純が叫ぶ。

 律の冷静な言葉が響く。

「違うんだよね。中身は重要じゃないんだよ。スカートの中身が見えたってだけで男は興奮できるものなんだよ」

「え?」

 そう言われると四葉は途端に恥ずかしくなった。慌てて手でスカートを抑え、当然バランスが崩れ、校庭の側へと体が落ちていく。

「あ」

 そのまま鈍い音をして地面に落ち、倒れて動かない。

「おい、大丈夫か」

 純が呼びかけるも答えは返ってこない。

 四葉は倒れて動かない。

「くそ!」

 純は慌てて校門を越え、四葉の傍に着地する。そして肩に手を当てると、まだ息をしていた。

「おい、四葉」

 四葉の顔が純を見上げた。

「ごめん、私駄目みたい」

「おい!」

「スカートの中覗かれちゃって」

「お前が見せたんだろ!」

「私の死体は海にでも撒いて」

「四葉!」

 そうして四葉は力を抜いて、再び倒れた。

「四葉! お前元気だろ!」

 純が四葉の頭を叩く。

 四葉が起き上がって、舌打ちをした。

「このまま死ねたら良かったのに」

「いや良くねえよ。何で死のうとしてるんだよ」

「純に無理矢理スカートの中を覗かれたから」

「俺を犯人に仕立て上げるな!」

 そこでようやく校門を越え終えた、律と仁が純と四葉の傍に立った。

「さ、早く行こうよ」

 律に促されて、一行は校舎へと向かう。


「で、今日の目的なんだっけ? 何か怪談がどうこう言ってたけど」

 律が校舎の階段を上りながら尋ねた。

 四葉が答える。

「学校の怪談」

「何それ」

「この中学校には七不思議があるんだって。その内の一つにね、午後七時七十七分七十七秒に美術室へ行くと」

「待って、もうおかしい。何? 七時七十七分七十七秒って」

「だから八時十八分十七秒」

「それで良いんだ」

「話の腰折らないでよ。でね美術室に行くと、幽霊が現れて現実と虚構が交じり合うんだって!」

 嬉しそうに言う四葉に向かって、律が肩を竦めた。

「幽霊とか嘘臭すぎて全然興味湧かないんですけど」

「何言ってんの! もしかしたら居るかもしれないでしょ!」

「え? 四葉さんもしかして幽霊信じちゃってますの? うわー」

「うわーって言うな!」

 考え込んでいた純が四葉に尋ねる。

「現実と虚構が交じるって何だよ」

 待ってましたと四葉が胸を張った。

「何とね、美術室に入るといつの間にか一人増えてるんだって! 全く知らない人が。でもね、それに気がつけないの。明らかに一人多いのに、誰が増えたのか分からない。誰か一人が幽霊なのに、みんな友達だと思えちゃうの」

