第4話 法廷に立つ怪獣
初めての口頭弁論の日。
裁判所の廊下は、思った以上に静かだった。
三崎悠斗は、緊張で手のひらが汗ばんでいるのを感じながら、白石玲奈の後ろを歩いた。
「深呼吸して。今日は“始まるだけ”よ。
でも、ここからすべてが動き出す」
白石の声は落ち着いていた。
その背中は、まるで戦場に向かう兵士のように迷いがない。
法廷の扉が開くと、すでに特災庁側の弁護団が席に着いていた。
黒いスーツの男たちが三人。
中央には、特災庁法務部の責任者・**大河内**が座っている。
その表情は、最初から“勝ちを確信している者”のものだった。
* * *
裁判官が入廷し、開廷が宣言される。
大河内が立ち上がり、淡々とした口調で述べた。
「本件は、怪獣災害という不可抗力による損害であり、
国家賠償法上の責任は一切発生しないと考えます。
特災庁の作戦行動は適切であり、過失は存在しません」
その言葉は、悠斗の胸に冷たい針のように刺さった。
――不可抗力。
――過失なし。
またその言葉か。
白石が立ち上がる。
「原告側は、特災庁の作戦選択に重大な過失があったと主張します。
怪獣の進行方向、攻撃の角度、使用兵器の選択。
いずれも、市街地への被害を最小限にするための配慮が欠けていました」
大河内が鼻で笑った。
「結果論です。現場は常に緊急性を伴う。
市街地の被害は“許容範囲”です」
その言葉に、悠斗の拳が震えた。
白石は一歩前に出る。
「許容範囲……ですか。
では、その“許容範囲”の基準はどこにありますか?」
大河内は一瞬だけ言葉に詰まった。
白石は続ける。
「原告の家は、怪獣の攻撃ではなく、特災庁の兵器によって破壊されました。
これは“不可抗力”ではなく、“判断の誤り”です」
法廷がざわついた。
裁判官が静粛を促す。
大河内は表情を崩さずに言った。
「証拠はあるのですか?」
白石は微笑んだ。
「あります。
ただし、まだ“全て”ではありません。
ですが、作戦記録の一部に不自然な点があることは確認済みです」
大河内の眉がわずかに動いた。
白石は畳みかける。
「特災庁は、怪獣の弱点を事前に把握していた可能性があります。
にもかかわらず、市街地での戦闘を選択した。
その理由を、私たちはこれから明らかにします」
法廷の空気が一変した。
裁判官は冷静に言った。
「次回、証拠提出と証人尋問を行います。
双方、準備を進めてください」
木槌が鳴り、閉廷が宣言された。
* * *
廊下に出ると、悠斗は大きく息を吐いた。
「……すごかったです、白石さん」
白石は肩をすくめた。
「まだ序盤よ。ここからが本番。
特災庁は簡単には崩れない。
でも、綻びは必ずある」
その時、廊下の端で誰かがこちらを見ているのに気づいた。
若い男。
特災庁の制服。
神谷隼人だった。
神谷は一瞬だけ目をそらし、すぐに立ち去った。
白石は小さく呟いた。
「……あの人、揺れてるわね」
悠斗は神谷の背中を見つめた。
(あの人も……苦しんでるのか?)
怪獣と戦う者。
怪獣の余波で人生を壊された者。
その二つの立場が、初めて交差した瞬間だった。
* * *
その夜、特災庁の会議室。
大河内は部下たちを前に言った。
「白石玲奈……厄介な相手だ。
内部資料の扱いには細心の注意を払え。
特に“あの実験”に関する記録は絶対に外に出すな」
神谷は、その言葉に息を呑んだ。
(……あの実験?)
大河内は続けた。
「証人尋問には神谷を出す。
余計なことは言うなよ。
“市街地の被害はなかった”
“作戦は適切だった”
それだけ言えばいい」
神谷の胸に、重たいものが沈んだ。
(……俺は、本当のことを言えるのか?)
その問いは、誰にも聞こえないまま、会議室の空気に溶けていった。




