第一部 第五話 黄泉返り―。④
司はお葬式の式場に向かった。そこは、天承寺というお寺で、この村で唯一の神社仏閣である。宗派は、どういう訳か分からないので、司にしては胡散臭いお寺であると思っていた。しかし、このお寺は、死んだ両親の親友である天承雅門という住職さんが、サラサラな髪の毛をなびかせて行っているので、彼にその事実を口に出して聞いたことは結局無かった。雅門おじさんと普段呼んでいるが、どういう訳か、彼は今、経を読んでいるが、彼の深みのある声を聞いていると、どういう訳か、自分が何処か別の世界に行ってしまったような気分にさせられ、彼が全くの他人のように感じてしまう。普段は、自分と遊んでくれる優しいおじさんであるのに。
その感覚を感じるのが嫌なのと、自分の両親の葬式を思い出すからお葬式とやらが司は大嫌いだった。それゆえに、このお寺の存在も嫌いというよりも許せない気持ちにさせられて嫌だった。普段は行きたくないが、望や呼詠観に連れられて付き添いの名目の元でないと、今日のお葬式にも来なかっただろう。
司はふと、あることに気付いた。両親が死んでから最初の村の人間が死ぬまで、誰のお葬式も行われていなかった事実だ。これは異常なのではないだろうか。しかも、結婚式でさえ行われたことがない。まるで・・・。
司はそこまで考えて、自分の頭の機能が突然止まったかのような錯覚を感じた。しかし、それは錯覚では無かった。いつの間にか、周りには誰も座っていなかった。もうすでにお葬式は終わっていたのだ。そんな彼の前にいつの間にか、雅門がしゃがんで、司の傍らいた。そして、司の顔を覗き込んでいた。
「司君。大丈夫かい??ボーっとしているようだけれども・・・。」
「雅門おじさん・・・。な、何もないよ。考え事してただけだよ・・・。」
司は慌ててそう言い訳すると、顔を俯かせた。実際は違う。考え事は途中で途切れた。まるで誰かに精神を持ってかれたかのようだ。その証拠に、何かを思い浮かびそうになったあの瞬間、お経は全体で30分あるが、そのうちの5分くらいの辺りまでしかお経は進んでいなかった。ようするに、25分の思考機能の停止時間があったことになる。
「司くん、いいことを教えてあげようか???」
「え・・・?」
司は先ほどまで考えていたことを忘れ、その話が気になって身を乗り出した。雅門は、どういう訳かニコニコと微笑んでいた。いつも、お経を唱えた後は、数十分は顔をしかめていたので、その表情に司は不思議な何かを感じたことが、つい「いいこと」が何なのか気になった理由だった。
「何ですか。いいことって???」
雅門はもったいぶったような表情で言った。
「この村は、昔からの伝統があるんですよ。それは、土葬なんです。それで、今月は死人多かった。何故かは知らないけれどね。だから、墓の場所とか作るの大変なんですよ。まあ、場所自体はあるので、掘るだけなんですが。あ、ちなみにこれは、私の書いた『生と死の伝承』という小説に書かれてますよ。」
「え・・・・?」
司は思わず首をかしげた。今のが「いいこと」なのだろうか。どこをどう取っても「いいこと」には司は全く感じなかった。何がいいことなんか、司は雅門に問いただしてみたが、彼はこう答えるだけだった。
「今はいいことじゃなくても、これから先にいいことになりますよ・・・。さぁ・・・。そろそろ家に帰りなさい。私はこれから人と会う約束があるからね。」
雅門はそう言うと、茫然としている司を置いて、お経を唱えていた仏間からスっと綺麗な身のこなしで出て行った。司はただただそれを茫然と見ていた。そして、しばらくした後、司は家へと帰って行った。
☆★☆★☆
司は家に入り、家中を回ったが、誰もいなかった。まだ天承寺にいるのだろう。二人とも友達が昨日の夜に死んだ。きっと中学の友達と一緒にこの事件のことを嘆き悲しんでいるのだろう。こんなことがあると、いつも頭にはよぎるものがあった。それは、何で両親が死んだのかということだ。誰も教えてくれなかった。いや、誰も知らなかったのだろう・・。
何も教えてくれなかったので、死因は知らなかったが、司には両親が誰かに殺されたということだけは知っていた。その時の記憶があるのだ・・・。目の前に広がる真っ赤な部屋・・・。そこに大量の肉片がそこかしこに散らばっていた。
「おぇ・・・。」
