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(7話) そして恐らく、これからも

 鐘はけたたましく町中に響き渡り、異変を知らせていた。

「下に戻ろう。あなたの連れの人もいるし」

 スイは、扉に手を掛けている。

 頷き、ランプを拾った。

「お前、足、大丈夫なのか?」

「怪我は治ってる。歩くのは、問題ないよ」

 階段が、やけに長く感じられた。ぐるぐると、いつまでも続くような気がした。ランプで足元を照らしながら、下りる。

「セト君! 無事だったかね」

「教授も、残念ながら無事だったみたいですね」

「それ、表現がおかしいぞ」

「すいません、つい本音が」

 アルノも一緒だった。片手にランプを持ち、もう片方の手には大きな布製の鞄を持っている。

「広場の方では、戦闘になっているみたいだ。僕は行くけど、君たちはここにいた方がいい」

 鞄には、怪我人の応急処置のための、医療器具や薬が入っているのだろう。

「こういうのは、初めてじゃないみたいだな」

「蛮族の襲撃は、しょっちゅうだ。食料の略奪が狙いだよ。町の外に畑を作っているから、格好の標的なんだ」

「それで、あのお嬢さんの出番なわけか」

 シエラの、気の強そうな顔を思い出す。

「そういうこと」

 そして、足早に裏口から出て行った。

 ここにいろ、とは言われたが、セトはそっと、その裏口から出た。何をしようと思ってのことではない。ただ、外の様子を窺うためだった。

 扉を開けた瞬間、罵声や悲鳴が耳に飛び込んできた。どれもこれも、全力で搾り出しているような声だった。馬のひづめの音のようなものも聞こえた。鐘はまだ鳴り続けていた。

 路地の隙間から、通りの方を覗き見る。火が見えた。たいまつの火だ。大柄な男たちが、広場の方へと駆けていった。それとすれ違うように、逃げ惑う人々は広場とは反対方向に走っていった。

 すぐ近くで、銃声が聞こえた。剣を合わせる音も聞こえる。とっさに腰の銃を確認しようとして、はたと思う。そういえば、所持品は全て、一旦没収されたのだった。そしてそれは、夕方彼らが捕らえられていた、別の建物に置き去りになっている。

「セト君、逃げるが勝ちという言葉もあるぞ」

 そうですね、と頷きかけたところで、不意に、はっとなった。広場とは逆の方向に逃げていた男と、目が合ったのだ。

「あ、ちょ、こっち来るなよ!」

「た、助けてくれ!」

「えええええ!」

 狭い路地を、壁に手をつきながら向かってくる。あちこち負傷しているらしい。通りを過ぎていくたいまつの明かりでは、逆光になってよく見えないが、着ているものはどこもかしこも、どす黒く濡れていた。そして、手には剣を持っている。シエラが持っていたものよりも、やや大振りだ。

「あんた、兵隊か」

 肩で息をしながら、頷く。

「あのお嬢さんの部下、か」

 と、そこで、不意に周囲が明るくなった。たいまつの明かりだ、と気づく。

「いたぞ!」

「あ、馬鹿、ぐずぐずしてるから、見つかったじゃねぇか!」

 腕を引っ張り、そのまま、入り口のドアのところで様子を窺っていたスイの方へと放り投げる。その直前、セトは彼の手から、剣をもぎ取っていた。

「剣なんて扱えるのかね?」

 スイの後ろから、顔だけ覗かせてコンラッドが言う。

「大丈夫、負けたことは一度もないですから」

「……というか、そもそも剣で戦ったこと自体、一度もないということじゃなかろうな」

 その呟きを無視して、セトは剣を構えた。相手が踊りかかってくるのを待って、思い切り振り下ろす。重い手ごたえ。相手の体重がそのまま、剣にのしかかってくる。それを、勢いだけではじき返す。鋭い、金属のぶつかり合う音が響いた。相手が一歩退く。そこへ一歩踏み込み、さらにもう一歩踏み込む―――と見せかけて、思い切りすねを蹴飛ばして、足を払った。

「うぎゃ!」

 意表を突かれて、相手は盛大に転んだ。その首筋に、剣のつかを力いっぱい振り下ろした。

「はい、終わり!」

 相手はすっかり、のびてしまっている。

 どんなもんだ、と振り返る。しかしコンラッドもスイもいない。ドアはすでに閉じられていた。

「……なるほど、逃げるが勝ち、ね」

 気絶している蛮族の男をどうするか、迷った。シエラならば殺すのかもしれないな、と思う。だが、それはどうにも気が進まなかった。かといって、縛り上げようにも、縄がない。

