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売れ残りの独身おばさんですが、悪役令嬢の師匠になるそうです


ブドウ畑が広がるのどかな風景を、一台の豪華な馬車が過ぎ去ってゆく。


「お嬢様、もう少しで目的地に到着しますよ」

「そう、とても楽しみですわ…」



***



ここは、王政国家イーリア王国。

この国にはかつて『社交界の薔薇』と呼ばれる伝説の令嬢が存在した。


絶世独立


その美しさと華やかさは、貴族の世で並ぶ者などいないほど抜きんでて優れており、まさに社交界の薔薇の名にふさわしき令嬢だった。


しかし、今はもぉ昔のおはなし――。



「マルゴー!いい加減起きなさい!あなた一体いくつになっても親に起こされる気なの?」

「うるさいなぁ…もぉ起きるわよ……」


今日もお決まりの朝は、母の嫌味混じりのモーニングコールから始まる。


あたしは、マルゴー・バルバレスコ。

年齢は省くけど、見事に婚期を逃し親のスネをかじりながら生活している()()()()()()。一応こう見えても伯爵令嬢だ。


「あなたいい加減お見合いなさい。このまま私とお父様に孫の顔を見せないつもりなの?」

「母さん…朝からもぉその話は止めてくれない?もぉ何百回と聞いてるんですけど」


母と顔を合わせるといつもこれだ。

最初の頃は、きっといつか良い人が見つかるわよ!ってな感じだったが、流石に年数が進むに連れて言われる内容も言葉のキツさも強さが増した。


でも、まぁ母がこう何度も言ってくるのも仕方がない。

バルバレスコ伯爵家には、跡継ぎがあたし1人しかいない。

バルバレスコの家系は昔から王国のワイン造りで財を築いてきた貴族て、この屋敷から見える辺り一面のブドウ畑は全て我が家の領土だ。


わたしも幼い頃から(今もたまに)、自家製のブドウを収穫する時は手伝わされている。しかし、実際のワインの流出や取り引きなどのお金に関わる事は全て父のバルバレスコ伯爵が

携わっている。

まぁ要するに、あたしが早く結婚して跡継ぎを残さないと我が家はあたしの代で終わってしまう。

その事に両親は焦りを感じているというお話だ…。



「……ぷはぁ!」


毎朝日課の、自家製ワインをボトルのまま直飲みする。

この時が、今一番自分が生きていると思える最高の瞬間だ。

やっぱりこれがないと始まらない、今日も良い朝だ。



――玄関の呼び鈴が鳴る。


どこのどいつだ?朝っぱらから、あたしの至福の時間を邪魔する不届き者は。


すると、すぐさまメイドがあたしの所へ走って来た。

どうやらあたしのお客の様だ。それにメイドの様子がおかしい。あたしにお客?もぉここ数年以上自分に訪問者などいなかったのだが……。


ドアの前に立っていたのは、オレンジ色の長髪縦ロールを靡かせながら凛々しい容姿と瞳を輝かせている一人の美女。


「お初にお目にかかります。(わたくし)、アールグレイ・ベルガ。ベルガ公爵の娘です。マルゴー・バルバレスコ御令嬢にお会いしたいのですが、その…あなた様は?」


「あぁ……えーっと、あたしが……マルゴーですけど?」


え?


え?



***



「……先程は大変失礼しました、まさかあのマルゴー様がこんな()()()()だとは思いませんでしたので」


(喧嘩売ってんのかこの小娘)



まぁでも無理もないかぁ…ボサボサヘアーにスッピンのパジャマ姿でワインのボトル片手に出迎えられればそう思われても仕方がない(今は着替えてとりあえず髪も結んでいる)


それよりどうして公爵家のご令嬢が、わざわざこんなあたしに直接会いに来たのかが不思議でしょうがない。


ベルガ公爵令嬢、アールグレイ・ベルガ。

貴族爵位トップクラスの公爵家の一人娘。その名前は、あたしも耳にした事がある。

容姿端麗、花を送れば錦上添花 。

そして()()()()()()()()。その悪役っぷりは貴族界でも随一だとか…。


そんな大層なお嬢様が今更こんなおばさんに何の用があるってんだか――マルゴーは尻をボリボリと掻きながら口を開いた。


「それで、アールグレイ公爵令嬢…」

「アルとお呼びくださいませ!」

「あぁ…じゃあ、アルはあたしに何の用でわざわざ訪ねて来たんだい?」

「あら、そんなの決まっておりますわ!」


彼女の笑みが急に大きくなった。

いや、より一層深くなったと言うか…なんだか不気味だ。

あたしは直感で、その笑みから何か不穏なものを感じていた。


え、何?何なの。

もぉこんな売れ残った独身おばさんのあたしに、何を求めるって言うの……。


「マルゴー・バルバレスコ様。この私、アールグレイ・ベルガを弟子にして下さいませ!」



マルゴーは白く固まった…。



***



「ごめん……無理」

「いいえ!マルゴー・バルバレスコ様、このアールグレイ・ベルガを弟子にして下さいませ!」

「……人の話聞いてる?」

「はい?ちゃんと聞いおりますわよ?」


何言ってるのこの小娘?あたしの弟子にしてくれって?


