#違反切符
ドンドンドン、ドンドンドン、
外から扉を叩く音が懐かしい夢の残響を破った。
ぼやけた視界の中で男は現実の重力を思い出した。
視界に映るのは、鉄の天井と窓から差し込む街灯の灯り。
湿った空気、金属と油の混じった匂い。
ふ、と思い出す。ここは……バンの中だった。
車内は、まるで小さなアジトのように散らかりら整備用の工具箱、錆びたレンチ、半分焦げたインスタントパン、そして古びた腕時計の文字盤の針は律儀に音を立て、刻み続けている。
窓際には曇ったガラス、雨粒でぼやける街灯の光。
助手席には、旧式の小型多目的自動作業ロボットが座っている。
ボロボロでみすぼらしい見た目とは裏腹にどこか愛嬌を感じる、このロボットの液晶には「☕」の絵文字が映し出されている。
ドンドンドン、ドンドンドン、
外から再び、鋭いノック音——
金属を叩く高音が、雨に混じってバンの壁を震わせる。
「おはようございまーす、市警です。車両登録β-291、確認できますかー?」
男は窓に近づき、外を覗くと反重力車両が一台、白黒の装甲を輝かせて宙に浮かんでいる。
その横には若い警官が傘の代わりに頭上に六角形のシールドを展開している。
雨粒が警官の頭上で弾かれていく。警官の横には小型ドローンが男のバンを囲うように飛んでいる。
「……はいはい。」
男は面倒くさそうにドアを開ける。
湿った風と一緒に、人工的なレモンの香りが流れ込んだ。
警官は目を合わせると眉を上げ、皮肉な笑みを浮かべた。
「朝っぱらからエンジンかけっぱなしですか。旧式ガソリン車なんて、今どき珍しいですねぇ。買い替えたりはしないんですか?」
「で、何の用だ」
男は質問には答えずに聞く。
「はは、世間話は無しですか。ここの駐車場、反重力車専用エリアなんで。
タイヤ付きは即アウトなんすよ。罰金、またはーー」
「または?」
「講習っすね。“古典機械操作の危険性”。オンラインで三時間。おすすめですよ。
まぁ、どちにしろ罰金は発生するんですけどね、、」
警官はニヤニヤしながら答える。
男は警官の差し出した機械にゆっくりと手のひらを乗っけた。
「ホリカワ リクさんですね、支払いはどうしますか?」
ホリカワはため息をつき、古びた磁気カードを取り出す。
角はすり減り、ICチップも欠けている。
「……これ、まだ使えるのかよ」
「奇跡的に。こいつとは長い付き合いでな。」
カードをスキャンし、警官は腕の端末を操作する。
ホログラムにバンのナンバーとホリカワのデータが映る。
背後のドローンが静かに視線を合わせ、記録映像を保存する。
「時代遅れフェチっすか? 博物館行けばたくさん見れますよ。」
ホリカワは答えず、助手席のロボットを見る。
液晶には「( ̄∇ ̄)」。
警官は肩をすくめ、呆れ顔を浮かべる。
「まぁ、いいですけど……ほんとに買い替えたほうがいいっすよ、このポンコツ。次の検査、通らないっすよ。」
そう言い残し、警官は離れて行く。
ホリカワはラジオをつけ、音量ダイヤルを回す。
「北行きハイウェイ5号線、事故による渋滞が――
……なお、午後から強い雨の予報です。」
無言でダッシュボードを開け、
中に入った折りたたまれた紙の地図を眺めた。
角は湿り、端が破れている。
やがて、ひとつの街の名に指を止める。
ため息をつき、地図を畳む。
CDを差し込む。
スクラッチノイズのあと、トランペットの音色が滲み、世界を色付け始める。
"It’s Been a Long, Long Time"
煙草をくわえ、火をつけた。
「時代遅れだとよ……」
ホリカワはわずかに笑い、はみ出た古びた写真をサンバイザーに戻し、アクセルを踏んだ。
バンは唸りを上げ、雨の街に消えていった。