 結局、その手から剣をもぎ取り、そのまま放置することにした。丸腰では何もできないだろう、と判断したのだ。朝には目が覚めて、逃げるように町を出て行くだろう。

 ドアの内側では、コンラッドとスイが、見よう見まねで男の手当てをしていた。アルノがいた部屋から持ってきたらしい、包帯や薬瓶がそこら中に散らばっている。

「どいてろ」

 スイをどかして、男の傍らにしゃがみこむ。

「明かりを」

 スイは頷き、ランプを掲げた。

 頭から足までを、ざっと観察する。出血が酷い。だが、ひとつひとつの傷は、それほど深くない。うろ覚えの知識を頼りに止血し、これ以上の失血を食い止める。脈は弱く、そして速かった。呼吸も浅い。顔は、ランプの暗い明かりの中でも分かるほど、真っ白になっている。酷い汗だ。ショック症状だ。輸血する必要があるのかもしれないが、ここにそんな設備があるとは思えない。

「教授、枕持ってきてくれますか」

 それを足が高くなるように、あてがう。

「とりあえず、出来るのはここまでだな」

「大丈夫なの?」

 スイが、男の顔を覗き込む。呼吸は苦しそうだが、意識はあるようだった。時折、薄く目を開けて、こちらの様子を窺っている。

「あとは医者に任せるしかないな」

「君は、考古学者としては少々アレだが、いざというときには頼りになるな」

「教授、それ、あんまり褒めてませんよね」

 気が付くと、外の喧騒はずいぶん収まっていた。片付いたのかもしれない。

「広場の方に行ってみるか」

 スイが頷く。

「教授は、ここにいてもらえますか」

「うむ。それは、老人に対する心遣いかね?」

「どちらかというと、怪我人に対する心遣いなんですが」

 ドアを開ける。周囲を警戒しながら、外に出た。剣のぶつかり合う音は、もう聞こえなかった。セトが怪我人を相手に悪戦苦闘している間に、戦いは終わったらしい。正直、ほっとした。通りの方に目をやる。逃げ惑う人の姿もない。落ち着いている。先ほど気絶させた男が、まだ転がっている。それを跨いで、通りに出た。スイが後ろをついてくる。町のあちこちで、まだ煙が立ち昇っていた。広場の方から、怒鳴りあうような声が聞こえていた。

 セトは、先ほど使った剣を持っていた。金属の塊だ。重い。段々と疲れてきて、しまいにはずるずると先を引きずっていた。

「あいつら、よくこんなの振り回すよな」

「セトもさっき、やってたけど」

「ああ、あの一人で力尽きた。何人も相手にするのは無理」

「体力、ありそうなのに」

「一応言っとくけどな、俺、こう見えても考古学者ってことになってんの」

「学者……」

 複雑な表情。セトは、言ったことを少し、後悔した。

 広場には、大勢の人々が集まっていた。せわしなく働いている男たちが運んでいるのは、死体だった。それを噴水の周りにぐるりと並べている。町を守ろうとした人々も、襲った者たちも、より分けることなく並べていく。その傍らにひざを付き、泣き崩れ、あるいは祈るような姿勢でうつむいている人々がいる。肉親を失った人々だろう。その外側には、座り込み、あるいは横になって呻いている人々。怪我をしているらしい。彼らの間を忙しそうに動き回っているのは、アルノだった。ほかにも、何人かの女性たちが手当てを手伝っている。

 ここではまだ、戦争が続いているのだ。不意に、そう思った。歴史の上では、数百年前に終わったとされている戦争が、今も。

 広場に足を踏み入れ、その様子を見るともなしに見る。噴水の天使像の陰に、シエラの姿があった。

「じきに、夜が明けるわ」

 握った剣は、どす黒く濡れている。ふと思い出したように、彼女はそれを拭い、鞘に収めた。

「そうしたら、まずは遺体の身元確認。それから埋葬」

「慣れてんのか?」

「慣れる? まさか」

 シエラは、心外だというように、首を横に振った。

「でも、そうね、こういうことは何度もあったわ。そして恐らく、これからも」

 空が白み始めた。空気は冷たく、湿っていた。先刻までの激しい戦闘の熱を奪うように、風が静かに吹き抜けていった。

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