表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

(11話) 遺跡になったんだよ

 相変わらず、村には女性二人の姿しか見えない。畑で、何かしている。収穫しているというよりは、作物の具合を見ているという印象だった。ネビュラス内部は、明らかに外の世界とは違う。色々と、調べているところなのかもしれない。

 スイが管制塔と言っていた建物は、村の奥にあった。人目でそれと分かる建物だ。村の家々が、まるでおとぎ話に出てくるような石造りの家であるのに対して、コンクリート造りの近代的な建物だった。外壁は綺麗に白く塗られていたが、窓ガラスは割れていたり、ヒビが入っていたりしている。それが、ひと月前に起こった出来事の断片を語っていた。

 先にシエラたちが管制塔に入っていった。相手に気づかれるのではないかと思ったが、彼女たちは、セトが考えているよりもずっと、慎重だった。家や木々の陰から陰へ、身を隠しながら足早に進んでいく。それを見送って、セトはスイの方を振り返った。

「で、俺たちは?」

 三人は完全に非戦闘員扱いで、置いてけぼりをくらってしまった。確かに、武器を持っていないスイと、中身はともかく見た目はひ弱な老人であるコンラッドは、足手まといと思われても仕方がない。拾った剣を、重そうにずるずると引きずっているセトも、彼女の目から見れば、頼りなかったのかもしれない。あるいは、ほかの二人の護衛として残したのかもしれないが、いずれにせよ、主戦力に加えようとは思わなかったらしい。ありがたい話だ。

 そもそも、遺跡だと思っていたものが、こういう形で目の前に現れるとは思っていなかったのだ。うち捨てられて、朽ち果てた何かを想像していた。こうして畑があり、人が暮らし、そしてそこで生々しい争いが続いているなど、考えてもいなかった。

 辿り着けたとして、自分は何をしたかったのだろうと、ふと思った。想像どおりの、朽ち果てた遺跡だったとして。時の流れを感じて感慨にふけるのか、何も得るべきものはないと項垂れるのか。

 浅はかだったと、内心認めた。

 時間は途切れなく流れ、戦争は形を変えて続いているのだから。

 三人はシエラたちが通った後を辿るように進んだ。ひとまず、小さな家の陰に身を潜める。

「本当に、誰もいないのか?」

 窓を覗き込む。物音はない。裏手に回って、そっとドアを開けてみた。鍵は、壊れていた。中に入ろうとして、不意につなぎの脇腹の辺りを引っぱられた。スイだ。

「どうした?」

 小さく、首を横に振った。

 ふと、いやな予感がした。恐る恐る、中の様子を窺う。匂いだと、気づく。奥の方から、不快な匂いが漂っていた。

「セト君」

 コンラッドが、たしなめるような声で、彼を制する。

「見ない方がいいかもしれん」

 腐臭だ。

 袖で鼻を覆い、奥の部屋を覗き見る。

 絶句した。

 赤黒いペンキでもぶちまかしたようだった。血液だ。それが、床をべっとりと覆い隠している。からからに乾いて、表面は小さくひび割れていた。その中央に、人が二人。中年の男女だ。女の上に、男が覆いかぶさるように倒れている。夫婦だろうか。男性が、女性を庇うように抱きしめたまま、時間が止まっている。ただ腐敗だけが、ひと月という、時間の流れを物語っていた。かなり進んでいて、どす黒い内臓が見えていた。飛び出した骨が、場違いなほど白く目に飛び込んでくる。セトは、胸の真ん中あたりに、何か異物でも押し込まれたような不快感を覚えていた。吐き気だと、ふと気づく。それを強引に飲み下し、スイの方を見た。

「ほかの家も、こんなんか?」

 スイはうつむいたまま、頷いた。その顔は、初めてあの診療所で顔を合わせたときの、虚ろな表情を思わせた。それが、セトを不安にさせる。

 そこへ、遠く罵声が聞こえてきた。シエラたちだろう。外に出て、管制塔の方を見る。外からは、中の様子は分からない。建物の中では、すでに戦闘が始まっているようだった。

「今のうちに」

 スイが、先頭に立って歩いた。よく見ると、庭の畑は酷く荒らされていた。作物は片端からもぎ取られ、あとは無残に踏み躙られている。蛮族が足を踏み入れる前は、よく手入れされた畑だったのだろうと思うと、やりきれなかった。荒らされたまま、一か月もそのままになっているのだ。もう、耕す者はいない。

