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鳴ノ海の物語  作者: プラスイオン
春‐夏
5/11

四 王都

四 王都


 ミヤが同行したレーネ村長一行が王都へたどりついたのは、誕生式典の前日の昼だった。王都は明日の式典をひかえ、お祭りまえのような高揚感に満ちていた。

 農村のレーネとは違い人通りも多く、行き交う人は皆、明日の式典のことを口ずさんでいた。


「すごいな。おれ、ここに住みたい!」


 目を輝かせてそう言ったのは、ソジの親友でミヤと同じように同行させてもらっている、ノキだった。

 ノキはむかしから駆けっこが得意で、村のひとまわり大きい子にも劣らないくらいの俊足の持ち主だ。本人の話では、妹とけんかをするたびに追いかけ逃げ回り、自然と足が鍛えられた……とか。


 それが事実なのかはだれにもわからないが、たしかに時々、妹と家のまえを駆けまわったり母親に追いかけられているところを見かけることはあった。けれどノキはいつも、その自慢の足で妹や母の目を眩ませていた。


「宿へ荷物を置いたら、好きなところへ連れて行ってやるぞ」


 ソジの父が、興奮しているノキに言った。


「あそこに見えるのが王宮?」


 高い丘のうえに天を突くようにそびえ立っている重厚な建物を指さして、ミヤが言った。


「そうだ、あれが王宮だ」


「さすがに大きいなぁ、おれの家とは大違いだ」


 隣で感嘆の声をあげるノキに、ソジが言った。


「ばか、レーネの家と比べるやつがあるか」


 二人の言うとおり、王宮どころか王都の家々は皆レーネよりも立派できれいな家ばかりだ。やはり王都とどこにでもある農村では、暮らしの環境も全く異なるようだ。


「あの王宮も、戦をしていたときには結構な被害がでたそうだ。けれどそれでも、いまの帝は傷ついた兵をたくさん受け入れられた。戦が終わったあとも、国民の生活を優先してしばらく建物の再建はしなかったそうだよ」


 まだ若く物知りな村長の話を聞いて、ミヤたちは感心した。


(シギアの帝はやさしい方なのね)


 冬の雪空の色をしている王宮を見つめながら、ミヤは明日の式典を待ち遠しく思った。



「皇女さまはなんて名前なの?」


 ノキが王宮を見あげながら、ソジに聞いた。


「イナ、っていうんだって」


 イナとは、シギアの古い言葉で〈平和〉という意味をあらわす。

 戦中に帝の座につかねばならなかった帝は、きっと娘の名前に未来のシギアの平和を託したのだろう。



 宿へ荷物を置くと、ソジの父は王宮のまえの広場に連れて行ってくれた。その広場〈サベルダム(中央)広場〉は、王都で行われる様々な祭儀の会場となるところで、レーネの広場の何十倍もある。

 明日の式典にそなえ、すでにたくさんの出店が立ち並び、広場は人であふれていた。


「はぐれないように、気をつけろよ」


 背の高い大人たちに囲まれて身動きがとれなくなっていたとき、まえのほうからソジの父の声が聞こえてきた。

 するとその声に、どこからか答えるノキの声がした。


「おじさん、ちょっと早いよ」


 さすがにこの雑踏のなかではノキの俊足もお手上げのようだ。

 ミヤも必死に皆からはぐれないように、時々ちらっと見えるソジの父の頭を追っていった。

 

 だが、しばらく歩いてからのことだった。見失わないようにと注意しながら歩いていたものの、気がついたときには、ミヤはあっさり広場の隅で一人、たたずんでいた。


(どうしよう、皆を見失ってしまった)


 宿の場所がわかっていたからいいものの、ソジたちは自分のことをさがしているかもしれない。

 ミヤは必死に辺りを見回し、ソジたちが気づいてくれるようなどこか目立つところはないかとさがした。しかし、目立つといえば一般の人は立ち入れない王宮へとつづく坂のうえのほうだけだった。



