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その②:ヒントは『通過算』

「さて、実地調査といこうか」


 一泊したアンとヒリングは馬車に揺られ、(くだん)のトンネル付近の村へと移動していた。


「お嬢様、昨夜はひと晩中起きてらっしゃったようですが……」


 有事の際の戦闘に備え、ヒリングはぐっすり寝て万全である。

 探偵モードのアンが相手してくれないので、不貞寝(ふてね)したわけではないとのこと。


「まあ、列車とバスで寝たからね。探偵は頭を使うから、寝れる時に寝ないと」

「まったく、無防備な……」


「え? 君が傍にいない時はさすがに起きてるよ」

 さらりと言ってのける彼女である。


「……そういうところです」


「負担になってたかい? 君も僕の前で寝ていいんだよ?」

「お断りします。お嬢様に守っていただくほど、私はやわじゃありませんので」

「ふふっ、やっぱり守ってくれてたんだね」

 さり気なく鎌をかけたアンが、嬉しそうに微笑む。


「まったく、私をからかえる『人間』は、アンお嬢様くらいですよ」

「そこは君い、僕は『探偵』だよ? 話術で勝とうなんて――()()()()


「お嬢様は魔術や魔物絡みの捜査専門、話術は無関係な気がしますが……」


「それらだって完全な『自然現象』というわけじゃない。人間が巻き込まれる以上、大抵の場合、原因も人間だからね。対人スキルは必須だとも」

「対()……ですか」

 ヒリングが、透き通るような自身の白い肌を見つめる。


「『地縛霊』も、人が変化したモンスターさ」

「いえ、そういうことでは……」


「あっ、トンネルの入口が見えてきたよ」

 いよいよ危険地帯に近づき、雑談は切り上げられた。


「うん、列車と違って、はっきりと魔力を感じる……と言うよりこれは、呪いや怨念の類かな。ともかく、現場はここで間違いなさそうだ」

「ちょ、危ないですよ! そんな、ずかずか進まないでください!」


 物見遊山のごとくトンネルに入っていくアンを、ヒリングが慌てて追いかけ、腕を掴んで、半ば強引に引き止める。


「――お嬢様、死にたいんですか!」


「死なないさ。事件の被害者は全員、列車内で体のどこかに謎の赤い手形を付けられ、体調不良も訴えているものの、死者はひとりも出ていない。

 症状から見ても【メモ:『見えざる手(ドレインタッチ)』だろう】ね、寝込む程度に生気を吸われただけだよ」


「なら、まあ……じゃなくて!」

「もちろん、まだ死者が出ていないだけの可能性もある。相手の領域内に踏み込むわけだから、強化された魔術が命に関わる危険性もね」

「そこまで、わかっていながら……」


「でも、列車で事件が始まってから、『このトンネルで点検作業が行われた記録もあったのに、その時に体調不良を訴えた人物は出てなかった』んだよね」

 おかしいよね、とアンは首を傾げる。


「――どうして列車の乗客だけが、被害に遭うんだろう」


 ヒリングへの問いかけ、ではない。探偵モードに入った彼女はメモだけでなく、考えを口に出して整理する癖がある。


「そんなの、列車の乗客を狙ってるからじゃないですか?」

 聞かれていなくても構わずに、ヒリングは答えた。アンが、ひとりきりの世界に没入して、そのまま(おぼ)れ死んでしまわないように。


「……ああ、そうだね。おそらくそこが――今回の〈ホワイダニット〉だ」


 ダメだ、とヒリングが眉をひそめる。

 こうなってしまったら、この子はもう事件解決まで止まらないだろうと。


「ねえ、ヒリング? そろそろ、僕の腕を離してくれる?」


 風が吹けば折れてしまいそうな、小枝のような細い腕。

 ならばいっそ、『幹』が折れてしまう前に、ここで折ってしまおうか。

 ぐっと握る手に力を籠めかけて――やめたらしい。


「それじゃ改めて、しゅっぱーつ!」


 腕を折られかけたなど露知らず、心の底から楽しげに、アンは言った。


「せめて……私の傍から離れないでくださいね」


 この人はきっと、折れた腕で進んでしまうだろう。足を折っても、這って行ってしまうだろう。

 アンは――アンブレラ・アンブラーラは、嬉々として危険に飛び込んでいく。

 死は恐れるのに、傷つくのは嫌がるのに。どうしようもなく、湧き上がる探求心を止められない。


 それが彼女の、生粋の『名探偵気質』なのだった。

 好奇心は猫をも殺すと言うが、探偵を殺すのは犯人ではなく、好奇心だろう。


「おかしい、何も起こらなかった」

 無事にトンネルを抜けたアンは、ぶーぶーと不満げに唇を尖らせている。

「いいことでしょう」


「魔力は確かにここから感じる。【メモ:地縛霊はトンネルにいる】は合ってる。おそらく魔術を蜘蛛の巣のように張った〈結界〉、それも発動の――〈条件付き結界〉だ」