このことを思い出すと、吐き気を催してしまう。しかし、どうしても思い出さずにはいられなかったのだ。この光景はどうしても大事なことのように思えるからだ。しかし、少しずつ記憶を取り戻しているのだが、見たいところはどういう訳は消えていて、思い出そうとすると吐き気を催してしまうのだった。
そして、その事実を考えると、母親に自分は何かされたのではないかと思うことはよくあった。母さんは色んな歌や呪いや色んな物について様々な不思議なことを教えてくれていた。そこでふとある言葉が脳裏によぎった。
「メモリィロック」
この言葉は頭の中によぎり、その言葉をいつの間にか口に出して話していた。すると、両親が殺された前の時間の記憶がドっと頭の中に押し寄せてきた。
☆★☆★☆
「司・・・。」
「なぁに。母さん?」
月読は、司の名前を呼んだ。司は月読に呼ばれたことに気がつくと、見ていたテレビから顔を離すと、急いでソファにしんどそうに腰かけている月読の前にかけていった。そして、月読の手を握って首をかしげた。月読の顔は何故かは分からないが、とてもつらそうで悲しそうな顔をしていた。月読は司の頬を右手で優しくなでた。司はそれが心地よくてそれに頬を預けた。
「私が教えた事は必ず・・・。使わないといけない時が来るわ。本当はそんな事は起こってほしくないのだけどね・・・。」
「どうして・・・?何か起きちゃうの?」
「それはね・・・。とっても怖いことよ。」
司はよく分からなくて首をかしげた。月読はそんな司の様子を愛おしそうに見た。そして、司を抱き締めた。そして、少しずつ強く抱きしめた。
「い、痛いよぉ・・・。母さん・・。」
司は痛そうにもがいた。すると、月読は慌てて彼を離すと、彼を回り右させた。
「それじゃ、雅門おじさんがもうすぐ来るから、早く自分の部屋に行きなさい。それと、お父さんを呼んで来なさい。」
「はぁーい!!!」
司は元気よくそう返事すると、父親を呼びにリビングの部屋を出て行った。それを月読が愛おしそうに見つめていた。そして、悲しげに目でそのようすを追った。
「司。あなたは、強い子よ。だからきっとつらくなると思う。そして、あなたは違うから・・・。その事実に、負けるかもしれないわ。」
月読はそう呟くと、リビングの窓の外を向いた。「もうそろそろね。」と言うと、ソファから立ち上がり、リビングの隣にあるキッチンで、コーヒーを挽きはじめた。コーヒーメーカーからコーヒーの匂いを立ち上らせながら、独り言を再び始めた。
「神鳴と言う苗字・・・。そして、あの子達の名前には意味がある。司とは神を司る者。望とは神の存在を望み、表す者。呼詠観とは・・・。神を表した時、それを呼びそれの言を詠み、神を見れる者。この3人には名前をつけたと同時に、力のある名前によりついた力は・・・。この先、悪しき深淵から来る神その者による災いから護るために必要だわ、あの子達の傍にいる事は私には出来ない。それは決まっている必然だから。あの子達は自分で力に気付かないといけない。でも、望と呼詠観はきっと出来ないだろうから、遺書が必要ね。悲しいけど、母さんは、あの世であなた達のことを見守ることしかできない。護ることも出来ない・・・。だから、こうして・・・。生きている間に出来るだけの事をしないと。だって、私は明日死ぬから・・・。そして、あの子達を強く護る存在を見つけた・・・。ずっと、探していた彼らを・・・。見つけた後、彼らを街の何処かに封印した。そして、未来の世界を少しずつつ・・・。理が崩れない様に変えた。後はあの人と一緒に持ってる力をあの子達に全てを・・・。そして、私は明日深淵に殺される・・・。ここまでしか出来ないけど・・。きっと、大丈夫。あの子達なら・・・必然さえも壊して前へ進めると思う私と夫の子供たちだもの・・・」
「天承くんとこれからについてお話を・・・。無理なようね・・・。」
そこまで話し終えると、玄関のチャイムの鳴る音が聞こえた。月読は深いため息を吐くと、玄関で待っている来客を迎えに行った。
誰かは分かっていた。月読は、久しぶりに姉に会いに来た妹に言った。
「こんばんわ、お久しぶりね御珠?」
「本当!久しぶり!お姉さま!」
御珠は薄ら笑いを浮かべて言った。その笑みはとても気味が悪く、何かを企んでいることが見ただけで分かった。しかし、月読はそんなことが分かったとしてもどうしようもないので、フっと呆れたように笑うと、御珠の前にスリッパを出した。スリッパを差し出された御珠は、靴を脱いで、それを穿きながら、世間話をするかのようにあまり興味なさげに尋ねた。
「そういえば、司君大きくなった?」
「えぇ、お蔭様で元気よ。御霊君はどうなの?」
