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Well-being for Life!  作者: chai
1章 出会い
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迷子

新連載です。

こちらがメインとなる予定です。

よろしくお願いします。

 ──麻紘(まひろ)の部屋って今どんな感じだっけ。

 気づくと常にコーディネートが変わっている親友の部屋を思い浮かべた。

 確か先日の電話では、春らしくグリーン基調に一新したいと言っていた気がする。


 「……となると、白が妥当かなぁ」


 店頭に並んだ赤、白、黒の3色の季節家電を目の前に、里緒は小さく呟いた。


 

 ぽかぽかとした小春日和の休日、デパートの中は家族連れやカップルでごった返しだ。

 そんな中、26歳独身、もちろん彼氏なしの若宮里緒が一体何に悩んでいるのかというと、これまた独身族である大親友へのバースデープレゼント選びである。

 もともと人を喜ばせるエンターテイナー的なイベントや取り組みは大好きで、やるならとことん(こだわ)って、喜ばせるなら目いっぱい、驚かせるほどハッピーにしてやろうというのが彼女の自論だ。

 せっかく贈り物をするのだから、出来うる限りの調査をして、麻紘が飛び上がるほど嬉しがる逸品を選んで見せようじゃないか。そう意気込んで1ヶ月の調査の結果、実用面では花粉対策として、それから親友(こだわ)りのインテリア性もばっちり備えた空気清浄機が選ばれた。

 カラーも決まったことだし、あとはどの店で購入するかである。

 お高い品物なだけに、少しでもお安くなればいいんだけれど、と里緒は良質な店が見つかることを祈りながら家電量販店を後にした。


 次に彼女が向かった先は、子ども服・玩具売り場だった。

 わけあって先日まで約2年間、半同居生活をしていた妹夫婦の娘――つまり里緒にとっては姪になるわけだが、その姪である亜衣へのお別れプレゼントを明日渡そうと考えているのだ。こちらは必ず本日中に購入しなくてはならない。

 衣類コーナーをざっと見た後、ぬいぐるみやおままごとセットをチェックしてみたのだが、どうにもピンとこなかった。 


 ──次は絵本にするかな。

 2歳児向きの絵本コーナーに向かう、その途中、ころんと床に横たわっている4歳前後の男の子が視界に入った。

 一瞬意識でも失って倒れているのかとどきりとしたが、どうやらそうではないらしい。伏せがちではあったものの、男児の瞼は閉じられてはいなかった。 

 怖がらせないようにゆっくり近づいて、彼の傍にそっとしゃがんでみる。


 

「ぼく、どうしちゃったかな。パパやママは?」


 声をかけるも特に反応は見られない。

 里緒はもう一度、今度は優しく身体を揺すりながら男児の反応を窺った。


「ほら、ここにごろんしてるとバイキンいっぱいで病気になっちゃうよ。ちょっと起きてみようか」


 そうっと抱き起こして立ち上がらせたが、特に嫌がることなく、とても大人しいものだった。パンパンと男児の衣服についた埃を一通り払うと、里緒はにっこりと微笑んだ。


「お姉ちゃんはね、りおっていうの。ぼくのお名前教えてくれるかな」



 結局、終始無言の一点張りだったため、リュックや水筒から彼の名前を探ってみると、所々に“あしだ かずさ”という記名が見られる。 

 何とか手がかりが掴め、ここまでは順調だった。

 ところが周囲に保護者が見当たらなかったため、迷子センターまで連れて行こうと手をつないで行く先を促すと、途端に“かずさ”は大きな声で泣き叫びはじめたのだ。


 

「やぁだっ、やぁだぁ!」


 頑なに動くことを拒否しながらその場に蹲ってしまう。

 生憎辺りを見回しても係員1人おらず、かといって、このまま放置するわけにもいかない。「ちょっとだけごめんね」と彼の耳元で小さく囁くと、里緒は暴れるその男児を抱えて足早に迷子センターに向かった。


 男児とともにセンターに到着するや否や「上総っ」という焦った男性の声とともに、彼の父親と思われし男性が駆け寄ってきた。


 

「申し訳ありません。ありがとうございました」

「いえいえ、偶然居合わせたもので。こちらにいらっしゃっていてよかったです。」


 頭を下げながら謝罪と礼を述べてくる男性に、里緒は胸の前で両手をぶんぶんと振ってみせた。 

 ――あれ? 

 どこか違和感を感じたものの、向き直った男性の顔色を見て、それとは別のことに気取られた。彼の表情からは、幾ばくかの安堵とともに、かなりの疲労が感じ取れたのだ。

 余計なお世話とは思いつつ、里緒はその言葉を口にした。


「あの、お顔が優れないようですけれども、もしかしたらあまり体調がよろしくないんじゃ……」

「え?」


 男性は驚いて息子の顔を凝視した。


「はあ、多少疲れてるのかもしれません。もしかして気分が悪いとでも言っていましたか?」

「はい?」


 今度は里緒が驚く番だった。 

 ──やだ、この人子どものことだと思って! 