冗談じゃない…!


そもそも、あたしの弟子になりたいって何の弟子なの?こんな独身おばさんに何を教わりたいって言うのよ。もしかして、ワイン造りの?いや、だとしたらあたしじゃなくて父の方へ頼むはずだし…。


分からん。最近の若い娘の考えている事は理解出来ない。ここはちゃんと理由を聞かないと。


「あーじゃあ、アル。ひとつ聞くけど、このあたしに何を教わろうって言うのかしら?」


マルゴーは鋭い眼差しで問う。


「私、かつて()()()()()()と呼ばれた、マルゴー様にずっと憧れておりましたの!ですので、マルゴー様からはいろいろとご指南して頂きたいのですわ!」


なんですって…?


「とりあえず、まずは私の屋敷に参りましょう!外に馬車も待たせておりますので」


ダメだ、完全にこの小娘のペースになっている。このままではマズイ…と思っていると、アルはあ、そうでしたわ!と

懐から2枚の書状を取り出してきた。


「こちらは私のお父様、公爵からの推薦状ですの!後、報酬金の詳細もここに書いてありますのよ!マルゴー様、これでも()()()()なられますの?」



公爵からの推薦状と、更にとんでもない金額の報酬が書かれた書状…。


あたしは気がつけば、アルと共に馬車の中へと入っていた。



***



イーリア王国 首都 ノーマ



――もぉ無理、疲れた。


馬車は広場で停まった。

長時間馬車に揺られながら座っていたせいで、腰と尻が痛い。トントンと腰から尻の辺りを叩きながら、マルゴーは馬車から降りた。


日頃の運動不足と、年々衰えゆく体に改めて自分は歳なのだとおばさんの本音がこぼれる。


あたしの(ケツ)、こんなに垂れてたっけ……。


「どうかなさいましたか?マルゴー様」


目の前の若い美人、アルのピチピチのお肌に張りのある胸と尻にチラッと視線を向ける。

いいわよねぇ…若いって。


「なんでもないわ。それより、これからどうする気?」

「そうですわね…あ、あそこへ行きましょう!」



お待たせしました――ティラミスが目の前に置かれる。

コーヒーをしみ込ませたビスケットとスポンジケーキに、濃厚なチーズクリームとココアパウダーを重ねた甘い香りが漂う。


アルは目をキラキラと輝かせながら、幸せそうにティラミスを食べている。

そんなアルを疲れきった顔で眺めながら、2人はテラス席に座っていた。


「……なんで、ティラミスなんか食べてるのよ」

「あら、マルゴー様はお嫌いでしたか?私、ここのお店のティラミスの大ファンですの!」


なんつーマイペースな子。これが悪役令嬢と言うものなのだろうか。

それに、先程から街行く男性達からの視線が暑苦しい。

まぁ既に昔の様な、魅力と覇気が無くなったおばさんへの視線では無いことは確かだろうけど。

やはりアル…彼女の美貌は男性達の好奇の視線を集めるのだろう。


ほんと、なんでこんなおばさんに弟子入りしたいんだか。


「……どうされました?」

「ん?あぁ…なんか街中からの視線が暑苦しくてね」

「そぉでしょうか?あ、もしかして私達()()に見られているのかもしれませんわね!」

「そこは普通、()()でしょうが」


マルゴーは、ティラミスをフォークで力強く一刺しして口へと放り込んだ。



――公爵邸前


再び馬車へ乗った2人は、ついにアルの住む御屋敷へと到着した。

ヒュー(口笛の音)、流石は公爵殿のお住い。随分と豪勢なこと。


