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俺が通う高校は人外魔境だった  作者: はるゆめ


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20/72

ep.20 夢と記憶

 昭和のいつか。どこかにある高校(地下)。季節は初秋。


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 頭の中に流れてきたのはある風景。

 少し赤みを帯びた砂漠。見渡す限りの砂と小石。

 それがずっと地平線まで続いている。

 所々に岩山が見える。

 木や草といった植物は見当たらない。

 靄がかかったような薄い青色の空に浮かぶ太陽。

 陽射しが強烈だ。


 それを恨みがましく見上げる視点は誰のものか。


 視点が振り返る。たくさんの毛玉が大地を埋め尽くしてる。

 耳の短いウサギのような生き物。それが何百と死んだように地を覆っている。

 全く動きがない。

 生気がない。

 あれは骸だ。

 これを見ている何者かの同胞だ。

 大切な同胞だ。


 怨嗟渦巻く心の内。

 恨みだ。

 生き物を住めなくした太陽に。

 怒りだ。

 同胞に命を捧げることを命じた自らに。

 決意だ。

 生き延びて再び同胞を増やし繁栄することへの。


 多くの同胞の命を糧に強く願う。

 そして視界は切り替わる。


 夜の森の中。

 視点は低い。

 走り出す。

 獲物を求めて。

 前を走っていくあれは……狐か。

 狐が左へ飛ぶ。

 それを追いかけ同じように飛ぶ。

 見えてくる金色の毛並み。

 狙うは頭のすぐ後ろ、首。

 喰らいつく。

 絶命する狐。

 お腹を空かせて待っている我が子達のもとへ久しぶりの獲物を……。


 視界は切り替わる。


 麦畑。

 ずっと向こうに見えるのは雪を冠した山脈。

 見渡す限りの麦の穂。

 近くに父、母、兄、姉を始め多くの人が働いている。

 粗末な服。

 向かいには座り込んだ赤毛でそばかすの少年。

 照れているようだ。

 不意に少年の顔が迫る。

 目を瞑る。

 口づけだ。

 吐息。

 軽い振動。

 目を開けると倒れている少年。

 頭に矢が刺さっているから。

 次から次へと降り注ぐ矢。

 振り向くと少し離れた場所に多くの弓兵が見えた。

 隣の領土の兵隊だ。


 視界は切り替わる。


 客車の中。

 窓の外を流れていく田園風景。

 やや曇り空。


 汽笛が鳴り響く。

 乗客が一斉に腰を上げて窓を閉め始める。

 もうすぐトンネルだ。

 和装と洋装が混ざり合った人々。

 暗くなる客車内。

 煤けた匂い。

 ぼんやりした灯り。

 それを打ち消すような眩しい光。

 太陽だ。

 トンネルを抜けたら、晴れ渡っていた。


 フラッシュバック。

 思い出す。

 靄がかかったような薄い青色の空に浮かぶ太陽。

 やっと思い出す。

 同胞の遺体。

 夥しい数の遺体で覆われた大地。

 だめだ。

 足りない。

 何もかも。

 隣に座る男。夫だ。

 今は彼の子を孕んでいるが、足りない。

 数が足りない。 

 力が足りない。

 何もかも。


 視界は切り替わる。


 総統は今日も不機嫌だった。

 総統の腰巾着に秘術の成果を急かされる。

 どうでもよい。

 同族をいくら殺しても飽き足らない。

 そんな愚かなやつらのことなど、心底どうでもよい。

 こんな恵まれた星に生まれながら、いや恵まれているからこそ、か。


 どうせ戦局が好転することはない。

 成果の全ては私のものになる。

 この国と同盟を結んでいる半島国家、東洋の島国からも様々な秘術が得られた。

 あの島国では何度も生を受け死を迎えた。 

 そして数十人の子を成した。


 被験体には事欠かない。

 この星が羨ましい。

 むしろ妬ましい。

 あらゆる命が生を謳歌するこの星が。

 どこへ行っても生き物がいる。

 一年中雪に覆われる山の上、故郷に少し似ている砂漠、海の中、地中にも。

 動物だけではない。

 植物や様々な昆虫、菌類。

 大地を覆い尽くす。

 妬ましい。


 一般には知られていないーー伝承や伝説の中にこそ存在すると思われているーー生き物も幾つか被験体とした。

 中でも『吸血鬼』と呼ばれる長命個体は大いに貢献してくれた。それらの生態、能力を解き明かし、取り入れ、研究は大いに進んだ。


 生物の多様性が妬ましい。

 なぜ我らは不毛な大地で暮らした挙句、滅びねばならなかったのか。


 この星を手に入れる。

 その為に私は一族の念願を果たすのだ。

