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Well-being for Life!  作者: chai
1章 出会い
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虐待?

改稿:3・4話を一つにまとめました。

 ――本当に無口な子だな。

 軽い世間話をしながら、里緒は斜め前に座っている男の子に目をやった。


 里緒が耳にした唯一の言葉といえば、絵本コーナーでの「やぁだっ、やぁだぁ!」と泣き叫んだあの一度きりだ。

 最初に出会った時は、父親と離れてナーバスになっていたせいかとも思ったが、自分の聞く限りで、今のところそれ以外の言葉を口にしていない。

 正直気にはなるものの、たかが迷子の子どもを見つけてもらった相手に子どものプライバシーを探られるのは、親としては気分がいいものではないだろう。

 里緒は気を取り直して、芦田と名乗ったその男性に話題を提供した。


「休日のデパートって、ほんと混んでますよね。なんだか久しぶりに来てみたら疲れちゃいました」

「そうですね、私も久しぶりです。子どもと外食も久々のことなんで、こんなに並ぶなんて驚きました」

「ですよね。ほんと、助かっちゃいました」


 店内は子ども連れの客が多く、かなりざわついているため、会話をするにも普段より少し大きめの声でないと相手の耳に届かない。

 ――会話するにも気を使うなんて、今後は休日のデパートも考えものだわ。

 アイスティーを口にしながら心の中でそう呟くと、里緒はしばらくの間、黙々と目の前のオムライスを口に運ぶことに専念した。


 ぼうっと目の前にいる親子を見ているうちに、里緒は迷子センターで感じたあの違和感を再び、そして今度こそはっきりと感じた。

 ――そうだ、この親子。やっぱり変にぎこちないんだ。

 確かに疲れ果てたような表情からして、この父親は仕事が忙しいのだろう。

 息子と二人で行動をともにする機会があまりないのかもしれない。

 しかし、迷子センターで目にした彼らの再会の様子は、少し気になるものだった。

 子どもの姿を見つけた父親のほっとした表情は確かに本物だった。

 だが、息子の方はどうだっただろうか。

 安堵で泣くわけでもなく、「パパ!」と抱きつくわけでもなく、表情だって乏しかった。今だって、この子はどこか緊張した面持ちをしている。

 あの時はドタバタした引き渡しとなってしまって気付けなかったがこの親子、何か訳ありなんだろうか。


 ――まさか、虐待なんかしてないよね?

 思わず子どもの肌が露出した部分を観察してしまう。

 顔、首……襟ぐりに腕。特に痣や傷は見られないようだ。

 あとはここからでは見えないが念のため、席を立ったら下半身もチェックしてみよう。確か彼は、半ズボンをはいていたはずだ。

 ぐるりと一通り遠目から視診を済ませ、何気なく目線を隣に移したところで、里緒はぎくりとした。芦田が自分を凝視していたのだ。

 考えていることを気づかれたかと一瞬焦ったが、自分の態度を見れば彼が怪しむのは当然のことである。


「あ、その、すみません。お子さんのことジロジロ見たりして。ちょっと姪に似てるなぁなんて思ってしまって」慌てて適当な言い訳を紡ぐ。


「姪御さんに? おいくつなんですか」


 柔らかな笑顔を見せ問いかけてくる芦田に少しほっとして、里緒は口早に亜衣のことを語った。


「2歳です。あの、妹の子どもで、事情があって生まれたときからずっと世話をしてたんです。最近になって手が離れたんで、そのお別れのプレゼントにって絵本コーナーで、偶然かずさくんに会って……」


 焦ったあまり、思わず余計なことまで口にしてしまう。しかも、後半は何だかおかしな説明になってしまった。

 笑みを浮かべて話を聞いていた芦田は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに先ほど同様の柔和な表情に戻った。


「生まれた時からとなると、本当のお子さんみたいなものでしょう。似ているといわれると興味がありますね。そうだ、携帯電話に画像とかあります? ぜひ見せていただきたいな」


  

 自分の子ども同然なら、携帯の画像に存在しているのは当然だと言わんばかりの、有無を言わせない物言いに、里緒は居心地が悪くなり、先ほどの言葉が出鱈目であることをあっさりと白状した。


「す、すみません。似てるっていうのは言葉のあやというか、つい……」

「出ましょうか。上総もちょうど食事が終わったようですし」


 わたわたと慌てる里緒をよそに平然とそう言うと、芦田は流れる手つきで会計を払って店の外に出た。

 里緒は無意識のうちに上総の手を引き寄せて、芦田の後を追う。

 亜衣との生活の名残がそうさせたのだが、上総は特にその手を払うことはせず、やはり無言でされるがままだった。



「あの、ご馳走様でした」


 店の外でぺこりと頭を下げ、肉食獣を目の前にした子羊のように縮こまる。

 そんな里緒の姿を見た芦田は愉快そうに口角を上げ「ちょっと歩きませんか」と提案した。

 里緒の返事を聞くつもりは毛頭ないらしく、一人先を歩き始める。

 ――歩きませんかって、あんた息子は?

