その③:〈禁忌〉の技術
「社長さん、新商品の工場は、本当にここで合ってますか?」
アンがからっとした声で、小太りの中年男性――依頼人の社長に尋ねる。
案内された工場は狭く、お世辞にも立派とは呼べない建物であった。
「お恥ずかしながら……驚かれましたか? なにぶん、私が一代で立ち上げた町工場ですからな」
「そんな、大変だったでしょう?」
「はは、わかりますか? 右も左もわからず、手探りで……ろくに遊ぶ余裕もなく、気づけば独り身でこの歳です」
「わかりますとも、僕も経営学を嗜んでいます。そこに自社製品の魔道具の誤作動を疑われては、心中穏やかでないでしょう」
そのひと言に、社長が苦い顔をする。
「探偵さん、本当に事件を解決していただけるんですよね?」
「ええ、もちろんです。そのために工場を調べておきたくて」
「我が社の作った商品に限って、誤作動はありえません!」
「わかっています。『部品を動かすと紋様が完成するあの〈魔術刻印〉』は、単純な仕組みながら、素晴らしいアイデアでした。魔術師には思いつけませんよ」
「あの仕組みは、親父がくれた玩具の絵が変わる仕掛けから、偶然思いついたんです……当時も工場の経営が、ようやく軌道に乗ってきた矢先の出来事でした」
小さな金属の玩具をポケットから取り出し、ぼそりと呟く。
「失礼ながら、親父さんは……」
「……私がまだ若かった頃にこの世を去りました。魔術師に殺されたんです」
「その事故の記事なら僕のほうでも調べてきましたが、魔術師の犯行という記述はどこにも」
「死因は刺し傷に見えるよう偽装されていましたが、私が見つけた時には、淡い緑の魔力の残滓が残っていたのを、はっきりと覚えています! 警察の到着する前に消えてしまったので、残念ながら証拠にはなりませんでしたが……」
「――それがきっかけで、ずっと魔術師を憎んでるんですか?」
声を低くして、アンが『事件』の核心に迫る。
「な、なんのことですかな?」
「そこは嘘でも、恨んでいる、と答えてくださいよ。または、もう恨んでいない、の二択です。この質問に『とぼける』のは――ありえないんですよ」
「探偵さん、あんた……どこまで調べた?」
社長がさり気なく作業着の胸ポケットに手を潜ませ、苛立ちを露わにした。
アンは冷静に、推理の続きを述べる。
「――あの魔石は『取り扱い危険物』です。購入すれば記録が残ります。一度に大量購入すれば怪しまれるので、何箇所かから小分けにしたみたいですけど、それでも購入者の記録自体は残ります」
町工場の機材の陰に潜む、数人の気配を感じても、アンは弁舌を止めなかった。
この場にヒリングは、まだ姿を見せていない。
「新型魔道具のアイデアはたしかに画期的でしたが、『まだコレクターにしか流通していない貴重品』です。
これから量産するにしても、魔石を買い込むリスクと割に合わない。しかも、不具合を疑われた後も買い込んでる。社運を賭けたにしては謎です」
そこで、と人差し指を立てて、推理を強行する。
「『本命の製品』が別にある、そう僕は考えました。新型魔道具は魔石を買っても、軍や警察に目をつけられないための『カモフラージュ』です。
もしくは【メモ:本命を作っている最中に、偶然できてしまった『副産物』に過ぎなかった】とか」
くるくると回していた指を、アンは途中で、ぴたりと止める。
終始、この依頼を受けてから上機嫌だった彼女は、もう探偵モードではなかった。
人助けは好きでも、人を問い詰めるのは好まない性格なのだ。
「こういうとき、なんていうか、その……『不運』でしたね。まさか、副産物のほうが売れてしまうなんて。
さあ……答えわせの時間です。もう一度だけお聞きしますね。
新商品の工場は――本当にここで合ってますか?」
「生まれつき、何もかも恵まれてる嬢ちゃんには、俺たち非術師の気持ちがわからねえだろ! 経営が嗜みだと? 俺たちゃ、日々の生活がかかってんだよ!」
社長が『鉄の筒』を向け、隠れていた数人もそれにならう。
アンは地縛霊と戦った時と違って、その『武器』を向けられても、心の底から危機感を覚えなかった。
「こいつが怖くねえのか? って考えてみりゃ、そりゃそうか。こいつは俺が発明したばかりの――『魔術師を殺す道具』だ。こいつは傑作だな。なんでもご存じの魔術師様は自分が命を狙われてることすら、わかんねえってわけだ?」
にやり、と口角を吊り上げる社長に、アンは深い嘆息をつく。
「知ってますよ……。
それは教会で〈禁忌〉とされている道具で、名称は〈ピストゥ〉です。
あんまり、怒鳴らないでほしいな。商売を嗜みと言ったことは謝りますから」
「……教会? 〈禁忌〉だあ? それに〈ピストゥ〉だと? こいつはまだ俺が発明したばかりの〈アーガペイン〉だぞ!」
「無知を笑うつもりはありませんが、知らないって怖いですね。それを【メモ:〈禁忌〉技術と知らずに作ってしまった】なんて」
