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ヒーローは名乗らない

 襲われている子供が居る。

 電灯だけが見ている不気味な夜道、辺りには誰も居ない。

 子供は震えながら逃げようとして倒れこむ。それを見下す喜悦に満ちた悪人の顔。

 ヒーローの出番である。


「待ちなさい!」

 少女の澄んだ声が辺りに響いた。

 悪人が振り返る。泣き顔の子供が顔を覗かせる。

 視線の先に四人の人影がそこにある。

 右から二番目の少女が足を開いて腕を上げ、ポーズを決める。

「勇気の灯火を消さない為に! 風のクローバー!」

 右から三番目の少女が気怠そうに腕を横に伸ばす。

「シャッター通りを何とかする為に。ブラックデーモン」

「おい!」

 右から四番目の少年が手の甲で、やる気の無い名乗りをした少女の肩を叩いた。

 少女が怯えた様子で叩いてきた少年を見る。

「え? 何? 名乗り中に語りかけてくるとか、空気読んでくれません?」

「何でシャッター通りを何とかするんだよ!」

 少女を叩いた少年が少女と相対する。

 少年と向かい合った少女はやはりやる気無さげに答えた。

「こう、社会批判的な要素も入れた方が良いかなと思って」

「要らないだろ、そんなの。中学生なんだからもっと夢と希望に溢れた名乗りにしろよ」

「でもヒーローを名乗る以上みんなの悩みを解決する事が一番だし」

「それにしたってシャッター通りは無いだろ。身近過ぎるよ! 近所の人に聞かれてたら気まずいよ!」

「じゃあ、今も世界中で生まれ続けてる不幸を何とかする為に」

「変に重過ぎる!」

 その時初めに名乗った少女が苛々として言った。

「ちょっと! 真面目にやってよ!」

 けれど他の仲間達には聞こえていない。

 一番右の少年が遠慮がちに突っ込みを入れる。

「あの、ブラックデーモンて悪役じゃ」

「やっぱりダークな雰囲気って必要かなって」

「あ、そっか」

「いや、そっかじゃないよ。そいつの口車に乗せられるな。ダークな雰囲気って、俺達はヒーローだろ!」

「でもダークヒーロー的な」

「そんな重たい過去、お前に無いだろ!」

「ああ、もう!」

 初めに名乗った少女が痺れを切らして、悪人を指差し、一人で名乗りを終える事にした。

「勇気と、あと、愛と……あと、幸福と正義を守る使者、月光探偵団只今見参!」

「え?」

 名乗った少女以外が一斉に首を傾げた。

「何か凄い胡散臭い使者」

「どうして月光で探偵団なんですか?」

「最近推理小説に嵌ってるって言ってたね」

「月光は?」

「昨日ベートーヴェン特集やってたから、幻想曲風ソナタの通称から今思いついたんでしょ。安易」

 思い思いに駄目出しをしていく仲間達を睨みつけた少女は、顔を赤くして、指差す先を悪人達から仲間達に変えた。

「うるさいうるさい! 良いでしょ! 雰囲気! こういうのは雰囲気があれば良いの!」

「いや、でも雰囲気って言ったって」

「そういえば、どうして風のクローバーって名乗っちゃったの? もうその時点で鳥肌がたったんだけど」

 赤くなっていた顔を更に赤らめた少女が、気怠げにしている少女へ殴りかかる。

 その隙を突いて、悪人が背を向けて逃げ出した。

「あ、逃げちゃいますよ」

 遠慮がちな少年が悪人を指差す。殴る体勢の少女ともう一人の少年が眼の色を変えた。

「よし! 俺の必殺技で!」

「ちょっと待ちなさいよ! 私が華麗に」

 その瞬間、殴られそうになっていたやる気の無い少女が気怠げな動作で腕を振った。街灯の光に煌めく何かが悪人の足に絡まった。悪人が転ぶ。起き上がろうとして、また転んだ。よく見れば、悪人の体中を糸が絡めとっていた。もう逃げられない。悪人を捕らえた少女がスマートフォンに耳を当てる。

