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第25話 修学旅行へ!

 中間テストの翌々週には、修学旅行が予定されている。

 大学受験を控える高3の11月に修学旅行を組むというのは進学校としては非常に珍しい。この時期、受験生は大詰めだ。しかも3年の修学旅行は4泊5日と長く、受験への影響は多少といえどもあるに違いない。

 そのため、3年次の修学旅行を欠席する者も毎年クラスに数人はいるらしい。旅行先でも、夕食後に消灯まで特別講習がある。

 学校側としても、この時期の修学旅行は大学への進学実績に結びつくからリスクがあるはずだが、修学旅行は重要な教育活動の一環であるとのポリシーがあるのだろう。

 行先は、京都と奈良だ。初日と最終日のみ団体行動となるが、2日目から4日目はおおむね班行動となる。生徒の自主性を尊重しているのだという。

 班ごとの自由行動についてスケジュールを決めたあとで、中川が二人のもとへやってきた。

「よ、お二人さん。相変わらずお熱いことで」

「悪いな、見せつけて」

「いえいえ。それで、お二人さんに特別チケットのご案内」

「特別チケット?」

「伊東たちとも話してさ、二人には二人きりの時間をつくってやろうってことになったんだよ。班行動の日、自由に過ごしてきな」

「中川、お前……」

 幸太は中川のいなせな気遣いに感動した。持つべきものは親友か。

 握手をし、そのまま抱きついて唇を近づける真似をすると、中川は悲鳴を上げた。

「やめろ、よせ! 俺はファーストキスまだなんだから、離れろっ!」

「仕方ねぇ、許してやる。早くファーストキス、済ませておけよ」

 男同士の悪ふざけというのは、いざ自分が高校生に戻ってみると楽しいものだ。大人から見ればバカだが、この世代の男子にしか分からない面白さというのがある。

 美咲は、そういう悪ふざけが面白いらしく、声を上げて笑っている。

 相談して、4日目の班行動最終日は、ともに班から離れて、京都デートをすることになった。

 その修学旅行第1日目は、東京駅への集合から始まる。ここから新幹線で京都駅へ、そこから在来線で奈良へ向かうこととなる。

 が、東京駅集合はなかなかの鬼門だ。

 例えば幸太は東京駅など慣れたものだが、生活圏や生活スタイルによっては、東京駅をほとんど利用したことのない生徒もいる。地下鉄丸の内線やJR横須賀線並びに京葉線などは新幹線改札と距離があるから、乗り換えに手間取ったり迷ったりすると、集合に間に合わないことがある。

 そもそも集合自体、新幹線に乗り遅れることがないようだいぶ余裕をもって設定されているが、それでも毎年数人は新幹線に乗り遅れる者がいるという。

 Take1ではクラスの古川という男子が寝坊した上に迷子になってそうした()き目を見たが、今回は全員が時間までに揃った。やはり幸太の知っている歴史とは、微妙にずれている。

 奈良に着いてからは、バスで興福寺、さらに歩いて隣接する奈良公園、東大寺に向かう。

 (うわ、なつかしいなぁ……)

 幸太はTake1を思い出した。

 東大寺の南大門周辺というのは観光客が押し寄せるから、鹿も多い。エサをやったり、鹿に追い回されたり、追い回された挙げ句に取り囲まれたりと、短い時間だがさまざまな記憶がある。

「マミー、大丈夫ー!?」

 近くで、美咲の声がする。彼女の目線の先では、同じ吹奏楽部のメンバーである瀬川が、10頭以上の鹿に囲まれている。調子に乗って鹿せんべいを爆買いしたところ、あたりの鹿が集まってきたらしい。

「マミ、逃げて逃げてー!」

 幸太は押し倒されそうな勢いで鹿に詰め寄られている瀬川から、視線を美咲へと戻した。

 美咲はどんなときでも、いい表情をする。笑顔でさえ、種類は数限りない。

 美咲とはすでに多くの時間を共有した。彼女の笑顔をたくさん見た。それでも、幸太の視線はややもすると吸い寄せられるように美咲へ向かった。まるで磁石のようだ。彼女の表情には、特に笑顔には、魔法のような魅力が備わっている。

 愛が止まらない。

 東大寺を見学したあと、バスに分乗して次の目的地へ向かう。

 8クラス240人の大移動は、大人になると経験する機会がないこともあって、わずかな人数で引率する教師は大変だろうと、幸太は妙なところに感心した。

 8クラスのうち半数は薬師寺へ、残る半数は唐招提寺(とうしょうだいじ)へ。それぞれ見学が終わったら、スイッチする。幸太のクラスは先に薬師寺だ。

 薬師寺といえば、一番の見どころはお坊さんによる説法だろう。幸太は薬師寺に関する記憶のほぼすべてを失っていたが、この説法だけは覚えている。内容は何もかもきれいさっぱりだが、とにかく楽しく面白かった、という印象だけが残っている。

 薬師寺はこの語りのエンターテインメント性で、日本人の意識のなかにブランドイメージを植えつけていると言っていいかもしれない。

 (なるほど、さすがにうまいプレゼンだな……)

 説法の内容自体はどうせ忘れるからと、幸太はあまり聞いていない。ただプレゼンテーションの手法は参考になりそうだから、幸太にも興味がある。

 薬師寺のあと、唐招提寺を見て回ると、朝からの移動の疲れもあって、クラスの誰もがバス車内でぐったりしている。

 旅館に着いて早々に全体での夕食があり、そのあとはめいめいが自由行動になる。

 旅館の大部屋を貸し切りにした受験対策の特別講習に参加する者、プレイルームで卓球やボードゲームを楽しむ者、部屋で恋や趣味の話に花を咲かせる者、ぼんやりテレビを見たり本を読む者。

 幸太は中川と、美咲の班が泊まる部屋へと突撃する。

「俺は美咲のパジャマ姿を見に行く」

 と宣言した幸太に、中川が便乗したのだ。中川は想いを寄せる特定の相手がいるわけではないが、トラブルや面白そうなことがあればとりあえず顔を突っ込んでおくというタイプで、女子部屋を冷やかしたいらしい。

 幸太が顔を見せると、応対に出た瀬川は(こころよ)く通してくれたが、中川がその後ろからぬうっと姿を見せると、たちまち悲鳴を上げて逃げた。これが日頃の行いの違いだ。

 中川は部屋に乗り込むなり、伊東、瀬川、小林、鈴木という美咲の同部屋連中から一斉に枕を投げつけられ、袋叩きにされた。だが、全員が笑っているから、実はお互い楽しんでやっているようだ。

 あいにく、幸太の目当ては美咲のパジャマ姿にある。

「か、かわいい……」

 ペンギンのキャラクターがあちこちにプリントされた淡いミントグリーンのパジャマは、美咲のふんわりとした雰囲気によく合っている。

「美咲はやっぱり、何を着ても世界一だなぁ」

「あはは、どこにでもあるただのパジャマだよー」

「どこにでもあるただのパジャマを着ても、世界一きれいに見えるわけだよ。それはつまり美咲がファッションの違いとか、そういうのがどうでもよくなるくらい、ぶっちぎって世界で一番きれいってこと。あの、もしかして神ですか?」

「もーみんなの前で褒めすぎ。お口ミ〇フィー!」

 美咲は両手の人差し指でばってんをつくって、幸太の唇に当てた。

 (なんてかわゆい……)

 照れ隠しの仕草も表情も、愛嬌がいっぱいだ。

 美咲と1日目の振り返りをして、そのあとはさらに消灯時間近くまで、7人で仲良くトランプをして遊んだ。

 (修学旅行はやっぱり楽しい!)

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