 四葉が「きゃあ!」と自分で語って自分で悲鳴を上げた。律達はむしろその悲鳴に驚いた。

「ね? 怖いでしょ? 怖いでしょ?」

「うん、今の悲鳴が警備員に聞こえてないか怖い」

「っていうか、それ何の被害も無いじゃん! むしろ友達が増えるならそれで良いだろ!」

「実は続きがあって」

「なら最初から全部言えよ」

「美術室を出る時までに余分な一人を当てないと、元居た内の一人が消えちゃうんだって! つまり入れ替わっちゃうの!」

 また四葉が「きゃあ!」と悲鳴を上げる。悲鳴が来ると分かっていた三人は、既に耳を塞いで防御していた。

「ね? 怖いでしょ? 夏っぽいでしょ?」

「確かに夏っぽいけど、でもそれとこの学校に着たのはどんな関係があるんですか?」

「もう仁君は鈍いんだから。良い? この学校がその舞台なの! だから私達がそれを解決しに来た訳!」

「いや、仁が言いたいのは、何で俺達がそれを解決しなくちゃいけないのかって事だろ」

「きっと悪い魔物が暴れてるんだよ。世界の平和の為じゃない」

 呆れている純達を余所に四葉はどんどんと進んで、遂には美術室にたどり着いた。

「時間は?」

「自分で確認しろよ。今八時十七分」

「え? じゃあもうすぐだよ。ほらみんな入って入って」

 純達が渋々美術室の中に入る。

「じゃあ私がカウントダウンするね」

 四葉がスマートフォンを取り出して、秒読みを始めた。

「十秒前」

「何でさっき自分で確認しなかったんだよ」

「五秒前」

「ちょっと僕怖くなってきた」

「大丈夫。いざとなったら四葉を囮に逃げるから」

「二、一、ゼロ!」

 秒読みを終えた四葉が辺りを見回した。美術室には四人の人影しか居ない。それ以外には何もない。

 四葉は純を見る。そして律、仁、ジョンソンを見て、異常が無い事を確認して頷き、もう一度ジョンソンを見た。

「誰、あんた!」

「え? ミーだよ、ジョンソンだよ」

「知らないよ! 誰こいつ!」

「偽物でしょ」

「やっぱり噂は本当だったんだ! でも、何でこの偽物こんなバレバレなの」

「え? バレバレ? 何でそんなユー達分かっちゃってるの」

「それは多分ほら、変身ヒーローだし」

「そんな、ずるい。ちょっとタイム。ミーに時間ください。シンキングタイム!」

 そうジョンソンが叫んだ時、四葉達は既に変身を終えていた。

「じゃ、さよなら」

 魔法少女となった四葉は何の躊躇もなく掌を翳して、魔術を発動させて、ジョンソンを送還した。

 帰し終えた四葉は不満気な顔をする。

「何か呆気なさ過ぎ。つまんない。ごめんね、みんな」

「いや、面白かったって」

「ホント?」

「うん、前に市のゴミ拾いに参加させられた時より千倍」

「それはもう謝ったでしょ!」

 四葉が悔しそうに歯噛みする。あまりに力を込めて顔が崩れている。

「醜い」

 魔法少女になった律がぼそりと呟いた。

「女の子にブスって言うな!」

「いや、不細工とは言ってないよ。ただ醜いって言っただけで」

「おんなじ!」

「信じられない! 男のくせに!」

「分かって言ってるでしょ。今女だから俺」

 言い争う律と四葉を余所に、仁が美術室の中を見回しながら言った。

「夜の校舎ってだけで僕は面白いと思う」

「確かにな」

 純が同意する。

「じゃあ、このまま夜の校舎を探索するか!」

「うん!」

 二人で頷き合って変身を解くと、純と仁が美術室を飛び出した。

「あ、待ってよ!」

 四葉がそれを追いかけようとする。その手を律が掴んだ。

「何?」

 四葉が振り返ると、律がやけに真面目な顔をしていた。

「どうしたの?」

「うん、どうしようか迷ってたんだけど、やっぱりやらないで後悔するよりはと思って」

 憂いを帯びた顔をして、ポケットに手を突っ込んだ律は四葉を流し見た。

 四葉は何だか意図が読めずに気後れする。

「何よ」

「うん、ほら四葉って純の事が好きだろ?」

「うん、まあ」

 俯き加減に同意した四葉は慌てて顔を上げた。

「ってえ? ちょっと、何言って」

「だからさ、俺も手伝おうと思って、とりあえず告白の練習を」

「ちょっと何で私が、私が、じゅ、じゅ」

「じゅ?」

「純の、純の事、を、何で私が」

「ほら、愛してるって言ってみて」

「な、何で、私がそんな事」

「ほら」

「何で私が、あ、あ、愛してる、なんて」

「はいご馳走様です」

「え?」

 そうして律はポケットからスマートフォンを取り出すと、画面を押した。

 スピーカーから四葉の声が聞こえてくる。

「純の事、愛してる」

 紛う事無き愛の告白が聞こえてくる。

「は?」

「これを純に聞かせれば一気に進展」

「あんた何でそんな」

「いやー、ずっと準備してたから役立って良かった。本当は幽霊の声を取りたくて準備してたんだけど」

「あんた」

 四葉の混乱が頂点に達した。

「あんたやっぱり幽霊信じてたんじゃない!」

 四葉が律のスマートフォンを奪おうと手を伸ばし、律はそれを避けて、廊下へと逃げ出した。

「ほーら、捕まえてごらんなさい」

「待て!」

 四葉が追う。奪おうと律の手の動きに合わせて自分も手を繰り出すが中々奪い取れない。律はしばらくそんな風に逃げ惑ってから、必死になって追いかけてくる四葉を見て微笑むと、急に立ち止まった。四葉が止まりきれずにぶつかって、跳ね飛ばされて、地面に尻餅をつく。

 転んだ四葉の前に、律のスマートフォンを載せた手が差し出された。

「はい、そんなに嫌なら消して良いよ」

「え? 良いの?」

「うん」

 四葉は慌てて奪い取って、自分の告白を消し始める。

 それを眺めながら、律が言った。

「今日の夕方の続きだけどさ」

「夕方?」

 中々消せなくて、試行錯誤しながら四葉が聞き返した。

「友達の話」

「ああ」

「自分を演じてるなんて馬鹿な事考える分、人の言葉が信じられなくなっちゃって」

「じゃあ、まずそのひねた性格を直しなさいよ」

「だから誰かに友達だとか好きだとか言われても信じられなくなったんだよね」

「中学生にしてもうそんな悲しい人間性を。あ! 消せた!」

「まあ、その分、自分の気持ちはしっかりと持って、その気持ちに正直に行きたいと思っている訳なのです」

「はい、これ、消したから」

 そう言って、四葉がスマートフォンを律に差し出した。

 律はそれを無視して四葉をじっと無表情で眺めている。

 その視線に気が付いて、四葉は何だか恥ずかしくなった。

「何?」

「だから夕方の続き。友達居るのかって俺聞いたけど、例え居ないって四葉が思っていたとしても、少なくとも俺は四葉の事友達だと思ってるから」

 四葉の体が固まった。

「あ、わ」

 上手く言葉が出てこなかった。

 何だかごちゃごちゃと色々な気持ちが混ざり合っていた。友達が居ないと気が付かれていた事は恥ずかしい。それをずけずけとえぐってくる事には苛立った。そして友達と言ってくれた事が嬉しかった。

 本当に、本当に嬉しかった。涙が出そうになる位に。

 四葉は唾を飲み込むと、何とか自分の気持ちを絞りだす。

「あの!」

 四葉は今だスマートフォンを差し出す姿勢のまま、辺りに目を泳がせて、意を決して思いを伝える。

「私も、律の事友達だって思ってる。律は自分の事を知ってくれてないから本当の友達じゃないって思うかもしれないけど、でも、私はそれでも友達だって思ってる」

 かすれそうになる声で四葉は何とか思いを伝えた。

 それに律が答える。

「いや、だから他人の言葉は信じてないって」

 そう言って、変身を解くと、スマートフォンを受け取って、純達を追って歩き始めた。

 四葉は固まっている。動けない。

 それを置いて、律は歩いて行く。

 途中で振り返って、固まっている四葉に声を掛けた。

「ちゃんと本当の友達だと思ってるよ」

 そう言い残して、律はさっさと先に行ってしまった。

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