マイナス621週 在りし日の思い出
はい、3カ月ぶりです。
地道に文を直し、読みやすい文、読みやすい構成を考えて色々やってみて、とりあえず形になったのでちゃんとした版として投稿いたします。
雨降りすさぶ山荘。
本州の真夏としては珍しく気温は上がらず、結露で内からは窓が曇っている。
外からは打ち付ける水滴の所為で外を眺めることもできない。
友人家族を介して明日行うはバーベキュー、それが無事にとり行われるか、それだけが少年にとっての気がかりだった。
今も降り続ける雨は、予報では明日になるに近づくにつれて快晴となる。
明日の夜空は一面に浮かぶ満天の星空が夜を照らすと、テレビではそう伝えていた。
けれど窓の外をいつ何時眺めても、雨が降り病む気配はない、疑い目も向けたくもなろう。
だからこそ予報が確実になってくれるように願いも込め、少年は手を動かし始めた。
2枚のティッシュを手に取り、手慣れた手つきで一枚をてのひらで丸め。
二枚目を丸めたティッシュに覆いかぶせ顔の輪郭を作る、そうして胴体と分離させるように、首を絞めるよう紐を結んで顔に目を書けばてるてる坊主の完成。
せんちゃんとふえちゃん、そしてお父さんとお母さん。
今しがた完成し少年の顔をしたてるてる坊主を、何気なく順番を決め並べていく。
せんちゃんとふえちゃんはよくケンカをする。
でも喧嘩するほど仲が良いのか、直ぐに仲直りもする。だから二人は並べて、それを仲裁するために、少年が二人の間に居るというイメージ。
それを見守るのがお父さんとお母さん。せんちゃんたちのお父さんお母さんも作りたかったけれど、間違えて変な顔にもしたくないから、一旦作るのはここまで。
それにしても、まだ昼だというのに空はとても暗い。
まるで禍々しい暗色に満ちた、青ざめた夜と見紛うほどに。
でも少年は夜が好きだった。特別感があって好きで、だから夜みたいなことが悪い事だとは思わない。けれど昼に暗いと空気が重く感じるから、こんな雨の日は好きじゃない。
この暗さも湿気も全て、諸悪は突如として発生した台風の如く発達し、ゲリラ豪雨を呼び寄せた雨雲の所為。
断続的に雨は続かず、直に降り止むとニュースでは言う。
それなのに朝に家を出発して以降、この場所に来てからの間も雨は降り続けている。
「余実ー?」
「なーにー」
優しい声に呼ばれ、少年は振り返るとそこには少年の母が居た。
少年は座ったまま首を上に傾け背後を眺めると、彼の目には逆さまになったエプロンを外したお母さんの姿が見え、まだ途中のてるてる坊主を机に置いた。
お母さんのもとに足早に向かうと、本当は外で食べる筈だったサンドイッチが詰め込まれた弁当箱。
気分だけでもと気を使ってくれたのだろう、そこにはレジャーシートを広げられていた。
「お昼にしましょ」
「わー野菜サンドイッチ!」
野菜と卵がぎっしりと詰まったサンドイッチ、大好きな物に少年の心は踊りだす。
野菜のシャキシャキ感と、卵とパンのもちもち感がたまらなく好きで、小さい頃から運動会や遠足の度に少年は作って欲しいとねだっている。
「余実は好き嫌いがなくて偉いわねー、ほら見なさいお父さんったらまたツナしか食べてないのよ」
「俺はパンより白米の方が好きだからなぁ」
「?でもお父さんって、ご飯の時も野菜は全然食べないよ?」
「そ、それはなぁー……」
痛い所を付かれたのか、お父さんはしぶしぶと新たなサンドイッチを手に取る。納得はしても納得が葛藤に変わったのか、手に取るのはレタスとツナが入った物だ。
お父さんは野菜が好きじゃない、バーベキューの時にはトウモロコシにかぶりつくけど、家で生野菜を出されてもケチをつけてお母さんに文句を言われている。
それが少年の家族が送る、いつも通りの日常。
「ごちそうさま!」
「コラッ!ちゃんと手を合わせてから……もう行っちゃった」
「良いんだよ、ただでさえこの雨で明日ちゃんとできるか不安なんだろ。だから必死にてるてる坊主なんて作ってる、少しでも気を紛らわせたいんだよ…きっと、ご馳走様」
「そういう貴方は、手を合わせない程に心配なんですか?」
「……、忘れてただけ」
そんな聞こえるか、聞こえないかの会話を少年は聞き流す。お父さんとお母さん以外のてるてる坊主を飾るために、こんな天気でも外がよく見える大きい窓がある部屋に戻る。
椅子に立ち、カーテンのレールに紐を括り付けようと少年は窓の外を見上げた。
空が晴れている。
先ほどまでの雨が嘘かの様に、怪しげな色の濃い雲の隙間から、快晴の青空が覗いていた。
求めていた景色がそこにあると、それを目に映すとてるてる坊主を飾るなんてことがどうでもよくなり、少年は急いで長靴を手に取り外へ出る。