すると、屋敷からもの凄い勢いと形相で男性の執事がこちらへ向かって来た。


「あ、アルお嬢様!ハァハァ…」


執事は今にも倒れそうな程息切れしている。白髪の齢60は過ぎている老人が一体どれだけの速さで走って来たのかが一目で分かった。


「じ、爺や!?一体そんなに慌てて…何かあったの?」

「あ、アルお嬢様…た、大変でございます……だ、旦那様が!」


あー、これは嫌な予感がするわ。



***



――翌夜


2人は馬車でとある夜会へと向かっていた。

沈黙の、少し気まずい空気が流れる。ノーマの夜の美しい街並みを窓から眺めながら、マルゴーが重い口を開く。


「本当に大丈夫なのかい?」

「えぇ…大丈夫……大丈夫ですわ」


下を向きながら拳を強く握りしめ身体を震えさせているアルの姿を目で捉えながら、マルゴーは瞼をそっと閉じた。



――昨夜の出来事



公爵邸前で酷く慌てた執事から告げられたのは、アルの父ベルガ公爵の()()だった。


破産


執事からの話を聞く限りでは、どうやらベルガ公爵は他の貴族からの裏切りと圧力によりその地位を追われたらしい。

流石のアルも、その事に動揺を隠し切れない様子だった…。


夜になり、あたしはアルの部屋で一晩過ごす事にした。


「アル……大丈夫なのかい?」

「だ、大丈夫ですわ。私には、まだ頼れる人がおりますの!」


アルはそう答えたが、強がりながらもその表情は不安に押しつぶされそうになっている。

アルの言う頼れる御方とは、侯爵令息の婚約者だ。


どうやら明日にその侯爵邸で夜会があるらしく、そこでアルは婚約者に父のベルガ公爵を助けてもらう様頼み込むみたいだ。

まぁこうなった以上頼れる相手に頼み込むのは仕方がないんだけどさあ…。



――侯爵邸到着



マルゴーは先に馬車から降りた。

夜会なんていつ以来だろう…ってか、まともに化粧してドレス着たのも久しぶり過ぎてなんだか怖いわぁ。


後ろを振り返ると、アルは不安のせいなのか馬車から降りる手前で立ち止まっていた。表情が暗く顔も青ざめている。


「ほら、そんな顔じゃあ婚約者に嫌われるわよ。お願いするんでしょ?」


マルゴーはアルに手を差し伸べる。


「はい…そうですわね!」


アルは大きく深呼吸し、マルゴーの手を握りしめながら侯爵邸へと入って行った。



「……やっぱり注目されるわね。まあ、予想はしてたけど」


夜会が開かれている邸内の大広間では、多数のゲストの貴族達が参加していた。


そして、一連の話題となっているベルガ公爵の失脚でアルは注目の的だ。

そんな視線を浴びる中、アルは1人の男性の元へと歩を進めた。



アルの婚約者…リモン・アルバレス侯爵令息。


ブロンドの髪に、そこそこ整った容姿。

派手な衣装を身にまとい広間の中央で、数人の女性のとりまき達に囲まれていた。


「リモン…少しよろしいでしょうか?」


アルは少し声を震わせながら声を掛けた。


「これこれは、()()()のご令嬢アル様。僕に何か御用でも?」

「…リモン、率直に申し上げますわ。どうか貴方のお力で…私、私のお父様をどうかお助けください!」


深く頭を下げる。

すると、リモンは大きく手を挙げ声を上げた。


「皆様こちらにご注目を。今ここに居られるアールグレイ・ベルガ様は、皆様もご存知の通り先日失脚なされたベルガ元公爵のご令嬢であられます。そして、この僕リモン・アルバレスはその婚約者であるのですが…」


