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(10話) あなたを信じる

「町を捨てることにしたの」

 歩きながら、シエラが言った。

 先刻襲撃してきた集団は、どこかに散っていった。

「私たちは、次に落ち着く町を探すための、先発隊ね」

「あそこはもう、何度も蛮族の襲撃を受けている。蛮族も、分かっているんだろうね」

 先発隊とやらの中には、アルノもいた。怪我人が出ることを見越して、加わったのだろう。彼は小さな馬を牽いている。その背に、布の袋がいくつも括り付けられていた。持てるだけのものを持ってきたような、巨大な荷物だ。セトはそれを見て、馬が重さで潰れてしまわないかと思った。彼以外は、どうやらシエラの部下の兵士たちのようだった。みな大柄で、腰に剣を下げている。それぞれが馬を牽き、どの馬も、医者のそれと同じように、潰れそうなくらい巨大な荷物を背負っていた。空いている方の手に各々たいまつを持ち、夜風の中を歩いた。

 誰も、何も言わなかった。無言で歩き続けた。大勢の人々が亡くなり、今度は畑や町を手放すという。失うばかりの生活を、受け入れかねている。そんな沈黙だった。どこまでも続く瓦礫の山が、彼らをさらに憂鬱にさせていた。

 求めるものがあるのは幸せだ。不意に、セトはそう思った。求めることにすら絶望する世界が、ここにはあるのだ。


 夜が明ける頃に、海に出た。町の残骸は唐突に終わり、代わりに海原が目に飛び込んできた。

 みな、足を止めた。その目が、一斉に水平線に引き込まれた。

 セトは、息を呑んだ。初めて見る海だ。

 それは果てなく続いていた。水平線はわずかに弧を描き、この星がまぎれもなく球体であることを表していた。そこに、太陽が昇る。金色の光が押し寄せ、瞬く間に全てを支配する。強い光だ。自分の内側の、もっとも深い部分すらも射抜くような、鋭い光だった。

 これが、世界だ。そう、唐突に理解した。

 彼のすぐ隣で、スイも同じように、言葉を失っていた。

 その光は、何かを求める強さを揺り起こす。

「暑くなる前に、出来るだけ進むわよ」

 シエラの声に、力があった。

 海岸線に沿って歩く。砂浜と瓦礫の境目。太陽の光は、遮るものなく、彼らを照らした。

「なんか、成り行きで同じ方向に進んでるけどよ」

「何よ」

「お前、さっき、次の町を探すって言ってなかったか?」

「そうよ」

「………」

「うむ、まあ助かったのも事実だ。先刻の件については、素直に例を言わせて貰うよ。何分、セト君はこういうことには不慣れでな」

「……俺だけの責任ですか」

「責任とか言うもんじゃないぞ。君もいい年した大人なんだから」

 スイは何も言わなかった。ただ黙々と歩き続けた。その目は、遠く水平線に向けられたまま、離れなかった。

「あの写真は、ネビュラスの入り口なんだ」

 スイはセトの耳元で言った。ほかの誰にも聞こえないような、小さな声だった。

「もうすぐ見えるから」

 セトは海に目をやった。

 それは彼の言葉通り、まもなく目にすることが出来た。セトは頭の中で、写真の中の景色と重ね合わせた。砂浜と岸壁。押し寄せる白い波。ここで、あの少女は笑ったのだろうと思うと、不思議な気持ちがした。あの写真は数百年前のものだ。しかし、あの笑顔は本当に、数百年前に失われてしまったのだろうかと、思った。

 岸壁に、狭い洞窟がある。満潮になれば、波が届いてしまうのではないかと思うほど、波打ち際のぎりぎりのところにあった。

「どういうこと?」

 何も言わず、スイは洞窟の奥へと歩いていく。セトとコンラッドがそのあとに続いた。シエラは、馬を傍らにいた男に預け、二言三言言葉を交わした後、三人についてきた。ここで待っていろ、とでも言ったのだろう。残りは、洞窟の入り口に留まった。

 風の音と、波の音が、岩壁に反響していた。心地よく、そしてどこか不気味な音。だがそれは、唐突に終わった。

「これは……」

 岩壁は急に、つるりとしたコンクリートの壁に変わった。見慣れた蛍光灯の明かりが、場違いな明るさを与えていた。

「シェルターか」

 セトはふと、様々なことが繋がった気がした。

「孤立した町に残された人々が逃げ込んだ地下シェルター。それが、ネビュラスの正体か」

「シェルター?」

「空爆から逃れるための施設だ。戦中はあちこちに大規模なのが造られた」

「うむ、それならば、地図に名前が載っていないのも、存在自体が終戦間際まで秘匿されていたことも、納得できるな」

 シエラは、顔をしかめている。知らない単語が出てきたことで、置いてけぼりを食らっているような印象だった。いちいち説明するのも面倒で、セトは先に進んだ。

 コンクリートむき出しの通路に、やがて下へと続く階段が現れた。狭く急な階段だ。まず、セトが下りた。スイの話では、ここは今、蛮族が占拠している。これまで経験した二度の戦闘を思い出し、手のひらに嫌な汗をかいた。その手で、昨晩拾った剣を握りなおす。銃よりも役に立つだろうと思い、そのまま持ってきたのだ。

