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第3問:転送魔法陣で消えた人は帰らなかった、なぜか?

「お嬢様、今回はどのような事件なので? そろそろ教えていただいても?」

 腰まで伸びた白いロングヘアの女性が喪服のような黒いワンピースのスカートを揺らし、かつかつと石畳の廊下を歩いている。


 彼女を先導するのは紺のシャツにベージュのジャケットを羽織った、黒いショートヘアの少女だ。紺のネクタイも締めたボーイッシュな格好だが、とある理由で少女だとすぐにわかる。


「いやあ、僕だって意地悪したいわけじゃないよ。『軍事機密』だと口止

めされたから、外で話すわけにはいかなかったのさ」


 アンが足を止めずに振り返り、助手であるヒリングに弁解する。

 ヒリングが小走りで並ぶと華奢(きゃしゃ)な少女に似合わぬ()()が歩くたびに上下していたので、視線が吸い寄せられるのがバレないうちに、やはり後ろを歩くことにした。


「ん? どしたの?」

「い、いえ……私は千年生きた吸血鬼ですから」

「あっそう、ガン見してたのバレてるからね」

「み、見てませんけど!」


「ふーん、なんで焦ってるのかなあ? 僕はどこを、とはひと言も言ってないのに」

 再び振り返ったアンは、小悪魔のようにニヤついている。



「真祖の吸血鬼をからかえる『人間』は、アンお嬢様くらいですよ」

「人間のおっぱいをガン見するえっちな『吸血鬼』も、ヒリングくらいだと思うよ」



「んなっ――ですから、見てませんから!」

 怒ったヒリングがアンを追い越し、ずかずかと先に進んでいく。


「おーい、どこに行くのか、わかるのかーい?」

 廊下に響く足音が、ぴたりと止まった。


「……わかりません」

 ふたりが歩いているのは、とある王立軍駐屯地(ちゅうとんち)の、さらに迷路のように入り組んだ区画である。

「ごめんごめん、からかったのは謝るからさ」

 アンが両手を合わせて謝罪の意を示す。


「まったく、お嬢様を守る〈契約〉をしてなければ今頃、()()きにしてるところですよ」

「大丈夫、ヒリング以外には()(わきま)えているとも」

「そ、そうですか……えへへ」

 満更でもなさそうに、頬をかく彼女であった。吸血鬼の威厳とは。


「ヒリングだって、僕以外の女の子の胸見ちゃダメだからね」

「心配には及びません。私が見るのは、お嬢様の胸だけです」


「やっぱ、見てたんじゃん……」

 両腕で胸を庇うような仕草とともに、ぷいっとアンが顔を背ける。

 色恋沙汰(ざた)に疎い彼女でもさすがに恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤であったという。


「……その、お嬢様」

「……ヒリングは、さ。僕のこと……」

 互いに何かを言いかけては、なんでもない、と互いに撤回し合い。

 やがて完全な沈黙が訪れ、しばらく廊下にふたりの足音だけが響いた。


「ふー、やっと着いたね。ここだよ、この扉」

 ふたりきりの気まずい沈黙から解放されたアンが、大きく息を吐く。

「お嬢様、この先に何があるんですか?」

 ヒリングも気持ちを切り替え、普段どおりを装っている。


「君なら、見ただけでわかるんじゃないかな?」

 預かっていた鍵を刺し込むと鍵穴に魔法陣が浮かび上がり、ガチャリと回すと魔術的な封印ごと解錠(かいじょう)された。


「これは……転送魔法陣の一種、でしょうか? これほどの規模は私も千年生きてきて初めて目にしますが」


 厳重に秘匿(ひとく)された施設奥には武装した一個小隊がまるまると収まるほど、巨大な魔法陣(固定式の〈魔術刻印〉で、原理は同じ)が描かれていた。


「まだ最終実践テスト中らしいけどね」

「それで、今回の依頼はこの大規模転送魔法陣が絡んでるというわけですか」

 アンがこくりと頷く。


「転送魔法自体はそこまで珍しい技術じゃない。さすがに一般家庭にまで普及してないけど、魔術師を抱える施設では使われてる。

 でも、それは物資の搬入搬出が(おも)で、人を転送するにしても一度に少数が限界だった」


「ですが、この規模だと戦争が……いえ、歴史が変わりますよ」

「転送魔法の開発により、兵糧(ひょうろう)攻めが意味をなさないのは、もう常識だからね」


 その結果、むしろ決着はついたのに、死を覚悟した特攻が余儀(よぎ)なくされ、双方の被害は無駄に拡大したのだとか。


「――しかし、転送魔法陣には弱点がありますよね。この魔法陣は二箇所が対になっていて、片方を無力化すれば、自動的にもう片方も効力を失います」


「さすがに詳しいね、ヒリング」

「お嬢様、私のことを舐め過ぎです」

 彼女は結構、根に持つタイプの吸血鬼であった。


「じゃあ、ヒリング。転送魔法陣の『仕組み』は知ってるかな?」

「仕組み……とは? 魔術を用いて、離れた距離間で物質を移動させるだけ、ではないのですか?」


「まあ、結果だけ見ればそのとおりなんだけど……僕が聞いているのは、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だね」


