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その②:ヒントは『非合法な用途』

「さて、調査に行き詰ったところで、この魔道具を分解してみよう」


 発火事故の原因を疑われている代物である。下手に刺激を与えれば何が起こるかわからない。


 というわけで事務所では危険なため、万が一火の手が上がった場合に備え、郊外の空地へと場所を移している。

 足元は砂利(じゃり)で周囲に草木もほとんどなく、燃え移る心配もない。


「よろしいのですか? 大変貴重な物とのことでしたので、それひとつしかサンプルをいただいてませんが……」

「社外秘ですー、で仕組みを教えもらえないんじゃ、捜査にならないよ」

「『まだコレクターにしか流通してない、そこそこ貴重品のはず』でしたが……」


「だからって、お守りみたいに持っててもしょうがないだろう? 僕は『葉巻を吸わないから、()()()()()()()()()()()()』し、魔道具の収集家(コレクター)でもな……い?」


 自身の発言に違和感を覚え、アンが首を傾げる。


「お嬢様、なにか気づかれましたか?」

「……いや、これは『捜査とは』関係ない。気にしないでくれたまえ」

 真剣な口調で否定され、「そうですか」とヒリングは素直に引き下がった。


「では気を取り直して、さくっと分解してくれるかい? なるべく刺激を与えないよう、それでいて、なるべく破損が少ないようにね」


 ぽん、と着火装置を手渡され、ヒリングが片手に血の小瓶を用意した。

 わりと無茶ぶりを要求されているが、彼女にとっては容易い注文である。


造血献醸(フルボトル・セラー)――血管切り裂き刃(ブラッド・リッパー)


 小瓶から飛び出したワインレッドの(あや)しくも、美しき吸血鬼の血液が、魔術の詠唱に従い、ナイフを形成する。


 頭上に放り投げた着火装置を、ヒリングは目にも止まらぬ速さで分割し、部品が落ちぬよう、ナイフを持っていないほうの片手で受け止めた。


 吸血鬼でありながら、日焼け知らずの透き通るような白い手を、すっと開く。

 組み立て前のように綺麗に分解された着火装置が、手のひらに広がった。


「あっ、悪いけどヒリング、そのままにしといてくれる?」

 机とかないから、とアンが直に手に乗せたままの部品を調べる。


「っ……! お嬢様、私の顔は見ないでくださいね」

「えっ、なんで?」


 手と手が触れ合い、ヒリングは自らの顔が熱くなるのを感じたらしい。

 アンは部品に夢中だったので、完全に余計なひと言であったのだが。


 反射的に顔を上げてしまい、身動きの取れないヒリングは慌てて顔を背けた。


「み、見ないでと言いましたよね……」

「ごめん、つい。ぜ、全然見えなかったよ……その、太陽の逆光で」

「そ、それならいいのですが……」


 ヒリングの好意をとうに見抜いているアンは、すぐ事情を察してごまかしたという。さすがに、うまい言い訳は咄嗟に思いつかなかったらしいが。


 太陽を克服に留まらず、太陽に助けられた吸血鬼は、歴史上でも初だろう。


 この時期、ツヴェルクはアンから「トンネルで告白し合って以来、ヒリングの態度が前より辛辣(しんらつ)じゃなくなった」とたびたび相談を受けていたので「へー、ガチで惚れられたんじゃね」と適当に流したものである。マジだったとは。


「うん、【メモ:発火剤に魔石を使ってる】のは、予想どおりだね。

 あれ? この魔石……僕の記憶が正しければ『取り扱い危険物に指定されてる』よ」


「それ、素手で触って大丈夫なやつですか?」

 探偵モードに戻ったアンに、ヒリングが心配で声をかける。


 ちなみに彼女が案じているのは部品のある自分の手ではなく、部品を触るアンのほうである。

 吸血鬼は、太陽光や聖水以外での火傷をなら、痕も残らず再生する。

 真祖の吸血鬼である彼女に至っては、治るまでもなく、無傷だろう。


「大丈夫、安心して持ってていいよ。危険物と言っても『大量に抱え込むと犯罪行為に転用されて危険』とか、そういう意味だから。魔石自体は外から魔術的要因で刺激されない限り作動しないよ」

