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ep.34 前夜俺は沸る

 昭和のいつか。どこかにある高校。季節は初冬。


「酒巻、その後どうだ?」

「相変わらずだよ」


 放課後。

 俺は酒巻とグランドを見ながらだらだらしてる。


 酒巻の彼女だという山本美奈子。バスケ部。飯田奈美の後輩。

 山本美奈子のことを飯田に訊いた結果。


『山本美奈子っているだろ?』

『いるよ。どうしたの?』

『その子、酒巻と付き合ってるの知ってるか?』

『え?』

『え?』

『初耳だよ』


 迂闊なことは言えそうにない。

 単に飯田が知らない、山本が飯田に隠してるのか、或いは山本にその気はなく、酒巻が勘違いしているだけなのか。


 いかん。この手のことで俺は何も出来そうにない。


「毎日、手紙はくれるんだ」

「なんて?」

「いつも同じようなものだ。俺のどこが良いのか色々書いてあって、あの子が俺のことどれだけ好きかが書いてある」

「酒巻、ニヤケすぎだぞ」


 手紙。何となく既視感。何だったか。


「デートは何回ぐらいしたんだ?」

「ん?最初の一回だけだよ。彼女、箱入り娘でさ、日曜祝日の外出は部活の遠征以外は厳しいんだって」

「……そうか」

「それとあの事件で親御さんが神経質になったらしくてな。放課後も部活が済んだらすぐに帰宅するよう言われてるらしい」

「電話は」

「ダメだって。男からの電話なんてとんでもないそうだ」

「それはそれで厳しいな」

「だからさ、毎日の手紙交換が唯一の楽しみなわけよ」

「どうやって受け渡ししてる?」

「下駄箱だよ。朝行くと入ってる」


 まだ進展したとは言えない関係。

 臆病にもなる。


「それより井田だよ」

「ああ、俺も驚いた」 


 酒巻と井田はかなり仲が良かった。


「酒巻、お前何も聞いてないのか?」 

「さっぱりだ。何一つ聞いてない」


 彼女出来たら一番に酒巻には言いそうだけどな。


「家出して駆け落ちって昼のメロドラマかよと思ったぞ。普通ないだろ」

「だな」


 中学の頃より夏休みに昼メロを鑑賞するのが俺達の中ではブームだ。


「明日の全校集会はそれ絡みだろうし」

「授業よりマシか」


 終礼としてのホームルームにて、担任から全校集会を告げられた。

 こんな時だ、校長のただでさえ長い話がもっと長くなるのは間違いない。何人も倒れそう。


「まっ部活頑張れ」

「お前は女子に囲まれハッスルか」

「アホ抜かせ」


 商店街の楽器店へと向かう。


「いらっしゃい! お、◯◯君、河野さんから伝言。今日は急用でキャンセルって電話があってね」

「え?」

「君にも謝っておいてって」

「まぁ仕方ないか」

「そこで私です」

「柚木?」


 体操服姿の柚木由香里が現れた。


「私が代わりに予約しました。さぁ始めましょう」

「何を?」

「先輩のドラムレッスンです」

「残念だね、柚木くん。私は戦場を去るのみだよ。フハハ」

「さっ行きますよ」


 くっ。アニメのセリフで煙に捲く作戦は一瞬で破綻した。


 強引に腕を絡め、引っ張っていく柚木。


「あーわかった! わかったから!」


 二人でスタジオに入る。

 柚木はいきなりジャージを脱ぎ始めた


「な! お前は痴女か」

「私、ジャージが足に纏わりつく感触がすごく嫌なんです」

「だからって、ブルマーじゃなくてもよくないか?」

「短パンよりずっと快適ですね」

「もしかしてドラムの練習の時って」

「いつもこの格好ですよ?」

「さいでっか」


 そのまま彼女はヘッドやシンバルの調整を始める。


「ここって男子のバンドがよく使うから、いつも位置が高いんですよねぇ」

「それは仕方ない」

「このドラム、先輩の私物ですよね?」

「そうだよ」

「私だと上手く鳴らせません。いつかちゃんと音が出るようにします」

「ヘビーメタル特化にしたからな。まっ頑張れ」


 柚木由香里が叩き始めた。

 ほおお思ったよりずっと上手いじゃん。


「どうでした?」