 ちょっと可笑しくなってしまったが、笑うような場面ではない。

 子どもにメッと怒るときと同じ表情を作り、彼に事実を伝えた。






 ♢♢ 


 あの後、何かお礼を、と申し出る子どもの父親の言葉を丁重にお断りし、里緒は再び絵本コーナーの前にいた。 

 亜衣が気に入りそうな絵本を時間をかけて、いくつか選定する。

 最近の亜衣は動物に興味深々で、よくテレビで“動物の親子シリーズ”を見ていた。このシリーズは全部で4巻あるのだが、妹は「これを見せればすぐ泣きやむ」といって確か全巻揃えていたはずだ。

 ――絵本もやっぱり、動物モノがいいかしら。

 そうは思うのだが、あの家には動物が登場する絵本が数え切れないほどある。

 お別れプレゼントなのだから、できれば亜衣にとって特別お気に入りの一冊になって欲しい。やはりもう少し前から考えておけばよかったと、里緒は独りごちた。


 空腹を感じて腕時計に目をやると、そろそろ正午になろうかという時刻だった。

 少し考えたのち、軽食をとってから表参道に移動しようかと思いつく。 

 表参道には、子どもの本の専門店があるのだ。

 以前保育士をしていた里緒は、専門学生時代に講師からその店の存在を教えてもらい、現役中も何度かそこを訪れていた。

 下の階には確か、安くて美味しいオーガニックレストランがあったはずだが、子ども連れでない客はあまり見かけたことがなく、一人で訪れることは何となく憚られる。

 ――お腹も持ちそうにないし……ね。

 軽く自分のお腹をさすってからこの先のスケジュールを決定すると、里緒は絵本コーナーを後にした。


 食事は近場で済ませようと館内のレストラン街にきてみたものの、ちょうど時間帯が悪かったようだ。どの店も混みあっており、少なくとも数十分は待たされそうである。

 どうしようかと考えあぐねいていると、突然誰かにスカートの裾を引っ張られた。


「あれ、えーと……“かずさ”くんだよね」


 そこには先ほど迷子センターで別れたばかりの男の子が、無言で里緒のスカートをぐいぐいと引っ張っている姿があった。

 ――まさか、また迷子?

 里緒の口元が少し引き攣った。

 あれからまだ小1時間と経っていないのに、あの父親はいったいどれだけずぼらなんだろう。

 あんな困憊(こんぱい)した顔をして、子どもの事なんかちっとも見ていないんじゃなかろうか。

 たった一度しか会っていないあの男性のことを、里緒は心の中で罵倒した。


「かずさくん、パパは?」


 しゃがんでそう質問すると、彼は無言で前方を指差した。

 その方向を視線で辿っていくと、オムライス専門店の行列の半ば辺りでこちらを向き、軽く会釈をしている彼の父親の姿が目に入る。 

 里緒は頭を下げると隣にいる彼の息子の手を引いて、足早に行列に近づいた。

 再び顔色を窺うに、男性からは先ほど同様、疲労の影がはっきりと見える。

 こんな込み合う休日に外出などせず、自宅でゆっくり休んだ方がいいのではないだろうか。里緒は他人事ながらもそう思った。 


 

「先ほどはどうも」

「あ、はい、どうも」


 お互いにもう一度頭を下げ合う。


『日本人ってバカのひとつ覚えみたいに頭ばっかり下げるよね』

 ――昔実家にホームステイしていたアメリカ人が、そんなニュアンスのことを言ってたっけ。

 ふと、そんな過去が思い出された。


「この子があなたを見かけまして。お食事されるところかなと思ったんで。よろしければですが、一緒にどうですか」


 男性は子どもの頭に掌をのせて、少し遠慮気味にそう口にした。

 これはご馳走します、という意味だろうと結びつけ、断りの言葉を口にしかけたが、里緒はそうはせずに考えを改めた。

 この時間帯ではおそらく、食事にありつけるまでにかなり時間がかかってしまうだろう。ご馳走になるのは心苦しいが、ここは素直に好意に甘えることとしよう、そう思ったのだ。


「ありがとうございます。御迷惑でなければぜひ。正直、この混み具合にどうしようか困っていたところで」

「それは良かった。メニューがオムライスだけなんで、ちょっとどうかとは思ったんですが」

「いえ、声を掛けてくださってすごく助かりました。オムライスも大好きですし」


 ――ずぼらだなんて思って悪かったな、スマートで気がきく人じゃない。

 心の中で男性に謝罪すると、里緒は笑顔で答えた。


 そんなやり取りをしているうちに「次のお客様、どうぞ」と、店員から声をかけられる。

 お腹が小さな音でくぅーっと鳴り、やっぱりこの申し出を断らなくてよかったと、里緒はこっそりと舌を出した。



改稿:1・2話をひとつに纏めました。


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