 途方に暮れて宿へ帰ろうか迷っていたとき、ミヤのまえに一つの影が止まった。

 はっとして顔をあげると、そこにはこっちを見て立っているギンのすがたがあった。


「ギン……!」


 ミヤが驚いていると、ギンが言った。


「友達とはぐれたの?」


 ミヤは小さくうなずいた。


「ギンも来てたのね」


 すると、ギンはいつものように落ち着いた声で言ってきた。


「おいで、こっちだ」


 ミヤはギンに言われたとおり、あとをついて行った。


 ギンははぐれないように、何度もミヤのほうを振りかえっては、足を止めてくれた。

 そんななかで、こんなときに悪いとは思いつつも、ミヤはギンに言ってみた。


「ギン、夏祭り……来れなかったね」


 するとギンは、すぐに答えた。


「行ったよ。けど、ミヤはほかの子と一緒にいたから、悪いと思って帰ったんだ」


(ほかの子……ソジ?)


「あ……」


 ミヤは頬を赤らめた。


「ソジは友達だから、来てくれてよかったのに……。ごめんね」


 ギンはそれを聞いても、何も言わないまま、どこかへむかってさらに人ごみのなかをかき分けていった。


 ギンのあとを追っていたとき、ふいにだれかに手首を掴まれてミヤはうしろを振りかえった。ソジが息を切らしながら、立っていた。


「ソジ!」


「こっち」


 ミヤの言葉を遮り、ソジは手首をひいて方向を変えて歩きだした。


「待って、ソジ」


 ミヤは慌てて振りかえり、ギンのすがたをさがした。

 けれど、さっきまでミヤを見失わないように気にしながらまえを歩いていてくれたギンのすがたは、どこにもなかった。


「なにしてるんだよ、早くこいよ」


 ソジはイライラしながらそう言うと、ミヤの手をつよく引っ張った。


「あ、ごめん」


 ミヤはギンのことを気にしながらも、仕方がないのでソジのあとをついていった。



 ソジのあとをついていくと、ソジの父とノキが出店のそばの休憩所でなにかを食べているのが見えた。

 二人はこっちに気づくと、手を振ってきた。


「おいミヤ、どこ行ってたんだよ。一人で見に行くなよ。ずっと、ソジがおまえのことさがしていたんだぞ」


 ノキが呆れた顔をして言ってきた。

 ソジの父は、いいさいいさと笑って、なにか食べるかと訊いてきた。


「ごめんなさい」


 ミヤは顔をまっ赤にして、ソジたちに謝った。


「いいよ、別に」


 そう言うとソジは、父にあれが食べたいと言って、焼きものを売っている出店を指さした。意地悪だけど、ほんとうはソジはすごくやさしい。

 首筋にうかんでいる汗をぬぐっているすがたを見ながら、ミヤは思った。



 結局その日はずっと、日が沈み宿へ帰るころになっても、ミヤはギンのことが気になって仕方がなかった。


(悪いことしちゃったな)


 夏祭りのときのように、ギンはソジを見てわざといなくなったのかもしれない。

 ミヤは、そっとため息をついた。

 夏祭りにギンが来てくれていたことに、ミヤは全然気づかなかった。すぐに気づくように、注意していたのに……。


 ミヤは後悔の念でいっぱいになりながら、ソジたちと歩いて宿へむかった。



 まえを歩くソジの父とノキの声を聞きながら、ミヤは、紅く燃える空の下で黒くうかびあがっている遠くの山々を見つめていた。


「あの山、大きいね。なんていうのかな」


 ミヤがそう言うと、隣を歩いていたソジもその山々に目をむけた。


「あれはワール山脈だよ。あの山を越えると隣の国にでるんだ」


 さすがにソジは父親と何度か王都に来ているだけあって、自分やノキよりも王都のことには詳しかった。

 感心しているミヤに、ソジはさらにつづけた。


「レーネまで流れてくる鳴滝川は、あの山から流れてくるんだよ」


「え、鳴滝川が?」


 ミヤは口を開けたまま山を見つめ、つかの間忘れかけていたギンのことを思いだした。

 いままであの川の水がどこから流れてくるかなど、考えたこともなかった。


(あのきれいな水は、あの山からくるんだ……。ギンは知っているかな)