 どんな手段を使ってでも。


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 突然目が覚める。

 蛍光灯が眩しい。

 身体が動かせる。

 のしかかっていた鈴木瑠美子の体重がない。


 起き上がるとそこに鈴木瑠美子達と対峙するように立っている佐藤優子と……誰?白人の女子?明るいブラウンヘアに黒っぽい瞳。

 二人が俺を見る。


「大丈夫?」

「……ああ……うん。夢を見てたみたい」


 どちらからともなく動く。

 滑らかな体術で鈴木瑠美子達をいなしていく佐藤優子。

 白人女子が蹴り上げる。

 体が『く』の字に折れ、そのまま黒板に身体を打ちつける田中。

 佐藤優子は柔道っぽい動きで八重島を床に叩きつけ、次に山本を絡めとったかと思うと、彼の肘関節と膝関節を変な方向に捻った。

 それらは嫌な音を立てたと同時に山本は床に崩れ落ちる。


 あっという間に三人を制圧した二人。

 鈴木瑠美子、上半身は何も着ていない。脱いでたからな。

 俺は仕返しとばかりに目に焼き付ける。ざまぁ見ろだ。


「さあ?どうする?鈴木瑠美子さん」

「そっちの女、ドイツ人ね?」

「今は日本生まれの日本育ちで通ってるから日本人だよぉ」

「アンネリーゼ、閉じられる前に早く!」

「そうね」


 一瞬で視界が変わる。

 床から地面へ。

 水銀灯、ブランコ、滑り台……ここは東公園か!

 飯田と瑛子は気を失ったままだ。


「佐藤さん助かった!そっちの人もありがとう。恩に着るよ」

「アンネリーゼよ、よろしくね◯◯君」

「飯田と瑛子が……」

「私が連れて帰ります」


 飯田の妹、飯田由美だ。


「無事なのは感じるから、気を失ってるだけです」  


 そう言うが早いか飯田を抱えたまま大きく跳躍して見えなくなった。

 瑛子を見る。

 気を失ってる……んだよな?

 ちょっと不自然じゃないか?


「瑛子、起きろ」

「王子様のキスがないと目覚めません」


 こいつ何言ってるんだ!


「冗談言えるなら大丈夫だな」

「優子!この子面白いねぇ」


 笑い転げるアンネリーゼ。

 だんだんと瑛子がおもしろキャラになっている気がする。気にしない。


 瑛子と飯田を無力化した方法……うん、わからん。


「アンネリーゼさん、ひとつ訊いていいかな?」

「アンネでいいよぉ?」


 笑顔が柔らかい。


「ドイツ人?」 

「そうだよ。正確にはえっと、ハプスブルグ帝国?」

「世界史とってないんでサッパリわかりません」

「ずっと前ってことだよ」

「なぜ鈴木瑠美子はアンネリーゼ……アンネさんを見てドイツ人だと見抜いたのか。心当たりありますか?」

「そんなに畏まらなくてもいいよぉ。もっとフランクに話そうよ」


 この人、えらくフレンドリーだな。


「まぁアンネさんは年上ですから」

「硬いって。でもそこは私も不思議に思ったなぁ。私らヨーロッパ人でも、互いを見ただけでは出身国を当てられないよ」

「ですよね。アンネさん、実は歴史上の有名人だったりします?」

「あははは。ないない。大阪に住んでるただのドイツ人女子高生だよ」


 自分を女子高生と言い切ったぞ。


「大阪から?」

「うん。昨日優子から連絡もらってさ」

「本当に助かりました。改めてありがとうございます」

「あはは!硬い硬い!ねぇ優子、◯◯君はいつもこうなの?」

「そうね、私たちの年齢に配慮してくれてるみたいよ?」

「そうなんだ。ほら◯◯君、学年は同じなんだからさ!ね?」

「はぁ……前向きに検討します」

「それ、やらないってことでしょう?」

「いえ、善処します」


 明るい美人さんだ。この人も長いこと日本に住んだんだろうなー。流暢すぎる。


「お兄ちゃん、私のこと心配してくれないの?」


 袖を引っ張られる。


「そんなわけない。充分心配したさ。今はもう平気だろう?」

「……ちょっと冷たい」 

「あの時は焦ったけどな。何をされたかわかるか?」

「信仰心とは逆のモノが一気に流れ込んできた感じ。怨念?」

「……それ、心当たりあるぞ」


 俺が見たのはおそらく鈴木瑠美子の記憶。

 夢は目覚めた後、急速に輪郭を失い消えていくものだ。

 あれは夢じゃない。


 あの風景。


 少し赤みを帯びた砂漠。見渡す限りの砂と小石。それが地平線まで続いている景色。

 所々に岩山が見える。

 靄がかかったような薄い青色の空に浮かぶ太陽。

 見たことのない動物の遺体が大量に転がってる大地。


 そして凄まじい恨み。恨みなんて生易しいものじゃない。あれは、あれは怨念だ、世界と自分に対する。

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