「ちゃんとしてるな。感心した」

「ダメですよね?」

「え? どこが?」

「先輩の魂を揺さぶってません」

「そこ?」

「魂を少しでも揺らさないと、それはただの音なんです」


 なんか凄いこと言い出したぞ。


「先輩が叩いてる時、伝わってくるんです」

「え? 何が!」

「先輩って頭の中で風景を見ながら演奏してませんか?」

「うっ」


 この子の指摘は事実である。

 俺は海外のバンドの歌詞には必ず目を通す。

 日本語訳に納得いかない場合は自分で辞書ひいて訳す。

 わからない部分は英語教師に訊く。

 教科書じゃなく、レコードに添付されてるロックの歌詞。普通なら煙たがられるだろうが、英語の模試の学内順位が常に五番以内だから、教師もあまり文句は言わない。 


 訳していくとわかること。

 アメリカバンドの英語が一番難しい。スラング多すぎ。イギリス英語とは全然。


 そうして訳した歌詞だから頭に入りやすい。

 取るに足らない歌詞のもあるが、時には映画みたいな情景描写の歌詞もある。

 俺はそれを頭にイメージしながら叩いているわけだが。


「なぁ柚木、お前ってさ、もしかして超能力者?」

「何バカなこと言ってるんですか」

「ぐはぁ」

「先輩はすごく紳士なのにその辺は小学生みたいですね」

「げほぉ」


 柚木の精神攻撃に俺は立ち直れない。


「……紳士とは?」

「先輩ってすごく理性的なんですよ。大抵の男子は、私の胸や脚を見ては欲情します」

「直球!」

「うちの店に来るおじさま達は年齢を重ねてるだけあって、その辺は巧妙に隠してますけど」

「え? 会うことあるの?」

「休みの日にパパと一緒にゴルフや釣りに行くんです、常連のおじさま達と」

「俺の知らない世界」


 高級クラブの娘ともなると大人との付き合いが色々あるんだな、と。


「◯◯先輩も少しはそういうとこありますが、他の男子に比べてずっと紳士的です」

「柚木、男はな、そういう風に出来てるもんなんだ」

「それはわかってますよ」

「話を戻すとだな、俺、柚木はすごいと思う」

「感受性の問題です」

「それで済ますかー」

「だから先輩のそれを教えてほしいんです」

「いや、それこそ教えられんわ」


 無理だろ。


「だから彼女に立候補するんです、私」

「それ無理」

「どうすれば彼女になれますか?」

「どうすればって、そう狙ってできるもんじゃないだろう?」

「私、頑張りますから」

「いやいや、柚木、マジで俺な、そっち方面はてんでダメなんだよ。色々あったから」


 あんな事件に巻き込まれて、能天気に恋愛なぞ出来るわけない。


「私、諦めませんから」

「諦めてくれよ……」


 その後は交互に叩いて、テクニックについて少しだけ教える。おこがましいけど。


 スタジオを出て向かいの喫茶店へ二人で入る。


「今日は幸せでした」

「ちょっと大袈裟では?」

「そんなことありませんよ」

「もうこんな機会はないけどな」

「私の家に来て欲しいんですけど。パパも会いたいって」

「勘弁してください……」


 ようやく柚木に解放され、自宅へと急ぐ。


 やっぱいたか。

 瑛子。


「柚木さんのブルマー見て嬉しそうなお兄ちゃん、おかえりなさい」

「見てたならわかるだろ……そんなんじゃねぇよ」

「……わかってる」


 蛇神だからって嫉妬しすぎだぞ。


「あの子面白すぎだ。独特だよな」

「うん。クラスでも少し浮いてるみたい」

「そりゃー浮くって言うより孤高な感じかな。ありゃ普通の女子とは話が合わんと思う」

「お兄ちゃん、まさか」

「だから勘違いするなよ。一人の女子として好ましく思うけど、愛だの恋だのはないぞ」

「それならいいけど。それと今朝はお兄ちゃん、危なかったね」

「ほんと。王戸ちゃんに助けられたよ」

「私はまだ悪意の介入しない偶発的な事故とかには対処出来ないから……」

「いやいや。気にしなくていいから」

「なのでお兄ちゃんにはこれ」


 瑛子が何もない空間からうっすらと光る棒、いや木刀を取り出した。

 渡されたので持ってみると軽い!