「失礼ながら、低級死霊風情が〈結界〉魔術を使えるとは思えません」

 なお失礼は死霊にではなく、アンへ意見することに対してである。


「わかってないなー、『条件付き』ってところがポイントだよ、ヒリング。僕の助手になって十年も経ってないもんね? まだそんなことも知らないんだね」


 ちっちっちー、と細い指を振る。

 ヒリングは普通にむかついたので、普通に指をへし折ろうかな、と思ったと語る。


「〈条件付き結界〉は――その名のごとく、条件の付いた〈結界〉だよ。条件を満たさないと発動しない代わりに、実力以上に強力な魔術を行使できる。厄介なことに今回は発動しない、の部分が隠匿(いんとく)作用をもたらしている」

 アンは「おそらく副次的な作用だろう」と付け加える。


「では、どうやって探します? トンネルの壁中をノックしてまわりますか?」


「まさか――もう『推理』は終わっている。あとは証明するだけさ」


 本気で諦めるとは思ていなかったが、意外な返答に驚いたという。

 自身に満ちた青い瞳は、見栄やはったりではない。


「さて、ここから本気でやばくなるよ。地縛霊はおそらく、理性が残ってない。〈結界〉内に侵入すれば、問答無用で襲ってくる」


「……その前に、推理の根拠を披露していただけますか?」

 内容が気になったというより、死地に赴く前の時間稼ぎのようだ。


「【メモ:これは『()()()』の問題】だよ」

 そんなヒリングの胸中を知ってか知らずか、アンは得意げに語り始めた。


「通過算……と言いますと?」

「何パターンかあるけどこの場合、『列車の長さとトンネルの長さ、出るまでの時間がわかれば、時速が計算できる』というやつだね」

「それで、速度はいくつでした?」


「僕の推理だと、重要なのは速度じゃない。【メモ:一定の長さを、一定の速度で運動していること】さ」


 アンの出した結論に、ヒリングも頷く。

「たしかに私たちはトンネルを調べながら――つまり、何度も立ち止まりながら出てきました。訪れた作業員も、素通りではないでしょうね」


「被害者が同じ部屋だったのも、これで説明がつく。列車がトンネルに入ってから〈結界〉の発動条件を満たすタイミングがちょうど『10号車の5号室』に()()()んだ」


「待ってください、その理屈だと列車の乗客全員が怪我をしていないとおかしくないですか?」

 今度は引き止めたわけではなく、純粋な疑問だったらしい。


「まだ憶測だけど、結界の発動自体はトンネルの入口なのに、実際に〈結界〉が展開されるのはトンネル全体じゃなくて『通過()』だからっていうのがポイントかな。これなら、部屋によってばらつきが生じるだろう?」


「なるほど? わかるような……わからないような……」


「簡単に言うとだね――【メモ:部屋の位置から地縛霊が憑りついている箇所を逆算できる】って話さ」


「なるほど、列車と同じ速度で走らなくとも、位置さえ特定できれば――」

 ヒリングの相槌を待たず、アンがさらに言葉を紡ぐ。

「――外から〈結界〉を、()じ開けられる」


 彼女は偽名を名乗っており、本当の家名はアストラーラと言う。とある有名な魔術師の家系であり、魔術の才能にも長けているのだ。


「お嬢様、僭越(せんえつ)ながら意見を申しあげますと『探偵』の仕事はここまでです。地縛霊の退治は専門家である、討伐隊や冒険者に任せるのが賢明かと」


「ところがね、そうもいかないのさ。死霊系モンスターの多くは時間が経過するほど周囲の浮遊霊と融合して、自我が混ざり合って理性を失い、凶悪になっていく。

 明日には、取り返しのつかない事態になってる可能性がある」


「あの個室だけ、閉鎖してもらうわけには……?」

「いつ〈結界〉の効果範囲が列車全体になっても、おかしくないんだよ。この列車は重要なインフラだから、()()()()()()()()()()し」

「それは……」

 ヒリングは「お嬢様も()()です」という言葉を、ぐっと飲み込んだという。


「僕は進むけど、君は引き返してもいいんだよ」

「いえ――お嬢様は、私が守ります。そういう〈契約〉ですから」


 彼女の(いと)しの暴走特急も、簡単には止まってくれなさそうだ。

 (きびす)を返すアンに寄り添うように、ヒリングはトンネルに再突入するのだった。


【ここまでの調査レポート】

 ・地縛霊は、やはりトンネルに潜んでいた。

 ・赤い手形は『見えざる手(ドレインタッチ)』の痕跡だろう。

 ・結界は『一定の長さを、一定の速度で運動しているもの』に反応する。

 ・通過算を使って、結界の位置を逆探知できた。


「いよいよ、答え合わせだ。さあ、わくわくしてきたぞ」


(第1問その②・了、つづく)

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