ep.31 気づかない違和感
昭和のいつか。どこかにある町。季節は初冬。
翌日。
放課後、部活に行く前の飯田に尋ねてみる。小声で。
「後輩に山本美奈子っているだろ?」
「いるけど……どうしたの?」
「その子、酒巻と付き合ってるの知ってるか?」
「え?」
「え?」
「初耳だよ」
「あれか? バスケ部内じゃそういう話はしないのか?」
「ううん、そんなことない」
「……変だな」
「彼女は同じ一年の子と付き合ってるよ」
「それは事実かー」
「……酒巻君が前にデートするって言ってた時?」
「そう。それが山本美奈子だよ。クラスは?」
「妹と同じ」
「なら瑛子や王戸ちゃん、河野涼子もか」
「そうだね……王戸ちゃん?」
「ん? ああ可愛いだろ?」
「……うん」
「それはさておき酒巻がな、かなり落ち込んでて」
「酒巻君が?」
「だって二股かけられてみろよ。あいつもそんなにタフじゃない」
「あ、うん」
「山本がバスケ部だって聞いたから訊いてみた」
「変よね」
「飯田にだけ秘密にしてるってことは?」
「ないかなぁ。みんなその辺は何でも話すよ」
「どういうことだ」
それから日が経つ毎に酒巻が段々と落ち込んでいく。
いつもの軽口も全く出ない。
そんなある日。
加藤弥生が話があると言う。
「◯◯君、ちょっといい?」
「陸上部の用か?」
「ううん。あのねうちの部の男子」
「中根と原がどうした」
陸上部は個人種目の集まりなので付き合いはあまりない。
「二人とも最近変なんだ」
「変とは?」
「二ヶ月ぐらい前かな。『彼女が出来た』って惚気てたんだけど」
「ほうほう」
あいつららしい。
「最近二人とも元気がなくてねー。顧問も気にしてる」
「若者に悩みはつきものだろう」
「◯◯君、おじさんみたい」
「おっさん言うな。おおかた彼女と上手くいかなかったとかだろう」
あっちもこっちも恋のお悩みですか。
世の中平和だねぇ。
「◯◯君も気をつけなよ?」
「何を?」
「だって一年女子とバンド組んでるじゃん」
「……まぁそうだが」
「可愛い子ばかりよね? 瑛子ちゃんが心配するよねー」
「してないな。年下とかありえんのだって。それとなバンド内で色恋はタブーだ。そんなの猿でも理解してる」
「なんでなんで?」
「カップルっていうのは夫婦と同じ最小構成単位の社会だ。そんなものがバンドの中にあってみろ、他の人間は疎外されるんだぞ」
「◯◯君はマニアな話、バカ話、エロ話ばかりするけど、たまに難しいこと言うね」
加藤弥生の俺への評価がひどい。
「それとさ、上手くいってたらまだマシだが、別れてみろ。最悪の雰囲気だぞ」
「そうなるよね」
「あ! ◯◯先輩!」
突如として現れる柚木由香里。
「なっ、何だよ……」
「ちょっといいですか?」
「◯◯君……?」
「加藤、誤解だけはするな。柚木は違うからな」
「柚木、あの話は終わってるけど?」
「えっと、ドラムセット買うんですけど、付いてきてほしくて……」
「はぁ? 何で俺?」
「ダメですか?」
また例のポーズ。
「◯◯君! 女の子には優しくしようよ〜」
「加藤、外野はおとなしくしておこうか。わかった。付き合うから!」
この子どれだけ積極的なんだ。少しは遠慮しろ!
二人して楽器店へ自転車を飛ばす。
「いらっしゃい! おや由香里ちゃん、◯◯君連れてきたの?」
「アドバイス貰おうと思って……」
店長はカタログを俺に渡す。
「由香里ちゃんはね、あそこにあるクラブの娘だからね、予算は気にしなくていいよ」
「え? あの?」
高校生の俺でも知っている高級クラブ。座るだけで十万円という庶民には近寄れもしない飲み屋。
はぁ〜俺なんかバイトしまくって安くしてくれた中古セットをやっと買えたのに。
「買う前に実物触ったことあるの?」
「ないです」
そこからか。
「店長、スタジオ空いてますか?」
「三十分なら」
「じゃ借ります。柚木さん、まず触れてみて」
「はい!」
どこか人形じみた柚木由香里は嬉しそうに立ち上がる。
「ここに座って、そう。君の身体に高さを合わせるから」
スネア、ハイハット、タムタム、バスタム、シンバルの位置を調整する。
スカートからのぞく白い太ももに少しだけ、ほんの少しだけ気を取られる。くそっ。
「買う時にさ、実際のサイズをわかってた方がいいから。タムタムとか特に」
俺の場合は十四、十五インチの深胴タイプ。ヘビーメタルだから。
バスタムは十八インチ、バスドラは二十四インチ。
一般的なものより少し大きい。
「これより、二サイズ小さいのがいいと思うよ」
「そうですか」
「ちょっとだけ叩いてみようか」
スティックの握り方を教え、軽く叩いてもらう。
「この前◯◯先輩が叩いてた音と全然違うんですけど……」
「そりゃ筋力が違い過ぎるから。女子なんだしパワードラマー目指してないだろう?」
「はい。そうです」
スタジオを出た後は楽器店内でカタログ見ながら色々とアドバイス。
結構な金額になったが、
「パパに何買ってもいいって言われてます」
と笑顔で答える。くあー。
「んじゃ、頑張ってな。俺はこれで」
「え? ◯◯さん、帰っちゃうんですか?」
「そりゃ帰るよ」
「うちに寄ってください」
「は? なんで」
「御礼もしたいですし」
「いいよ、別に。そこまでのことはしてないから」
どうも調子狂うな。
冬は夜が早い。
既に街は夕闇に包まれ始めていた。
自宅近くで王戸めぐみと出くわす。
「◯◯先輩! こ、今晩は!」
「お、おう。あれ? 家はこの辺だった?」
「私の家はどの道からも行けるんです」
何だと? この子も不思議移動が出来るのか。
「人は通れませんけど、私と契約したら通れます。だから◯◯先輩は大丈夫です!』
「え? 契約ってまだしてないよな?」
「あ、えと、◯◯先輩が私を助けてくださった時に、その、血を舐めたことで仮契約が結ばれてます……」
あ……あの時。
確かに舐めてた。
おいおいおい。
「◯◯先輩が望みを仰ってないので仮契約なんです」
「そうだったのか……」
俺、別に望むことないんだけどな。
「わかったよ。何か浮かんだらその時は伝える」
「はいっ。よろしくお願いします!」
「でもなんでここにいたの?」
「あっ。パトロールです」
「パトロール?」
「◯◯先輩の安全の為に……」
「え? 何かあるのか?」
「いえ! 今のところは何も。ただ母が」
「お母さんが?」
「この街で何かが起こると言ってます」
「予知能力かな?」
「そう解釈していただければ。良く当たります」
「何が起こるんだろう」
「詳しくはわからないそうです」
「そっか。気持ちはいただいとくよ。ありがとう」
「いえっ! とんでもありません」
「けどさ、危ないことはしないでほしい」
「は、はい! 気をつけます」
「王戸さんはやっぱ戦えたりするの?」
「直接的ではありませんが、術を少々」
「もしかして……かまいたち?」
「あ、それは単なる伝承です……」
またしてもロマンが崩れ去る。
呑気な俺。
翌日から事件は立て続けに起きた。