 混乱しながら隣にいる上総を見ると、特に慌てた様子もない。

 動じないというべきか、感情が感じられないというべきか。

 ひょっとして、父親のこんな行動は日常茶飯事なんだろうか。

 里緒の中で、先ほどまでは『気がきくスマートな男性』と評されていた男性は、一気に『虐待の疑いのある怪しげな男』へと降格した。


 エスカレーターを2つ昇り、隣館への通路を通り抜けると、うっすらと春の匂いが鼻先を掠めた。


「こちらです、お先にどうぞ」


 レディーファーストとばかりに促されて工事中と書かれた看板の奥を突き進むと、外へと続く扉が目の前に現れた。一瞬躊躇したものの、その扉をゆっくりと押し開く。

 すると突然目の前が眩しくなり、思わず空いている左手で両目を覆った。

 数秒置いて、指の隙間から薄目を開けてこわごわ辺りを見渡すと、里緒は大きな感嘆の声を上げた。


 

「うわぁ、きれいっ!」 


 眩しく感じたのは太陽の日差しを(じか)に浴びたためだった。 

 目の前に広がるのは、色とりどりの春の花々に囲まれたガーデンテラス。

 小さな噴水に、幾種ものコニファーたち。そしてお茶会ができそうな木製のガーデンテーブルとアーム付きのチェアが並ぶ。


 

「春のガーデンフェスタ、明日オープンするらしい」


 感動のあまり放心していたところ、背後から芦田の声が聞こえた。

 振り向いて、先ほどから気になっていたことを質問する。


「すっごく素敵ですけど、ここって立ち入り禁止じゃないですか」

「ここの責任者が知り合いなんだ、心配ない」


 それなら安心、とばかりにこの素敵なお庭を堪能したいところだが、この男、一体何を思って自分をこんなところに連れてきたのだろうか。

 里緒は警戒心を持った目で芦田の顔を見つめた。


「そんなに警戒した目で見ないで欲しいね。だいたい文句ひとつ言わずここまで付いてきておいて、今更警戒するなんて、君もずいぶん変わった人間だな」


 芦田は近くにあったウッドチェアーに腰かけると、アーム部分に両腕をのせ、ふんぞり返った。

 言われてみれば全くもってその通りだが、この男、何とも人を逆なでするような言い方をする。

 それに、ここに来るなり、急に態度が変わりすぎやしないだろうか。

 これではまるで、二重人格そのものではないか。


「何か言いたいことがあるようだけど。とりあえず、そこにでも座ったらどうだ? 上総だったら大の植物好きだから心配することない。その辺で散策でもしてるさ」


 

 芦田のあまりの豹変ぶりと美しいガーデンテラスに気を取られ、上総がいつの間にか自分の手から離れて庭で遊んでいることに、里緒は今まで気がつかなかった。


「あのっ、一体何なんですか、こんなとこ連れてきて。……あ、そりゃキレイで感動しましたけど、じゃなくて! 私、かずさくんを迷子センターまで送り届けて、感謝されても文句言われる筋合いはありません。その、ランチは助かりましたし、ご馳走していただいて、それでイーブンかもしれないけど」


 そこまで一気に(まく)し立てると、一旦気持ちを落ち着かせるために大きく息を吸い込んだ。

 目の前の男は意外にも神妙な顔つきで、話の続きを促してくる。

 そんな彼の様子に里緒は少し動揺し、次に紡ぐはずの言葉が頭からすっぽ抜けてしまった。


「それで、えーと……かずさくんは無表情で何も喋らないし、あなたは何だか疲れ切った顔してて、二人は怪しいほどぎこちないし――そう、虐待は犯罪ですよ! 私には児童相談所に通告する義務があるんですからね」


 ――そうよ、こちとら25条は暗記済みなんだから!


 <要保護児童発見者の通告義務について>

 児童福祉法第25条、要保護児童を発見した者は、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は………中略………に通告しなければならない。


 

 正義の味方よろしくビシッと指を差し“決まった”と思ったが早いか、里緒の顔は見る見る間にさあっと青褪めた。

 ――バカバカっ! そうじゃないでしょ、私!

 証拠もないのに、とんでもないことを言ってしまった。

 しかも、ここは敵地のようなもの。

 いや、証拠は見つければいいのだ。

 今から上総のもとに駆け寄り、彼のシャツをペロッと(めく)りさえすれば、きっと痣のひとつやふたつ、見つかるだろう。それを携帯に収めれば――。

 里緒はすばやく上総の居場所と先ほど押し開けた扉の位置を確認した。  

 ――私って、保育士じゃなくて、ひょっとして婦人警官が向いてるのかしら。

 冗談にもほどがあるだろう、と本物の婦人警官に突っ込まれそうなことを考えながら、ハンドバックの中から携帯電話を手繰り寄せると、里緒は最初の一歩を踏み出した―――と。


「ぶっ」


 もうたまらん、とばかりに突然男が吹きだした。 


「ぶっ、くっ……くっく、あっはっは……はぁ。い、痛ぇ!」


 突然の出来事に、緊張の切れた里緒は、へなへなとその場に座り込む。

 この男、気でも触れたのだろうか。

 しかも痛いって――ひょっとしてあの顔色、病気持ちだとか。


「君、思ってることがだだ漏れだよ。それも大層な妄想癖をお持ちのようで。あぁ、もう腹が痛い!」 


 

 これまた失礼な発言をすると、目の前の男は再び、腹を抱えて笑い転げた。

 

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