「これは……」

「木刀だよ。前使ってたのは警察に提出したでしょ?」


 そうなのだ。証拠品というか求められたので提出してそれっきり。元々剣道部の備品だしな。


「で、普段は見えないたころにあって、いつでもそこから取り出せるよ」


 それは便利!

 そして瑛子の肩を掴む。


「瑛子、頼みがある!」

「どっどうしたのお兄ちゃん?」

「これを普段は光ってなくて、俺が刀身部分に手を当てスライドさせたら、それに合わせて光るようにしてくれ」

「それなんなの?」

「宇宙のメタルヒーローの武器だよ! 頼む」

「……わ、わかった。やってみる」


 そして俺は右手に持ち、水平に構え左手でなぞりつつ、


「レー⬛️ーブレード!」


 と叫ぶ。


 おおお!手の動きに合わせて光を帯びていく刀身。

 やったぜ!

 嬉しくて振り回す。うひょー。


 多くの人が光る剣といば思い浮かべるのは有名なスペースオペラ映画のアレだろう。

 しかし俺が真っ先に連想したのは特撮番組のメタルヒーロー。彼が使う⬛️ーザーブレード。


 ここのところずっと何やかんやあってムシャクシャしていた俺は、それを解消するかのように妙なテンションになっていた。


「お兄ちゃん、子どもの顔してる……」

「わかってる……でもこれはロマンなんだ」

「ロマンが多いよね、お兄ちゃん」


 その目はやめてくれ、瑛子。


「……懐かしいな。小さい頃さ、ヒーローごっこやったよな。お前は戦闘員役」

「お兄ちゃんは怪人役が大好きだったね」

「そらそうよ。悪役の方が楽しいもん」

「私はお兄ちゃんと遊べたら何でもよかったけどね」

「お前は素直に演ってくれたよ。俺がさ『この役立たず戦闘員め! 処刑だ!』って言うと、ちゃんとバタって倒れて……今でも覚えてる」

「そのパターンばかりだもん。あ、でもヤマゴボウの汁で戦闘員メイクされた時は……」

「俺たちは母親にしこたま怒られ、瑛子の家に謝りに行った苦い思い出だ……」


 俺はチビ神様をヒーローごっこの戦闘員にして遊んでたわけである。普通なら天罰が降るところだ。


 自宅に帰ってからも夜遅くまで庭でレーザー⬛️レードを振り回しまくった。

 笑うなら笑え。

 自分でもガキっぽいと思う。

 でも子ども時代にこれがあったら! みたいなものが手に入ったら……誰でもこうなるよな?


 嬉しくて名前も考えてみた。

 元は木刀だ。

 英語でwooden sword……イマイチか。

 ドイツ語でHolzschwert……響きがよくない。

 単なるsword(剣)でいいか!

 待てよ……瑛子が何かの力を与えてる。

 瑛子sword……はストレートすぎるな。

 女神のイタリア語deaはとうだ!?

 デアソード。

 よし決めた。


 嬉しさのあまり、これがどんなものなのか聞くの忘れたけど、まぁいいや。

 瑛子の不思議パワーが込められてるのは間違いない。

 久しぶりにわくわく気分で布団に入り、ぐっすりと寝てしまった。


 翌日に起きる大事件。その前夜は楽しいひとときだった。


 デアソードを振り回す俺を黙ってニコニコしながら見つめてくれる彼女が欲しい。

レーザーブレードは宇宙刑事ギャバンのものです。

東映さんに怒られた場合は内容を差し替えます。


携帯電話の無い時代。

家にある固定電話、公衆電話、レアケースとして店に置いてある電話を借りるというのが頼りでした。

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