ep.37 お前は誰だ?
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は冬。
見たことのない景色。
生えている木々や石畳の道を見る限り、ここは日本でないのはわかる。
そこに立っているのは見覚えあるような、それでいて見知らぬ人物。
俺に向かって何か喋っているが無声映画みたいに何も聞こえない。
誰だ?
俺たちの高校はまたしても臨時休校となった、たくさんの課題が用意されて。
こんな時に集中なんて出来るわけもなく、俺たちは瑛子の謎家に集まることにした。
その場で警察や政府にも顔がきくアンネさんから情報がもたらされる。
全校集会中の大量殺害事件。
意識を失い倒れた校長や生徒たちは絶命していたことが判明した。
黒い球体からの触手で命を落とした生徒が二十一名。重軽傷を負った生徒が五十六名。
そして体育館の放送ブース、体育用具倉庫、更衣室から以下のものが発見される。
・本来内蔵が収められてるところに植物の根(同定不能)が数種類が大量に詰められていた動物の死骸。
・ビー玉八十八個。全て同じ大きさ。
・蝋燭七本。
・解読不能な文字と未知の図形が書かれた呪符のような紙が八枚。ヒトの血液で書かれていて血液型はB型RH+。
「ホラー映画に出てくる魔女の怪しい儀式とか悪魔召喚儀式っぽいな……」
俺の素直な感想だ。
「私ね、実はこういうの詳しいんだけど、これは見たこともないね。悪魔崇拝者のやる儀式に少し似てるけど……」
アンネさんの意見。
「体育館に入った時からおかしな匂いがしてたよ」
飯田奈美は当日に気付いていた。
「何かを呼び出そうとしてた。これは間違いないと思う。問題はそれが何なのか。悪魔?」
「それはないね。術者が召喚場所にいないことはあり得ないの」
アンネさん詳しい。
「あれは完全に顕現していなかった。その不完全な状態でさえ、私の神力とお兄ちゃんの木刀で精一杯。あれが完全な状態だったらどうなるか……」
「デアソードでトドメ刺したわけじゃないのか」
ここでアンネさんに『なんでイタリア語と英語?と突っ込まれる。
「あの何かわからないモノを呼び出す代償として生命が奪われた」
佐藤優子が珍しく無表情で話す。
「多数の生贄が必要だったなら、うちの全校集会の場でなくても、例えば駅とか人が集まるとこならどこでもよかったはず」
自分で言ってて胸糞が悪くなる。
「あえてあの場を狙った理由。あそこじゃなければならない条件」
ここがわからない。
「年齢……?」
うちの高校でなくても市内には他に私立高校や大学だってある。
「何か、何かがあるはず……他と違う何か……」
「桃色空間ではないでしょうか?」
柚木由香里の一言。
彼女の言う桃色空間、つまり恋愛関係にある男女の数?
「確かに少し前からやたらカップルが目立ってたけど……」
「人間は恋愛感情を持つと体内で複数のホルモンの分泌が盛んになり、快楽中枢を刺激されます。正常な精神状態とは言えません。行き過ぎた人はバカになりますし」
「身も蓋もないな」
「事実ですから」
「一部地域の精霊信仰では呪術儀式の際、薬物とダンスで精神を高揚させます。推測するに『儀式に必要な精神状態にある人間が多数いる』ことが、条件ではないでしょうか?」
柚木は続ける。
「もっと言うと鈴木留美子一派による校舎沈下事件。あれがきっかけで不安定になり、うっすらと生命の危機を感じた人達が、本能的に安らぎや子孫繁栄を求めて恋愛感情を持ちやすくなったとも考えられます」
皆黙っている。
「柚木さんの推測、否定する要素はないわね」
アンネさんは判断が早い。
俺はすごく嫌なことに気がつく。まさかな。
「ねぇ、仕掛け人、いるんじゃない?」
瑛子、気がついたか。
「どういうこと?」
アンネさんは首を傾げる。そうだな、彼女だけはうちの高校関係者じゃない。
「黒瀬さん、私も見当つけてます。桃色空間を作り上げた人物に」
柚木が同調する。
「あのっ、それって……」
王戸ちゃんも関わりあったよな。
「いたな。恋のキューピッドと呼ばれ、色々と恋の橋渡しをしていた奴が」
「あ……」
「飯田も俺と一緒に聞いたじゃないか。河野涼子だよ」
「うん……その子が妹に男子からの手紙を渡してたって」
ショッピングセンターで見た陸上部の中根と飯田由美の修羅場を思い出す。
「でもな? あいつ、普通の人間だよな? 飯田は何か気づいたか?」
「ううん。全然変じゃない。普通の女の子」
瑛子の方へ向く。
「う、うん。魂は普通の人間そのものだよ」
佐藤優子を見る。
「血の匂いからするとごく普通の人間よ」
柚木は?
「そもそもサンプル数が少ないのでなんとも言えません。ちゃんと解析していませんが、飯田先輩と飯田由美さん、遺伝子的には◯◯先輩、黒瀬さんと変わらないんですよ」
驚いたな。かなり違うと思ってた。
「地球上の生物は、それぞれ遺伝子情報に大きな差異はないんです。佐藤先輩とアンネさん、王戸さんも含めて。だから河野涼子さんは普通の人間と言えます」
「河野涼子は普通の人間。間違いなさそうだ。なら動機はなんだろう? 普通の女子高生があんなことするか?」
飯田由美との会話を思い出す。
『河野涼子ってさ、恋キューって呼ばれてるんだって?』
『そうですよ』
『昔から?』
『いえ、中学に入ってからです。小学生の時はコックリさんをやってるような暗い子でした』
『オカルト少女が恋のキューピッドに変身か』
そのやり取りを皆に話す。
「コックリさんねぇ……明治の頃ね、流行り出したのは」
「おお、さすが年の、はむっ」
年の功と言いかけて佐藤優子に顔を挟まれる。
「また失礼なこと言おうとしてた」
「ひゅみまへん……」
「あははっ。優子が乙女してるっ。くくっ」
「アンネ、腕の一本、もがれたいようね?」
「おー怖っ! ◯◯君もさ、優子が乙女だってわかってあげなよ、ねっ?」
ウィンクするアンネさん。
実際にやる人初めてみたぞ。
「河野涼子の中身がオカルト少女のままだったと仮定しよう。コックリさんとあの儀式じゃスケールが違いすぎるんだけど……」
ちょっとやってみました! じゃ済まない大惨事を? 河野涼子が? 何故?
「その子に直接訊けばいいんじゃない?」
そうだな。
「さ、◯◯君、行くわよ。アンネもついてきて」
佐藤優子に手を取られた瞬間、目の前の光景は商業高校の正門になった。
「誰かに見られたらどうすんの? 佐藤さん!」
「見ても何も変に思わないの、これは」
佐藤優子ら吸血鬼も謎能力多いよな。河野の家はすぐ近く、難なく見つかった。
玄関チャイムを押す。
出てきたのは若く見える女性。
「うちには涼子なんて娘はいませんけど? どこかと間違えてません?」
「この近くで他に河野さんてお宅は……」
「この町内ではうちだけですよ」
失礼を詫び、追いついた瑛子が生徒名簿を見せてくれた。住所はさっきの家と一致している。
とぼけているわけではないんだろう。飯田の嗅覚を前にしたら嘘は全て暴かれる。
河野涼子、お前は何者なんだよ?