「晴れた!」
心からの安堵と喜びを胸に、僕は空に向かって叫ぶ。
ぺちゃぺちゃと水たまりの上で、はしゃいでしまうほどに。
これで明日、皆でバーベキューができる事実がどうしようもなく嬉しくて。何度もジャンプをし、この喜びをその身で表した。
手に持った僕を含めた四人のてるてる坊主も、僕が跳ねると同時に一緒に喜んでくれるように、空へ向かってジャンプする。
「お父さん、お母さん!晴れたよ!」
この喜びを共有したくて、後ろに居るであろう二人に向かって少年は振り返る。
木が何故か上から落ちてきている、どういう訳かは分からないが。
落ちてきた木が地面に到達する前に、大量の土砂が山荘に覆いかぶさるように流れていって、濁流のようにその全てを飲み込んでいった。
丸太で作ったログハウスは一瞬で飲み込まれ、声をあげるまえにそれは少年の元まで届き、その勢いでの破堤した堤防の如く流さてしまう。
水か土砂か、そんなわずかな違い。
◇
悪い夢を見た。先ほど見たはずの空は先ほどの記憶よりも、より一層澄んだ快晴だった。
なぜか体中が痛く、起き上がるだけで激痛が走る。
悪い夢を見ている筈だ、なのにこの痛みが夢ではないと言いたげだ。
「ここはどこ?」
ログハウスの残骸。車は普通ではない向きに横転し、少年はこんな場所は知らない。
少年が知っているはずの場所は、こんな景観ではないのだから。
こんな状況は見たくない、こんな現実を知りたくない。
再び体中から痛みが走り、頭も凄く痛い、膝をつき、へたり込み尻もちを少年はつく。
頭はガンガンと響くように痛く、目も開けていられないし、どうしてか息が荒くなる。
怖い、怖い、誰か、誰か?そうだお父さんとお母さんが居る、それを思い出しお父さんとお母さんを呼んだ。
「お父さーん!お母さーん!」
返事は返ってこない、頭が更に痛み出す。意識を保つのも困難な程にズキズキと、痛みが肉体を支配していき、目を開けているのもやっとで。
次に目を開ける。
そこは小雨が降りすさみ、周りには多くの人が居る。
大泣きしたふえちゃんが抱き着いてきて、安心感と共に体の痛みも味わった。
ふえちゃんとせんちゃん。
そして二人のおじさん達が、心配そうな形相を浮かべ、色々なことをしている。
どういう訳かパトカーや救急車もやってきていて、まるで自動車の展示会場にでも来たよう。だがここは展示会場じゃなくて山だ、ならどうして?
暫くして僕は、せんちゃんとせんちゃんの両親と共に救急車に乗せられた。
体が痛くて仕方ない、けれど初めて乗る救急車に少しだけ心をワクワクする。少年はカッコいい救急隊員のお兄さんに、ふえちゃんに抱きしめられている間や、目を開けてからずっと気になっていることを聞いてみた。
「救急隊員のお兄さん」
「なんだい?」
「お父さんとお母さんは?」
すぐに言葉は返ってこなかった、ただ少しの時間が経ち、一人が口を開く。
「すぐ後ろの救急車に乗っているから……心配しないで、今は余実が休むことだけを考えて……ね?……大丈夫、大丈夫だから……」
重い空気を払拭するように、せんちゃんは口を開く。
大丈夫だと、少年が考えているようなことはないと、優しく説明するように。
「う…ん」
だけれど腑に落ちない、いつものせんちゃんとは違い要領を得ないあやふやな回答。
気まずそうにするせんちゃんの顔が凄く気になる、けれど今は違う事を考える。
「そういえばふえちゃんの言った通り、てるてる坊主を作ったら雨が止んだんだ。せんちゃんは意味がないって言ってたけどさ、ちゃんと雨が止んだんだよ」
けれどせんちゃんは俯き、僕のてのひらを握ったまま黙ったまま言葉を返してくれない。
何か嫌われるような事をしたのかなと思いもするが、少年はまた別の話題を振ってみる、けれど結局せんちゃんは病院に着くまで会話をしてくれなかった。
だけどずっと手を握ってくれたから、嫌われた訳ではないんだと思う。
多分とても心配してくれているから、こうしてせんちゃんは俯いている。心配してくれているというのは嬉しいこと、だって少年を思っているということだから。
そう考えるとこそばゆいが嬉しい、そう思うことにし少年は疲れたと瞼を閉じる。
痛みもなければ、苦しくもない、手を握られることは凄く安心できた。
あぁようやく眠れる、何か欠けるようなモノを感じながら、少年は確かに眠りについた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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