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(2話) 宇宙人

 声は、男のものが多い。女の声も混じっている。大声で声を掛け合い、作業をしている。そんな声だった。工事現場や建設現場を連想させる、荒っぽい声だ。

 一刻も早く、コンラッドと合流する必要がある。すでに日は傾きかけていた。夜にこんなところに一人でいるなんて、考えただけで気が滅入ってくる。足に絡みつくガラクタを乱暴に蹴飛ばしながら、無理やり歩いた。

 気が付けば、空は鮮やかなオレンジ色になっていた。熟れた果物のような、瑞々しい色をしていた。雲は風に千切られ、どこか遠いところに流されていった。際限なく広く、際限なく高い空だった。この空の向こうに、宇宙は続いている。月も太陽も、宇宙ステーションやコロニーも、全部、遮るものなく繋がっている。

 そう思うと不意に、言いようのない寂しさを覚えた。自分は今、世界の果てにいるのだ。日常から果てしなく遠く、遠く離れた場所。それが、セトにとっての地球だった。


 開けた場所に出た。広場のようだった。中央には、噴水だったらしいものがある。それはいびつな記念碑のように、どっしりと腰を据えていた。水は干上がっていたが、その淵には細やかな細工が施されている。真ん中に、天使の石像―――翼が片方、折れている。何百年も、あるいは千年以上かもしれないが、この町を見守ってきたのだろう。けれどもその目はどこか虚ろで、不気味だった。

 セトは立ち止まり、言葉を失った。

 噴水の周りを、大柄な男たちが行き来している。木材や石材や、何が入っているのか分からない大きな荷物を抱えている。

 無言で、その様子を眺める。

 彼らの服は、調査隊に支給された揃いのつなぎではなかった。自分たち調査隊以外に、地球に降り立った人間がいるとは聞いていない。

 けれども今、目の前には大勢の知らない人々がいる。それは事実だ。

 その中に、ひときわ目立つ人間がいた。女だ。くすんだ赤い服を着ている。がっしりとした男たちに、しきりに指示を出している。甲高い、よく通る声だった。

 彼女が、こちらに気づいた。

「誰?」

 その声に、周囲の男たちも一斉に、こちらを見た。

「あー、ええと……」

 どうしたものか。

 状況が、飲み込めない。

 とりあえず髪をくしゃくしゃと掻き回しながら、どう答えるべきか考えてみる。

 女は、上着の裾をはためかせながら近づいてきた。腰には剣をさしている。時代錯誤な武器だな、と思った。飾りかと思ったが、彼女はその剣に、そっと左手を添えていた。警戒している。セトも反射的に、腰の銃を確かめた。

 彼女の服装は、歴史の教科書の挿絵にでも出てくるような、大昔の軍服に似ていた。この暑い中、長袖の上着を着込んで、ブーツまで履いている。

「今日は、変な奴らがやたらと来るわね」

 変なやつら。

 一瞬にして、特定の顔が頭に浮かぶ。

「その変な奴ってのは、俺と同じような格好だったか?」

「そうよ」

「で、そいつは今、どこに?」

「わけの分からないことを言って暴れるから、ちょっと強制的に眠ってもらったわ」

 と、剣を鞘ごと掴んで、さっと振ってみせた。気絶させたということだろう。とりあえず無事ならいい。

 女は、セトの顔をじっと、覗き込んだ。

 射貫くような、強い目だ。

 彼女は、声をひそめて、言った。

「あなたも、ネビュラスを探しに来たの?」

 ドキリ、とした。

「……それは」

 一瞬、言い淀む。

「それは、さっき来た俺の仲間が言ったのか?」

「ええ。何をしに来たのかと聞いたら、ネビュラスという遺跡を探しに来たと言ったわ」

「で、あんたたちは?」

「人の町にずかずかと入り込んできて、そういうことを言う?」

「ここに、住んでいると?」

「そうよ」

「地球に? ずっと?」

 セトはリュックをどさり、と地面に置きながら、ぐるりと広場を見渡した。相変わらず男たちは重そうな荷物を担いで、せわしなく行き来している。

「その言い方からすると、ひょっとして……宇宙から来た、ってことかしら?」

「こっちの情報では、地球には数百年来、人間は住んでいないことになってるんだけどな」

 しかし、これだけの人間が生活していれば、衛星写真からそれを捉えることは可能だ。衛星写真の精度は、地上にいる動物が、起きているのか眠っているのかまで判別することが出来る。

 情報は、隠蔽されていたと考えるのが妥当だ。なぜか、と考え、すぐに合点がいった。調査隊が派遣された目的は、最終的には地球へ移住することだ。先に地球上で生活している人々がいるなら、彼らとの間で厄介なもめごとが起こることは容易に想像できる。それを、ぎりぎりまで避け続けるつもりなのかもしれない。

 女のほうから見れば、彼は数百年ぶりに地球にやってきた人間だ。彼女は、しばらくそれについて考えるような素振りを見せた。じっとこちらを見たまま、首を少し傾け、片手をそっとあごに当てて。

 そこへ、不意に別の声が割り込んできた。

「シエラ将軍!」

 大柄な男が、走り寄ってくる。

「何者でありますか?」

「宇宙人」

「はい?」

 困惑するその大男に、彼女は表情を変えずに言った。

「とりあえず捕らえなさい」

「は!」

「ああ?」

 慌てた。明らかに穏やかではない。

「ちょっと待った! 怪しい者じゃねぇって!」

 けれどもそんな抗議の声は、あっさりと無視されてしまった。数人の男たちが、荷物を運ぶ手を止めて集まってくる。

 そして、見事な手際のよさで、彼は縛り上げられてしまった。

「おいおい、縛っても何も出ねぇぞ!」

「いいから、とりあえず大人しくして」

 女が、耳元で言う。

「手荒な真似はしないから」

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