 ミヤは陽に浴びて光り、うねるように流れていた川を思いうかべた。

 じっと、動くわけでもないその黒い山を見つづけていると、時折りシギチョウが群れをなして夕焼け空を縫うようによこぎっていった。



「ソジは、鳴滝川に行ったことある?」


 ミヤにつられて山を見ていたソジは、ぱっとこっちに視線をむけると、首をふった。


「鳴滝川には行くなって、まだじいちゃんが生きていたときよく言っていたからね」


 それを聞いて、ミヤも目を丸くして言った。


「わたしのおじいちゃんも! あそこの川は、なにかがなにかを喰らうからって」


 ミヤがそう言うと、ソジは瞬きをしてすこし考えてから、なにかを思いだすように頭を掻きながら言った。


「そういえば、そんなこと言っていたっけ。人を喰らうやつがいるって」


「人を?」


 一瞬、背筋を冷たいものが走るのを感じた。

 まさか人を喰らうものがいたなんて思ってもいなくて、はじめてあの穏やかに流れる川に、恐怖をおぼえた。


「なにが人を喰らうの? 獣?」


 全身が耳になったかのように高まる自分の鼓動を聞きながら、ソジの顔をそっとのぞきこんで言った。

 するとソジは、急に顔色を変えて聞いてくるミヤを見て笑った。


「ばかだなぁ、ほんとにそんなのがいるわけないだろう。どうせ、川に落ちたら危ないからって、嘘をついてるんだよ」


 ミヤは口を曲げると、自分を見て笑っているソジをにらみつけた。真剣に訊ねているのに、ソジはまだ笑っている。


「それで、おじいちゃんはなにが人を喰らうって言っていたの?」


 すこしいじけた顔をしながら、ミヤはもう一度訊き直した。

 すると笑い飛ばしても珍しくしつこく聞いてくるミヤに、ソジは苦笑をうかべながら言った。


「ナリノカミだよ」


 息が止まった。ソジの口からでてきたのは、想像もしていなかった言葉だった。

 ミヤは肩を落とすと、深いため息をついた。


「ナリノカミは小正月のお祭りのことじゃない。お祭りが人を喰らうなんて、はじめて聞いたわ。ほんとうにそう言ったの?」


「うん、たしかね」


 呆れて聞いてくるミヤに、足元に転がっていた小石を蹴りながら、ソジはさも面倒くさそうに答えた。これでは、真実かどうかはわからない。


(もう一度、おじいちゃんにちゃんと聞いてみよう)


 ミヤは心のなかでそう決心すると、まえを歩いているソジの父の、大きな背に目をむけた。

 ノキと並んで、楽しそうにきょうのことを振りかえりながら歩いているそのすがたは、まるで親子のようだった。


(お父さんは、どんな人だったんだろう)


 母がレーネの人ではないように、父もきっと、レーネの人ではない。赤ん坊の自分を、見知らぬ村に一人置き去りにしなければならなかった父と母に、一体なにがあったのだろう……。

 ミヤは、隣で自分の顔を不思議そうに見てくるソジの視線に気づくことなく、ずっと二人の背を見て歩いていた。



 王都の夜の訪れは、レーネよりも早かった。レーネでは村の至るところに、七色の池の水をつかった灯火(あかりび)が灯されていて、日が沈んでからも表を通る人の声が時々聞こえてきていた。


 けれど、王都では式典の前夜だというのに、宿のあたりまで来ると人影は消え、灯火も炭を用いたものが所々にぽつんとあるだけだった。

 立派な民家も、窓のむこうは薄暗い家ばかりで、寝静まったようにしんとしている。


(これが、ソジの言っていた王都の暮らしなのかな)


 宿に帰り、でてきたご馳走を食べながらミヤはぼんやりと考えていた。

 王都では、レーネではあたりまえにつかわれている灯り具が、外でも宿のなかでも、全くつかわれているようすがない。皆燃える水のかわりに、少ない炭や薪を無駄のないようにつかって、細々とした灯りのもとで暮らしているようなのだ。