「だから、〈禁忌〉もなにも……俺が最初じゃ……そ、そんな、じゃあ俺の発明は……」
アンに語られる前に真相を悟ってしまった男が、みるみる青ざめていく。
「ケケーッ、やっちまおうぜ社長! 〈禁忌〉だか〈ピストゥ〉だか知らねえが! ようはこの小娘を始末しちまえば、関係ねえんだろーッ!」
「――てめえら、よさねえかっ!」
先走ったひとりが、リーダー格の制止も構わず『引き鉄』を引く。殺す気まではなかった数人も、釣られて指を引いてしまう。
が、何も起こらなかった。
焦ってカチカチと何度も引いたり、「詰まった?」と銃口を覗き込んでいる。
「あ、危ないから、砲身の先を覗き込まないでください! もう発射はされないはずですけど、見ていてひやひやするので!」
「ケケーッ! 相手は小娘ひとり、野郎ども、こうなりゃ実力行使だーーーッ!」
「へっ? あの、それはもっと危ないので、やめたほうが――」
「ふう……お嬢様の体に触れていいのは、私だけです」
入口横で待機していたヒリングが、ぱんぱん、と両手をはたいている。
白い髪がなびいた、かと思えば――あっという間にこの場を制圧してしまったのだ。
残った社長に、ヒリングは拳を振り被り――。
「ああっ! ヒリング、この人は殴っちゃダメー!」
アンが身を挺して社長を庇い、ヒリングがぴたりと拳を止めた。
「お嬢様……こんな人間なぜ庇うのですか!」
「もう、みんな血の気が多いんだから……この人はちょっと脅かすだけで、僕を殺す気なんて最初からなかったよ。そうですよね?」
「なぜ、会ったばかりでそう言い切れる? 俺は魔術師を憎んでるんだぞ? 殺す理由なんて、いくらでも……」
そう言っても、彼は既に銃口を降ろして、戦意を喪失していた。
「いいえ、あなたに人は――とくに僕みたいな子どもは殺せません。
親父さんの形見を大事そうに持っているあなたは、奪われる痛みを知っていますから」
「なあ、探偵さん……どうして、この武器は作動しなかったんだ? 実戦に備えて何度もテストしたが、誤作動なんて一度も起こさなかった」
「ああ、そっちも気になります? たしかに〈ピストゥ〉もとい〈アーガペイン〉は『魔術師殺し』と恐れられ――詠唱よりも早く命を奪えますけど、仕組みさえわかれば簡単に対処できるんですよ」
例えば、と例を挙げるアンは探偵モードの調子を取り戻している。
「空気が湿っているのわかります? 工場内にヒリングの血を充満させておいて、湿気で火薬のほうをダメにしたんです。ほかにも対処法はあって……」
「おい、アン。お前なあ……〈禁忌〉技術を楽しそうに、ぺらぺら喋るんじゃあない」
警官隊を引き連れたツヴェルクが、アンが語っているあいだに突入を終え、伸びた男たちをしょっぴいた後であった。
最後に社長を彼女自ら連行しようとする。
「あ、あのっ、ツヴェルク警部! その人にどうしても、これだけは伝えておきたいことがあるんですけど! 〈禁忌〉の内容には触れませんから! お願いします!」
「……ったく、しょうがねえなあ」
頭を下げるアンに根負けして、ツヴェルクが足を止めた。
ヒリングもおとなしく待機し、事の成り行きを見守っている。
「その、〈ピストゥ〉の仕組み自体は、発明されてて。
仕組みが似てるから対処できたんですけど……『未完成の紋様がスライドで合わさって〈魔術刻印〉が完成』する〈アーガペイン〉は、微妙に機構が異なってまして……」
慎重に言葉を選ぶアンに、ツヴェルクももう口出しはしなかった。
「こういう言い方は、変……かもしれませんけど【メモ:あなたの発明はオリジナル】です。だから、ご自分を『誇らしく』思ってください!」
「……探偵さん、事件を解決してくれて……ありがとうございます」
社長が、ふっと穏やかに微笑む。
燻っていた復讐の残り火が、完全に消えた瞬間であった。
◆
「お嬢様、純粋な疑問なんですか……なぜあれは〈禁忌〉とされているのでしょう?」
現場検証と差し押さえがあるからと、追い出されたアンとヒリングは、内容が内容なので事務所に帰ってから会話する。
「たしかに即席の殺傷力は脅威ですが、魔術の多彩さには、遠く及ばないかと」
「そう思うかい? 人を殺すという行為が――シンプルに引き金を引く、たったそれだけで完結する武器だよ?」
「湿度に弱いのは、武器としても欠陥品にしか……」
「その欠点は有用性のほうが上回れば、いずれ克服されるだろう。極論、水中でも撃てるようになるかも。
それすら重大な問題じゃないけれど、あえて言うなら――」
【ここまでの調査レポート】
・新型魔道具はカモフラージュで、〈禁忌〉を製造した際の副産物だった。
・あの人はそうとは知らずに、〈禁忌〉の武器を発明だと思いこんでしまっていた。
・オリジナルの魔道具が事故なんて起こさなければ、結末は違ってたんじゃないかって、どうしても考えてしまう。
「――残り火に反応して大火事にしてしまうから、かな」
(第2問その③・了、つづく……?)