第7話 判決の日
裁判所の前には、報道陣が集まっていた。
「特災庁の作戦に過失はあったのか」
「怪獣災害の補償は認められるのか」
「国家賠償の前例が作られるのか」
マイクが並び、カメラが光り、ざわめきが空気を震わせている。
三崎悠斗は、白石玲奈と並んで歩きながら、胸の奥が重くなるのを感じていた。
「緊張してますか?」
白石が横目で言う。
「……はい。でも、逃げる気はありません」
白石は微笑んだ。
「あなたはもう、ただの“被害者”じゃない。
この裁判の意味を理解している人の顔をしているわ」
悠斗は小さく頷いた。
* * *
法廷に入ると、特災庁側の席には大河内が座っていた。
その表情は、相変わらず揺るぎない。
だが、神谷隼人の姿はなかった。
(……来ないのか?)
悠斗は胸がざわついた。
裁判官が入廷し、静寂が落ちる。
「これより、判決を言い渡します」
白石は微動だにしない。
大河内は腕を組んだまま、わずかに顎を上げた。
裁判官の声が響く。
「怪獣災害そのものは、不可抗力であると認める」
大河内の口元がわずかに緩む。
だが続く言葉が、その空気を切り裂いた。
「しかし、特災庁の作戦選択には、相応の注意義務が求められる。
市街地への被害を最小限にするための配慮が欠けていたと判断する」
法廷がざわついた。
大河内の表情が固まる。
裁判官は続けた。
「よって、国家賠償法に基づき、原告の請求を一部認容する」
悠斗は息を呑んだ。
白石は静かに目を閉じた。
「……勝ったわ」
その声は、震えていた。
* * *
閉廷後、廊下は騒然としていた。
記者たちが押し寄せる。
「今回の判決をどう受け止めますか!」
「特災庁の責任が認められたことについて!」
「怪獣災害補償制度の見直しは必要だと思いますか!」
白石は短く答えた。
「これは、市民の権利が認められた歴史的な判決です。
怪獣災害の時代において、国家の責任が問われる前例となるでしょう」
悠斗は、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。
だが、その時――
「……三崎さん」
振り向くと、神谷隼人が立っていた。
制服ではなく、私服。
その表情は疲れ切っていた。
「神谷さん……どうして法廷に?」
神谷は苦笑した。
「……出られませんでした。
証言する前に、停職処分を受けました」
悠斗は息を呑んだ。
「そんな……」
神谷は続けた。
「でも、後悔はしてません。
俺は、あなたの家が壊れた理由を知ってしまった。
黙っている方が、よっぽど苦しかった」
悠斗は、言葉を失った。
神谷は静かに言った。
「……あなたの勝利は、俺たち現場の勝利でもあります。
これで、少しは変わるかもしれない。
“許容範囲”なんて言葉で片づけられる現場が」
悠斗の胸に、熱いものが込み上げた。
「……ありがとうございます。
あなたが勇気を出してくれたから、ここまで来られました」
神谷は首を振った。
「勇気なんて立派なものじゃない。
ただ……正しいと思っただけです」
その言葉は、静かだが強かった。
* * *
夜。
悠斗は、瓦礫の残る自宅跡に立っていた。
判決は勝った。
補償も認められた。
だが、家は戻らない。
白石が隣に立つ。
「……ここからが、本当の再出発ね」
悠斗は頷いた。
「はい。
でも、今日の判決で……少しだけ救われました」
白石は微笑んだ。
「あなたが戦ったからよ。
あなたの声が、社会を動かした」
悠斗は瓦礫の中から、小さな破片を拾い上げた。
焦げた木片。
かつての家の一部。
「……これで終わりじゃないですよね」
白石は言った。
「ええ。
怪獣災害補償制度の見直しを求める動きが、もう始まってる。
あなたの裁判が、その火種になったの」
悠斗は空を見上げた。
その時――遠くで、怪獣警報が鳴った。
白石が言う。
「また、怪獣……」
悠斗は静かに呟いた。
「でも、もう……俺は泣き寝入りしません」
その言葉は、夜空に吸い込まれていった。
――怪獣災害補償請求事件(仮)は、
ついに“判決”という一つの区切りを迎えた。