 後ろに、スイが続いた。そして、コンラッド、最後がシエラ。

 足元は暗く、階段は思いのほか長く続いていた。深い。

 階段を下りきったところは、またコンクリート造りの通路になっていた。階段と同様、人ひとりがようやく通れる幅。下りてきたそのままの順番で、四人は歩いた。ドアも、当然窓もなく、真っ直ぐに続いている。天井には人工の明かりが、等間隔で並んでいた。シエラはそれを物珍しげに眺めている。セトにとっては見慣れたはずの人工物だが、今は、ひどく場違いなものに見えていた。


 突き当たりに、ようやく扉が見えた。重苦しい扉だ。壁の端から端まで占めるほどの大きさで、頑丈な金属製だった。

「この奥に、例の蛮族がいるのね?」

 スイに向かって、確認する。

 すぐ向こうに見張りがいる可能性もある。

「どうするんだ?」

「外にいる仲間を呼ぶわ」

「こんな狭い通路を、あんな大勢で一気に入ってこられるわけねえだろ」

「全員を入れるわけじゃないわ。上の荷物を見張っている必要もあるし」

「全員で引き返すのか?」

 シエラは片手をあごに当てて、少し考えていた。

「ちょっとそのドア、開けてみて」

「あん?」

「こっそり様子を見て、まずそうだったら一旦全員で引き上げる。行けそうだったら、私が応援を呼んでくるまでここで待っていて。一人の方が、早く戻ってこられるから」

「俺が開けるのか?」

「私やこの子やこの人に開けさせるの?」

「………」

 とりあえず、ノックしてみる。だが、これだけ重い扉では、そもそも向こう側に届いているかすら分からない。

 取っ手に手をかけ、ゆっくりと押してみる。びくともしない。

「引くんじゃないの?」

「こういう扉は押すもんだろ」

「それもそうね」

 侵入者を防ぐ扉だ。こちら側に引く扉だったら、向こう側から押さえて侵入者を食い止めることができない。

 四人がかりで押す。わずかに、手ごたえがあった。手を緩めずに、押し続ける。体中が熱くなった。額の汗をぬぐいながら、なおも扉を向こうへ押す。

 やがて、不意に抵抗は小さくなり、頑丈な蝶番が静かに回った。

「開いた……!」

 そして扉の向こうに目をやり――セトは、絶句した。想像していたものとは、ずいぶん違っていた。

 村だ。

 石造りの小さな白い家が転々と建っている。それを取り囲むように畑があり、とうもろこしや南瓜やトマトが実っているのが見えた。雑木林があり、鳥の姿も見えた。小川が流れ、水車が緩やかに回っていた。

「これが、シェルターか?」

「ここ、本当に、地下なの?」

 思わず、そう漏らした。

 上を見上げれば、膨大な数の電灯が光源であることが分かった。先ほどの洞窟内の明かりも、蛍光灯のようなものだった。電気が通っているということは、発電施設があるということだ。そして、こういった灯かりを使い続けるということは、それを作るだけの技術と設備があるということだ。それは、シエラたちの生活レベルからは考えられない。ここは数百年、地球上に残ったほかの人々とは接触してこなかったのだ。


 人の姿が見えた。女性が二人、畑で何かしている。向こうを向いているせいで、何をしているのかまでは、分からない。こちらには気づいていないようだった。

「どうする?」

「先手必勝よ」

 それじゃあ蛮族と変わらないじゃないか、とも思ったが、セトはその言葉を飲み込んだ。

 背後から、足音が聞こえてきた。話し声も。

「……入り口で待っているように、言ったのに」

 シエラが呆れ顔で呟く。地上に残してきた、彼女の仲間のようだった。

「隊長!」

「馬鹿、なに大きな声出してるの!」

「す、すみません!」

 セトは思わず、畑にいる二人の女性に目をやった。こちらの声が聞こえたのではないかと思ったが、杞憂だったようだ。相変わらず向こうを向いたまま、こちらに気づいた様子はない。

 やって来たシエラの仲間は、ざっと十数人。半分というところだろうか。あとの半分は、地上で荷物番をしているのだろう。

「お一人では危険です」

「……それも、そうなんだけど」

 と、視線を扉の向こうに向ける。

 そこには、あまりにも平和な田園風景が広がっていた。

「さて、どう攻めようかしらね」

 片手をあごに当てて、シエラが呟く。

「ここからだと、扉の陰になって見えないんだけど……」

 不意に、スイが言った。

「村の真ん中に、管制塔の建物がある。あそこさえ取り戻せれば……」

 シエラが驚いて、彼を見る。

「あんた、喋れたの?」

 セトも驚いて彼を見た。スイは、喋れなかったのではない。喋らなかったのだ。彼女らと言葉を交わすことを、拒んでいたのだ。それを知っているからこそ、驚いた。

 けれどもスイは、周囲の驚愕を受け流し、続けた。

「こちらに気づかれる前に、管制塔を奪うんだ」

 シエラは眉間に皴を寄せながら、しばらくスイの顔をまじまじと見ていた。少し考え、口を開く。

「いいわ。あなたを信じることにする」

 集まった仲間の顔を、ひとりひとり、順に見渡す。

「まずは、ここの制圧が先。そこから先の話は、そのあとでしましょう」

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