「なら、よいのですが……」


「ほら、やっぱりカバー裏に【メモ:起動用の〈魔術刻印〉がある】よ。社外秘ってこれのことかな?」

 ここまでは想定内といった反応で、彼女は口に出して解説を始める。


「〈魔術刻印〉を用いた魔術は一種類しか使えないから、魔術戦の強味である臨機応変さが失われる。その代わり、魔力の無い()()()()()()()()()()()のが魔道具だ」


「加工で文字や紋様(もんよう)を彫り込んだり、儀式的な意味合いも含む伝統の技術ですね」

「実際に千年の歴史を見てきた君が言うと、説得力あるね」

「千年……と言っても、お嬢様と契約するまで『ほとんど棺で寝てました』けど」


 アンが「それ寝過ぎで腰とか痛くならない?」で素朴な疑問を呈する。


「なりませんね、私は。吸血鬼ですし、無敵なので」

「いいなー、僕も吸血鬼になろっかなー? 噛まれたら眷属(けんぞく)になれるんでしょ?」

「えっ……いいんですか?」

 予期せず『二番目の望み』を提示され、揺らぐヒリングである。

 が、すぐに思い留まった。


「お嬢様は素質があるほうですが――『無敵の私に比べればクソザコ吸血鬼』です。太陽の下を歩けなくなっては、私が困ります」


「ざんねん、僕は君の『(かさ)』だもんね」

「お嬢様……? それはお忘れになってくださいと」

「大丈夫、〈契約〉の破棄(はき)にはならないよ。君が言ったんじゃなくて、僕が言ったのさ」

「……屁理屈(へりくつ)です」

 ぷい、と不機嫌になってしまうヒリングであった。


「ええと、推理の途中だったね。ちょっと魔石を起動させてみよう。なるべく普通に使う状態に近いほうがいいから、こうして……」

 ヒリングの手から使うパーツをひょいと持ち上げ、砂利の上に〈魔術刻印〉が施されたカバーの部品を、その上に魔石を積み上げる。


「この〈魔術刻印〉、なんか『欠けてる』と思ったら、面白いなあ。こっちの『部品が動くと魔法陣が完成する仕掛け細工』だ。これは案外、盲点で思いつかないかも」


「そもそも、魔法使いには魔道具は必要ありませんからね。技術が千年前からあまり発展していなくても、不思議ではありません」

「うーん、急に閃いたのかなあ……?」

 雑談も交えつつ、作業自体はあっという間に完了する。


 ばらばらになった部品をあるべき形に積み重ねると、刻印された魔法陣が発動。

 反応した魔石から、ボッ、と小さな炎が上がった。


「火は出ますね。弱いですが、なにかに燃え移れば火事は起きるでしょう。やはり誤作動で確定でしょうか?」


「……そういう仕組みか。実際に見ると手っ取り早いね。これで謎はすべて解けた」


 この依頼を受けてから――ツヴェルク警部と話したあの夜から、軽く探偵モードに入り続けていたアンが、ここにきてより()()()


「この魔石は一度作動すると、温度が下がりにくい。というより【メモ:活性化すると収まるまで、時間がかかる】。

 その状態で【メモ:『竜の逆鱗(げきりん)』のような不安定なものが近くにあれば、連鎖反応を起こして発火する】だろう」


「恐れながら……お嬢様、被害者は魔術師ではなかったのでしょう? その推理は無理があるのでは?」

 アンがゆっくりと首を横に振った。



「魔術師以外は〈魔力回復薬〉を欲しがらない。それがこの事件を難解にしていた『先入観』だったんだよ。〈竜の逆鱗〉について、もっと詳しく調べよう。

 僕の勘が正しければ、おそらく【メモ:魔力の補給以外の使用法がある】はずだ」



【ここまでの調査レポート】

 ・着火装置の仕組みは魔術刻印と魔石を利用したものだった。

 ・魔石は一度作動すると、しばらく活性化し続けてしまう。

 ・そこに不安定な〈竜の逆鱗〉が近づけば、火事が起きても不思議ではない。

 ・〈竜の逆鱗〉には表立って言えない、魔力補給以外の使用法があるはず。


「――たぶん、()()()な」


(第2問その②・了、つづく)

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