 いまいちピンと来ていない助手にアンは手帳のページの一枚にペンでちょちょいと印をつけ、破り取って解説する。



「さて、ヒリング。この『()()()()()()()()()()()』? 線を引くのは無しだよ」



「挑戦するおつもりですか、千年生きた真祖の吸血鬼であるこの私に。面白い、正解したらご褒美のひとつでももらいましょうか」


「君、僕のおっぱいを狙っているなッ?」

 両腕で自身を抱き締め、身を庇うアンである。


「そ、その手があったか……じゃなくて、そういう意味で言ったんじゃありません!」

 なんだ違うのかい、と残念なのか安心したのか、どちらともつかない反応をするアンであった。

「そもそも、まず正解してから言いたまえ」


「ふむ……わざわざ問題にするということは、特別な仕掛けがあるのでしょう。

 吸血鬼の固有魔法のひとつに無数のコウモリに変化して、再結合するものがあります。一種の瞬間移動と呼べるでしょう。

 つまり正解はこうです――」


 うんうん、とアンが助手の推理を温かい目で見守る。

 彼女が――ふたつに()()()()()()()()()()と、離れた点と点が重なり合った。


「いかがでしょう?」

 ヒリングは、どうだと得意げである。


「いい線いってたけど惜しい!」

 アンがもう一枚ページを破り、正解はこう、と示す。

 それは――()()()()()()、というごくシンプルなものであった。



「折るか破くかの違いだけで、ほぼ正解ですよね? お嬢様、見苦しいですよ。いくら胸を揉まれたくないからって……」



「違うのは、『考え方』のほうで……君、胸を揉む気だったのかいッ?」

「揉む気でしたが?」

「開き直ったぞ、このドスケベ吸血鬼! 誇りはどうした誇りは! じゃなくて!」

 本当に違うんだよ、とアンは子どもをあやすように解説する。


「『物体を一度分解して、離れた場所で再結合する転送装置』も、考案されてはいたんだよ。科学者の友達の受け売りだけどね。

 けれど、技術的にも安全面でも、おまけに倫理的にも問題があったらしくて」


「では結局、採用されなかったのですか?」


「今の主流は、空間魔法を元にした技術だね。

 僕も詳しくはないから簡単に説明すると、この紙みたいに魔術で『空間を曲げて、くっ付けちゃおう』って技術だよ」


「非常に口惜しいですが、私の負け……のようですね」

 ヒリングがまだ不満そうに引き下がる。


「君、そんなに胸を……」

「こ、これは真祖のプライドの問題です! ご褒美の胸目当てではありません!」

 誇りが高いのか低いのか、食い気味に否定する彼女であった。


「それはさておき、ようやく本題に入るけど、この【メモ:大規模〈転送魔法陣〉を使った隊員のうち、ひとりが帰ってきていない】んだ」

 と、探偵手帳に既に書き記しておいたページを提示する。

 アンはさっそく魔法陣の術式に書き損じがないか調べ始めた。



()()()()()()()()()()()()()()()()のでしょうか?」



「まさに、それを相談されているんだよ。この魔法陣は実戦投入前の最終段階でね。もし魔法陣の術式自体に異常はないのにそんな『仕様』が起こるなら、とてもじゃないけど実戦で使えないんだとさ」


「その……行方不明者の方を軍は捜索されていないのでしょうか?」

薄情(はくじょう)だと思うかい? まあ、そう人類を卑下(ひげ)しないでくれたまえ。軍事機密が関わってるからね。おおっぴらに探すわけにも、いかないんだろうさ」


 雑談も交えつつ、アンは運動場ほどの大きさのある巨大魔法陣を隅から隅まで点検していく。

 ようやく調べ終える頃には、日が暮れていた。


「うん、【メモ:片方の転送魔法陣には異常なし】だね。となれば、調べるべきは、もう片方だ」


【ここまでの調査レポート】

 ・新型の『転送魔法陣』で問題が起き、使用者のひとりが帰ってこなかった。

 ・調べたところ、片方は異常なし。


「なんかヒリング、だんだん大胆になってきてない? 素直になれば……とは言ったけどさ。

 こりゃツヴェルク警部に言われたとおり、襲われた時の撃退用に、聖水入りの小瓶でも持っとくべきかな?」


 と、メモには書かず、少女は独り呟いたという。


アンの名誉のために補足しておこう。

この事件は終戦後、彼女を訪ねた老夫婦から事情をうかがい、当時の状況を再現したものである。

この件に関する資料は、ツヴェルクの汚職事件の時よりも、徹底して処分されてしまっていた。


(第3問その①・了、つづく)

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