「取るものだけ取って、あとはいらねぇ、って感じだな」

「管制塔は食料庫も兼ねているから、そっちに惹かれたんだろうね」

 周囲を警戒しながら、遠巻きに、管制塔の建物を一周してみる。入り口は二つ。ひとつは正面玄関。ありふれた近代ビルの自動ドア。ガラスが割られ、飛び散っている。もうひとつは、裏手にある通用口。こちらは、ドアが閉まったままだった。鍵もかかっている。シエラたちは、正面から入ったのだろう。

「裏口から入ろう」

 扉の横に、セキュリティ装置が取り付けてある。暗証番号で開く、古典的なものだった。スイがテンキーに番号を打ち込む。慣れた手つきだった。重い金属製の扉を、わずかに開ける。中の様子を窺う。そして、こちらを見て一度、頷いた。大丈夫、ということだろう。

「あなたが考古学者だって聞いて、似合わないと思ったんだけど」

 スイは唐突に、そんなことを言った。

「実は俺もね、こう見えて、科学者なんだ」

「科学者?」

「この管制塔で、情報管理を担当していた。だから、ネビュラスのことはきっと、誰よりもよく知っている。ここの内部構造も、それを維持するための技術も、これまでの歴史も、どんな人がいたのか、どんな生活をしていたのか、どんな作物が作られていたのか、そんなことも、全て」

「そういう重要なことを、しれっと黙っていたわけだ」

「そうだよ」

 スイは笑った。セトも、呆れ半分に笑う。


 セトが、まず中に入った。

 薄暗い廊下が延びている。その両側に、味気ない白い扉が並んでいる。それを見て、セトはなんとなく、ほっとした。それは彼にとって、見慣れた、ごく普通のビルの内装だった。味気ない、古びた安い貸しビルを思わせた。

「奥に、エレベーターホールがある」

 スイが言った。

「そこから、地下に下りるんだ」

「地下?」

 今いる場所も、すでに地下だ。

「まだ、下に何かあるのか?」

「そこが、ネビュラスの本体。多分、ここを襲った奴らも、そこまでは辿り着いていないはず」

 まっすぐな一本道の廊下なのに、人の姿はなかった。声は、上の方から聞こえてきていた。怒鳴り合うような、激しい声だ。

「みんな、上にいるみたいだね」

 エレベーターは全部で三基、並んでいる。どれも一階で止まっている。シエラたちは、階段を使ったのだろう。そもそも、エレベーターというものを知らないのかもしれない。

 一番左の籠に乗り込む。ボタンの下に、少し見ただけではわからないような、小さな扉があった。それを開くと、そこにまた、テンキーがある。それをスイが操作する。

「ここから下は、セキュリティエリアだよ。ここにいた人たちの中でも、限られた人しか入れない」

 籠はゆるやかに、下降を始めた。

 長い、長い下降だ。どれだけ、何階分だけ降りたのか分からない。

「あの人たちは、もう、ネビュラスを見てしまった」

 スイは、静かに言った。

 ふと盗み見た表情は、笑おうとして失敗したような、そんな顔だった。

「どんな風に、映ったんだろう」

 それは、最初に襲撃した蛮族も、シエラたちも、同じだろう。廃墟の中で、細々と命を繋いで生きる人々にとって、どう見えたか。様々な作物が実り、鳥や虫が飛び交い、木々の生い茂るこの小さな世界が、どれほど眩しく映ったのか。

「でも、もう、ネビュラスは失われたんだ」

 その声に、絶望はなかった。

 強い、強い意思だけがあった。

「俺たちはずっとここを守り続けてきたけれど、みんな死んでしまった。ネビュラスはもう抜け殻だ。―――遺跡になったんだよ」

 エレベーターは下降をやめ、扉が静かに開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