第四話 飲み
読んでいただきありがとうございます。
なんの代わり映えもしない普通の平日。
俺は珍しく定時で帰ることができた。
え?なんで!?おたくはブラックな企業じゃないの?帰るからな!帰っちゃうからな!
「やっぱり残業」って言われたら嫌なので素早く荷物をまとめると音速を超えるスピードで会社を出た。
「で。何しようか・・・?」
会社を出たのは良いものの、俺は手持ち無沙汰に立ち尽くしてしまう。
あのクソブラック企業のせいで午後六時の時間の使い方が全くわからない。
昔はこうじゃなかったのにな・・・どうしてこうなった?
11月下旬の空はもう真っ暗。
それでも街の賑やかな明かりだけは変わらない。
「一回、歩いてみるか・・・」
家に帰るという選択肢もあったがせっかく定時に帰れているのだ、俺は街を歩くことにした。
この街に来てから大体七ヶ月。
半年以上もこの街に住んでいるのだがあのクソブラック企業のせいでろくに街も歩いてなかった。
行ったとするなら、自分のマンションの近所のスーパーと飲み会で行った居酒屋ぐらいのものだった。
あとは家でほとんど寝ていたか趣味に没頭していたな。
「あれ?俺、これでいいのか?」
言っていたら自分で悲しくなってきた。
それでもそんな思いを俺は振り落として街の探索を続ける。
そして俺は見つけた。
大きな建物と大きな建物の間に挟まる秘密基地のような居酒屋を。
チラリと腕時計を見る。
午後七時。なんだかんだいって一時間も歩き続けていたようだ。
「・・・寒いし、入ってみるか」
立ち止まっていると、冬の気配を感じる冷気が身体を通り抜ける。
しかしそれもあるが、今は何よりも俺は興奮していた。
だってこんな隠れたところにある居酒屋だぞ?
秘密基地感が半端ないぞ。
絶対当たりに決まってるだろ!
賢兎はまだまだ少年だった。
俺は少年の期待を胸に店へと入っていく。
「店長もう一杯!」
そして、目に入ってきた光景で一度ドアを閉める。
待て待て待て待て。
落ち着け天内賢兎。見間違いの可能性もあるよな。
そう思いもう一度ドアを開ける。
「あれっ?賢兎じゃん!こっち来て一緒に飲もうよ〜」
うわやっべ。見間違いじゃないやん。
咲やん。
今すぐ逃げないと捕まる!
あいつだけは、あいつとだけとは飲んではいけない!
俺はすぐにドアを閉めると踵を返して逃げようとする。
まずい!まずい!まずいっ!このままだと咲の飲みに付き合うことになってしまう!
そう思っていた時間も俺にはありました。
「それでね〜あのクソ上司ったらさぁ、ヒック、私のお尻ばっかみてくるのぉ〜、ヒック、マジでキモくない〜、ヒック!」
「わかったよ。わかったからまず水を飲もうな」
「うぃ〜水ぅ〜、ヒック、わかったぁ〜」
結局俺は咲に捕まりました。
あの時の咲といったら俺が会社を出るスピードより速かった。
残像が見えたな。
そして状況は見てのとおりだった。
なにが見てのとおりだというと咲はめっちゃ酒癖が悪かった。
だからこいつとは飲みたくなかったんだよぉぉぉぉおおぉぉ!
別に咲は酒に弱いというわけではない。むしろ強い部類に入るだろう。それなのに調子にのって飲みすぎるからいつもこうなる。
そう。いつもだ。
「あっ賢兎も今、ヒック、私のお尻見たなぁ〜、ヒック」
「あ〜はいはい。見てない。見てない」
「おぉ!ニイチャン!ヒック、いい身体してるなぁ〜、ヒック、この後、一緒に・・・どう?ヒック」
「あ〜はいはい。一緒に帰ろうな」
もう限界だな。会話が繋がらなくなってきている。
「店長会計お願いします」
「あいよ。その娘は彼女さんかい?」
店長は座敷で転がっている咲を見ながら言った。
俺とこいつが?
ははっ。冗談みたいだな。
そんなの考えるまでもなく―――
「違います。ただの・・・幼馴染ですよ」
「そうか・・・大切にしてやれよ。また二人で来てくれよ」
「はい」
そうは言いつつも絶対に一人で来ようと思った賢兎であった。
◇◇◇
「クソっ重い。会計も俺に全部俺に払わせやがって。絶対明日半分は出させてやる。っていうか重い」
「賢兎〜ムニャムニャ」
夜道を咲を背負って歩く賢兎。
チラリと背負っている咲の寝顔を見る。
それはもう、こっちの苦労を考えていない健やかな寝顔だった。
「・・・・・・まぁ今日ぐらいは奢ってやるか・・・・」
しかし言っていることとは裏腹に、存外、賢兎は優しく微笑んでいた。
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