「あ、警察ですか?」

 その様子を、遠慮がちな少年が拍手で讃え、構えを作っていた少年と少女が呆然として眺めた。

 電話を終えた少女が面倒くさそうに溜息を吐いて言った。

「一丁上がり」

 その言葉を聞いて、呆然としていた少年と少女が電話を終えた少女に詰め寄った。

「出番取んな!」

「えー、滅茶苦茶理不尽なんですけど」


 警察の事情聴取から開放された四人は人気の無い場所で変身を解いて、帰路についた。

 結局名乗りを上げただけで何も出来なかった少女は、魔法少女から普通の少女になっている。

「もう、折角今日は私の番だったのに。それなのに先に取っちゃって」

 必殺技を出そうとして結局先を越された少年も普通の少年となっている。

「あそこは俺の必殺技で決めるシーンだったから」

「全然そんなシーンじゃなかったでしょ! 決め台詞も言ってないのに」

「そんなの要らないんだよ。そもそもヒーローは名乗らないものなの」

 言い合う少年と少女を余所に、犯人を捕まえた少女も普通の少年になっていて、分かれ道を曲がった。

「じゃあ、俺は明日早いから、ここで帰るね」

 結局何もしなかった遠慮がちな少年も普通の少年となっていて、遠慮がちに手を振った。

「あ、また明日」

「うん、じゃあね」

 二人が手を振り合う。

 いがみ合っていた少年と少女も喧嘩を止めて、去ろうとする少年を見た。

「じゃあな、律」

「うん。もう夜だから喧嘩は程々にね」

「次は絶対私がやるからね。あとちゃんと決め台詞も言ってよね」

「殺るなら一人でやって。俺は他人の振りするから。あとただでさえ女の格好して恥ずかしいのに、これ以上恥ずかしいのは御免だから」

 律と手を振って別れ、四人から三人になって、また帰り道を歩く。

 しばらくして少年が遠慮がちに言った。

「じゃあ、僕もここで」

「おう、じゃあな、仁」

「うん、また明日学校でね」

「仁君、次は絶対、格好良く登場決めようね」

「え? うーん」

「仁は嫌だって」

「そんな事無いよ、ね?」

 仁は困った様に笑いながら、二歩三歩と後ろに下がり、

「あのじゃあ、また」

結局答えずに駆けていった。

 残された二人は再び家へと向かう。

 家に向かう途中少女が言った。

「今日は久しぶりに大きい事件だったね」

「ああ、そうだな」

「私が……解決したかったのにな」

 その言葉に少年の癇に障った。

「何だよそれ。俺達は仲間なんだから誰が解決したって良いだろ。みんなの手柄なんだから」

 悪人を捕まえた律に「出番を取るな」と詰め寄った自分を棚に上げて、少年は言った。反発を予期しての言葉で、すぐさま少年は身構えたのだが、少女の反応は鈍かった。

「分かってるわよ」

 そう力無く呟いて黙りこむ。

 少年はいつもと違う少女の態度に疑念を抱いて尋ねた。

「そんなに捕まえたかったのか?」

「別に。誰が捕まえたって私達の手柄だし」

 不本意そうな様子だった。

 少年には少女の心境が良く分からなかったけれど、励まそうとして言った。

「きっと次は捕まえられるって」

 途端に少女が鋭い目付きで少年を睨みつけた。

「馬鹿じゃないの。事件は起こらない方が良いに決まってるでしょ」

「まあ、そうだけど」

「そんな、自分が活躍する為にそんな事を願うなんて、そんなの駄目。私は先輩みたいに素敵なヒーローにならなくちゃいけないんだから」

 少女の声音は苦しそうだった。心の中で何かと戦っている様だった。

「私はヒーローにならなくちゃいけないんだから。私は遺志を実現しなくちゃいけないんだから」

 何処か上の空に少女は言った。

「お前」

 少年が呼びかけると、少女ははっと気を戻した様子で、慌てて取り繕う様に笑う。

「とにかく平和にしなくちゃいけないんだから。今日みたいなのは駄目なんだからね。もっとちゃんと決めないと!」

 そうして少年の返答を待たぬまま、少女は手を上げて後ろに下がった。

「じゃあ、次はちゃんとしてよ!」

「なあ、四葉」

「何よ!」

 少年は黙る。呼びかけたものの、何と言って良いのか分からない。頑張れよというのは失礼だし、気にするなはおこがましいし、幸せになれよは変だし、髪にゴミ付いているぞはこの雰囲気にそぐわない。

 迷っている内に、焦れた四葉が背を向けた。

「もう行くからね! ばいばい!」

 吐き捨てる様にそう言って。

 何か言わなくちゃと思った少年は、走り去ろうとする四葉の背に向かって、迷った末の言葉を投げかけた。

「髪に葉っぱ付いてるぞ!」

 走り去ろうとしてた四葉がつまづいた。そして慌てて自分の髪を掻き回し、掴みあげた葉っぱをしげしげと眺めて、振り返る。

「ほんとデリカシー無いわね、馬鹿!」

「え? 俺が悪いの?」と口の中で呟いてから、少年は気を取り直して大きく手を振った。

「またな! 次までにお淑やかになって来いよ!」

「純は今日中にデリカシーを身に付けろ!」

 もう四葉の姿がほとんど見えなくなった道の先からそんな叫び声が返ってきた。

 一人となった純は些かの寂しさを思えつつ考える。

 今の生活は、思い描いていたヒーローの活躍とまるで違う。そこには人々からの尊敬も無ければ、身を削る様な苦しさも無い。死闘も救世も正義も孤独も、お話の中に見る事の出来る英雄的な要素はまるで無い。

 けれど、憧れていたヒーローとは違うけれど、純はこの温かみのある生活にそれなりの満足を感じていた。

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