ep.32 綻びは突然に
昭和のいつか。どこかにある高校。季節は初冬。
俺が通う高校は消え失せた。
正確には校舎の半分と体育館、格技場が地面の下へ陥没。
さらに消失。
事件の後しばらく調査が行われていたが、それも終わると封鎖区域に戻った。
新しく交番が設置され、常に警官が立っている。
俺たちはと言うと。
近場の商業高校のグランドに建てられた仮設校舎に通う。
間借りしているわけだ。
俺のクラスは二階。
プレハブなので割と階下の音が聞こえる。
日本史の授業中にそれは起きた。
全く突然に。
それは下の教室、一年生のクラスで。
乱暴に入り口の戸を開ける音。
悲鳴。
怒号。
机や椅子が床をこする音。
さらに悲鳴。
俺たちも騒然。
教師は『教室から出るなよ』と言い残して飛び出す。
大人しく従うわけない俺たち、男子数人も続く。
階段を三段跳びで駆け下り、駆けつけた俺たちが目にしたもの。
血塗れで倒れている女生徒。
教師に取り押さえられ暴れている男子生徒。
教室の外で呆然と見てる一年生たち。
俺たちは立ち尽くすしか出来なかった。
臨時休校になった。
パトカーが来た。
救急車が来た。
マスコミも詰めかけた。
刺したのは二年生の男子。凶器はパレットナイフ。美術部のやつだ。
刺されたのは一年生の女子。幸い一命は取り留めた。
別れ話がもつれての凶行らしい。
連日連夜に渡って人の不幸が大好きなマスコミがお祭り騒ぎで報道合戦だ。
『白昼の高校で傷害事件』
『交際していた加害者と被害者の関係』
『横恋慕か』
『近隣住民が話す加害者少年の人柄』
クソッタレなマスコミめ。
アフガニスタンで起きてることはろくに報じないくせに、テレビの前のおばちゃんが喜びそうなネタは嬉々として延々と取り上げやがって。
テレビ見るのをやめて気晴らしにショッピングセンターへ向かう。
目的はこの辺で一番でかい本屋。
中へ入るとやたらと目立つ若い男女。高校生だ。
それもカップルばかり。
平日にこんなところにいる、すなわち我が校の生徒たち。
あんな事件があったんだ。家に籠るわけないよな。
ここぐらいしか行くところの無い田舎の哀しさ。
ハンバーガーショップもゲームコーナーもカレー屋も満員だ。
本屋で目当ての雑誌と文庫本を買い、エスカレーターに乗った時。
「何でだよっ!」
聞こえたのはよく知った声。
テーブルと椅子が並ぶ休憩コーナー。
あいつは中根。同じ陸上部だ。
向かい合ってるのは飯田の妹。
あいつらそんな仲だったのか?
加藤の話を思い出す。
「何とか言えよっ!!」
福田が激昂してテーブルを叩く。
困ったような顔をしている飯田由美。
俺が仲裁しようと野次馬を押し退け近づこうとした途端。
福田が飯田由美に掴みかかる。
それを苦もなくかわして距離を取る飯田由美。
そのまま彼女は福田を流れるような動きで床へ組み伏せる。
警備員が駆けつけ、福田は連れて行かれ、飯田由美は警備員と何か話していたがこっちを見たかと思うと、足早にその場を離れる。
痴話喧嘩の現場を見てしまった。初めてだこんなの。
「飯田さんは可愛い人ですからね」
不意に後ろから話しかけられる。
そこにいたのは柚木由香里。
「柚木も来てたのか」
「家にいても仕方ないですから」
明るいショッピングセンターの中にいても尚、光が当たってるが如くの存在感。
思わず俺は彼女専用の照明係がいるんじゃないかと周囲に目を配る。
「一人か?」
「はい。先輩も?」
「そうだよ。カップルばかりだからもう帰るとこだ」
「彼女さんも誘えばいいのに」
「そんなものいないから」
「じゃ私、立候補します」
「ははっ。ナイスジョーク」
「冗談じゃないですよ?」
柚木由香里は首を傾げて俺を見る。
これ狙ってやってるのか。
「訊くの忘れてたけど、なんでドラム選んだの」
「誤魔化さないでください」
「何を?」
「もう……」
今度は頬を膨らます。
これ演技だよな。
はっきり言って気色悪い。
まるで人形みたいなルックスの柚木由香里。
ドラマに出てくるような女子高生を演じてるみたいな彼女の所作。ひどくアンバランスだ。
「すまんが、早く買った本読みたいんでな。ドラムの練習頑張れよ」
「あっ先輩!」
小走りで柚木を無視してその場を去る俺。
普通の男子ならコロッと落ちるんだろうな。
俺はごめんだけど。
自宅の前に瑛子がいた。
「私の家になんで来ないのかな」
「待て。その発想おかしいだろ」
「おかしくないよ」
風景が謎家の玄関に変わる。
「お前……これ、誘拐じゃねえか」
「違うよ。ご招待。はいお茶」
「へいへい」
「どうせあの二人も来るから」
「◯◯君、何の本買ったの?」
「ほら来た」
まるで最初からそこにいたかのように座ってる佐藤優子。
「映画雑誌。夏休みに親父と宇宙吸血鬼の映画を観たけど、その特集が組まれてる」
裸の美女エイリアンが人間の生命力を吸い取りミイラにする。
全裸美女エイリアンのおっぱいでストーリーの細部が頭に入らなかった。父親と一緒なのもすごく気まずかった思い出。
「わぁいやらしい……」
「待て瑛子。全裸は二人の男型エイリアンもだぞ」
「これ、血を吸ってるわけじゃないのね?」
「生命エネルギーだね。吸われた人間もミイラ化して人を襲い始める。つまり吸血鬼要素と宇宙人要素を混ぜ、それにゾンビ要素を取り入れた映画なんだ。監督がB級映画の人だけど、割と傑作だった。音楽は壮大、特撮は頑張ってたな。あの血液が人の形になるシーンとか」
「はいストップ」
「止めないでくれ佐藤さんよ。こうでもしないと……」
「他のことで紛らわせましょ?」
「お兄ちゃんのエッチ」
エッチなんて小学生かよ、瑛子。
「誤解される言い方はやめたまえ。俺だけじゃなく若い男はみんなエッチなの!」
「うふふ。可愛い」
「まーた年上ぶって……佐藤さん、今度から血を吸う時は全裸でよろしく」
「別にいいわよ?」
「だめ!」
瑛子に後ろから頭を抱えられる。
後頭部が幸せな柔らかさに包まれた。
記憶はここまで。
「のわぁ!」
「あ、お兄ちゃん、起きたの?」
目が覚めると布団に寝かされていた。
「今何時?」
「十時過ぎ」
「寝てたのか、俺」
「おばさまにはお兄ちゃん、うちに泊まるって伝えたよ」
それあっさり認めていいのか、我が母。
「あの後お兄ちゃん、寝ぼけて飯田さんに『おっぱい見せろ』って言ったり大変だったんだから」
「え? 俺が? 飯田に?」
「やっぱりお兄ちゃんはエッチ」
記憶にない自分の行動を告げられる怖さよ。
「今はどう?」
「……すごくスッキリしてる」
「最近、お兄ちゃん、少し変だったから」
「疲れか、ストレスか」
そして事件は続く。