第6話 英雄の罪、国家の罪
夜の特災庁本部は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
神谷隼人は、ロッカールームのベンチに座り込んでいた。
――正義を履き違えるなよ。
大河内の言葉が、何度も頭の中で反響する。
(正義って……何だ?)
怪獣と戦うことが正義だと思っていた。
だが、その戦いの裏で、誰かの家が壊れ、誰かの人生が奪われている。
そして、怪獣そのものが“人間の実験の副産物”だった可能性。
神谷は拳を握りしめた。
(……俺は、何を守ってきたんだ?)
その時、ロッカーの隙間から、一枚の紙が落ちた。
あの日の作戦記録のコピー。
“市街地への被害なし”
神谷は、ゆっくりと立ち上がった。
(……嘘だ)
自分の目で見た。
攻撃が住宅街に向かっていた瞬間を。
神谷は決意した。
(……俺は、真実を話す)
* * *
翌日。
白石玲奈の事務所。
神谷は、深く頭を下げた。
「……俺は、特災庁の隊員です。
あの日の作戦には、明らかに問題がありました」
悠斗は息を呑んだ。
白石は静かに言った。
「あなたが来てくれて、心から感謝します。
でも、覚悟はありますか?
あなたの証言は、組織を敵に回すことになる」
神谷は迷いなく頷いた。
「……俺は、間違った正義に加担したくありません」
白石は資料を広げた。
「では、確認しましょう。
あなたが見た“事実”を、法廷で証言してもらいます」
神谷は深く息を吸い、語り始めた。
「怪獣の背後に住宅街がありました。
攻撃の角度を変えれば、巻き込まずに済んだはずです。
でも、上官は“市街地の被害は許容範囲だ”と言いました」
悠斗の胸に、怒りと悲しみが同時に込み上げた。
白石はさらに踏み込む。
「“エネルギー安定化実験”については?」
神谷は一瞬だけ躊躇したが、すぐに言った。
「……怪獣出現地点の地下で、政府が実験をしていました。
その副作用として、未知の生体反応が観測されていた可能性があります」
白石は目を細めた。
「やはり……」
神谷は続けた。
「その記録は、閲覧禁止になっています。
大河内さんは“存在してはならない”と言いました」
悠斗は拳を握った。
「……ふざけるなよ。
俺の家が壊れたのは、怪獣のせいじゃなくて……
人間のせいだったんじゃないか」
白石は静かに言った。
「だからこそ、あなたの証言が必要なのよ、神谷さん」
神谷は頷いた。
「……俺は、法廷で真実を話します」
その言葉は、部屋の空気を震わせた。
* * *
だがその頃、特災庁本部では――
大河内が部下を前に言い放っていた。
「神谷が動いている。
証言をさせるな。
必要なら、配置転換でも停職でも構わん」
部下が不安げに言う。
「しかし……証言を止めるのは、さすがに――」
大河内は冷たい目で言った。
「国家のためだ。
怪獣災害の真実が漏れれば、国が揺らぐ。
“正義”のために、黙らせろ」
その言葉は、まるで呪いのように重かった。
* * *
夜。
神谷は一人、街を歩いていた。
スマホには、白石から送られた証言内容の確認メッセージ。
(……俺は、本当にやるんだな)
その時、背後から声がした。
「神谷」
振り向くと、村瀬が立っていた。
「お前……内部告発なんて、正気か?」
神谷は答えた。
「正気だよ。
俺は、間違った正義に従いたくない」
村瀬は苦い顔をした。
「お前……潰されるぞ。
組織は、裏切り者を許さない」
神谷は静かに言った。
「……それでも、真実を言う」
村瀬は何も言えなかった。
神谷は歩き出した。
その背中は、迷いを捨てた者のものだった。
* * *
白石の事務所。
白石は、神谷の証言をまとめながら呟いた。
「これで……特災庁は逃げられない」
悠斗は、胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。
――怪獣災害補償請求事件(仮)は、
ついに“英雄の罪”と“国家の罪”を暴く段階に入った。




