ep.30 小さな綻び
昭和のいつか。どこかにある町。季節は初冬。
佐藤優子。
細身である。
背は平均より少し高めかな。
髪は肩に届かないぐらいで綺麗な黒色。
色が白い。
肌が綺麗。
『白磁のような』って表現があるがまさにそれ。
陶器のようにつるっとした感じ。
形の良い眉。
やや切れ長の目。
形の良い鼻。
薄めの唇。
和風美人。
着物が似合いそう。
時代劇のお姫様が着るようなやつね。
首が細い。
バストは平均的かな。
素晴らしいのは腰のくびれ。
背中から腰、そしてヒップにかけて緩やかなS字ライン。
神はかくも美しい造形をお作りになられた。
飯田奈美。
少しムチッとしている。
背は平均より高い。
髪は肩にかかるぐらい。
ちょいちょい括ってることもある。
色は普通。
少し太めの眉。
大きな目。
白目が少ない。
南国風とでも言えばいいのか。
よく知らないがタヒチとかニューギニアの民族衣装が似合うと思う。
バストはおそらく校内で一番大きい。
バスケしてるところを見たことがある。
揺れてるなんてものじゃない。暴れているんだ、バストが。上下左右に。
千切れないのか?と見ていて心配になった。
黒瀬瑛子。
背は高い。
やや細身だが筋肉はしっかりついてる。
髪は肩甲骨あたりまで。
少し色が白い。
一言で表せば賢そうな顔。
教壇に立ってる姿も似合いそう。
胸は平均的。少し大きいか?
安産型と言われるヒップ。
手足が長いのでバレリーナみたいな衣装が似合いそうだ。
巫女さん姿も似合いそう。
小さい頃はタヌキみたいな顔してたんだけどなぁ。変わりすぎだろ。
「お兄ちゃん!聞いてる?」
瑛子の謎家で三人から説教、いや主に瑛子がガミガミ、飯田はオロオロ、佐藤はニヤニヤが正確なとこか。
現実逃避として三人の容姿を頭の中で勝手に品評してたんだが。
「でもさ、悪意は無いし、むしろ逆。そんなに怒ることないんじゃないかね?瑛子くん」
「それは結果論。人に仇なす存在だったらどうしてたの?」
「……瑛子が見守ってくれてるから平気だった」
「だからって……」
佐藤優子が割って入る。
「瑛子ちゃんは少し過保護。◯◯君もわざわざ危険を感じるモノについてはいかないでしょ?」
「うん。あの王戸めぐみって子からそれは感じなかったよ」
「でも……」
「わ、私も瑛子ちゃんの心配はわかるけど、◯◯君も迂闊なことはしないと思う、な」
「飯田くん、わかってくれるか」
「二人ともお兄ちゃんに甘すぎ」
「待てよ瑛子。やばい奴なら気づくだろう?瑛子が気づいてないってことは大丈夫ってこと。違うか?」
「それはそうだけど」
「と言うか普通にいるのな。妖怪とか妖って」
「お兄ちゃんが思ってる以上にいるよ。学校にも狐や猫がいるし」
「何だと?マジか!」
猫は興味あるな。撫でてみたい。
「鈴木留美子の事件でね、校内がピリピリしてたからそういうのが見えやすかった」
「佐藤さんも飯田も知ってたの?」
「血の匂いが動物のそれと同じ人がいるのはわかってた。別に危険は感じなかったからほっとくけどね」
「わ、私はわからないかな」
世の中、思ってる以上にフィクションっぽい。
そのまま瑛子を宥めて解散。
眠りにつく前に河野涼子に王戸めぐみのことを言うべきか少し悩んだが、考えても仕方ないのでさっさと意識を手放した俺。
翌日。
学校が終わり楽器店に行くと『アナザーワールド』の面々が待ってた。プラス知らない女子が一人。
「◯◯さん、すみません!この子が見学だけでもしたいって」
河野涼子から紹介された子が頭を下げる。
「初めまして。柚木由香里と言います。河野さんに無理言ったのは私なんです。ダメですか?」
まるで人形だ。
全体的に色素が薄く儚げな雰囲気。
強いスポットライトを幾つも当てたらこんな感じになるんじゃないかってぐらい、白っぽく背景から浮いてる女子。
そして仕草がぶりっ子だ。
首を傾けて『ダメですか?』なんて言う奴、初めて見たぞ。
「断るほど偏屈でもないよ。見るだけならどうぞ」
限りなく面倒なことになりそうだったので了承する。教えてくれって話にならなければ問題ない。
練習中、柚木由香里はずっとニコニコして俺の方を見てる。少しやりにくかったが、知らん顔してた。
終了後。向かいの喫茶店にて。
「やっぱり◯◯先輩に教わりたいです」
「無理。ほい!この話は終わり」
「◯◯さん、冷たくないですか」
「河野、理由は言ったよな。俺なんかに教わるより、市内の楽器店に行けばスクールとかあるんじゃないの?まともな人に基礎からちゃんと習った方が絶対いいって」
基礎やってない独学の俺が今苦労しているからな!