 ミヤがそのことに気づいたことを察したかのように、むかいに座っていたソジが目で合図をしてきた。

 ミヤは黙ってうなずくと、ソジの父やノキに気づかれない程度に、微笑んでみせた。


 夕餉や風呂を済ませると、四人は明日の式典にそなえて、早く床についた。

 窓から差しこむ月明かりに照らされて、ぼんやりとうかんでいる天井を見あげながら、ミヤはきょう一日のことを振りかえった。


 ギンはあのとき、どこへむかっていたのだろう。もしかしたら、ソジのいるところへ連れて行ってくれていたのだろうか。

 きょうはだれと来て、どこに泊まったのだろう……。


 そんなことを考えていると、いつの間にか、ノキやソジの父が寝ているほうから静かな寝息が聞こえてきた。

 その音に耳を澄ませながらミヤも眠ろうと目を閉じたとき、隣で横になっていたソジが、ささやくように言ってきた。


「あしたは、はぐれないように気をつけろよ。もうおれ、さがさないからな」


 ミヤは昼間、ソジが自分をさがしてくれていたということを思いだし、改めて礼を言った。ソジはなにも言いかえさずに、くるっと寝返りをうった。


 それを見てミヤも目をつぶった。そしてすぐに、長旅の疲れもあって深い眠りに落ちていった。


        □


 ミヤたちが広場へでかけていたころ、宮のなかでは明日の式典をまえに、小さな宴が開かれていた。豪華なご馳走が、きれいに磨かれた台のうえに整然と並べられている。

 ひときわにぎわっている人だかりの中心には、まだ生まれたばかりの赤ん坊――皇女イナが、母に大事そうに抱かれている。


「よかったわ、無事に生まれてくれて」


 ご馳走の並べられた台のまえに腰かけていたセンリの隣で、ミカリ言った。


「そうだな。母上も安心しているだろうね」


 父と母が結婚したのは、早いものでもう六年もまえのこと。母はこの六年という長い月日を経て、やっと待ちにまった我が子を、こうして抱くことができたのだ。

 ほんとうは、もうすこし早く生まれるはずだったのかもしれないけれど……。


 父と母を見ながら、ミカリが暗い目をして言った。


「また流れてしまったら、どうしようかと思ったわ」


 センリは、それを聞いてわずかに苦笑をうかべると、無理やり話を変えて言った。


「あしたは国中の長たちが宮に集まるけれど、テルサの長と話をしてみようか」


 するとミカリは、一瞬だけこっちを見ていつものミカリの顔にもどったが、やはりイナのことが気になるのか、また暗い目をしてイナのほうに目を戻してしまった。返事も上の空である。


 センリはやれやれと息をつくと、目のまえの料理に手をつけた。鳥の肉を、丸ごと蒸してタレをかけた料理だった。


 いつもは舟渡りをして獣の身体を借りるセンリだったが、こうして料理にだされれば、なんでもおいしく食べた。心のなかでは、悪いとは思いつつも……。

 ミカリにも、むかしはよく突っ込まれたものだ。


「もし獣になっているセンちゃんが捕まえられて、料理になってわたしの口に入ったら嫌だな」


とか、冗談でもないことをよく真顔で言っていた。


(そんなの、こっちだって嫌だい)


 センリはミカリの言葉を思いだし、心のなかでつぶやいた。


 センリがご馳走に手をつけだすと、ミカリも一緒に食べはじめた。むかしは好き嫌いが多くて大変なようだったけど、いまはしっかりなんでも食べられるようになっていた。

 そんなミカリを見て、センリは言った。


「ミカリは、やっぱりこの六年で成長したみたいだね」


 それを聞いてミカリは顔をあげると、得意げに言った。


「まぁね。わたしも、センちゃんのお母さまみたいに立派なお嫁になるのだから」


「お嫁?」


「そう。わたしももう少ししたら、お見合いをしていいお嫁になるわ」


 ミカリはいつも通り、にっこりと微笑んだ。


(そうか、ミカリは見合いをするのか……)


 結婚をしたら、ミカリはまた空白の六年間のように、宮には顔を見せなくなるのだろう。

 ミカリはどんな人と結ばれるのだろうか。見合いということなら、ヤンダンの勧めかなにかで、武術に優れた者とでも結婚するのだろうか。


 いずれにしても、ミカリの相手は大変だろうなと思いつつ、センリはこっそり胸に寂しさをおぼえた。

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