不気味な笑みがアルを睨みつける。


「この場で宣言させていただきます、リモン・アルバレスはアールグレイ・ベルガとの()()()()()すると!」


周りがざわついた。

アルは唖然とした表情で固まっている。

マルゴーは奥の壁にもたれかかり、ワインのボトルを手に一口口にした。


「――リモン、あなた一体どういう…」

「黙れ、()()()()。もはや公爵の地位を無くした貴様などなんの価値もないのだ。それに、僕は以前から貴様の悪役令嬢ぷりには心底うんざりしてたんだよ」


アルの目からは大量の涙が流れ出した。

膝から崩れ落ち、呼吸はどんどん荒くなり嗚咽も酷くなる。


「僕の()()()にも言われたんだ、あんな没落貴族の娘なんかささっと別れて次の新しい令嬢と…」



バシャ、と。

勢いよくリモンの顔にワインがぶち撒かれた。

涙ながらのアルの視線の先には、マルゴーの後ろ姿が自分の目の前に立っていた。



「――あら、ごめんあそばせ。あたくし、少々酔ってしまった様です」


「……き、貴様ぁ!無礼にも程があるぞ!」


リモンの言葉にマルゴーは表情を変えた。


「そうですね…非常に無礼だと思います。()()()の様な身の程知らずの男は」


マルゴーの返事に周りがざわつく。

アルは唖然とし、リモンは何故自分にワインをぶち撒けたおばさんからそんな事を言われるのかと目が血走っていた。


「貴様…この僕が誰だか分かって言っているんだろうな?」


「えぇ、もちろん。リモン・アルバレス侯爵令息殿。とても()()()の事がお好きな方だとお聞きしております」


その言葉に、リモンの表情が一変する。


「おや…もしかして何か気にさわりましたか?あたくし、あなた様がお母様とお風呂も共にする程仲が良い、非常にお母様思いの方だなと言いたかっただけなのですが」


リモンの顔は、今にも噴火しそうな程赤くなってる。

周りの視線は一気にアルからリモンへと向けられており、女性達からは軽蔑の声も聞こえていた。

 

「だ、黙れぇ!ただのおばさん如きが、侯爵令息の僕に生意気な口を叩くなよ!?」


「……生意気な口?それはこっちのセリフだね」


マルゴーは勢いよく指をリモンに指す。


「公共の場で堂々と婚約破棄を宣言するバカ息子に、更に人前で女を泣かす様なしょうもない男があたしにナマ言うんじゃないわよ!」


マルゴーの鋭い眼光と迫力に、リモンは思わず後退りした。


「さっさと大好きなお母様の所へおっぱいでも飲みに帰りな坊や。後、二度とアルに関わるんじゃないわよ?」


その後、沈黙の広間の中マルゴーはアルに手を差し伸べて2人は屋敷を後にした…。

かっこいい、と。ゲストの1人の女性の小声はしっかりと耳に入っていたけどね。



***



――帰り道の馬車の中



「…マルゴー様。あの…ありがとうございました」

「別に。大した事してないわよ」


行きと同様、マルゴーは窓からの街並みの景色をぼんやりとした表情で眺めている。


アルは侯爵邸での出来事で、一つ気になっていた。

それは、リモン・アルバレス侯爵令息が()()()()()()()であったと言う事を何故マルゴーが知っていたのか。


アル自身も知りえなかったリモンの情報、ましてや自分の婚約者の事などほとんど話していなかったのにだ。


「マルゴー様。一つだけお聞きしたいのですが、何故あれ程までにリモンの事を知っておりましたの?」


するとマルゴーはそんな事簡単よ、と説明する。


昨夜、アルの部屋で一晩過ごした際にアルの入浴中を見計らって部屋の中で見つけたリモン・アルバレスと言う婚約者について少し調査していたのだ。


翌日の夜会までの間に、日中マルゴーはリモンの()()()()の女性の元を訪れていた。


そこで聞かされたのが、リモン・アルバレスが極度のマザコンと言う事実。その元婚約者は、表向きではアルとの新たな婚約の為こちらが婚約破棄をされた事になっていたが、本当は彼のマザコンぷりに嫌気がさして元婚約者の方からお断りしたのだと。


だからもし、夜会でリモンがアルを裏切る様な行為をした場合は()()()()()をするつもりでいたらしい。

まぁ予想以上のクズ男だったので、予定より少しやり過ぎた感はあったが…。


「まぁ、良かったじゃない。あんなマザコン侯爵の息子と結果的に婚約破棄できて」


「えぇ…まったく、そうですわね!」


アルは笑顔の中で涙を流した。


「ほら、もぉ泣くんじゃないわよ。女の涙は()()()()()なんだから、最後まで閉まっておきなさい!」


マルゴーから手渡されたハンカチを、アルはぎゅっと握りしめる。

あぁ…やっぱり。私が憧れていた薔薇は、今もとても美しく輝いていますわ。


「マルゴー様。私、これから精一杯マルゴー様の元で頑張りますわね!」

「……()()と呼びな」

「はい、師匠!」


ちょっとかっこいいおばさんを描きたかったので。

少しでもマルゴーおばさん良かったよ!と思って頂けたら

ブックマークと★★★★★評価で応援していただますと、とても励みになります。

ご感想とレビューの方もいただけますと嬉しいです。


最後まで目を留めていただき、ありがとうございました。


※誤字報告頂きました箇所は随時修正しております!ご報告大変感謝です

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― 新着の感想 ―
[一言] 峰不二子というよりは 不二子並のスタイルのドーラ(ラピュタ)かな?
[一言] マルゴーというよりバローロな感じが。子供ができたら マンマって言われるんだろうなあ。
感想一覧
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