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4話

「短絡的なのは、いただけないな」


 諫める声に肩を揺らした。凶器を後ろ手に隠す。

 心を読んだタイミングにますます疑心は膨らむ。天秤がぐらぐらと揺れて、どれが最善かを惑わした。


 最善は。取るべきなのは。


 月音はおもむろに口を開いて。


 同時、男の荒々しい足音が、すぐそばまで近づいた。

 ばしゃりと水たまりをはねて、複数が着実に月音を追い詰めに来ている。せき立てられる。


「ほら、迷ってる暇はない。じきに来るだろう、君にも血が流れている、痕跡から辿るのは容易い。ここにいる時間が長ければ長いほどリスクは高まる」


 ナイフを握り直し、今しがた排除すべき対象か見定めていた相手は、どこまでも余裕を失わず月音に語りかける。 

 幼子に言い含めるかのように、ゆったりと。


 男は月音を上から下へ、観察する。

 傷の深さを確認したのだろう。

 ひとつ頷いた。


「その傷からして、捕まれば無事では済まないだろう。最悪――死んでしまうかもな」


 びしりと決意にひびが入るのを確かに感じた。


 たった一言。

 月音が一番危惧しているのを言い当てた。水面に石を投げられ、波紋が広がるように。一気に言葉が体を支配した。


 痛みも苦しみもたえられる。

 だが死ぬのだけは――絶対にだめだ。


「俺を助けて避難場所を確保するか。それとも怪しい俺を置いて逃げ、追いつかれる可能性が高いほうを取るか」


 さぁ決断を。


 劇の一場面を彷彿とさせる。

 明らかにあやしい男に迷いはなく、自信に満ちていた。

 月音の選択を最初から知っていると言わんばかりに。

 口の端をつりあげ、目を三日月にかたどる。寸分変わりない表情は凄みがあった。恐ろしいほどに、完璧な笑みだ。


 ――人は美しすぎるものを目の前にしたとき、畏怖を抱くのだと初めて知った。


 月音は導かれて、誘いのまま手をつかんだ。


 ぐっと力を入れて引き上げれば、彼は、よたつきながらも立ち上がる。ふらり、と月音の肩にぶつかり、もたれ掛かる。


 吐息が首筋にあたり、ぞくりと粟立つ。

 彼がのろりと、なまめかしい仕草で月音を見つめた。


 美しさに瞬きすら忘れて見入る。


 男の黒曜石のような透き通った瞳は、底知れぬ闇を称えており思考を 見透かすように輝いていた。静かで澄み渡る、それは優しさの奥に、別のものを巧妙に隠している。


 ――近くで魅入られてようやく気がついた。


 逃れぬ距離。月音は息を呑む。

 まずい、と身を引こうとしたが、手遅れなのだと掴まれた腕に伝わる体温から言外に伝えられた。

 甘美な視線は、月音の身体を絡め取って自由を奪った。


「急ごうか」


 彼の口から、熟れた果実のような舌と、獰猛な獣の牙がのぞく。


 支えているのは月音のはずだが、足は引っ張られるように動き始めた。見えぬ糸で操られて、為す術もなくついていく。


 いまだ響く怒号を背に、スポットライトの当たる劇から降りて。


 暗い闇へと溶け込むために踏み出した。

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