月読は、分かり易いくらいの愛想笑いをして言った。御珠の相手をするのは、少しばかり嫌だったのだ。とある理由のせいだ。そのため、話をするのも億劫だった。しかし、この子には聞きたいことがいくつかあった。
「全然よ。だからね。ある事をするの」
御珠は、月読の求めていた答えを口にした。しかし、それと同時に、一番言ってほしくない答えであった。彼女の言った“ある事”。それが、子供達や人々を恐怖に陥れるのだ。その事実を、この子は分かっていない。それどころか、分からないようにされている。
「お姉様なら、分かってくれるよね?」
御珠はあどけない笑顔で同意を求めた。しかし、そんなものに同意をすることは月読には出来なかった。例え、この妹に殺されるとしても・・・。月読は悔しそうに歯ぎしりしながら、急いでキッチンに行くと、いつの間にか出来ていたカップの中に入ったコーヒーを机の上に置いて、御珠にその辺りに座るように促した。そして、御珠が席につくと、その前に自分も座り、決意を込めた眼差しで言った。
「分かると思うの?本当に?そんな、人を危険に導くような事を?許すわけないじゃないっ!私を誰だと思ってるの!?」
御珠はクスっと笑った。無邪気な表情だ。誰かに操られているのか、何かがあって狂ってしまったのか、彼女の表情は残酷なまでに無邪気であった。
「なら、お姉様もお兄様も、殺すよ♪」
月読はなげやりにどうでもよさそうに答え、席を立って御珠に背を向けた。そして、目の前には夫の姿が映った。その表情は悔しそうに歪んでいた。司が呼んでここに来たようだった。
「そう、勝手にしたら?私の寿命は今日なんだし。」
「なら。遠慮なく。お姉さま!」
御珠は無邪気な表情のまま、今度は下卑た笑い声をあげながら、いつの間にか手に持っていた包丁を月読の背中に深々を差し込んだ。それを止めるべく夫が入って来たが、彼も一緒に御珠に無残に殺された。そして、リビングには司の両親の死体が転がっていた。もう何言わぬ肉片になっていた。
「ねぇ?あなた。二人を殺しちゃったけれど、これが正解なのよね。御霊のために。」
そんな二人の死骸を悲しそうな表情で見つめ、体中を血だらけにさせながら、後ろにいる人に向かって聞いた。すると、後ろの影から何かが這い出てきた。それは、御珠の夫であり、御霊の父親だった。彼は、頬をゆるませて、御珠を後ろから抱きすくめると言った。
「あぁ、そうだ。これで良いんだ御珠。よくやってくれた。さすが愛しい妻だ。そう、6年後に事は起きる。あの方の夢もその時に叶うのだ・・・。」
る
バリトンの深い声がするが、実際には彼女を抱き締めているのは夫ではなかった。夫だった者なのだ。そして、彼はもうすでに死んでいるのだ。そう、他でもない彼女の手によって殺されたのだ。では、彼の者の正体は何なのか。それは、屍である。
彼女は夫を殺した。だが、生き返ってほしいがために蘇らせた。だが、屍は彼女を呪いにかけた。屍はまず彼女とつながり。そして、屍と彼女の間に子を成した。
たが、出来た子供はことになった。子のために、人を深い冷たい所、霧の奥底へと連れていかないといけない事をしなければならなくなった。
彼女は気付かない。自分の罪と無知に。それらは、ある人物によって全て決められていた未来―。予定的な未来であるのだった―。
御珠は自分で殺した姉の躯に問いかけた。
「そういえば、お姉さまは、この人との結婚を反対してたけれど。子供を産むことも含めて。あれは何でなの?ねぇ、お姉様?」
しかし、彼女の問いには勿論、月読は答えなかった。この時には、まだ月読が生きていることをお互い分かっていたのにも関わらずだった。
ここまでの一部始終の悲惨な光景を全て見ている人物が一人だけいた。司である。司は恐怖で足がすくんでおり、リビングの扉の近くで、ヘタっと座り込んでいた。しかし、御珠から見えない位置だったために気付かれずにすんでいた。そして、月読は死の間際まで、ジっと司を見つめ続けた。そして、最後に一言つぶやいたのだった。
「メモリィ・ロック」
その途端、司は突然視界がぼやけていくのを感じ、そして、その場で倒れたのだった。
伏線もあまり張ってなかったのですがこの、ストーリーを載せました。この部分は、最初に載せとかないとこれからの展開が分かりにくくなる部分もあったのです。たぶん、普通の小説なら最後の辺りに起きることだと思いますが、ここに載せさせて頂きました。
第五話の方ももう少しで終わります。ご期待ください。