「親が厳しいので習い事以外は許されないと思います」
悲しそうな顔になる柚木由香里。
「なら諦めよう。この話はこれでお終い。俺、この後用があるから」
河野の非難するような目から逃げるようにその場を後にする。俺は暇じゃないんでね。
大急ぎで市立図書館へ。ここなら人目につきにくいからな。
ホールには王戸めぐみと飯田姉妹が待っていた。
「すまん、遅れた」
「わっ、私も今来たところです。わざわざ私のためにすみません!」
「王戸さん、静かに。ここ図書館」
「すみません……」
何だろうこの感じ。小動物丸出しな王戸めぐみの所作に和む。
「飯田から聞いたと思うけど、飯田妹、頼めるかな?」
「◯◯先輩の頼みに嫌とは言えません」
「嫌々なら無理に頼まないけど」
「別に嫌ってわけじゃないですよ。王戸さんが一人になってるのは気になってましたから」
「わ、私ごときを」
「私だって周りと違うから。その気持ちはわかります」
「飯田様……」
「王戸さん、『様』はやめよう。今後はそれ無し」
「努力します……」
いちいち仕草が、そのアレだ。リスとかそんな感じ。微笑ましい。見ると飯田姉妹も和んだ顔してる。
「◯◯君、優しいんだね」
「飯田、それは違うな。俺アリンコの巣に『太陽光レーザー!』って虫眼鏡で焼いたし。押入れで捕まえたネズミの子は隣の猫に食わせてたし。ガキの気紛れだよ」
「猫……」
怖いんだろう、王戸めぐみは震え上がる。
「あ、うちの高校に猫と狐もいるそうだぞ」
「えっ?!」
王戸めぐみが真っ青になる。そこまで?
「別に何かしてくるわけじゃないだろう?気にしないでいいと思うけど」
「そうですか……◯◯先輩、色々とありがとうございます!」
「ここ図書館」
「あっ……すみません」
可愛い。
「それじゃお後よろしく」
「◯◯先輩、お世話になりました」
その足で東公園に向かう。
「おーすまんな、◯◯」
待っていたのは酒巻。
「学校じゃ話せないことって何があったんだ?」
「俺、彼女出来たじゃん?」
「惚気なら帰るぞー」
「待て待て。でな、その子どうやら二股かけてるらしいんだ」
「おいおい……」
心の端っこに僅かな痛み。鈴木瑠美子の残した棘。
「確かめたのか?」
「ああ。後輩女子が教えてくれたんだ。『酒巻さん、あの子は別に付き合ってる男子がいますよ』って」
「ほう」
「教えてくれたの河野涼子だぞ」
「え?あいつとお前、接点あったか?」
「忘れたか。あの子のバンドメンバーがサッカー部の後輩と付き合ってるんだよ。それに付き添って時々サッカー部に来るのさ」
いかん。完全に忘れてた。
「それでどうする?」
「それが決められないから悩んでるんじゃねぇか。◯◯、どうすりゃいい?」
「うーん、俺なら事実関係をはっきりさせるかな」
「やはりか」
「でも俺がお前の立場なら、出来ないかもしれん」
そうだよ。
誰だって甘い毎日が終わるのが怖いんだ。
「どうしたらいいか……わからんな」
「酒巻……」
酒巻の深刻な顔は久しぶりだ。相当思い詰めてるぞ、こりゃ。
「相手はお前の知ってる奴?」
「いや知らん。部の後輩以外は一年男子は知らんな。女子は別だが」
そうだった。酒巻はそういうやつだった。
「そこまで悩むなら相当その子が好きなんだな?」
「ああ。あの子は俺の天使だ」
「……おいおい、そこまでか。ちなみに名前は?」
「山本美奈子って言うんだ。バスケ部」
「飯田の後輩じゃねーか」
「そうだぞ」
「飯田も水臭いな、教えてくれたらいいのに」
「そんなタイプじゃないだろ」
「それもそうか。あいつゴシップとは無縁だしな」
「飯田は人の陰口も言わないしな。良い子だ。さっさと嫁にもらえ」
「何言ってんだ。恋愛マニアめ。とにかくだ。
確かめる勇気が出るまで現状維持。それ以外にないだろ」
「そうなるか」
「そうなる」
その後は雑談をして解散。今日はバタバタし過ぎた。
なんて事のない小さな、どこにでもありそうなこと。だからこそ気付かない。誰も。
ああ彼女が欲しい。